天海志騎は勇者である   作:白い鴉

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刑「さて、大分遅くなってしまったが第五十三話目だ。今回の話では天の神が三百年という時を空けて人類を襲った理由などが語られているが、それはあくまでも本作独自の解釈だから、原作とは異なるであろう事だけは承知しておいてくれ」
刑「では第五十三話、ご覧あれ」


第五十三話 三百年の真実

 

「まさか、天の神が私の名前を知っているとはな。少し驚いた」

 真由理が口元に好戦的な笑みを浮かべると、それに対して天の神はあははと愉快気に笑った。

「もちろん知ってるよー。この時代において間違いなく最高の頭脳を持つ人間にして、私の天使の細胞を使って勝手にバーテックス・ヒューマンなんて作った最悪の罪人。結城友奈と天海志騎はすっごくすっごく苦しめたかったけど、あなたは苦しめるなんて事はしないですぐに殺したかった人間なんだから」

「ははは、神様にそこまで想ってもらえるなんて、光栄だな。だが正確には、私の事を以前から知っていたんじゃないだろ? 私個人の事は、今まで乗っ取っていた志騎の記憶を読み取って知ったんだろう。知ったかぶりはみっともないからやめた方が良いぞ?」

「あははは、本当にムカつくねあなた。今すぐ殺してあげたいなぁ」

 二人は笑みを浮かべながら、第三者が聞いたら気絶してしまいそうな言葉のジャブを互いに繰り出す。

「殺す、ねぇ。できるんだったらさっさとやったらどうだ? 四国以外の人間を殺しつくしたお前なら、簡単だろう?」

「そうしたい所だけど、今の精神体の私じゃあできないんだよねぇ。本当は今すぐにでも殺したいんだけど……」

「……精神体、か」

 ポツリ、と真由理が天の神が言った言葉を呟く。彼女は自分の目の前に立つ天の神をじっと観察しながら、自分の考察を述べる。

「それは正確ではないな。正確には、精霊のようなものだろう? 今のお前は」

「………」

 真由理の言葉に、天の神は何も答えない。ただ何を考えているか分からない笑みで、じっと真由理の顔を見つめている。

「精神体だと神樹の結界を通り過ぎる事はできるが、存在が薄すぎて自分の力を行使する事は出来ない。かと言って精神体の力を増してこちらに来れば力を行使する事は出来るが、その分結界に引っかかりやすくなるし私達にも気づかれやすくなる。今のお前は精霊のような存在……普通の人間には知覚できないが、私達のような人間には見る事ができる。結界も通過する事ができるギリギリのラインの存在を保てば問題ないし、精霊なら神樹にも気づかれにくいし力の行使もある程度できる。ま、今回は志騎のタタリの紋様を媒介にしてこちらに顕現したようだがな」

 すると、パチパチパチと天の神は笑顔のまま拍手を送った。

「あはは、すごい、大正解! 本当、憎たらしいほどの頭脳の持ち主だねあなた!」

「……となると、志騎の胸のタタリの紋様も呪いをかけるだけのものじゃないな」

「うん、そうだよ? 結城友奈と呪いを共有し、そして私がこっちに出るための媒介の術式を込めた私特製の紋様! さすがに毎回気づかれる危険を冒してまでこっちに来たくないしねー。これなら神樹に気づかれる事も無くこっちに来る事が出来て、勇者を皆殺しにできる! そう考えてたんだけど……」

 すると天の神は怒った子供がする様に、ぷくりと両頬を膨らませた。

「それなのに、あなたが来るんだもんなー。どうして私が来るって気づいたの?」

「別に気づいたわけじゃない。万が一のために私は勇者全員に式神を配置して、全員の動向を見張っている。特に最近はどうも大赦の動きがキナ臭いし、結城友奈と志騎の様子もおかしかったからな。それで結城友奈と志騎の行動と様子に特に気を付けていたというわけだ」

「なーるほど……。それで気づいたんだ。二人がタタリにかかってるって」

「直接目にしたわけではないがな。だが、結城友奈が犬吠埼風に何かを話そうとした途端奴がトラックに轢かれようとし、それ以降は誰にも何も話していない。そして結城友奈の様子がおかしくなったのは奉火祭に捧げられた東郷美森を助けた後だ。さらに今日、三好夏凜と三ノ輪銀の二人が結城友奈と志騎に悩みを聞こうとしたが、二人は何も答えなかった。他者との絆を何よりも重んじるあの二人が、だ。もうここまでくれば、二人に天の神による呪い、もしくはタタリがかかっていると考えた方が自然だろう」

「あちゃー。結城友奈の方にも他の人間が行ってたのかぁ。さすがにそこまでは気が回らなかったなぁ」

「そして今日、三ノ輪銀を傷つけてしまった志騎の心の隙をついてお前が紋様を媒介にして志騎を精神的に追い詰め、こいつの中のバーテックスの細胞と本能が暴走。結果警察官を傷つけ壊れたこいつをお前が乗っ取り、勇者を皆殺しにする……という筋書きだったんだろう。精霊に近いとはいえバーテックスの生みの親であるお前なら、精神が壊れた志騎の肉体を乗っ取る事は難しくないはずだしな」

 真由理が推理を語り終えても、天の神は笑みを浮かべたままだった。それが天の神の余裕を崩せていない事を何よりも意味していて、真由理は思わず心の中で舌打ちする。

「うん! ほとんど大正解!」

「……ほとんど、という事は一部違う所があるという事か。どこだ?」

「勇者を皆殺しにするのが私の目的のように言ってたけど、それは半分正解で半分間違いかなぁ。確かに勇者は皆殺しにできれば良かったけど、それはあくまでついで。正直、皆殺しできようができまいが、私にはどうでも良かったんだぁ」

「どうでも良かった、だと?」

 天の神の言葉に、真由理は眉をひそめる。勇者は今に至るまで彼女の手を散々てこずらせた敵のはずだ。志騎の精神を壊し、肉体を乗っ取る以上彼女達を皆殺しにすればバーテックスに対する対抗手段はほぼ無くなると言っても過言ではない。それなのに何故、どうでも良かったなどという言葉が天の神の口から出るのだろうか。

「じゃあ何故、お前はこちらに現れた? 何のために、志騎の体を乗っ取ってまで顕現した?」

 その言葉に、天の神は笑みを浮かべる。

 見るだけで背筋が凍り付きそうな、冷たい笑みを。

「決まってるでしょ? 結城友奈と天海志騎を苦しめるためにだよ」

 そう言うと彼女は、ニコニコと嬉しそうに笑いながら、

「自分と天海志騎以外の勇者が私に皆殺しにされれば結城友奈はきっと絶望するだろうし、自分が私に乗っ取られたせいで勇者達が死んだって事を天海志騎が知れば、きっと彼も絶望してくれると思って! ま、結果はこの通りあなたが来ちゃったから失敗しちゃったけど、別に良いや。天海志騎がそいつらを傷つけたって事に、変わりはないんだから」

 真由理の式神によって傷が治癒されていく警察官二人と式神に保護されている良太と在人を見て、天の神が言う。彼女の言う通り天の神に乗っ取られていたとはいえ、志騎が四人もの人間を傷つけてしまったのは事実なのだ。そしてこれから先、志騎はその十字架を背負って行かなくてならない。……ただでさえもう、色々なものを背負い過ぎているというのに。

「……じゃあ何か。お前は単なる嫌がらせのために、こちらに来たと言うのか。人類を滅ぼそうとしている神様が、随分つまらない事をするものだな」

「あはは、何を今更言ってるの? 私達って、そういう存在だよ? ちょっとした気まぐれで命を摘み取り、つまらない事で人の運命を狂わせる者。それが私達神であり、あなた達人類の上に立つ超越者。あなた達も神樹を崇め奉ってるんだから、それぐらい分かってるでしょ?」

「………」

 天の神の言葉に真由理は何も言わない。

 満開と散華の真実を知っているがゆえに、天の神が言う神の性質というものを彼女は良く知っている。だから天の神に何かを言い返そうともしない。

 だが、それでも。

 自分の目の前で人類が苦しむ事に対して嬉しそうに笑っている天の神には、自分ですらまだ知らない何かがあるような気がしてならなかった。

「さてと。そろそろ私は帰ろうかなー。勇者を殺す事は出来なかったけど、それでも十分に楽しめたし」

 と、天の神が夜空を見上げながら呟いた瞬間。

「……待て。いくつか聞きたい事がある」

「……? 聞きたい事?」

 天の神がきょとんとした表情で聞くと、真由理はああと頷いて続ける。

「別に構わないだろう? 天の神とこうして相対するなんて、まずない。これでもお前には色々と聞きたい事があったんだ。それに答えても別に問題だろう。それとも……まさか天の神ともあろう者が、ちっぽけな人間の質問に答えられないなんて馬鹿な事は言わないよな?」

 その言葉に天の神はキロっと冷たい目を真由理に向ける。が、真由理は視線を天の神から逸らさない。

 ここで天の神が気を悪くして、何も答えないでそのまま帰る可能性はあるし、最悪の場合自分が殺される可能性だってある。精霊の自分は基本的に死なないが、神である彼女ならば自分を簡単に殺す事ができるかもしれない。

 が、だからと言って引き下がるわけにはいかない。自分の目の前に立っているのは、三百年にわたる自分達人類の宿敵なのだ。科学者としても、氷室真由理の記憶と人格を受け継ぐ者としても、ここで何の情報も得られずに終わるわけにはいかない。

 二人はしばらく無言のまま互いの顔をまっすぐ見ていたが、やがてふっと天の神が再び笑みを浮かべた。

「うん、別に良いよー。あなたは殺したいぐらい気に食わないけど、バーテックス・ヒューマンを作った才能と頭脳は認めてるからね。何でも聞いて良いよ」

「……そうか」

 真由理は表面上は余裕を保ちながらも、緊張で掌に汗をかいていた。天の神という超越存在から放たれるプレッシャーは、氷室真由理の精神を確かに削っていた。

 が、ここで臆したり相手に呑まれるような姿は決して見せない。真由理はふーと息を吐いて緊張に呑まれそうになる自分の頭を落ち着かせると、再び天の神の姿を真正面から見据える。

「では、さっそく聞かせてもらおうか。……何故、三百年なんだ?」

「……? どういう事?」

 首を傾げる天の神に、真由理がその質問を放った意図を説明する。

「三百年前、お前は四国を除いて人類を滅ぼしつくした。その後大赦が行った奉火祭により、人類は壁の外に出ない事、神の力を放棄する事を条件として侵攻を止める事をお前と契約したはずだ。だが約三百年経った今となって、バーテックスがこちらに侵攻し、お前は再び人類を滅ぼそうとしている。……契約の事は今は置いておくとして、何故三百年経った今、バーテックスをけしかけ、人類を滅ぼそうとしているんだ?」

 考えてみれば、奇妙なのだ。

 天の神に気づかれないよう神の力を用いて勇者システムを開発していたとはいえ、天の神とは奉火祭を行い侵攻をやめるよう契約している。その結果、四国は三百年による平穏を得る事が出来た。

 それなのに何故、天の神は三百年経った今バーテックスを使い神樹を破壊しようとし、人類を滅ぼそうとしているのか。今になって動いた理由が真由理には分からなかったのだ。

「……ああ、そういう事か。一応言っておくけど、別にあなた達が勇者システムを開発してた事に気づいたから侵攻を始めようとしたわけじゃないよ? 最初から三百年ぐらい経ったら人類は殺そうと思ってたし、あなた達がいつかきっと私に反撃しようと考えてた事ぐらい気づいてたしね」

「……何だと?」 

 天の神の口から飛び出した事実に、真由理は思わず目を見開く。

 今の口ぶりだと、まるで天の神が最初から大赦の……初代勇者の考えに気づいていたように聞こえたからだ。すると真由理の反応を楽しむように、天の神が口角を上げる。

「そもそもの話、あなたは奉火祭についてどれぐらい知ってる?」

「……一応大赦のデータベースに残っているものには目を通した。当時の大社の最終手段として、検討されていた儀式。お前達に対する抵抗手段ではなく、完全な降伏宣言。六人の巫女を犠牲にして、許しを乞う事でこれ以上の攻撃の停止を願う儀式……」

「うん、そこまでは合ってるね」

 と、天の神は真由理の言葉に頷くと、次にこんな事を口にした。

「……じゃあ、奉火祭の生贄に出された巫女の名前は知ってる?」

 ピクリ、と真由理の眉が動く。知らないのではなく、どうしてそんな事を聞くのか分からなかったからだ。

「……当然、知っている。確か大和田、巽、志紀、真鍋、千葉、葛西だったか」

「うん、正解」

 大赦のデータベースには生贄に出された巫女の名前も記載されている。奉火祭の事を調べるにあたって当時の巫女達の事もそれで知ったのだが、やはり天の神がどうしてそんな事を尋ねるのか分からない。

「おかしいと思わない? 奉火祭が行われたのは三百年前が初めてなんだよ? そして普通生贄に選ばれるのは、巫女としての適性が一番高い人間だよね? なのに入っていなければならないはずの名前が、今あなたが挙げた名前の中に入っていない」

 そこまで天の神が言ったところで、ようやく真由理は気付いた。

 巫女としての適性が一番高い人間。それに当てはまる三百年前の人間と言ったら、一人しかいない。

「……上里ひなたか」

 上里ひなた。その名を知らない者は、大赦の関係者の中にはまずいない。

 乃木園子の先祖である乃木若葉が初代勇者であるならば、上里ひなたは初代巫女と呼ぶべき存在。正確には初代ではないかもしれないが、巫女の中でも特に強い力を持っていたと今でも言い伝えられている。

 そして何より、乃木若葉と長い間大赦のトップにあり続け、乃木若葉を支え続けた女性でもある。そのため、神世紀301年の今でも上里家は乃木家と並ぶほどの権力を持っている。

「ではでは、ここで問題です! どうして上里ひなたは、生贄に選ばれなかったのでしょうか!?」

 まるでクイズ問題の司会のように、天の神はテンションを上げて真由理に問いかけた。しかし真由理はその問いに答えず、ただじっと黙り込んでいた。

 答えが分からないわけではない。一応大赦の中で有力とされている説はある。

 なんでも――――上里ひなたは奉火祭後の世界で権力を握るため、自分を強く慕っていた巫女数名の心を巧みに操る事で彼女達を生贄に出し、結果生き延びた彼女は巫女達を従え大赦を乗っ取ったらしい。 

 はっきりとした根拠があるわけでないが、実際に上里ひなたを含めた巫女達が奉火祭後強い権力を持った事、彼女が多数の巫女達に慕われていた事、そして上里ひなたが成人を迎える前から大赦を統治していたと言われている事……。さらに様々な書籍に書かれている上里ひなたの人物像として、とても少女とは思えないほどの神秘性と存在感を持っていて、当時の大社の神官達から密かに恐れられていた事が共通して書かれていた事から、その説が強く有力視されていた。

 これと言った根拠も無いため、科学者としての真由理はその説を口にするべきか悩んだが、このままでは話が進まないためとりあえず答えとして天の神に言う。

「……一応大赦の間では、上里ひなたが自分を慕う巫女達の心を操り生贄にした、という説が有力となっているが……」

「うーん、まぁ仕方ないけどちょっと違うね」

 だがやはりというべきか、その説は真実ではないらしい。彼女は真由理の目の前で鼻歌交じりに踊りながら、真由理に尋ねる。

「もしも上里ひなたが本当に自分を慕う巫女を生贄にしてでも権力にすがりたい人間だったら、神樹の声が届くと思う? それだけじゃなくて、乃木若葉っていう初代の勇者のそばにずっといられたと思う?」

「………」

 その言葉に真由理は顎に手をかけて考え込むが、すぐに答えは分かった。乃木若葉と上里ひなたの性格と関係、そして今の天の神の言葉から考えれば、答えはすぐに出る。

「……なるほどな。巫女達は上里ひなたに生贄にされたんじゃなくて……」

「そっ。自分達から生贄になったんだよ。最初は大社の思惑通り、上里ひなたが生贄の一人に選ばれるはずだった。だけど上里ひなたを強く慕っていた巫女達は代わりに六人の巫女を揃えて、自分達から身を投げた。ま、強く慕っていたって他にも、乃木若葉の事もあったんだけどね。知ってた? 乃木若葉って、上里ひなたの事を本当に大事に思ってたみたいだよ? それこそ、彼女がいなくなったら自分を保つ事ができなくなるぐらい」

 天の神が語る話で、真由理は当時の事情をようやく察する事が出来た。

 つまり上里ひなたが生贄から逃れる事が出来たのは、権力を握るためなどではない。彼女に生きていて欲しいと願った巫女達がその身を捧げ、上里ひなたを生贄になる運命から助けたのだ。そして彼女達の犠牲によって生きる事が出来た上里ひなたは乃木若葉を護る事を選び、当時の大社を乗っ取る事を決めた。

「……当時は、勇者達が立て続けに死んでいき、おまけに完全な降伏宣言の後だからな。大社も一枚岩じゃなかったんだろうな」

「乃木若葉を自分達の操り人形にして、好き勝手しようと考えて奴らもいたかもねー。あなた達人間って、そういう事が簡単にできるし」

 ケタケタと天の神が嘲笑うが、それに反論するつもりは無い。現に人間にそういう一面がある事は、真由理もよく知っているからだ。上里ひなたもそうなる危険性を危惧し、他の巫女達と共に大社を乗っ取る決断をしたのだろう。乃木若葉が、そういった歪んだ思惑の餌食にならないために。

「だが、何故お前はそれを知っている? お前は壁の外にいて、今のように精神体だけでもこちらに来る事はできなかったはずだ。なのに何故、大社の内部事情まで知っている?」

 と、それまで軽やかに踊っていた天の神が唐突に踊るのを止めた。彼女は笑みを真由理に向けて、理由を告げる。

「大赦は知らないだろうけど、私は奉火祭の生贄の人間を通してその人間の感情や記憶を読み取る事ができるんだよ。でも当然だよね? そもそも奉火祭っていうのは、炎の中に身を投げて生贄になる事で、私に願いを伝える儀式なんだから。願いを聞くだけじゃなくて、その人間の記憶や感情も読み取る事が出来て当然でしょ?」

「……じゃあまさか、お前はその時に知ったのか? 巫女達が自分達から身を捧げた事も、上里ひなたを生贄から外した事も……」

「……そして、あなた達人類が反撃を忘れていないのも、ね」

 真由理の顔を見ながら、天の神は愉快気に笑う。

「本当に生き残りたいなら、何が何でも上里ひなたを生贄に出すはず。それをしなかったのは巫女達の反対もあっただろうけど、同時にまだ私に勝つ事を諦めてないっていう事。当時の大社は知らないけど、生贄に出された巫女達は諦めてなかったんだろうねー。彼女達全員が思ってたもん。上里ひなたに生きていて欲しいって、乃木若葉には彼女が必要だって、彼女達が生き残ればいつの日か、私を倒す事ができるって!! ――――ばっかだよねぇ!? ぜーんぶ筒抜けなのにさぁ!! それすらも知らないでむざむざ私に情報をくれるために生贄になってくれたんだもん!! 最初から上里ひなたを生贄に出していれば良かったのにね!! あははははははははははははっ!!」

 夜空に響くほどの大声で、天の神は笑う。一方真由理の方は、ただ氷のように冷たい表情を天の神に向けていた。

「はー、笑った笑った。で、どこまで話したっけ」

「……お前が、人類が反撃を忘れていない事に気づいた所までだ。お前はそれを知っていながら、停戦に応じたのか?」

「ん、まぁね。本当ならすぐに四国の人間を皆殺しにしても良かったんだけど、あの時は私も四国以外を火の海にした事で力を使い過ぎちゃって疲れちゃったしね。ま、別に今すぐってわけじゃなくても別に良いかーって思ったし、何より面倒くさかったし、とりあえず停戦してあげたって感じかな!」

 面倒臭い。三百年前の勇者達が血と涙を流して戦い、多くの犠牲を出しながらどうにか得られたものも、天の神にとってはその程度に過ぎなかった。

「じゃあ何故、三百年経った今更侵攻してきた? 別に神樹の寿命が尽き、今の人間が全員炎の海に呑まれるのをただ待っているだけでも良かったはずだ。なのに何故、三百年経った今侵攻を始めた? 人間が神の力を待っているのがそんなに気に食わなかったのか? それとも……勇者がお前を倒す事を恐れたからか?」

 一番最後の言葉は、天の神へのあからさまな挑発だった。下手をすればそれで殺されてしまう可能性もあったが、別にそんな事は構わない。重要なのは、今彼女から聞き出せる限りの情報をできるだけ聞き出す事だからだ。

 しかしその挑発にも天の神は乗らなかった。彼女は相変わらず腹の底が読めない笑顔を浮かべたまま、

「別に理由なんてないよー。確かに人間が神の力を持っているのは気に食わなかったけど、途中で別に良いかなーって思ったんだ。だってあなた達程度が神の力を使っても私から奪われたものを取り戻せるわけがないし、何より私を倒せるはずがないからね! 私があなた達を見逃しててあげたのは、ちょっとした暇つぶしって感じかな」

「では何故、その暇つぶしをやめて人類への侵攻を再開した?」

 すると天の神は、にひゃりと酷薄な笑みを浮かべた。

 見る者の背筋を凍り付かせる、氷の笑みを。

「だって……目の前に羽虫がいたら、叩き潰したくなるでしょ?」

 羽虫。

 それが天の神の、人類に対する認識だった。

 彼女が人類への侵攻を再開したのは、人類の自分を打ち倒す可能性を恐れたからでも、人類が未だ神の力を持っていた事に対する怒りからでもない。そもそも彼女は人類が自分を倒せるとは思っていないし、人類が神の力を手放していない事には最初から気づいていたのだから、怒るはずもない。だから積極的に人類を滅ぼすような事はしなかった。面倒くさかったし、何よりも暇つぶしにはちょうど良かったから。

 そして三百年という長い時間が経った現在彼女が人類への攻撃を再開したのは、まだ生き残っている人類がそろそろ目障りに思えてきたから。

 それは今彼女が言った通り、人間が目の前を鬱陶しく飛び回る羽虫を叩き潰すような感覚に近い。

「……はっ。滑稽だな」

 人類はこの三百年間、天の神をどうにか欺きながら勇者システムを開発し、力を蓄え続けてきた。全ては天の神を倒し、奪われたものを全て取り戻すために。

 しかし、それは全て無駄だった。そもそもの話、天の神はそうなる事すら全て予測して笑みを浮かべながら自分達を観察していたのだから。そして羽虫を叩き潰すような感覚で、四国に責め込んできた。

 自分達は最初から、彼女の掌の上で無様に踊っていたようなものだ。三百年前の乃木若葉達の必死の戦いも、この三百年の間の大赦の活動も、そして友奈達勇者の願いも、全て天の神の暇つぶしの結果生み出されたものに過ぎなかった。

 その事実に直面して、氷室真由理はようやく何故人類が天の神に負けたのか、その理由を悟った。

 これが、神。

 この世に起こる全ての可能性を予測して、その上で人類を自分の掌の上に乗せてその運命を弄ぶ。

 この世全ての運命を掌握する、超越的存在。

 それが、今自分の目の前にいる天の神という存在の正体なのだ。

「あ、そうだ! ねぇねぇ、折角だし、結城友奈を助けてあげる方法を教えてあげるよ!」

 パン! と両手を勢いよく叩きながら天の神が嬉しそうにはしゃいだ。

「………何?」 

 しかし当然、彼女の言葉を鵜呑みにするつもりは無い。これまで様々な悲劇をもたらしてきた彼女が、そんな簡単に人間を助けようとするはずがない。しかも友奈は彼女が嫌う、勇者の一人なのだから。

 なのに天の神は楽しそうに笑いながら、

「そんな顔しないでよー。大赦にとっても結城友奈を失いたくないし、あなたも貴重な戦力を失いたくないでしょ? それに彼女が死んじゃったら、お友達も悲しむだろうし! そういうのは良くないよね!」

 うんうんと頷いているが、これほど白々しい行動もない。今まで散々人を殺して悲しみを生み出しておいて今更何を言っているのだ、というのが真由理の正直な意見である。

「……本当にお前が結城友奈を助けると言うなら話は早いが、その方法はなんだ?」

「あはは、簡単だよ。すごく簡単」

 そう言って、天の神は三日月のような笑みを浮かべた。

 人間の想いを踏み躙る、悪魔のような笑みを。

 

 

 

 

 

「三ノ輪銀が天海志騎をその手で殺したら、結城友奈を助けてあげるよ!」

 

 

 

 

 

「…………」

「そうしたら、ぜーんぶ水に流して結城友奈のタタリは解いてあげる! どう? 簡単でしょ? あなた達ならできるよね? 今までだって、私の天使達を散々殺してきてくれたんだから。今更一匹や二匹殺すのも変わらないでしょ?」

 まるで、志騎はその内の一匹に過ぎないと言うかのような言葉だった。真由理はかすかに不快感を抱きながら、静かに天の神に問いかける。

「……お前それ、私と志騎や大赦はともかく、あのガキ共がそれを呑むと本当に思ってるのか?」

「ううん、思ってないよ? でも三ノ輪銀が天海志騎を殺さなきゃ、結城友奈は助からないよ? 別に天海志騎を殺したくないって言うなら別に良いけど、このままだと結城友奈は苦しむだけだし、かといって何も手を打たないままだと二人共死んで終わり。それだったら、一方を切り捨てて助けられる人間を助けた方が良いと私は思うけどなぁ。あなただって、同じ考えでしょ?」

 否定はできなかった。

 このまま何も手を打たずに二人共死なせるよりも、元々助けられない一人を切り捨ててもう一人を助けた方がまだ合理的だ。自分だけじゃなくて、志騎や大赦もこの話を聞いたら真由理と同じ考えに至るだろう。

 が、勇者部は違う。友奈を助けるためとはいえ、大切な友達である志騎を殺す事など彼女達が選択するはずがない。天の神だってそれは分かっている。分かっている上でこのような条件を提示しているのだから、本当に底意地が悪いとしか言いようがない。しかも何よりも悪辣なのは、志騎を殺すのが彼の幼馴染であり彼に想いを寄せている銀という事だった。

 ありえない話だが、もしも本当に銀が志騎を殺した場合彼女の心に深く大きい傷を残す事になる。そうしたら間違いなく銀は立ち直れなくなり、二度と勇者として戦えなくなる。さらにそれによって友奈を助ける事ができたとしても、天海志騎という命を代償にして生き残った彼女は強い罪悪感の中で生きていく事になる。そうなったらもう終わりだ。勇者部は二度と以前のような雰囲気に戻る事は無く、ゆっくりと自然消滅していく。それでは仮に銀が志騎を殺して友奈の命を助けたとしても、何の意味も無い。

 そしてきっとそれこそが、天の神の狙いなのだ。

 さらに悪い事に、この話は間違いなく嘘ではない。このような取引で嘘を持ち出すのは、取引の重さを台無しにしてしまう悪手だ。取引というのは真実を述べるからこそ重要性が増す。

 つまり、銀が志騎を殺せば友奈を助けるというのは間違いなく本当だ。こうする事で勇者部は判断に迷い、自分達の今の選択が本当に正しいのか苦しむ事になる。

 それは人間を苦しむのに特化した、神の提示する悪辣な選択肢だった。

 真由理は天の神を睨むようにじっと黙り込んでいたが、ようやく口を開くと天の神に尋ねる。

「……お前はどうしてそこまで結城友奈と志騎を、人間を苦しめようとする? 何が目的なんだ?」

 すると天の神はんー、と指を顎に当てる可愛らしい動作をすると、にぱっと笑った。

「別に目的なんてないかな! 三ノ輪銀に天海志騎を殺させるのも、彼女がもっともっと絶望するのを見たいからだし! まぁ、強いて言うなら……あの二人が、あなた達が苦しむ所をすっごくすっごく見たいからかな?」

 その言葉と同時に彼女の顔に現れたのはやはり笑顔だったが、先ほどのものとは種類が違う。見ただけで背筋に寒気が走りそうな、見る者に恐怖を抱かせる凄絶な笑み。それは普段は冷静な真由理でさえも、かすかに冷や汗を流すほどだった。

 一通り自分の話したい事は終わったのか、天の神は今まで浮かべていた無邪気な笑みを再度浮かべるとパン! と両手を叩く。

「じゃあ用事は終わったし、私はそろそろ帰るね! 勇者達は殺す事ができなかったけど、天海志騎を苦しめる事はできたし! まったくの無駄骨ってわけじゃあなかったしね! はー、疲れた疲れた」

「ほう。このまま誰一人殺す事ができず、尻尾を巻いて逃げるのか?」

 挑発するように真由理が言うが、天の神は余裕を崩さず笑みを真由理に向けたまま返す。

「あなただって分かってるんでしょ? ここにいる私は精霊のようなものだけれど、だからといって私を殺した所で本体には何の影響もないって事を。まぁ、それ以前に今のあなたじゃ私を殺す事もできないだろうけどね!」

「………」

 それは事実だった。今真由理の手持ちの式神では、目の前の天の神を殺す事は出来ない。目の前にいる天の神は本来の姿とは程遠い力しか持っていないが、それでも真由理が今持っている式神程度では殺す事などできない。それが、神という存在だ。

 そして彼女が言う通り、今の天の神は精霊同然の姿。つまり分身のようなものに過ぎない。仮に彼女を殺す事ができたとしても、壁の外にいるであろう天の神本人は痛くも痒くも無い。つまりここで戦ったとしても、デメリットしかない。

 それを分かっているかのように天の神が嘲るように笑いながら真由理の横を通り過ぎようとした時、真由理が唐突に口を開いた。

「待て。最後に一つ、聞きたい事がある」

「えー、まだあるの? もう疲れたんだけど」

 子供のような事を言いながら天の神だったが、当然真由理はそれに構う事無く、自分が抱いていた最後の疑問を口にする。

「何故お前は三百年前、人類を滅ぼそうとした?」

 ピタリ、と天の神の動きが止まった。彼女がどのような表情を浮かべているかは、真正面を向いている真由理からは見る事ができない。

「お前はSF映画に出てくる宇宙人のような、地球に住む人間の生活を全く知らない地球外生命体というわけではない。太古の昔、人間が日本という国に住み始めた時から人間を見てきた存在だ。その年月は、三百年という月日とは比べ物にならないはずだ。そしてその間、お前は人間というものを見てきた。ならば人間というものの思考については私よりもよく知っているはずだ。それなのに何故、お前は三百年前人間を滅ぼそうとした? 答えろ」

 大赦の間では、人類に滅ぼされる原因があり、その結果バーテックスによる侵攻が起こったと言い伝えられてはいるが、それは所詮は神樹のお告げであると同時に言い伝えであり、天の神が直接言ったわけではない。当人の口から告げられていないものを易々と信じるほど、真由理はお人好しでは無かった。

 真由理の質問に天の神は何も言わず夜空を見上げながら、ポツリと呟いた。

「私ね、色々見てきたんだぁ」

「色々?」

「うん、そう。色々なもの。まぁこんな事言ってもあなたには分からないだろうね。そもそも私が見てきたものを誰かに伝えようとしても難しいし、伝わりにくいし。……でも」

 そう言って、ようやく天の神は真由理に視線を移した。

 殺意と憎悪で彩られた、血のように赤い瞳を。

 

 

 

 

 

「それすらも分からないから、人間(お前)達は()に滅ぼされるんだよ」

 

 

 

 

 

「………」

 真由理は何も言わない。ただ目を逸らすような事もせず、天の神の赤い瞳を見つめている。

 すると天の神は冷たい表情から一転、にっこりと子供のような表情を浮かべた。

「な~んてね。じゃあ今度こそ、私は本当に帰るね! これ以上の結界内の侵入はいい加減神樹にも気づかれるだろうし、私も来たくないし、もう来る事は無いかな! ……でももしかしたら、近い内にまた会えるかもしれないね! じゃ、ばいばーい!」

 そう言って手を振りながら、天の神の姿はふっと消えてしまった。その場に残されたのは勇者姿の真由理と倒れている志騎、そして真由理の式神による治療を受けている在人と良太、そして警察官の二人だった。

 真由理は無言でスマートフォンを取り出すと画面を操作し、勇者の変身を解除して、さらに氷室真由理の姿から精霊刑部姫の姿に戻る。直後、刑部姫ははぁ、と普段はつかない大きなため息をついた。

「……あれが、天の神か。さすがは一度人類を滅ぼしかけた神、とんでもないプレッシャーだな」

 攻撃を仕掛けられたわけでもないのに、目の前に立っているだけで息が詰まりそうな重圧だった。あれほどの重圧を向けられた事は、氷室真由理だった時にも、精霊になった後にもない。きっとこれほどの重圧を向けられるのは、最初で最後だろう。人間があれを出せるとはとても思えない。

(それに……)

 刑部姫は天の神が最後に自分に向けてきた憎悪と殺意を思い出す。

 自分と会話している最中、ずっと飄々とおどけた態度を見せていた彼女だったが、最後のあの殺意と憎悪だけは本物だった。あれこそが、三百年間人類にひたすら殺意を向けていた天の神の素顔なのだろう。そして彼女は最後に、近い内にまた会えるかもしれないと言っていた。大赦が今の所何を考えているか分からないが、近い内に大赦は……人類は、あの殺意と憎悪と直面する事になる。

「……その時こそ、人類は終わるかもな」

 刑部姫は呟いてから、気を失っている在人と良太、二人の警察官を保護するために、スマートフォンの画面を操作して大赦へと連絡するのだった。

 

 

 

 

 

 

「………」

 志騎が目を覚ますと、最初に目に入ったのは星が輝く夜空だった。志騎がゆっくりと体を起こすと、彼に声がかけられる。

「よぉ、起きたか」

 聞きなれた声に彼が横を向くと、そこにちょこんと座っていたのは刑部姫だった。

「悪いが、服は家に帰るまで我慢してくれ。さすがに替えの服までは用意してないし、こんな寒い中で着替えるのも嫌だろう」

 彼女の言葉に志騎が自分の体を見下ろすと、着ていたコートは血まみれだった。いや、コートどころから体全体が血にまみれている。おかげで鉄の臭いが鼻孔に入ってきて、吐き気を催してしまう。

 が、今の志騎にはそんな事はどうでも良かった。何故自分が血まみれなのか、理由も覚えている。地面にしゃがみ込みながら、志騎は今にも消えてしまいそうな声で言った。

「……俺、人を殺したんだな」

「………」

「天の神が言ってたよ。俺がいるせいで、人が死ぬんだって。俺がいたから、何の罪もない人が……」

「死んでない」

 え? と志騎の視線が刑部姫に向けられる。彼女は志騎に視線を合わせず、正面を向いたまま、

「出血は派手だったが、急所は外れていた。まぁそれでも私が回復の術式を持った式神を一足先に向かわせていないと危なかったが、命に別状はない。今は大赦で治療と記憶操作を受けている。すぐに回復するだろう。……高橋在人と佐藤良太もな」

「――――どうして、あの二人が……!?」

 やはり覚えていなかったようだ。顔を青ざめさせて狼狽する志騎に、刑部姫は冷静な口調で告げる。

「一時的に心が壊れたお前の体を、天の神が奪ったんだ。いつものお前なら大丈夫だったろうが、心が壊れた器を操る事ぐらいあの状態の天の神なら簡単にできる。運悪くこの路地裏を近道に通ってきたあの二人を、お前の体を操った天の神が襲った。ああ、安心しろ。あの二人は警察官達よりも軽傷だ。他の二人と同じように治療と記憶操作を受けてはいるが、若い分傷の治りも早い。家族の方にも大赦の神官が都合の良い説明をしておくから、明日ごろにはピンピンして学校に来るだろう」

「………そう、か」

 しかしそれで良かったなどという話には到底ならない。今の刑部姫の話を聞いてさらに気分が落ち込んでしまったらしく、志騎は肩を落としてしまう。

「しかし、あの高橋在人という奴を式神越しに見ていたが……。勇者の力も無い、ただの人間が天の神相手に啖呵を切るとはな。中々骨がある奴だ」

 それは普段から他人に対して辛辣な態度を取る刑部姫にとっては、間違いなく最上の誉め言葉だろう。が、友人に対する誉め言葉を聞いても志騎の表情は晴れない。それどころか、虚ろな笑みすら浮かべていた。

「……ああ、そうだ。高橋は良い奴だ。いや、高橋だけじゃない。佐藤も。……俺なんかとは、違う」

「……警察官に加えて、二人を傷つけた事を気にしているのか」

 口に出すまでもなく、そうだろう。刑部姫は肩をすくめながら、

「高橋在人と佐藤良太を襲ったのはお前じゃない、お前の体を乗っ取った天の神だ。警察官二人を襲ったのだってタタリのせいでお前の精神が一時的に不安定になっていたからだろうし、傷つけはしたが急所が外れていたのは最後の最後にお前が一線を越えようとしなかったからだ。お前が自分から、あいつらを傷つけようとしたわけじゃ……」

「――――そんなの、関係あるかよ!!」

 ビリビリ、と志騎の叫び声がその場に響き渡った。刑部姫があらかじめこの場に仕掛けてる認識阻害の術式のおかげでこの声が二人以外の人間に聞こえる事は無いが、もしもそうでなかったら志騎の叫び声が近所の人間に響き渡っていただろう。

「そんなの、ただの偶然だ! 一歩間違えていたら、俺は本当に人を殺してた! 警察官の二人だけじゃない、高橋も佐藤も! 折角できた友達を、築いた絆を、他の誰でもない俺が壊してた所だったんだよ!! 天の神もタタリも関係ない!! ……あの四人を傷つけたのは、俺なんだ……!!」

 叫び終えると、志騎は手を強く握り込んで俯く。その様子はまるで、自分の罪を懺悔する罪人のようだった。

「……天の神の言う通りだ。俺がいるから、人が死ぬんだ。このままだと俺はきっと、勇者部の皆も、銀も……」

 自分の大切な友達も、自分を好きだと言ってくれた大切な人も殺す事になる。そう言うかのように志騎が苦しそうに言うと、それまで黙って志騎の言葉に耳を傾けていた刑部姫が口を開いた。

「……じゃあ、ここで全部諦めるのか?」

 彼女の言葉に志騎が顔を上げて刑部姫の方を見ると、彼女は真剣な表情で志騎の顔を見つめていた。

「二年前、三ノ輪銀達を傷つけた後絶望し、それから再び勇者になろうとした時お前は誓ったはずだ。もう運命から逃げないと。罪を背負って戦うと。そうじゃないのか」

「………」

「そしてこの前乃木園子のマンションに集まり、初代勇者である乃木若葉の勇者御記を見た時にお前は私に言ったな。奪ったからこそ受け継がなくちゃいけないと。その言葉通り、あの時お前は他の勇者達と一緒に受け継いだはずだ。乃木若葉から受け継がれる願いと意志を。勇者達が代々引き継いできたバトンを」

 例えそのバトンが、志騎にとって『呪い』となってしまうとしても。

 あの時志騎は、それでもそのバトンを受け継いで戦うと決めた。

「二年前のその意志は、この前の言葉は嘘じゃなかったはずだ。……確かに今日、お前は人を傷つけてしまった。そして一歩間違えれば、本当に命を奪っていたかもしれない。それは事実だ。……だがもしもお前がここで全部諦めてしまえば、お前の意志と言葉は全て嘘になってしまう。……良いか、志騎。その人間の心と言葉が本当か嘘かを決めるのは他人じゃない、本人なんだよ。そいつの行動しだいで、本人の心と言葉は嘘にも本当にもなる。……お前は、自分の誓いや受け継いだものすらも嘘にするつもりか?」

 静かだが強い口調で放たれる問いに、志騎は何も言えなくなってしまう。志騎は奥歯を噛み締め、苦い唾を飲みこみながら言う。

「……嫌だ。嘘になんて、したくない。でも、今日人を傷つけた俺に、勇者達が繋いできたものを受け継いで良い資格が本当にあるのか、分からないんだ……」

 すると志騎の言葉を、刑部姫は鼻で笑った。

「資格があるかなんて考えるな。例え自分が何者であっても、誰かからバトンを受け継いだならその役目を果たす事だけを考えれば良い。傷だらけになっても自分の命がある限り最後まで戦い、そして役目を果たせばまた誰かがバトンを引き継ぐさ」

 刑部姫……否、氷室真由理の言葉はどこか優し気だった。彼女の話を聞いていた志騎は血に濡れた自分の掌を見つめながら、ポツリと呟く。

「……そう、だな。決めたんだよな。例え俺が歩く道が血と罪にまみれていても、最後まで人を護るために戦うって」

「ああ」

「……正直な話さ、まだ迷ってるけど……。でもそれでも俺は、もう逃げないって、背負うって決めた。だったらどれだけ辛くても、苦しくても……諦めちゃ、逃げちゃ駄目なんだよな」

「……それが、戦うって事だ」

「うん、そうだよな。……ありがとう」

 まだ完全には振り切れてはいないようだが、それでも今の刑部姫との会話で改めて自分の気持ちを整理できたらしく、志騎の顔には弱々しいが笑みが浮かんでいた。

「なぁ、刑部姫。警察官達と、高橋達を助けてくれてありがとう」

「それについては気にするな。お前のサポートは私の仕事の一つだし、何よりお前を人殺しにするわけにもいかないんでな」

「ははは、そっか。……ありが……」

 だが、最後の言葉を言い切る前に志騎の体が倒れた。

「志騎っ!?」

 刑部姫が慌てて彼の額に手をやると、明らかに異常と分かるほどの高熱が伝わってきた。確かにこの時期の夜の外気温は寒いが、だからと言ってここまで熱が急激に上がるわけがない。

「まさか……!」

 刑部姫が志騎のコートと制服を乱暴にめくると、彼のタタリの紋様が広がっていた。胴体の部分に完全に広がっているばかりが、両手首と首の上辺りまで紋様が伸びている。この様子だと紋様は足首の辺りまで伸びているに違いない。

「天の神の仕業か……!」

 つい先ほど出会った、少女の笑みを思い浮かべながら刑部姫はチッと舌打ちする。彼女ならば志騎の体を乗っ取った際に、彼にかけられているタタリの呪いを強くする事は難しくない。

 そしてこれは完全に自分の予測だが……恐らくタタリの強化は志騎だけで、友奈の方には及んでいない。理由は単なる嫌がらせ。人間の分際で天の神と彼女に乗っ取られた志騎の体を切り離した、氷室真由理に対しての。そんな理由で、と思えてしまうが、人間に対して強烈な殺意と憎悪を持つ彼女ならばそういった行動に出ても不思議ではない。

 刑部姫は急いで大赦に連絡をかけるためにスマートフォンを取り出そうとすると、画面にある通知が表示される。まさか、と思いながら刑部姫が通知をタップすると、画面に動画が表示された。

 刑部姫はいつも式神くんを勇者達の自宅の近くに飛ばし、彼女達が何か奇妙な動きをしていないか監視している。しかも最近は大赦が自分達に黙って東郷美森を奉火祭の生贄に捧げていた事や、勇者達が大赦に不信感を抱いている事から、見張りの式神くんの数を増やしていたのだ。

 動画の中には、友奈の家が映し出されていた。よく見ると二階にある友奈の家のベランダから東郷が青坊主に命令をして鍵を開けさせ、友奈の家に入っていくのが見えた。

「あのクソストーカー女……!」

 東郷の突飛な行動に刑部姫は舌打ちしながらも、これはチャンスかもしれないと思う。

 刑部姫も結城友奈がタタリにあっているとは気づいてはいるが、その裏で大赦がどのような事をしているかなどは情報が下りてきていない。勇者達が友奈のタタリに気づくのは面倒だが、同時に大赦が友奈に接触して何をしているのか知るチャンスでもある。だとすると、これを見逃す手は無い。

 とは言っても志騎をこのままにしておく気もない。刑部姫は式神くんから送られてくる監視動画を消すと、改めて大赦へ電話をかける。本当ならこういう時は安芸に電話を掛けるのだが、この前クリスマスに電話して以来、彼女には何度かけても連絡が届かなくなっていた。

「私だ。天海志騎が倒れた。至急今天海志騎がいる場所に急行し、こいつの自宅まで送り届けろ。手荒に扱ったらぶっ殺すぞ」

 相手の返事を聞く前に通話を切るが、どうせ断りはしないだろう。バーテックス・ヒューマンとはいえ、志騎もバーテックスと戦う勇者の一人なのだから。

 そしてスマートフォンを着物にしまうと、倒れている志騎の額に手をやる。

「すぐに大赦の人間が来る。苦しいだろうが、待ってろよ」

 聞こえていないかもしれないが、それだけ言うと刑部姫は大量の花びらと共にその場から姿を消した。

 

 

 

 

 




最近色々と重要な私事が重なってしまったため、投稿が遅れてしまい申し訳ありません。また、これから先も色々と急がしくなってしまうため、投稿速度が遅くなってしまうと思いますが、少しでも早く投稿できるよう努力いたしますので、ご理解いただけると幸いです。
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