志「ゾディアックシステムの解説とか色々あったし、仕方ないだろ」
刑「まぁ、これでようやく次回からあらすじ復活だな。では第六話、張り切っていってこい!」
翌日、合同合宿四日目。
須美、園子、銀、志騎達四人は勇者の姿に変身した状態で海岸の浜辺に来ていた。もう何度も来たとは言え、四人が集まって訓練するのは初めてのため少し新鮮ですらある。
「じゃあ、まず四人でどう動くか考えましょう」
四人は輪になって集まると、最初に須美が口火を切った。彼女は浜辺にいくつも置かれているボール射出装置に目を向けながら、
「私達三人は基本的にはいつも通り。私が矢でボールを落として、乃木さんが三ノ輪さんを護りながらバスへと向かっていく。そして最後にバスに近づいていったらボールの合間を縫って……」
「バスに到着する、だよね」
須美の言葉を継ぐかのように、銀が手のひらに拳を軽く叩きつけながら言うと須美はこくりと頷いた。それから次に視線を志騎へ向ける。
「問題は、天海君ね。乃木さんと一緒に三ノ輪さんを護ってもらうか、それとも私と一緒にボールを迎撃してもらうか」
「だとしたら俺は後衛の方が良いかもな。二人から三人に増えたら連携の難易度が上がるし、シンプルな方が良いだろ。キャンサーは使うなって刑部姫の奴にも言われてるし」
「まぁ、確かにあれこの訓練だと反則だしな……」
銀の言う通り、キャンサーの反射板は全部で六枚。二枚を念のために志騎と須美に使うとしても、あとの四枚は園子と銀のために使う事ができる。さすがにそれだとこの訓練の難易度が一気に下がるし、連携の訓練のためにもならない。それを考えて、刑部姫もキャンサーの使用禁止を志騎に言ったのだろう。
「じゃあ、わっしーとあまみんの二人が援護で決まりだね~」
「ああ。……それと、蛇足かもしれないけどちょっと良いか?」
志騎が軽く手を上げると、三人の視線が一斉に志騎に向いた。そして銀が手を軽く挙げた志騎に尋ねる。
「どうしたんだ? 志騎」
「一応忠告しておく。今までの訓練とは何かが違うかもしれないから、気を付けておいてくれ」
「……? どうしてそう思うの?」
「刑部姫がいる」
志騎の言葉に三人が安芸の方向に目を向けると、そこには確かに安芸の肩に刑部姫が乗っているのが見えた。両手にはいつも持っているタブレットを持ち、その顔は非常に良い笑みが浮かんでいる。だが何故だろうか、須美達三人の目にはその笑みが非常に悪どいものに見えた。
「あいつが姿を隠すでもなく、この場に堂々といるって事は、訓練に何らかの仕込みをした可能性がある。一応気を付けておいてくれ」
「そ、それはさすがに考えすぎじゃないかしら。さすがに彼女でもそんな事は……」
しかし志騎は須美の言葉に首をふるふると振ると、
「この三日間、あいつと一緒に行動して分かった。あいつがあんなに良い笑顔を浮かべている時は、絶対に何かやらかす。あいつにはそれだけの頭脳と悪趣味がある。だから、気を付けてくれ」
「「りょ、了解……」」
志騎の割と本気の声音に、銀と須美はやや顔を引きつらせながら頷いた。志騎にあそこまで言わせるとは、刑部姫はこの三日間の合宿で一体何をやっていたのだろうか。詳細を知りたいが何となくそれを知るのが怖くて、銀と須美はそれ以上聞かない事にした。
そして訓練のために四人はそれぞれの配置につく。須美と志騎は援護のために互いの距離を空けて後方に立ち、銀と園子はいつも通り二人から見て前方の位置につく。ちなみに志騎はすでにアクエリアス・ゾディアックに変身済みだ。この訓練形式と援護の役割を果たすならば、アクエリアス・ゾディアックが最適だからだ。
「それじゃあ、二人共よろしくねー!」
「頼んだぞ、二人共ー!」
前方の園子と銀から声が飛び、須美は弓を、志騎は二丁拳銃をそれぞれ構える。
「それじゃあ行くわよー! スタート!」
安芸の掛け声とともに、射出装置からボールが勢いよく二人に向かって放たれる。
だが、志騎の心配は不安は早速的中した。
「はやっ!?」
「わわ、ミノさん危ない!」
それぞれのボールの速度が、今まで比べて上がっていたのだ。それに銀が面食らうが、それを園子が間一髪フォローする。さらに志騎と須美も二丁拳銃と弓矢でどうにか迎撃をするが、もしも一瞬でも気を抜いたら銀がボールの直撃を受ける事は間違いなしだろう。
「……刑部姫。あなた、細工したわね?」
「もちろん。戦場では何が起こるか分からんからな。これぐらい乗り越えてくれなければ困る」
半眼で自分を見る安芸に、刑部姫はタブレットを操作しながらにやにやと非常に嫌な笑みを浮かべながら答える。
一方、二丁拳銃で必死にボールを迎撃している志騎は刑部姫をちらりと見てからチッと舌打ちした。
「やっぱり仕掛けてきやがったなあのクソ精霊!」
あの性悪の事だから絶対に何らかの仕掛けはしてくると思っていたが、まさかこのような事を仕掛けてくるとは。ただボールの速度が上がっただけだと思われるかもしれないが、速度が速くなればその分衝撃も増すし次にどう動くかを素早く判断しなければならない。今は動体視力を強化する事でどうにか対処できているが、これ以上速度があるようならば正直キツイ。
しかもよく見てみると刑部姫が仕掛けているのがボールの速度だけではない事が分かった。射出装置のボールを発射する間隔が短く、おまけにその射出装置自体の数もやや多い。たぶん射出装置自体の設定をいじくった上に、志騎が訓練していた場所にあった装置をいくつかこちらに持ってきたのだろう。そのせいでいつもよりも高速のボールが大量に銀達に襲い掛かる。もしも援護をしている志騎と須美が一瞬でも気を抜けば、その瞬間銀の体のどこかにボールが直撃する事は想像に難くない。
「あ、天海君! このままだと三ノ輪さん達が……!」
弓矢で迎撃する須美が、焦りの表情を浮かべて志騎に言ってくる。予想外の展開に、冷静さを保つ事ができなくなってしまっているのだろう。今はどうにか矢を正確にボールに命中させる事ができているが、このままだといつ集中力が途切れてしまってもおかしくない。拳銃の引き金を引きながら、志騎は言う。
「あいつらに当たりそうなのは俺が打ち落とす! 鷲尾はフォローを頼む! 正直これだとどうしても打ち漏らしが出てくる!」
「わ、分かったわ!」
志騎の指示に、須美は少し冷静さを取り戻すと志騎がどうしても打ち漏らしてしまうボールを打ち落としていく。大量のボールが飛んできては須美も焦るかもしれないが、志騎のフォローという形で少数のボールを打ち落とす事を目的にすれば、落ち着いて攻撃に集中する事ができる。
一方、園子達も体勢を立て直すと、園子がバスを見据えながら叫んだ。
「私達も行くよ~! ミノさん、前は私が守るからミノさんは自分に来るボールに気を付けて!」
「分かった!」
そして宣言した通り、園子は前から向かってくるボールを正確に防いでいき、銀も向かってくるボールをかわし、時には両手に握った双斧で迎え撃つ。
最初は予想外の速度に戸惑ったものの、四人はすぐに互いの役割を理解し、さらにそれぞれ自分の役割をこなす事で、態勢を立て直す事に成功していた。これを素早く行えたのは、過ごした時間はまだ短いかもしれないが、その中でも築いた確かな信頼関係があったからだろう。
そんな四人を見て、刑部姫はほう、と珍しく感心したような声を出した。
「中々やるな」
「ええ。志騎と鷲尾さんの援護も良いし、乃木さんと三ノ輪さんも最初の訓練の時に比べるとはるかに動きが良くなってる。これなら今日中に目標が達成できそうね」
安芸も刑部姫に同感なのか、その声は満足げである。
が、何故か刑部姫はその言葉を聞いてにやりと口元に笑みを浮かべた。
「悪いが、それはまだ早いと思うぞ安芸。ポチっとな」
そんな軽い言葉を吐きながら、刑部姫がタブレットの画面を軽くタッチした瞬間。
銀と園子の数メートル前の浜辺が、突然爆発した。
「うわぁっ!?」
「きゃあっ!?」
突然の轟音と衝撃に二人は立ち止まり、おまけに爆発で立ち上った砂浜が勢いよく降り注ぎ砂煙が辺りに充満する。
「うわ、口の中に砂が入った!」
「うう~、砂で前が見づらい~!」
予想外の衝撃に銀と園子はその場で立ち止まり、前へ進む事が出来なくなってしまう。そんな二人にボールがさらに襲い来るが、須美と志騎が二人に襲い来るボールを叩き落とし、さらに園子が視界を覆う砂に苦しみながらも変形させた槍で銀を護る。だが護るのが精いっぱいの上に、砂煙で視界が遮られているので下手な行動はできない。
「……刑部姫。あれは何?」
「私特製霊力地雷、通称『
「それだけで大分問題だと思うわ。それと、名称も予想以上に酷いわね」
どや顔で自分の発明品を誇る刑部姫に安芸の冷たい言葉が飛んだ。勇者に変身してるとはいえ人が吹っ飛ぶだけでも大分危ないものだし、何よりも発明品に『天才』を意味する
が、名称はあれでも威力は見ての通り中々のものだ。おまけに地雷が埋まっているのは砂浜なので、ぱっと見地雷がどこに埋まっているか分からない。これでは銀達も下手な行動はできないだろう。
ボールの速度上昇、さらに砂浜に埋まった地雷という立て続けに起こる予想外の出来事は一見してみると攻略するのが非常に難しいと言える。だが、解決できないというわけではない。この予想外の事態にも、きちんと攻略方法は存在する。
だがそれを実際に行うためには、四人の連携と志騎がどれだけゾディアックフォームを理解できているかが重要になってくる。逆に言えば、その二つの条件が満たされていなければこの訓練はクリアする事ができないという事を意味していた。
(さぁ、正念場よ。どうする? 志騎)
安芸はそう思いながら、須美と一緒にボールを迎撃する志騎に視線を向けた。
一方、二丁拳銃でボールを迎撃する志騎に、弓矢でボールを迎撃する須美が目を見開いて叫んだ。
「な、何あれ!?」
「どうせ刑部姫だろ! あいつのやりそうな事だ!」
今の爆発の正体は断言はできないが、恐らく刑部姫特製の爆弾か何かだろう。しかも砂が大量に打ち上げられているのを見ると、砂浜の下に埋まっている可能性が非常に高い。これでは銀達も下手は動きはできないだろう。
(まぁ、それもきっと
予想だが、今の爆発は恐らく刑部姫がわざと起こしたものだろう。今の爆発は確かにその強力さを銀達に思い知らせたが、逆に今ので爆発物が砂浜の下に隠されている事を知られてしまった。確実にバスに到達する役目である銀を妨害するならば、爆発させないで突っ込ませた方が都合が良かったはずだ。そうすれば銀が吹き飛ぶ可能性は高かったはずなのだから。
だが、刑部姫はそれをしなかった。無論自分の発明品を自慢するためではないだろう。そんな事でわざわざ爆弾を爆発させるほど、彼女は馬鹿ではない。
志騎の予想として、今の爆発の理由は二つほどあった。
一つは、銀達をその場に留まらせるためだ。確かに今の爆発で銀と園子をまとめて吹っ飛ばしても良かっただろうが、正直砂浜で爆弾が見えない状態ではこちらが圧倒的に不利になる。そうならず、条件を平等にするためにあえて存在を知らしめるかのように爆弾を爆発させた、というのがまず一つ目の理由だ。
しかしそれで逆に自分達の方が有利になるのかと言われるとそうでもない。
確かに爆弾の存在は分かったが、砂浜の下にあるのは変わらないので爆弾がどの位置にあるのかは相変わらず分からない。そのため無暗に動く事ができず、その場に留まるしか無くなる。だがそうなれば必然的にボールの集中砲火を食らう事になり、当然それを防ぐ園子の負担が大きくなり、今はどうにか耐えている銀もやがて攻撃を受けてしまう。恐らく刑部姫の事だから、条件を平等にするというよりも銀達の足止めがわざと地雷を爆発させた理由だろう。
そしてもう一つの理由。これもあくまで志騎の予想に過ぎないが、恐らく志騎がどれだけゾディアックフォームを理解しているか試しているのだろう。
確かに速度上昇されたボールと砂浜に埋まった地雷という二つの妨害要素の前では、バスに到着するのは困難かもしれない。だが志騎のゾディアックフォームを上手く用いれば、その難易度を下げる事ができる。何せ十二あるゾディアックフォームには、それを可能とするフォームがきちんと存在している。
だからこそ、刑部姫は試しているのだろう。
志騎が本当に、ゾディアックフォームを理解し、活用できるかどうかを。
(上等だ……。あいつの掌の上で踊らされるのは少し癪だけど、今は乗ってやる!)
志騎はスマートフォンを取り出すと、援護をしている須美に叫んだ。
「鷲尾! 少しの間だけで良いからボールが銀達に当たらないようにしてくれ!」
「え、ええ! 分かったわ!」
須美は一瞬焦ったような表情を浮かべながら、すぐに返事をして銀達への援護を続ける。その矢は銀達に当たりそうなボールだけに正確な狙いを定め飛び、ボールを落としていく。だがいくら須美の狙撃の腕が的確でも、この量と速度が相手では近いうちに限界が訪れてしまう。それを防ぐためには、一刻もは早く手を打たなければならない。
志騎はスマートフォンを手元に取り出すとゾディアックフォームを選択するアプリをタッチし、一つのアプリを再度押す。
『アリエス!』
スマートフォンから音声が流れると、すぐさまスマートフォンをベルトの読み取り装置部分にかざす。
『アリエス・ゾディアック!』
志騎の周囲に牡羊座の紋章がいくつも旋回し、次の瞬間に志騎の体に吸い込まれると服の色が純白から青紫色へと変わり、ベルトの装置の部分には牡羊座の紋章が表示されている。
と、その瞬間須美の表情が驚愕のものへと変わる。
それは、志騎の新たな変身に対して、ではない。
「三ノ輪さん! 危ない!」
射出装置から放たれた二つのボールが、銀へと向かっていた。園子はどうにか銀へのボールを防ごうとし、須美も援護射撃をしようとするが、ボールの数が多すぎてその二つのボールにまで手が回らない。そもそもその二つのボール以外にも、銀に当たりかねないボールがかなりあるのだ。須美と園子だけでは、それらのボールを防ぐ事はできても向かってくる二つのボールを防ぐ事はどうしてもできない。それは二人の戦力どうこうの問題ではなく、二人の置かれている状況的に不可能なのだ。
「やべっ!」
銀がそのボールに気付き、斧で防ごうとするがもう遅い。斧を振るおうにもギリギリ間に合わないし、例えかわそうとしても二つのボールのうち一つには当たってしまう。自分に向かってくるボールに銀が思わず目を閉じそうになった、その時。
『----アクエリアス・ゾディアック!』
突如聞こえてきたその音声の直後。
パァン! という音と共に銀に放たれた二つのボールが弾き飛ばされた。
突然の出来事に三人が志騎に視線を向けたその瞬間、三人は思わず驚愕で目を丸くした。
何故なら。
青紫色の戦装束を身に纏った志騎の隣に、アクエリアス・ゾディアックの戦装束を身に纏った志騎がいつの間にか出現していたからだ。
「え、ええ!? 双子!?」
突然幼馴染が二人になったという現象に銀が叫ぶが、異変はそれだけでは収まらない。志騎の隣で突然大量の花びらが舞い散った次の瞬間、そこに三人目の志騎が出現した。
「み、三つ子~!?」
銀に続いて園子も驚きの声を上げるなかで、三人目の志騎がスマートフォンを取り出してZodiacのアプリを操作しベルトにかざす。
『ピスケス!』
『ピスケス・ゾディアック!』
音声が鳴り響き、複数のうお座の紋章が三人目の志騎の体の周りを旋回した後に一体化すると、三人目の志騎の戦装束は薄い水色をしたものに変わっていた。さらに首に同色のマフラーに、腰にはクナイがいくつも装着されている。その姿はまるで、昔の日本に存在していたとされる『忍者』のようであった。
「銀! 乃木! 爆弾は俺が何とかする! お前達は前に進んでくれ!」
「……! 分かった! 園子、行こう!」
「うん!」
志騎の言葉に二人は迷わずに頷くと、しっかりとした足取りで前へ進みだした。
「鷲尾! 俺達はさっきと同じように二人の援護だ!」
「は、はい!」
さらに須美も、志騎の分裂に戸惑いながらも先ほどと同じように志騎と一緒に二人に放たれるボールの迎撃に当たる。しかも今回はブレイブブレードをガンモードにした志騎とアクエリアス・ゾディアックの志騎の二人がいるので先ほどよりも余裕をもって対応する事ができる。
そしてピスケス・ゾディアックに変身した三人目の志騎は、二人の横でまるで水面に潜るように地面の中へと潜り込んだ。次の瞬間、三人目の志騎の視界には薄暗い世界が映り込んでいた。
これがピスケス・ゾディアックの能力の一つ、地面への潜行能力だ。十二あるゾディアックフォームの中で、唯一ピスケス・ゾディアックだけはまるで海中に潜るかのように地中に潜る事を可能としている。さらにそのスペックは、地上よりも地中の時の方が上がるという少々変わった特性を持っている。だがそのおかげで、今の志騎はまるで海中を泳ぐかのように地中を移動する事ができる。
地中は天気が悪い日の海の中のように薄暗い世界がどこまでも広がっているように見えるが、頭上にある地面ははっきりとその目に捉える事ができる。その地面にはバスへと向かって走る銀と園子の足跡、さらに何やら円状の物体が埋め込まれているのが見えた。恐らくあれが刑部姫が仕掛けた爆弾だろう。
志騎は腰からクナイを取り出すと、二人が走る前方にある地雷へと一斉にクナイを投げる。クナイは砂浜に埋まっている地雷に次々と突き刺さり、攻撃を受けた地雷は地中にいても分かるほどの轟音を立てながら爆発していった。
(銀達は……よし、無事みたいだな)
地面の足跡を確認してみると、銀達はどうやら順調にバスへと走っていけているようだ。見えない地雷というのは確かに脅威だが、地雷とそれが発する爆音を無視してボールのみに集中すれば前へ進む事はできないわけではない。爆発で巻き上がった砂と爆音に集中力が阻害されて攻撃を受ける危険性もあるにはあるが、さすがに合宿四日目のためか園子と銀の二人は集中力を途切れさせる事なく前へと進んでいる。おまけに同じようにこの合宿で成長した須美と、二人の志騎の援護射撃があるのだ。この調子でいけば、この訓練をクリアする事は難しい事ではない。
だが、今までの訓練があったとしても、地雷を踏むかもしれないという恐怖を抱えたまま走るというのは中々できる事ではない。何せ、一歩間違えれば地雷を踏んで派手に吹き飛ばされるかもしれないのだ。さらにその中でもしも一瞬でも速度を緩めれば、ボールの直撃を食らう事になる可能性だってある。なのに園子と銀は一歩も速度を緩める事もなく、地雷を恐れる事なく前へ前へと進んでいる。
その理由は単純に、信じているからだ。
志騎ならばきっと、自分達の障害となる地雷を全て破壊してくれると。
それは園子と銀だけではなく、援護射撃をしている須美も同じ気持ちだろう。
だから今三人は、それぞれ自分の役割をきっちりと果たす事が出来ているのだ。
だったら、自分はそれに全力で答えるだけだ。
志騎は地中を飛び回りながら二人の進行方向にある地雷に次々とクナイを投擲し、地雷を爆発させていく。時々頭上の地面を走る銀と園子の足跡を確認してみても、ボールにぶつかったり地雷の爆発に巻き込まれた様子は全くない。それを確認すると、さらに飛び回り地雷が無いかを確認する。
そしてついに二人の進行方向上にあった地雷を全て爆発し終えると、地中から浮上して地面に頭を出すと二人に叫んだ。
「お前達の前にあった地雷は全部吹っ飛ばした!」
「ありがとう、あまみん! ----ミノさん!」
「分かってる!」
ボールを防ぐ園子の言葉を受けて、銀はバスへと高く跳躍する。向かってくるボールの速度にももう慣れたのか、両手に握る斧で次々と迎撃しながらバスへと一気に近づいていく。あとはバスに到着するだけ----と誰もが思ったその時。
志騎の目に、あるものが映った。
それは。
安芸の肩に乗りながら、にやりと唇の端を上げて笑う刑部姫の姿だった。
「----!」
ピスケス・ゾディアックに変身した志騎はそれを見て、園子達の方へと駆け出す。
それはただの考えすぎなのかもしれない。ただの思い込みなのかもしれない。
だが、この合宿の中で刑部姫と接して抱いたたった一つの確信が、それらの考えをひっくり返す。
あの笑みを浮かべた刑部姫は、絶対に何かをやらかす----!
そう思ってすぐさま銀の方向へと駆け出すが、時すでに遅く刑部姫の指がタブレットの画面をタッチしていた。
その、瞬間。
志騎が全て爆発させたはずの地雷が銀の前方で爆発し、彼女の視界を大量の砂が塞いだ。
「なっ……!?」
銀が突如起こった爆発に驚愕し、その体が一瞬硬直する。
そしてそれはその状況を見ていた園子も同じだった。彼女はボールを変形した傘で防ぎながら、目の前の光景に思わず目を見開く。
(そんな、どうして!? 爆弾は全部あまみんが壊したはずなのに……!)
と、そこで園子の脳裏に、昨日志騎が起こしたと思われる謎の爆発で吹き飛ばされた刑部姫の言葉が浮かび上がってきた。
『仕方ないだろ? 各ゾディアックストライクを使わせるのが今日の目的だったんだ。それに認識阻害の術をかけてあるから、この光景も衝撃も周りには一切伝わってない』
あの時、刑部姫は認識阻害の術と言っていた。それが具体的にどういった術かは分からないが、恐らくは文字通り視覚や聴覚といった人の持つ認識を阻害する効果を持った術だろう。それをうまく使えば、例え昨日のような爆音や目を疑うような光景も、他人から見たら何も起こっていないように感じている可能性が非常に高い。現に昨日園子達が旅館に戻った時も、あれだけの轟音が響いたというのに旅館の人間がそれを話題にする事はまったく無かった。
もしもその術式を、砂浜に埋まっている爆弾にもかけていたとしたら?
もしそうだとするならば……さすがの志騎も、その術式に欺かれた可能性が高い。
それを証明するかのように、安芸の方に乗っかっている刑部姫が言った。
「悪いが、そう簡単にクリアさせられたらあいつらのためにならないからな。認識阻害の術式を地雷にもかけさせてもらった」
「本当に性格悪いわねあなた。でも、志騎が見落とすなんて……」
「それは仕方ない。あれは私が直々に組んだ、人間の意識に直接干渉する事で認識をずらす術式だからな。今のあいつじゃあ無理だろう。ま、さすがにほとんどの地雷に仕掛けたらこちらが有利すぎるから、仕掛けたのは一つだけだがな」
だが、それでも効果はあったと言えるだろう。
突然起こった予想外の爆発に銀の体は硬直し、空中で一瞬身動きが取れなくなる。もちろんその硬直は一瞬のものなのですぐに動けるようになるだろうが、装置から放たれたボールがその体に当たる事を考えると十分な時間とも言える。
それを証明するかのように、装置の一つからついにボールが銀が目がけて放たれる。銀は体の硬直がまだ解け切っておらず、それを見た園子がフォローに回ろうとするが、今の園子の位置では空中にいる銀を防ぐ事はできず、須美のカバーもギリギリ間に合わない。
ならば。
今のこの状況で、銀をフォローできるのは、一人しかない。
「----志騎!」
それは、四人の中で唯一刑部姫の行動に気づいていた志騎だけだ。
ピスケス・ゾディアックの志騎が左手に意識を集中させると、左手に薄い水色の霊力で形成された巨大な十字手裏剣が出現し、それを銀に向かうボールめがけて思いっきり投げた。
手裏剣は鋭く回転しながら高速でボールへと向かい、銀の鼻先で間一髪ボールを切り裂いた。
これでもう、銀の邪魔をするものは何もない。
目の前に立ちふさがる砂の壁を突き破ると、目の前に現れたバスめがけて斧を思いっきり振るいバスを破壊する。
「ゴォォォォォォォォォォォォォォォォル!!」
銀の勝利の叫びが海岸に響き、園子と須美が息をつきながらも嬉しそうな笑みを浮かべた次の瞬間、
「「やったー!」」
須美が両腕を真上に突き出して喜びの感情を爆発させ、園子もぴょんぴょんと飛びながら満面の笑みを浮かべている。
「はぁ……終わったか」
須美から離れた位置にいたアリエス・ゾディアックの志騎が疲れたようにしゃがみ込むと、それと同時に彼の横にいたアクエリアス・ゾディアックの志騎とピスケス・ゾディアックの志騎は大量の花弁を舞い散らせながら消滅した。
刑部姫の細工によるボールの速度上昇に地雷など、今回の訓練は今までのものと比べてみるとかなり大変なものだったが、それでも四人の力を合わせる事で見事クリアする事ができたのは大きな成果と言える。今後この訓練で得た事を活かす事ができれば、並大抵のバーテックスに負ける事はないだろう。
志騎がしゃがみ込んで休んでいると、バスの場所から銀が笑顔で自分の元に駆け寄ってくるのが見えた。
「志騎-! やったな! イエーイ!」
そう言って銀が右手でハイタッチをしようとしてきたので、志騎はやれやれと言いたげに肩をすくめながら苦笑すると、右手を掲げた。すると二人の右手が強くぶつかり合い、パァン! と強い音がその場に鳴り響く。勇者の力で強化されたからか志騎の右手には割と強い痛みと痺れがはしったが、不思議と嫌な感じはしなかった。それから志騎はバツが悪そうな表情を浮かべると、銀に言った。
「……悪かったな、銀。最後の地雷見逃した」
刑部姫が認識阻害の術式を直接地雷にかけていたとはいえ、一歩間違えればボールが銀に当たってもおかしくなかった。そう考えると、あの地雷を見逃してしまったのは自分のミスと言える。そう考えて志騎が謝ると、銀はニッと笑って返した。
「気にすんなって! こうしてみんなで無事に訓練を終わらせる事ができたんだからさ。色々ありがとな、志騎!」
本当に心の底から気にしていなさそうな銀の満面の笑顔に、志騎は思わず一瞬きょとんとした表情を浮かべるとふっと柔らかな笑みを浮かべた。するとそんな二人に、園子と須美が駆け寄ってきた。
「ミノさん、あまみん、やったね!」
「ああ! 園子もありがとな!」
そう言いながら、銀と園子は両手でハイタッチを交わした。それを見ていた須美は志騎に近寄ると、おずおずと両手を差し出した。
「あ、天海君。お疲れ様」
「……ああ、お互いさまにな、鷲尾」
そう言いながら二人も銀と園子に倣って、ゆっくりとハイタッチを交わした。
四人が喜びを分かち合っていると、訓練を観察していた安芸が四人に歩みよってきた。もちろんその肩には、訓練をややこしくした張本人である刑部姫がちょこんと座っている。
「四人共、お疲れ様。私から見ても良かったと思うわ。あの感じを忘れないでね」
「私としても中々良いデータが取れた。ご苦労だったな」
と、そんな事を言う刑部姫のタブレットに何かが降り立った。その何かを見て、園子が「あっ!」と声を上げてそれを指さす。
「これだよ~! 私が見た半透明の鳥さん!」
園子の言う通り、刑部姫のタブレットに舞い降りてきたのは半透明の鳥だった。だが、四人にはそれが普通の鳥にはどうしても見えなかった。確かにその体は青白く半透明に見えるが、体の質感は羽毛というよりもまるでガラスのようで、生物ではなく作り物であるかのような印象を見る者に抱かせる。おまけにその鳥はタブレットに舞い降りてからはまったく身動きせず、じっと赤く輝く瞳を志騎達を見つめている。瞳も体と同じように生物らしさを感じさせず、生物の瞳というよりは監視カメラのレンズという方がしっくりとくる。
「ああ、そういえばお前達に見せるのは初めてだったな。こいつは私が作った自律型電子式神、通称『式神くん』だ」
そう言いながら刑部姫がタブレットの画面をタッチすると、鳥は無数の粒子となりタブレットに吸い込まれるように消滅した。その光景に驚きながらも、志騎が何かに気づいた表情を浮かべる。
「なるほどね……。お前が俺に渡した鷲尾達のデータを集めてたのはそいつか」
「正解。こいつを使って合宿中鷲尾須美達のデータを取らせてもらった。さすがの私もアリエス・ゾディアック時のお前のように分身は出せないんでな」
そう言えば園子が光る鳥について志騎達に話した時、まるで鳥が観察しているように自分達をじっと見つめていたと言っていたが、恐らくそれは園子の言う通り刑部姫がデータ収集のために、鳥を通して須美達を観察していたのだろう。そうでなければ、いくら刑部姫が天才とは言っても、あそこまで三人に関しての詳細なデータを取れるはずがない。
と、そこで安芸がこほんと軽く咳払いをして四人の注意を自分に向けた。
「以上で今回の合宿は終了になります。なので旅館で宿泊するのは今日が最後になりますから、この後はしっかりと体を休めてください。帰るまでが合宿ですからね」
「「「「はい!」」」」
四人は元気よく返事をすると、三人の少女達は会話を交わし合いながら旅館へと戻っていった。志騎も旅館に戻ろうとすると、安芸が声をかけた。
「志騎。あなたもお疲れ様。今日はしっかりと休んでね」
「はい。安芸先生もありがとうございました」
ぺこりと安芸に頭を下げて礼を言うと、志騎は三人の後を追う形で旅館へと向かった。
「「「はぁ~」」」
夜。須美、園子、銀は旅館の露天風呂で温泉にゆったり浸かりながら気持ちよさげに息をついていた。この四日間入ってきた温泉とはいえ、合宿ですっかりくたびれた体には温泉の熱さが染み渡る。温泉に浸かっている三人の表情が蕩けているのも無理はないだろう。
「毎日毎日バランスのとれた食事、激しい鍛錬、しっかりと睡眠。勇者というか、運動部の合宿だよねーこれ。なんかこう、バーン! と超必殺技を授かるようなイベントはないのかねー須美!」
「今回は連携の特訓だから仕方ないわねー」
テンション高く拳を前に突き出す銀に、須美がのんびりとした口調で返す。一方、園子は自分の腕をふにふにと触りながら、
「なんだか私、さらに筋肉ついてきたかも~」
「強くなるのは良いけど、これから成長する女の子がこなすには、いろんな意味で厳しいメニューだよな」
「ミノさん、竜巻に巻き込まれた傷、痛まない?」
竜巻に巻き込まれた傷、というのは言わずもがなこの前の竜巻を起こすバーテックスとの戦いで生じた傷の事だろう。あの戦いで四人とも傷を負ったものの、特に傷が酷かったのはバーテックスに突撃し攻撃を行った銀だ。戦いが終わった後に霊的医療による治療を受けたものの、この訓練で傷が開いてしまった可能性はゼロではない。しかし銀は仁王立ちをしながら明るい口調で言う。
「へーきへーき! 園子は?」
「どっちかって言うと、こっちが染みる~」
そう言って園子が指さしたのは、自らの右手の手のひらだった。よく見てみると、親指を除いた四本の指の付け根に豆ができている。
「ああ……あれ握ってるとそうなるよなー……」
銀は豆を見て痛そうな口調で言ってから、次に須美に視線を向けた。
「鷲尾さんちの須美さんも、体を見せなさい」
「な、なんで?」
「クラス一大きいお胸を拝んでおこうかなーと」
やけに良い声音で放たれたセクハラ発言に、須美の顔が恥ずかしそうに歪む。銀はにやりと笑いながら両手をわきわきと蠢かせ、
「まるで果物屋だ! おやじ! その桃をくれー!」
「ちょっ、ちょっと、だめー!」
自分の胸をつかもうと襲い掛かってきた銀の両手を自らの両手で塞ぐと、そのまま両腕に力を抜いて押し返す。第三者から見ると喧嘩にも取られかねない光景だが、その実態は同級生の豊かな胸に手を伸ばすセクハラ少女と、それを必死に防ぐ真面目少女による攻防である。須美の反撃を抑えながら、銀はさらに続ける。
「事実を言ったまでだね! むしろ大きいくせして照れてるとか、贅沢言うな!」
「サンチョも入れてあげたいな~」
二人がじゃれ合っている横で園子がそんな感想を漏らしていると、ガララという音と共に露天風呂の扉が開かれる音が聞こえた。三人がその音に気付き視線を向けた直後、須美と銀が何故か目を丸くして固まった。
「三ノ輪さん、鷲尾さん。温泉で騒ぎすぎ」
「まったくだ。温泉くらい静かに入れないのかアホ共」
そこにいたのは三人を呆れた表情で見ている安芸と、その肩に乗りながら三人を冷めた目で見ている刑部姫だった。だが、銀と須美が驚いたのは二人がそこに立っていたからではない。
安芸と刑部姫は温泉に入るため当然ながら何も着ていない裸だったのだが、須美と銀が注目しているのは安芸の胸部だった。
具体的に言うと、女性の平均的な大きさよりもかなり豊かだった。須美も銀に指摘された通り小学生離れしたスタイルの持ち主なのだが、安芸に関してはさすが大人というべきか、銀はおろか須美すらも驚愕するほどの大きさだった。
安芸はそのまま刑部姫を肩に乗せたまま二人の目の前を横切るが、その際にも二人の視線は安芸の胸部に釘付けのままだった。
「やー……。大人の体ってすごいな……。服着てるとあまりそういうの分からないんだけど……」
「そうね……。例えるなら、戦艦長門……」
「何それ?」
突然須美の口から出た聞いた事のない単語に銀が問うと、須美は何故か目をきらんと輝かせて誇らしげな笑みを浮かべると、生き生きとした口調で語り始めた。
「旧世紀の我が国が誇る戦艦よ! 詳しく話してあげる!」
「あ、ああ……」
あまり見ない友人の姿に、銀は引きつった笑みを浮かべながら言うのだった。
一方、その頃。
(あー……)
志騎は露天風呂で、ゆっくりと全身を湯につけながら頭上を見上げていた。こうしているだけで疲れが温泉に溶け出ていくような感覚がして、志騎は思わず眠ってしまいそうだった。まぁ実際に眠ってしまったら温泉に沈み、即起きる事になるのでさすがにそれはしなかったが。
ちなみに、銀達の会話は全て志騎には丸聞こえだった。男性用と女性用の露天風呂は壁を挟んで隣同士のため、意図しなくても会話が聞こえてくる状態になっている。それでも小声での会話などの場合はさすがに聞こえないだろうが、銀達は結構大きい声で会話をしていたため、自然と志騎の耳に入ってきていた。
なので、銀の発言にツッコミを入れる事もやろうと思えばできたのだが、訓練の疲れと温泉の気持ちよさもあって今回は行わなかった。まぁそれに、折角温泉に入ってるのに幼馴染へのツッコミでさらに疲れたくないというのもあったのだが。
温泉に浸かりながら、志騎は自分の腕や体をあちこち見まわす。腕や体には、今までのバーテックスとの戦闘による傷に加えて訓練でできた打撲の跡などが新たにできている。しかし同時に、前よりも体にしっかりと筋肉がついているのが分かった。四日間の合宿は大変だったが、ただ大変なだけではなかった。
ゾディアックシステムの事を一から学び直す事ができたし、こうして体を鍛える事が出来たし、何よりも須美達と絆を深める事が出来た。それらの事を考えると、この四日間で得たものはとても大きいと言えるだろう。志騎はこの四日間に起きた事を思い出しながら、口元に小さな笑みを浮かべた。
やがて体を起こすと、できるだけ水音を立てないように静かに露天風呂から出る。
(喉も乾いたし、上がったらいちご牛乳でも飲むか……。そう言えば入り口近くにマッサージ機あったよな……。ちょっと気になってたし、やってみるか……)
そんな事を考えながら、志騎はゆっくりとした動きで脱衣所へと向かった。
「----そう言えばさ、刑部姫。昨日言ってたゾディアックストライクって何なんだ?」
「あ?」
所変わって、女湯。そこでは須美達三人娘に加えて、新たに安芸と刑部姫が露天風呂に浸かっていた。温泉に浸かって機嫌良く鼻歌を唄っていた刑部姫は、銀から突然そんな質問をされて瞬時に不機嫌そうな表情になった。
「いや、別に質問しただけなんだからそんな嫌そうな顔しなくても良いじゃん……。ほら、昨日言ってただろ? ヴァルゴのゾディアックストライクを使ったとかなんとか……。昨日の爆音って、それが原因だったんだよな?」
「ああ……」
そこで刑部姫も昨日自分が言った事を思い出したのか、何かに気づいたような表情を浮かべていた。そう言えば彼女達にはゾディアックストライクについては何も話していなかったという事を思い出す。刑部姫は面倒くさそうな顔をしていたが、やがて渋々とした口調で説明を始めた。
「ゾディアックストライクは志騎のゾディアックフォームに対応する個々の必殺技の事だ。必殺技と言ってもフォームごとに特色があってな、例えばお前達が最初に見たキャンサーのゾディアックストライクは相手の技を倍増してそのまま相手に返す『キャンサーリフレクト』って具合にな。で、ヴァルゴのゾディアックストライク『ヴァルゴデストラクション』は一番破壊力がある技でな。威力を殺したものの、技の余波で私達まで吹っ飛ばされたってわけだ」
「ちょ、ちょっと待って! 威力を殺したって、あれで!?」
信じられない、と言うように須美が声を上げた。
だがそれも当然だろう。何せ爆音が離れた須美達の方まで届き、海水は天高く上がり、砂浜が大きく抉り取られた状態になっていたのだ。あれで威力を殺したとは、到底信じられる話ではない。
「実際あれでも威力を減らした方だ。あまりにも威力が大きすぎるから、被害が比較的少ない海水に向けてぶっ放せと指示したからな。もしも普通に砂浜とかに向けて放っていたら、冗談抜きであの辺一帯の地形は変わっていただろな」
聞いてみると冗談みたいな話だが、あれだけの破壊力を見せられた後では冗談ではないという事が分かってしまう。刑部姫の言う通り、もしも海水に向けてではなく普通に砂浜とかに向けてゾディアックストライクを放っていたら、地形が大幅に変わってしまっていた事だろう。そしてそうなった場合、大赦の隠蔽作業も非常に大掛かりなものになってしまっていただろう。ついでに、安芸の胃痛も大変な事になっていたに違いない。
「へぇー……。でも良いなぁ! 必殺技って響き、なんだかカッコいいし! あたしも必殺技欲しいなー」
ついさっきまで必殺技について語っていた銀がそう言うと、刑部姫がはっと馬鹿にするように鼻を鳴らした。
「モノを考えずに話せるというのは気楽なものだな。そこまで来ると逆に羨ましいぞ、三ノ輪銀。良いか? あれは確かに非常に強力な必殺技と言えるだろう。だがもしも、お前がバーテックスと戦っている最中にあれをやられたら、どうなる?」
刑部姫からそう言われて、三人はその時の事を頭の中に思い描く。
あれだけの破壊力を生み出せるという事は、攻撃範囲も半端なものではないだろう。そして銀はバーテックスと近接戦を行っている真っ最中だ。もしもそんな中に、威力・攻撃範囲共に凄まじいヴァルゴのゾディアックストライクを放たれたら、どうなるか。
その答えが分かった銀は、やや顔を引きつらせながら言った。
「……巻き添えを食らうな」
「そうだ。確かにゾディアックストライクは強力な必殺技だ。だが使いどころを間違えれば味方にも被害が及ぶし、場合によっては昨日の志騎のように自分自身にも何らかの反動が来る可能性だってある。そうならないようにするためには、システムそのものに対しての深い理解、そして一緒に戦う人間との強い信頼関係が必要になってくるというわけだ」
そこまで言うと、刑部姫は何故か不機嫌そうな表情を浮かべると小声で呟く。
(……私としては、あまりお前達に志騎に深入りして欲しくないんだがな)
「……? ひめちゃん、何か言った?」
「何も言ってない。まぁそういうわけだ。精々仲間割れとかしないように気を付けるんだな。安芸、私は先に出るぞ」
「ええ、分かったわ」
刑部姫は安芸にそう言うと、ふよふよと羽を動かして露天風呂を出ると一足先に脱衣所へと向かった。
「刑部姫を先に出しちゃって大丈夫なんですか? 旅館の人に見られたら騒ぎになってしまうんじゃ……」
「大丈夫よ。精霊は普通の人には見えないから。見えるのは私達大赦の人間とあなた達勇者だけよ」
そう言えば確かに、この合宿中に刑部姫は一人で行動する事もたまにあったが、旅館の人に見られて騒ぎになるような事はなかった。須美にはそれが少し不思議だったが、安芸の言う通り普通の人間には見えないという理由ならば納得がいく。彼女の事だから、普通の人間には見えないのを良い事に旅館の中を好き勝手に飛び回っていた事だろう。
「……ねぇ三人共。私からこんな事を言うのはおかしいと思うけれど……天海君の事を、よろしくね」
「え?」
突然安芸から放たれた言葉に須美と園子が思わずきょとんとすると、安芸は普段は滅多に見せない柔らかな笑みを浮かべながら続ける。
「彼、あんな性格だから分かりづらいと思うけれど、本当はあなた達の事を信頼しているのよ。だから……これからも、彼と友達といてあげて」
思わぬ言葉に須美と園子は一瞬返答できなかったが、すぐに笑顔で「はい!」と二人揃って力強い返事をした。さらに銀は勢いよく湯船から立ち上がると、自信のこもった笑みを浮かべながら安芸に言う。
「大丈夫ですよ安芸先生! 志騎の事はあたし達に任せてください! あいつは、あたし達の大切な友達ですから!」
「ええ、ありがとう三ノ輪さん」
銀の言葉に、安芸は微笑みながら言った。
一方、須美はそんな安芸の態度に少し違和感を覚えていた。
安芸は生徒思いの性格だが、安芸にとっては志騎は自分のクラスの生徒の一人にすぎないはずだ。それなのに志騎の事を直々に自分達に頼むというのは、少し奇妙に思えたのだ。その姿はクラスの担任の教師というよりも、まるで姉のように見えた。
とは言っても、それは志騎と安芸の関係を知らない人間の反応としては当然とも言えるだろう。実際、学校でも安芸が志騎の育ての親だという事を知っている生徒は銀ぐらいなので、それ以外の生徒は知るはずもない。なので須美のこの考えはむしろ当然とすら言える。そして志騎と安芸の関係に気付かない以上、須美はその胸の違和感を拭い去る事はできない。
須美は安芸を見ながら、そんな違和感に思わず内心首をかしげるのだった。
入浴後、合宿最後となる豪勢な食事を済ませ、布団を敷いた須美達三人が部屋でくつろいでいると、枕を抱えた銀が何故か笑顔でこんな事を言ってきた。
「ふふん。お前ら、合宿の最終日に、簡単に寝られると思ってる~?」
「自分の枕を持ってきてるから、簡単に寝られるよ~」
と、鳥の着ぐるみの形をしたパジャマに身を包んだ園子がデフォルメされた猫型の枕を撫でながらのんびりとした口調で言う。
「それ、名前タコスだっけ?」
「サンチョだよ~、よしよし~」
「……で、園子さん。その服は?」
彼女が着ている服に銀が控えめに言うと、園子はぴょんと体を勢いよく起こすと両腕をバタバタバタ! と派手に動かした。
「鳥さん~! 私焼き鳥好きなんよ~!」
「うん、旨いよね……」
鳥が好きなのに焼き鳥が好きとはどうなのだろうとは思うが、それはあえて口には出さない。きっと見るのも好きだし、食べるのも好きだという事だろう。
と、二人がそんな漫才めいたやり取りをしていると、園子と同じように布団に寝転がっていた須美が身を起こした。
「とにかく駄目よ! 夜更かしなんて」
「マイペースだな須美……」
「言う事聞かない子は、夜中迎えに来るよ……?」
「む、迎えに来る~!?」
両手をだらりと下げたわざと低い声音で言った処からすると、須美が言っているのは幽霊の類かと思うが、何故か半泣きの園子が連想したのはゾンビだった。まぁ幽霊にしてもゾンビにしても、両者ともまだ小学生にとっては恐ろしいものなので脅しとしては十分だろうが。
「そんなホラーはやめて、好きな人の言い合いっこしようよー」
と、突然の恋話に二人の視線が銀に向くと同時に頬がうっすらと赤く染まる。どうやらいつもは生真面目な須美とのんびりとした園子でも、色恋に対する興味などは普通の女子と何ら変わりないらしい。少し照れた口調になりながらも、須美が銀に尋ねる。
「好きな人って……三ノ輪さんはどうなの?」
「あえて言うなら……弟とか!」
と、須美の質問に銀は胸を張って答えた。
「家族はずるいよ~」
「私もいないから、おあいこね。乃木さんは?」
須美が尋ねると、何故か園子はふっふっふーと意味深に笑ってから答えた。
「私はいるよ~」
その言葉に、須美は「えっ!?」と驚きの声を上げ、銀は「おおー!」と歓声を上げる。好きな人の言い合いっこという提案をした銀だったが、園子に好きな人がいるというのは意外だったらしい。
「コイバナ来たんじゃない!?」
「だ、誰!? クラスの人!?」
「うん! わっしーとミノさんとあまみん!」
「だと思ったよ……」
だが、園子の口から出たのは自分達の名前と志騎の名前だった。志騎は男性だが、園子の口調からすると異性としてではなく、友人として好きである可能性が非常に高い。いや、園子の性格からして絶対にそうだろう。ある意味予想通りと言えば予想通りの答えに銀と須美はがっくりとうなだれた。と、二人がうなだれていると園子が何故か「う~ん」と何かに悩んでいるような声を上げた。
「どうしたの? 園子」
「あまみんって、好きな人いるのかなって思って~」
「天海君に?」
そう言われると、確かに気になる。いつも冷静で色恋などにまったく興味がなさそうな志騎に、好きな人がいるのだろうか? 気になって須美と園子が視線を向けたのは、やはりというべきか幼馴染の銀だった。彼女はうーんと園子と同じように悩むような声を出しながら、
「たぶん、いないと思うぞ? あいつからその手の話を聞いた事はないし」
「そうなんだ……。じゃあ、天海君も好きな人は……」
と、須美の言葉が途中で止まった。何故なら、園子が先ほどと同じように何かを考えているような表情を浮かべながらうんうんと唸っていたからだ。やがて園子は銀に視線を向けると、彼女にこんな事を言った。
「ねぇミノさん。あまみんって、ミノさんの事好きだったりしないのかな~」
「……えっ?」
園子の突然の発言に銀は思わずぽかんと目を丸くするが、次の瞬間面白い事を聞いたと言うようにぷっと噴き出した。
「あはははは! ないない! きっとあいつにとってあたしは、手のかかる姉みたいなもんだよ。今までずっとそんな感じで過ごしてきたし」
「じゃあ、ミノさんは? ミノさんも、あまみんの事弟みたいに思ってるの?」
だが納得がいかないのか、園子はぐいぐいと銀に攻めていく。やけに攻めていく彼女の姿が須美にとっては少し印象的だったが、銀の方は質問に答えるのに意識が向いているせいかその事に気付いている様子はない。銀はうーんと腕組みをしながら考え込み、
「……そうだなぁ。あたし達、結構一緒に過ごしてきたし。どっちかって言うと、家族みたいな感じかな。それはきっと志騎も同じだと思うよ。だから、異性として好きかって言われるとちょっと分かんないなぁ」
それは今まで幼馴染として過ごしてきたがゆえの弊害だろう。小説やドラマなどでは、幼馴染のカップルは大抵物語の初期では家族のような関係で過ごしてきたがゆえに、互いに対する異性としての好意を自覚できていない場合などが大半である。物語が進めばその好意を自覚し関係を発展させていく事もあるが、そうはならずずっと幼馴染としての関係を保ったままの場合もある。とは言っても今の志騎と銀の様子を見てみるとどちらの道もあり得そうなので、二人がずっとこのままなのか、それとも今の関係を発展させるかはまだ断言はできない。
「てか、勇者の恋愛模様がこんな感じで良いのかねぇ……」
銀がまったく色気のない自分達の恋話に沈んだ声を出すと、須美がぐっと拳を握りながら強い口調で言う。
「良いのよ! 私達には、神聖なお役目があるのだから! 明日も励もう! 安芸先生も言ってたでしょ! 家に帰るまでが合宿よ!」
「へーい」
「消灯!」
須美の声を合図にして、天井の電灯が消される。そして三人は暗闇と疲れで瞼がどんどん重くなり、やがて夢の世界へと旅立っていく……はずだった。
「へっ!?」
「なんだこれ!?」
驚愕の声を出す須美と銀の視線の先には、暗くなった天井に浮かぶいくつもの星々の輝きがあった。無論天井は普通のものであり、四国の夜空を映し出すような非常にハイテクノロジーの技術で作られたものでは決してない。となると、原因は恐らく残り一人の勇者によるものだろう。その勇者はうつ伏せになり、眠たそうに眼を閉じながら言った。
「プラネタリウム~」
「何故ここに……?」
「奇麗だから持ってきたの~」
「消しなさい!」
「しょぼん~」
須美の言葉に、園子は文字通りしょぼんとした様子を見せながら持ってきたプラネタリウムの電源を消す。
そしてようやく三人は、夢の世界へと旅立っていくのだった。
翌日。旅館の前には来るとき同様、四人のための貸し切りバスが止まっていた。が、そのバスの中にいるのは運転手を除くと、初日と同じように二人だけだった。
「む~……!」
「すぴー、すぴー」
その二人とはもう言わずもがな、眉をひくつかせる須美と鼻提灯を膨らませて幸せそうに眠る園子の二人だった。もうここまでくるとデジャビュを感じさせる。そして当然の如く、須美は初日と同じようにこう言った。
「遅い!」
と、とその言葉の直後、荷物を持った銀と志騎がバスに入ってきた。志騎はむすっとしたやや不機嫌そうな表情を浮かべ、銀は頭を軽く掻きながら須美に言った。
「ごめんごめん! 野暮用で……」
「野暮?」
須美に怪しそうに見つめられながら、志騎と銀はバスの席に座った。志騎が何やら文句を銀に言った後、右手で軽く銀の後頭部を小突き、銀は悪い悪いと言いながら志騎に謝る。
(な~んか、怪しい……)
野暮用と言って遅れる銀を怪しむが、当然その考えは口には出さない。仮に口に出したと言っても、銀と志騎が正直に話してくれるとは思えないからだ。
こうして、四人を乗せたバスは彼らの街へと戻るのだった。
数日後。
合宿を終えた四人は神樹館へと通う通常の生活へと戻っていた。今教室には須美と園子、そして志騎がクラスメイト達と一緒に席に座って安芸先生からの連絡を聞いている。だが、四人の勇者のうち一人だけこの教室にはいなかった。
やがて廊下の方からドタドタドタ! と何かが走ってくる音が聞こえてきたかと思うと、次の瞬間少女----銀が教室のドアを開けて勢いよく入ってきた。
「ギリギリセーフ!」
「セーフ、じゃありません」
「すいません……」
だが当然遅刻のため完璧アウトだったので、銀は待ち構えていた安芸に出席簿で軽く頭を叩かれた。それを見て志騎が頭を抱え、クラスメイト達が笑う中で、須美は遅れてきた銀について考える。
(三ノ輪さんは遅刻が多すぎるわ……。でも理由を話そうとしないし……何か事情があるのかもしれない)
須美がそんな事を考えながら銀に視線を向けていると、なんと銀の背負っていたランドセルから猫の頭が飛び出した。
「(うわ~っ! こら! ダメだって!)」
慌てて銀が小声で言いながら、隠すかのように猫に覆いかぶさる。その声が少し大きかったため周りの生徒達の視線が銀に向けられるが、間一髪というべきか生徒達が猫の存在に気付く事はなかった。猫を連れてきた銀に目を丸くしながら、須美の中の銀への疑問がますます膨らんでいく。
(何故猫……!? 怪しすぎる……!)
そして須美は、心の中である事を決意し、ぐっと拳を固く握りしめるのだった。