天海志騎は勇者である   作:白い鴉

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志「『香川に住む勇者であり普通の少年、天海志騎はてぇんさい美少女精霊の刑部姫、そしその他の勇者の少女達と一緒にバーテックスと戦うお役目をこなしながら日々を過ごしていた。そんな日、彼は同じ勇者である鷲尾何某からある誘いを受け……』ってなんだこのさらりと悪意がこもった文章は」
刑「はっ、あいつらなどその他と何某で十分だ。本来なら名前を覚えるのも嫌なんだ。脳の容量がもったいない」
志「お前本当に嫌な奴だな」
刑「ははっ、安芸からもよく言われた。さて、このままだと前置きが長くなるのでさっさと締めるとしよう。第七話、張り切って行ってこい!」
志「はいはい」


第七話 三ノ輪銀をサーチしろ!

「ここが三ノ輪さんの家ね」

 日曜日の午前。鷲尾須美はクラスメイトであり同じ勇者であり銀が住む家の前にいた。とは言っても須美が銀の家の前にいるのは遊びに来たからではない。

 前から思っていた事だが、彼女はどうも遅刻の回数が多すぎる。それなのに理由は須美達には話さず、ただ野暮用とだけ言ってかわしている。それが本当に野暮用ならば良いのだが、もしも何か重要な理由があって授業に遅れているのならば、自分だけではなく彼女も安心してお役目に打ち込む事ができるように何らかの対策を練らなければならない。その理由を知るために、須美は銀の家へと来たのだ

 そして、今この場にいるのは須美だけではない。

「なぁ、鷲尾。何で俺まで付き合わされてるんだ? おまけに乃木まで……」

 不満げな口調で言ったのは、須美の右隣にいる志騎だった。さらにもう一人、園子も須美の左隣におり、初めて見る銀の家に楽しげに見つめている。

 志騎は本来ならば家にいるはずだったのだが、突然家に須美と園子が訪問してきて、理由はあとで話すから一緒に来てほしいと言われたのだ。何が起こっているかさっぱり分からなかったが、もしかしたら何らかの緊急事態が起こっているのかもしれないと思い、普段着から外出用の私服に着替えて二人についてきたのだが……連れてこられた先がまさか幼馴染の家だとはさすがの志騎も予想できなかった。

「天海君には悪いけれど、協力してもらうわよ。同じ勇者だし、何よりも三ノ輪さんの幼馴染のあなたなら三ノ輪さんの事をよく知ってるんじゃないかと思って。何か分からない事があったら、助言をよろしく頼むわ」

「だったら、別に俺が銀の事を後で教えるって形でも良いんじゃないか?」

「駄目よ! きちんと私の目で見ないと納得できないわ!」

「………」

 頭が固いというか、生真面目というか。固い決意を秘めた目で言う須美に、志騎は肩をすくめながらため息をついた。それから園子に視線を向けて「で、お前は?」と尋ねる。

「よく分からないけど、ミノさんのためなら私も頑張る~!」

 恐らく彼女は須美からあまり深い事情は聞かされていないだろう。だが友達のため、と言われれば彼女は喜んでその力を貸す。大切な友達のために一生懸命頑張る、それが乃木園子という少女だからだ。

 志騎はそれを聞いて再びため息をついた。どうやら彼女達の気が済むまで付き合うしかないようだ。

「……分かったよ。協力する」

 半ば諦め気味の志騎の言葉に、須美は満足げな笑みを浮かべた。

「ありがとう。じゃあ早速様子を……」

「ピンポンダッシュ~?」

「そんな恐ろしい真似は駄目よ!」

 何故か楽し気な口調で言う園子に須美が慌ててツッコミを入れた。軽いイタズラとして見られる事もあるかもしれないが、ピンポンダッシュはれっきとした犯罪行為である。仮にこの場で行い、しかもそれを行ったのが名家のお嬢様である須美と園子であるとバレた場合、面倒な事になるのは火を見るよりも明らかだ。ついでに志騎も育ての親である安芸から大目玉を食らうのは間違いないだろう。

 須美は三ノ輪家を囲う生垣の前にしゃがみ込むと、背負っていた細めのケースを地面に置いた。形としては望遠鏡を入れておくケースに近いが、あれよりも長さは短い。彼女に続いて志騎と園子もしゃがみ込むと、須美はケースから何かを取り出しながら、

「こっちにしましょう。こんな事もあろうかと持ってきたの」

「おー、本格的~」

「……いや、ちょっと待て。何で持ってきたんだ? 下手するとこれ、ピンポンダッシュと同じぐらいやばいような気がするんだが……」

 須美が取り出した物を見て園子が感嘆の声を上げ、反対に志騎は顔をひきつらせた。

 彼女が取り出したのは潜望鏡だった。何故彼女がそんな物を持っているのかが分からないし、おまけに潜望鏡の扱いにもまったく淀みがない。いや、それよりも潜望鏡を使って三ノ輪家を見ている今の須美の姿は第三者から見ると完璧に危ない人である。まだ小学生とはいえ、警察に通報されても文句の言いようのない姿だ。いざという時には、自分がどうにか目撃者に何か上手い言い訳をしなければならないかもしれないと志騎は本気で思った。そんな志騎をよそに、須美は潜望鏡の上部のレンズを生垣の上まで伸ばし、三ノ輪家にいるであろう銀を探す。

 そんな須美の姿を志騎が不安げな表情で見守っていると、三人の耳に聞き覚えのある声が飛び込んできた。

「----おい泣くなー。お前はこの銀様の弟だろー? ほら泣くなって。泣いて良いのは、母ちゃんに預けたお年玉が返ってこないって悟った時だけだぞ。ああ、ぐずり泣きが始まってしまったー……」

 それは紛れもなく銀の声だった。園子と志騎がそれぞれの目の前にあった生垣の隙間を覗き込むと、家の縁側でまだ小さい赤ん坊をあやす銀の姿が二人の目に入ってきた。銀は泣きそうな赤ん坊に困りながらも、ガラガラを取り出して赤ん坊の前で振る。するとそれにようやく赤ん坊は笑顔を見せ、目の前で振られるガラガラに向かって嬉しそうに手を振った。

「おー泣き止んだ! 偉いぞマイブラザー。まったく、甘えん坊な弟だよな。大きくなったら舎弟にしてこき使おう! おっ! お前はうちに慣れたか?」

 言葉とは裏腹に優し気に弟を抱きしめた銀の視線の先には、とことこと歩く猫の姿があった。と、そんな銀に家の中からまだ幼い少年の声がかけられた。

「ねーちゃん買い物はー?」

「はーい! ちょっと待ってねー!」

 かけられた声に返事をすると、銀は弟を抱いて声のしてきた方へと歩いて行った。

「ふわぁー! ミノさんワンダフルー! 子守とかお手伝いとかしてるよー!」

「あんな小さな弟達がいたのね……」

「ああ。あの赤ん坊は金太郎。つい最近生まれたばかりの銀の弟だ。さっき聞こえてきたのはきっと長男の鉄男だな」

 さすがは幼馴染というべきか、三ノ輪家の家族関係に詳しい。すると、それを聞いていた園子が志騎に尋ねた。

「あまみんが知ってるって事は、やっぱり弟さん達とも話した事あるの?」

「まぁそれはな。あいつんちとは俺が引っ越して来てからの仲だし。まだ鉄男が赤ん坊の頃から家に来てたりしてたから、もうすっかり顔馴染みだよ。今でもたまに来るけど、そのたびに鉄男からは一緒に遊んでってせがまれるし、ついでに銀からは金太郎の世話を頼まれたりするし」

「ほほ~、家族公認の仲って奴ですな~」

 ふふふふふ、と何故か意味深な笑い方をする園子に志騎は半眼になりながら「変な言い方をするな」とツッコミを入れる。すると、一部始終を見ていた須美がこんな事を呟いた。

「世話が大変という事なのかしら……」

 一番下の弟である金太郎は当然赤ん坊なので子守などは大変だろうし、それに加えて買い物などのお手伝いもこなしている。となると、やはりそれが学校での遅刻などに繋がってしまっているのだろうかと須美が思っていると、須美の呟きを聞いていた志騎がこんな事を言った。

「それだけで済むならまだ良かったんだけどな」

「……? どういう意味?」

「じきに分かるよ。さ、あいつ買い物に行くっぽいし、こっそりついていくぞ。途中でばれない様に気をつけろよ」

「大丈夫! 尾行ならこの園子にお任せあれ~」

「いや、悪いけどお前にだけは任せられないわ」

「そうね、乃木さんが尾行をしてたら100メートル先からでも分かる自信があるわ」

「しょぼ~ん」

 二人からの容赦のない言葉に園子はへこむが、それが二人の正直な意見である。もしも園子が尾行をしようとしたら、世界で一番有名な某名探偵の服装をして尾行しそうである。しかもご丁寧に新聞紙とパイプ型のタバコを持って。無論そんな恰好をしていれば周囲から悪目立ちする事間違いなしなので、志騎と須美の言葉はあながち間違いではないと言えるだろう。

 そんなやりとりをしながら三人は買い物鞄を持った銀が家から出てきたのを確認してから、彼女に見つからないように一定の距離を保って尾行を開始した。

 それからしばらく歩いていると、唐突に須美が志騎にこんな事を尋ねてきた。

「そう言えば天海君。天海君のご両親って、どんなお仕事をしているの?」

 須美が尋ねたのは、四人の勇者の中で志騎の家庭の事情がいまいちはっきりしていないからだ。

 須美と園子の家族は健在だし、銀の家も今見てきた通りだ。だが志騎の家だけは彼自身があまり口にしない事もあって、天海家がどんな家なのかよく分からない。

 そして何よりも気になるのは、その天海家で育った天海志騎という人間の事だ。こう言っては何だが、志騎は神樹館の生徒達の中では毛色がやや違う。そもそも神樹館は神樹の名を冠するだけあって小学校の中でもレベルが高く、当然そこに通う生徒達も質が高い、いわゆるお坊ちゃまとお嬢様が揃う学校である。だが志騎は見た感じそういった感じの生徒ではない。もちろん全員が全員お坊ちゃまお嬢様というわけではないが、それでも志騎がそれに当てはまらない少数派の生徒達の中でも珍しい存在である事は間違いないだろう。

 その理由は、彼の特徴でもある水色がかった白髪だ。実はまだ神樹館に入学したての頃、初めて志騎を見た生徒達はあまりに特徴的すぎるその髪を見て、彼が髪を染めているんじゃないかと思い込み志騎に話しかける事を避けていたのだ。幸いにも神樹館の生徒達はおっとりしている性格の持ち主が多いため、それが原因で志騎がいじめられるような事はなかったが、そのような事情のため当初は学校の中でも浮いた存在になっていた。最終的には幼馴染の銀が友達に志騎の髪の毛は地毛である事を話しそれが広まった事に加え、神樹館の教師である安芸が銀と同様の説明を生徒達に広めてくれたおかげでその噂は無くなり志騎も入学当初よりはだいぶ学校に溶け込めるようになったものの、今でもたまに事情を知らない下級生などからはその髪を悪意のない好奇心から見られる事がある。

 なお、髪の色を黒く染めてしまうという手段もあるにはあるがそうなったらなったでやはり染めているだの染めていないだの、何故染めているのかなどの噂が出てくる可能性が高く、それらの可能性を考えたらキリがないため志騎はもうこの髪は染めないでおこうと心に決めている。

 と、つまりはそんな事情のため志騎は名家のお嬢様である須美や園子、明るいムードメーカー的な存在である銀とはまた別の意味で目立つ生徒なのだ。そんな彼が育った天海家はどんな家なのか、彼の両親はどんな人物であるのかが気になるのは、同じ勇者であり友達である須美からしては至極当然と言えるだろう。話を聞いていた園子も、志騎の家族構成に興味津々なのか「そう言えばそうだね~」と言いながら志騎の顔を見つめている。

 だが、そんな二人に対する志騎の言葉はやや素っ気ないものだった。

「んー、知らね」

「知らないって……それって、具体的にはどんなお仕事をしてるか分からないって事?」

 聞いてみればあまりに無関心すぎるような気がするが、もしかしたらまだ志騎には理解できないような仕事をしている可能性もある。志騎もまだ小学六年生なので、聞いただけでは分からない仕事もあるにはあるだろう。

 と、須美はそう考えていたが、どうやらそれも違うらしい。志騎は手をひらひらと振りながら、

「あー、違う違う。そういう意味じゃない。本当に分からないんだ

 

 

 俺、親いないから」

 

 

 

「え?」

 志騎の口から放たれた予想外の言葉に、須美は思わずそんな声を出した。見てみれば園子もその答えは予想できなかったのか、口をぽかんと開けて目を丸くしている。志騎は何故二人がそんな表情をしているのか分からない様子だったが、やがてその理由にたどり着いたらしい。「ああ」と何かを察したような声を上げてから、

「そう言えば、お前達にはまだ話してなかったな。俺自身よく覚えてないんだけど、俺がまだ赤ん坊の時、かなり重い病気にかかったらしくな。もうほんとすぐに治るってレベルじゃなくて、何年もかけて治さなきゃならないほどだったらしい。それでずっと病院の治療室にいたんだと」

「その……ご両親は?」

「父親の方は俺が生まれてからすぐに姿を消したらしい。母親の方はしばらく病院にいる俺に会いに来てたりはしてたらしいけど、俺の病気がどれだけ経っても全然治らなかった事が嫌になったらしくて、俺を病院に置いたまま家族と一緒にどこかに引っ越したって聞いた」

「そんな………」

 志騎の口調は淡々としたものだったが、要するに彼の母親は重い病気にかかっていた赤ん坊の志騎を見捨ててどこかに去っていったのだ。母親としても、人間としても許されて良い行為ではない。

 すると、衝撃的な内容に目を見開いていた園子が志騎に尋ねた。

「その後、あまみんはどうなったの? 病院の治療費とかあるよね?」

「安芸先生が……正確には、安芸先生の家族が出してくれたんだよ」

「安芸先生が?」

 これまた予想外の人物の名前に、須美が目を丸くする。志騎は頷きながら、

「なんでも安芸先生は俺の母親と友人だったらしくてな。母親が去った後、いくら姿を消したとはいえ友人の息子を放っておけないって事で家族をどうにか説得して治療費とかを出してくれたらしい。何回か意識があった事はあるらしいんだけど、ある時を境に意識が全然ない状態が続いたらしくて、ようやく病気が完治して意識が戻ったのかちょうど六年前だったんだ」

「六年前って……天海君が六歳の時?」

 六年前と言ったら、ちょうど志騎が神樹館に入学してきた年だ。志騎は歩きながら、その時の事を先ほどと同じように淡々と二人に話した。

「目覚めた時の事はよく覚えてるよ。……真っ先に目に飛び込んできたのは、親の顔じゃなくて病院の白い天井だった。病気のせいかそれ以前の記憶が全然無くてな、自分の名前すらも分からなかった。そんな俺に声をかけてきたのが病室にいた安芸先生だったんだ。初めましてって挨拶して、俺の名前を教えてから俺に何があったのかを説明した後に、これから一緒に住む事を一方的に言ってきてさ。まぁ、家族がいなくなった俺に選択権なんて無かったから、むしろ助かったんだけど。で、病院を退院してから早速今の家に引っ越して、銀の家族と知り合って神樹館に入学して、今に至るって感じだな」

「……もしかして、その髪の色も?」

「ああ。俺も前に気になって安芸先生に聞いたら、そうだって言ってたからそうなんだろうよ」

 予想以上の志騎の過去に、須美は何も言えなくなってしまった。そして同時に、合宿の時に引っ越してくる前はどこに住んでいたのかを聞いた時に志騎が言葉に詰まったのもなんとなく分かるような気がした。

 彼は病気のせいで病院で目覚める以前の記憶がないと言った。自分が生まれたのは本当にその病院だったのか、本当に香川県で生まれたのかもきっと分からない状態だったに違いない。志騎の治療費とかを出してくれた安芸先生ならばある程度は知っていたかもしれないが、それでも彼の出身地などをきちんと把握しているのはそれこそ彼を置いて姿を消した母親のみの可能性が高い。

 と、そこで園子がある事に気付いたのか志騎に尋ねた。

「ねぇあまみん。安芸先生がこれから一緒に住むって事を伝えてきたって事は、あまみんは今も安芸先生と一緒に住んでるの?」

「そうだ。その事についても安芸先生が親を説得してくれたらしくて、俺を引き取ってくれてからずっと一緒に暮らしてるよ。……だから、正直あの人には頭が上がらない」

 それは間違いなく志騎の本心だろう。安芸家はれっきとした大赦の家系の一つだ。鷲尾家や乃木家には及ばないものの、それなりの財力は持っている。しかしそれだけの財力を持っていても、子供一人を育てるのにはやはり手間がかかるし、何よりも安芸はまだ若い。その彼女が安芸家の援助があったとはいえ、まだ子供だった志騎を育てるのには苦労があっただろう。それでも彼女は志騎を見捨てる事無く育て続けてきた。志騎にとってそんな安芸は、育ての親であると同時にどれだけ感謝しても仕切れない恩人であるのだろう。

 そして、合宿の時に安芸が須美達に志騎の事を頼むような事を言ってきたのも分かった。彼女にとっては志騎は自分の生徒の一人であると同時に、自分の家族のような存在なのだ。彼の事を心配して、須美達にあんな事を言ったのも無理はないだろう。いくら学校では厳しい先生としての面を見せているとしても、彼女も一人の人間なのだから。

 だが、そこまで聞くとある疑問が浮かび上がってくる。須美は恐る恐る、志騎にその疑問をぶつけた。

「ねぇ、天海君。気を悪くしてしまったら申し訳ないのだけれど……。天海君は、お母様とお父様を恨んでる?」

 正直言ってここまで話を聞いた限り、志騎の母親と父親に対する須美の印象は悪いと言わざるを得ない。何せ、父親の方は志騎が生まれてからすぐに姿を消し、母親は親である責任を放棄して病に苦しんでいる赤ん坊の志騎を見捨てて家族と一緒にどこかに逃げたのだ。安芸の親が志騎の治療費を肩代わりしてくれたから良いものの、一歩間違えれば適切な治療を受けられず志騎はそのまま死んでいた可能性だってあるのだ。目の前の少年が直接目にした事の無い両親を恨んでいても仕方がないとすら言えるだろう。

 だが、この質問は志騎の心にさらに踏み込んでしまう質問である。だから志騎に睨まれて仕方ないとすら思っていた須美だったが……、当の本人から放たれたのは、また意外な言葉だった。

「いや、別に」

「……え?」

 あまりにもあっさりと放たれたその言葉に、須美はおろか園子ですらもぽかんとした表情を浮かべる。志騎は怪訝な表情を浮かべながら、

「正直、顔も覚えてないしな。そんな人間を恨んでるか? と言われても正直ピンとこないし。まぁ子供を捨てた事については思うところがないわけじゃないけど、正直仕方ないって思う」

「仕方ないって……天海君、あなたのご両親はあなたを見捨てて消えたのよ!? それのどこが仕方ないの!?」

 志騎の言葉に、須美は思わず声を大きくしてしまう。周りの通行人の何人かと園子が驚いた表情を須美に向けるが、幸い前を歩く銀には聞こえなかったらしい。

 一方、志騎は何故か困ったような表情を浮かべながら、

「あのなぁ、考えてもみろよ。安芸先生は今25歳だ。で、その友達なら大体同年代ぐらいだろ? そして俺が今12歳だから、単純計算すると俺の母親が俺を生んだのは13歳ぐらい、今の俺達とそんなに歳が変わらない。そんな奴が子供を妊娠して産んだってだけでも大変なのに、育てるのはさらに大変だろ。しかもそんなに若いのに妊娠したって事は、たぶん何かのはずみかなんかで俺を妊娠したって事だ。知らない内に妊娠して出産までした子供が重病にかかって意識不明の状態になったら、現実に耐え切れなくて、子供を置き去りにして逃げても仕方ない事だろ」

「それは……そうかもしれないけど」

 志騎の言葉に須美は思わず頷くが、どうも納得がいかない。それは園子も同じなのか、須美と同じように浮かない表情をしている。

 確かに話だけ聞いていれば仕方のない事なのかもしれない。だが、だからと言って子どもを置き去りにしてどこかへと消えるのはやはり許される行為ではないし、仕方のないという言葉だけで済まされる話ではない。

 だが、何よりも一番分からないのは捨てられた当の本人である志騎だ。捨てられたのは間違いなく彼自身のはずなのに、彼の口調はまるで自分とは違う誰かの事を話しているかのように淡々としたものだった。その口ぶりや表情には怒りや悲しみなどといった感情はない。ただ自分の身に起こった事を、何の感情もこもっていない声音で話している。まるで過去に起こった歴史を訪れた人々に伝える、歴史博物館の機械音声のように。

 それが須美と園子には、ひどく奇妙に見えた。

「……おい、二人とも。ぼけっとするな。銀に置いて行かれるぞ」

 そう言って志騎は遠ざかっていく銀との距離を詰めるように早足で歩いていく。須美と園子は一瞬顔を見合わせるも、すぐに志騎と同じようにやや早足で彼の跡をついていくのだった。

 そんな事をしながら三人が近くにあった街路樹の陰に隠れて銀を観察していると、園子が唐突に声を上げた。

「あ! わっしー、あまみん見て見て!」

 彼女が声を上げたのは、銀の行動に変化があったからだ。銀は近くのベンチに座り込んでいたおじいさんに声をかけられたのか、おじいさんの方に歩み寄るとその手を引いてどこかへと歩いていく。

「道を尋ねられたのかしら?」

「そうっぽいな」

 そして銀がおじいさんに道を案内してあげ、ようやく買い物の再開かと思われたその時、今度は女性に道を尋ねられていた。銀が先ほどのおじいさんと同じように女性に道を教えると、女性は丁寧なお礼を言って去って行った。

「まただわ」

「ミノさんやさし~」

 だがそれからも、銀の人助けは続いて行った。

 ある時は倒れていた自転車を起こし。

 ある時は飼い主の手から離れた犬のリードを掴んで犬が走り去ろうとするのを防ぎ。

 こんな感じで、銀の行く先々で何故か何らかのトラブルが発生していた。

「ミノさんて事件に巻き込まれやすい体質なんだね」

「あいつは昔からあんな感じだ」

 トラブルに巻き込まれる銀を見て呟いた園子に、同じように様子を観察していた志騎が付け加える。

「んー、これも、勇者だからかしら」

「それは関係ないと思うがな、俺は」

 そしてついに買い物の目的地であるイネスにたどり着いた銀はその中へと入っていき、三人も続いて中に入っていく。

 が、イネスの中に入っても銀は迷子や子供同士の喧嘩など、様々なトラブルに巻き込まれ続けた。だがそれらに直面するたびに、銀はその場から立ち去ったりせずそれらのトラブルを次々と解決していく。

「巻き込まれてるっていうか、放っておけないのね……」

「言っただろ、あいつは昔からあんな感じだ」

 購入したたくさんの果物を落としてしまった女性の手伝いをする銀を見ながら須美が呟き、先ほどと同じように志騎が言う。するととうとう見ていられなくなったのか、須美は潜望鏡をケースに入れて、

「もう、見てられないわ。三ノ輪さん!」

「ん……? 須美に志騎!?」

「よぉ、銀」

「園子もいるんだぜ~」

「手伝うわ」

「ふぇ、え!? なんでお前ら……!?」

 どこからか現れた三人に当然の如く銀は驚くが、三人は理由はあとで説明する事を話してから銀と一緒に落ちてしまった果物を回収していく。 

 その後、果物を全て回収し終えて女性と別れた四人はフードコートで昼食を取る事にした。ちなみに注文したのは銀がチキンと皮つきポテト、園子と須美がうどん、志騎が味噌ラーメンだった。志騎は香川県民でありながら、何故か昔からラーメンが好きなのだ。

「じゃあ、三人共家の前から見てたっての!? うえ……なんか恥ずかしいなそれ……」

 切り分けたチキンをむぐむぐと食べながら銀が俯いて言うと、うどんを食べていた園子が明るく笑いながら言う。

「恥ずかしくなんてないよ~。偉いよ~」

「いつも遅れる理由はこれだったのね。でもたまに天海君も遅れてくるって事は、天海君も三ノ輪さんを手伝ってあげてたのね」

「巻き込まれたって言う方が正しいけどな」

 むぐむぐとラーメンの具である卵を食べながら志騎がそう返す。実際学校に遅れる事はないが、それ以外、つまりプライベートなどで銀と一緒にいると今のようなトラブルに巻き込まれて彼女と一緒に解決するという事がたびたびあった。なので本当ならばその事を二人に伝えるべきだったのだろうが、須美から自分の目できちんと見て確認すると言われた以上はその通りにするしかない。言葉通り、彼女自身の目で見なければ納得しないだろうと思ったからだ。聞く人次第では真面目過ぎる、と思われるかもしれないが、ちゃんと自分で見て確認したいと思い行動する須美の性格そのものは、志騎は嫌いではなかった。

「でもああいう事情があるなら、言ってくれれば良いのに~」

 すると園子の言葉に、銀は苦笑を浮かべながら、

「それは何か、他の人のせいにしてるみたいで……。何があろうと遅れたのは自分の責任なわけだしさ。だからいつも志騎には口止めを頼んでるんだよ」

「あまみんも言ってたけど、昔からそうなの?」

「ついてない事が多いんだ……。ビンゴとか当たった事無いもん」

「そういや確かに、お前がそういうのに当たったの見た事無いな」

 とほほー、と銀は口に出して言うが、次の瞬間その表情が険しいものに変わった。

 その理由は三人にもすぐに分かった。四人の周りで日常を過ごしていた人々の動きが、一斉に止まったのだ。まるで、時間の流れが急に停止したかのように。

 その直後、大橋にある大量の鈴が一斉に鳴り出した。

----バーテックス襲来の合図だ。

「ほらな。日曜台無し」

「ま、休日に攻めてくるのはある意味合理的だな。バーテックスも中々頭が回る」

「何感心してんだよ」

 そんな漫才めいたやりとりを交わす二人の前で、須美は表情を引き締めるとスマートフォンを取り出す。

(今度こそ、私が……!)

 そして樹海化が発動し、一面が巨大な蔦と根で覆われた世界の中で、三人の少女達は勇者システムのアプリを起動し、舞い散る花弁に包まれながら勇者へと変身した。

 それを見た志騎もスマートフォンを取り出して、三つのアプリのうち一つをタップすると志騎の腰にブレイブドライバーが花びらと共に出現する。さらに雛菊の形をした紋章のアプリを起動すると、スマートフォンから女性の機械音声が流れる。

『Brave!』

 音声と共にブレイブドライバーの装置から前方に光線が照射されると、そこに志騎が変身するのに必要となる術式が展開する。ベルトから変身待機音が流れる中、両腕を軽く広げて体の真上で交差させてから両腕を軽く前に突き出すと、ベルトから再び音声が流れた。

『Are you ready!?』

「変身!」

『Brave Form』

 スマートフォンを顔の近くまで近づけ、音声に答えるように叫びながらに画面に表示された紋章をベルトの装置にかざすと、術式が志騎の体を通過し、純白の花びらが舞い散る中で志騎は勇者へと変身した。

 四人が変身を終えると、すぐに結界を超えてきたバーテックスの姿が四人の視界に入った。

「来たわ……」

 須美の言葉と共に、志騎は腰のブレイブブレードを抜きながらバーテックスの姿を観察する。

 今まで見てきたバーテックス同様その体はかなり巨大だが、何よりも目立つのはまるで角のような形をした四本の突起だ。突起はバーテックスの本体部分と太い紐状のもので繋がれており、その四本の突起は四本とも下を向いている。そのせいで、見方によってはその突起がバーテックスの体を支える足のように見えた。

「ビジュアル系なルックスしてるなぁ……」

「まずは私が、これで様子を見る……!」

 須美が弓に矢をつがえてバーテックスに放とうとした、その時だった。

 バーテックスが樹海の蔦にその突起を突き刺したかと思うと、次の瞬間四人を強い揺れが襲った。そのせいで銀達三人に加え、攻撃態勢に入っていた須美も体勢を崩されてしまう。

「きゃっ!」

「わわっ! なんだなんだなんだ!?」

「あの敵のせい~!?」

 よく見てみると、樹海に突き刺さった突起はかなり強めの振動を地面に与えていた。恐らく地面にあの突起を突き刺し、さらに突起そのものが振動する事で強烈な地震を周囲に与えているのだろう。直接的な攻撃力はないものの、これでは体勢を崩されてバーテックスに攻撃を加える事ができない。

 そんな地震の中、須美はどうにか立ち上がると再び弓に矢をつがえてバーテックスに狙いを定める。

(こ、今度こそ……!)

 が、その時須美の脳裏に先日のバーテックスとの戦いで自分が放った矢がバーテックスにあっけなく吹き飛ばされる光景が映し出された。もしも前回と同じように、自分の矢があっさりと吹き飛ばされてしまったら? そんな不安が須美の心を支配していくと共に焦りがじわじわと広がっていき、須美の体に余計な力が入っていく。

(今度こそ……!)

 だが焦りと不安に支配されかけていた須美の肩に、銀の手がポンと優しく置かれた。

「落ち着けって須美」

「三ノ輪さん……」

「私達と一緒に、倒そう」

「乃木さん……」

 柔らかな声をかける二人に続いて、志騎も須美の顔をまっすぐ見つめて言う。

「何のために合宿をやったか思い出せ。お前は一人で戦ってるんじゃない。……俺達が一緒だって事を忘れるな」

「天海君……」

「そうそう、合宿の成果を出す。そうだろ?」

「みんな……」

 仲間達からの励ましで肩から力が抜けたのか、須美は小さく笑みを浮かべた。

 だがそんな四人を前に、何故かバーテックスは地震を引き起こすのを止めた。それに四人が警戒すると、四つの突起のうちの一つが四人に向けられる。

 そして次の瞬間、まさに弾丸のような速度で突起の先端が四人に放たれる。まともに食らえば体に風穴が空きかねないほどの攻撃だが、いち早く攻撃を察知した園子が槍を傘状に変形させ、攻撃を防ぐ。

「うんとこしょっ!」

 気合の声と共に突起を弾き飛ばすと、三人に向かって叫ぶ。

「よーし! 敵に近づくよー!」

「「「了解!」」」

 リーダーからの指示に応えると三人は各々の武器を持ちバーテックスへと走り出す。

 が、バーテックスは四つの突起を地面に一瞬強く押し付けると、その際に生じる反発力を用いて空中へと高く跳躍する。そして下にいる銀と園子の志騎に向かって再び一つの突起を放つが、三人は跳躍して攻撃を回避する。そしてバーテックスの攻撃の隙をつき須美がバーテックスに矢を放つが、矢はバーテックスに届かず力なく落ちて行った。

「制空権を取られた!」

「降りてこいこらー!」

 銀が空中にいるバーテックスに叫ぶが、当然バーテックスが答える事はない。しかも不吉な事に、バーテックスの四つの突起がゆっくりと下がってきているのが四人の目に映った。

「何か仕掛けてくる……」

 嫌な予感を察したのか園子が呟いた直後、四つの突起が絡み合って高速で回りだしたかと思うと、強力な破壊力を秘めたそれが銀へと放たれた。それはまるで、立ちふさがるもの全てを抉り抜く巨大なドリルのようだった。

「ぐああああああああああっ! 根性ぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!!」

「ミノさん!」

 銀はどうにか双斧で攻撃を防いでいるようだったが、さすがにあれほどの大質量と破壊力を持った物体をそう長い間抑え込めるとは思えない。それは銀も分かっており、攻撃を懸命に叫びながら三人に叫んだ。

「一分は持つ! 上の敵を、やれぇえええええええええええっ!!」

 その言葉を聞き、三人は一斉に表情を険しくするが、その中でも一番動揺したのは須美だった。

(でも、そうしたら三ノ輪さんが危ない……!)

 銀の言葉通りどうにかバーテックスに攻撃を加えようとしても、その間に銀が無事でいられる保証はない。そんな迷いのせいで、須美は素早く行動できずにいた。その間にも、彼女の足元の蔦はどんどん焼けていく。このままでは現実世界に被害が出てしまうだろう。

(どうしよう、現実に被害が……! 三ノ輪さんが……! どうしよう……!)

 須美が再び迷いに心囚われかけた、その時。

「----おい」

 突然言葉を発したのは、志騎だった。彼は空中にいるバーテックスを睨む園子に何かを確認するかのように、

「あいつの高度は俺が下げる。叩き落すのは二人に任せても良いか?」

「え……」

 志騎の言葉に須美は戸惑うばかりだったが、対照的に園子の反応は素早く、志騎の言葉に力強く頷いた。

「----うん。あまみん、お願い!」

 その態度には、ただ志騎への全幅の信頼があった。志騎はリーダーの了承を確認すると、スマートフォンを取り出してZodiacのアプリをタップし、さらに一つのアイコンをタップする。

『リブラ!』

 スマートフォンから『天秤座』を意味する英単語が流れると、天秤座の紋章が表示されたスマートフォンの画面をブレイブドライバーにかざす。

『リブラ・ゾディアック!』 

 志騎の体の周囲に現れたいくつもの天秤座の紋章が志騎の体に吸い込まれると、瞬く間に志騎の勇者装束が変化した。勇者装束の色は純白から深い黄色に変わり、さらにブレイブフォームの各所にあった鎧が無くなっていた。そのため、その姿が防御よりも俊敏性を重視している事が見るだけで分かる。その両手には二本の剣が逆手で握られていた。

 志騎が上空のバーテックスを睨むと、その体を風が包み込む。そしてトン、と軽くつま先で地面を叩くとふわりとその体が浮かび上がり、次の瞬間志騎の体を包み込んでいた風がさらに強力になったかと思うと志騎は凄まじい速度でバーテックスへと飛び上がった。

 リブラ・ゾディアック。その特徴は二本の剣と俊敏な動きを活かした高速戦闘と、体に風を身に纏う事で可能となる空中飛行。十二のゾディアックフォームの中で、空中戦を得意とするフォームだ。

「はぁああああっ!!」

 志騎は素早い動きで一気にバーテックスとの距離を詰めると、両手に握った双剣を凄まじい勢いで振るってバーテックスの体を攻撃し、そのたびにけたたましい金属音が樹海に響き渡る。

 リブラ・ゾディアックは空中飛行が得意なものの、その反面一撃当たりの攻撃力と防御力はブレイブフォームと比べて低い。だがそれを補うのが相手の攻撃を軽々とかわす俊敏性と、その俊敏性を活かして放たれる双剣の連撃だ。一撃当たりの攻撃力は銀の斧と比べると低いが、攻撃の連撃速度ならば銀以上である。

 やがてその凄まじい連撃でバーテックスの体勢が崩れ高度も下がるが、まだ油断はできない。現にバーテックスの銀に対する攻撃はまだ続いており、少しでも気を抜けば銀はすぐさま巨大なドリルによって押しつぶされるだろう。

 だが、それでもバーテックスの高度を下げる事には成功した。あとは園子と須美がバーテックスへさらなる追撃を仕掛けるだけだ。

「ありがとう、あまみん! わっしー! 私達で、敵を叩くよー!」

 叫びながら園子が槍を振るうと、空中に長方形のように変形、分裂した槍の穂先がまるで階段のように並んでいた。

「わっしー! 上!」

「りょ、了解!」

 須美は園子が作った即席の階段を駆け上がっていくと、再び霊力の矢を弓につがえてバーテックスに狙いを定める。一方、攻撃を受け止めていた銀の腕からは攻撃の威力によって血が噴き出していた。

「ミノさん!」

「届けー!」

 気合の声と共に放たれた須美の矢は今度こそ高度を下げていたバーテックスの本体部分に直撃し、バーテックスは大きく体勢を崩してゆっくりと落ちて行く。またそのおかげで銀もドリルによる攻撃から解放され、目標を失ったドリルは樹海の地面を大きく抉り取った。

「ここから、出ていけぇええええっ!!」

 園子は分裂していた槍の穂先を一つに集中、巨大化させる事で威力を大幅に増すと、バーテックスに勢いよく突撃した。

「突撃ぃいいいいいいいいっ!!」

 勢いよくバーテックスに突撃した園子はバーテックスの体を貫通する事に成功したものの、その勢いを殺しきれず樹海の地面に衝突した。だが彼女は体を襲う激痛に負ける事無く起き上がると、志騎と銀に叫んだ。

「ミノさん! あまみん!」

「砕けぇええええええっ!!」

 園子と須美の叫びを受けながら、銀は落ちてくるバーテックスを見上げながら双斧を力強く握り、志騎は落ちるバーテックスを見下ろしながらスマートフォンを取り出す。

「三倍にして返してやる! 釣りは取っとけぇええええええええっ!!」

「フィニッシュだ!」

『リブラ! ゾディアックストライク!』

 銀の双斧に紋章が浮かび上がると共に、双斧から炎が噴き上がり銀はバーテックス目掛けて高く跳躍する。志騎もブレイブドライバーにスマートフォンをかざしてゾディアックストライクを発動すると、その身に凄まじい暴風を纏いながら体を高速回転させバーテックス目掛けて突撃する。両手に剣を握りながら高速回転し突撃するその様はまるで、立ちふさがるもの全てを吹き飛ばす竜巻のようだった。

 そして二人の必殺の威力を持つ攻撃が、バーテックスに直撃した。

「おりゃおりゃおりゃおりゃおりゃおりゃおりゃおりゃおりゃおりゃおりゃおりゃおりゃおりゃおりゃああああああああああああっ!!」

「はぁあああああああああああああああああああああああっ!!」

 銀の炎を纏った双斧による凄まじい連続攻撃と、志騎の刃の切れ味を纏った竜巻がバーテックスの本体部分を切り刻んでいき、ついにドゴォッ!! という強烈な音と共に銀と志騎の強烈な一撃が残った本体部分に放たれた。

 それを合図とするかのように、樹海を純白の光が見たし、色とりどりの無数の花びらが樹海とバーテックスを覆うように舞い散っていく。バーテックスを壁の向こう側に送り返す儀式、『鎮花の儀』が発動したのだ。

「へへ……始まった」

「鎮花の儀……」

「はぁ……やっとか」

 銀、園子、志騎はその光景を見て安堵の声を漏らした。なお、銀はバーテックスにとどめの一撃を放った後受け身に失敗して地面に思いっきり体を打ち付け、強風を身に纏い高速で移動していた志騎も着地に失敗して地面を思いっきり転がったので、二人とも体中傷だらけであった。とはいってもそれはバーテックスに強烈な一撃を与えながらも地面に衝突した園子も同じような有様だった。

 そんな三人の前で本体部分が小さくなったバーテックスは無数の花びらと光に包まれながら、ゆっくりと姿を消していく。

「終わった……」

 そして三人と同じように傷だらけになった須美はその光景を見上げながらぽつりと呟くが、やがて何故か暗い表情を浮かべて俯く。

 やがて鎮花の儀が完了し、樹海化が解けると、四人は大橋近くの草木が生い茂る広場の一角に仰向けで倒れていた。

「あー、痛てて……」

 バーテックスの攻撃を単独で抑えていた銀が声を漏らすと、そんな銀に園子が声をかけた。

「ミノさん、大丈夫?」

「疲れたよ……。腰に来る戦いだった……」

「ああして攻撃を受け止めてくれたから、私達が攻め込めたんだよ~。ありがとうね、ミノさん」

「そっちこそすごかったじゃん」

 確かに銀がバーテックスの攻撃を止めていたとはいえ、園子の攻撃も強烈だった。あの攻撃がバーテックスへの決め手の一つになった事は疑う余地もない。

「だって、ミノさんが一分持つって言ったんだから、一分は持つじゃない? それくらいあればなんとかなると思って~。長引かせると危険だもんね」

「まぁ、あれだけ言って一分持たなかったらあとでしばいてたけどな」

「おいおいやめてくれよ……。さすがのあたしもバーテックスじゃなくて幼馴染に殺されるような目に遭うのはごめんだぞ……」

「冗談だ」

「……お前の冗談って昔から分かりにくいよな。そのくせ心にくるという」

「悪かったな。……だけど、助かったのは本当だ。ありがとな、銀」

「……へへ、どういたしまして」

 そんな三人の会話を聞きながら、須美はどうして安芸が自分ではなく園子をリーダーに選んだのか初めて理解した。

(……先生は、見抜いていらしたんだ。乃木さんの、いざという時の閃きを。私は、迷ってるだけだった……。それなのに、家柄のせいで乃木さんがリーダーに選ばれたと思い込んで……。大馬鹿だ……。自分がしっかりしなくちゃって思ってたけど、ただ足を引っ張っていただけなんだ……)

 園子がリーダーに選ばれた時の自分の見当違いの考えと先ほどの戦いで迷ってばかりいた自分の態度を思い出し、須美は思わず涙が滲んでくるのを感じながら目をつむる。一方で、三人は傷で痛む体をそれぞれ起こした。

「あーあ! お腹空いたー!」

「うどん、食べてる途中だったもんねー」

「そうだな……何か食べたいけど、その前に安芸先生に連絡して傷の手当てを……」

 と、志騎がスマートフォンを取り出そうとすると、ふと泣き声が自分の近くから聞こえてくるのに気付いた。それに他の二人も気づいたらしく、三人の視線が自然に泣き声が聞こえてきた方向に向けられる。

 そこには、目元を赤く腫らしながら泣いている須美がいた。

「ど、どうした須美!? どこか痛いのか!?」

「どこが痛い? 救急車呼ぶか?」

 泣いている須美に銀と園子が慌てて、さすがの志騎も驚いてスマートフォンを取り出す。何せ、須美が泣いている姿は三人共見た事がないのだ。三人が取り乱すのも無理はないだろう。

「ち、違うの……私……。ごめんなさい……。次からは、初めから息を合わせる……頑張る……!」

 絞り出すように言う須美に、銀は彼女を安心させるような笑顔を浮かべた。

「ああ、頑張ろうな!」

「はい、わっしー!」

 園子はピンク色のハンカチを取り出すと、須美に優しく差し出す。須美はハンカチを受け取り目に当てながら、彼女に言った。

「ありがとう……そのっち……」

 彼女の口から放たれた言葉に、三人は思わず顔を見合わせてから、再び須美の顔を覗き込む。そして園子は嬉しそうな声音で、

「もう一回言ってわっしー!」

「……そのっち」

「おお~!」

 恥ずかしがりながらも確かに呼ばれたそのあだ名に、園子は心底嬉しそうな声を漏らす。それに続くかのように銀も何かを期待するような表情を浮かべながら言った。

「あたしは!? あたしは!?」

「……銀」

「えっ!?」

「……銀!」

 確かに呼ばれた自分の名前に、銀も嬉しそうな笑顔を浮かべた。それから髪の毛を恥ずかしそうに掻きながら、

「嬉しいなぁ! なんかようやく須美とダチになれたような気がする!」

「銀……」 

 嬉しそうな笑顔の銀を見て、須美もようやく小さな笑みを浮かべた。すると銀は何かに気付いたような表情を浮かべると、隣にいた志騎の腕をぐいと引き寄せる。

「で、志騎は!?」

「おい銀……。俺は別に……」

 が、志騎の声を遮るかのように、須美は小さいながらもはっきりとした声で彼の名前を呼ぶ。

「……志騎君」

「ああ、言うんだな……」

 そう言いながらも、志騎の表情はまんざらでもなさそうだった。もしかすると彼も口ではこう言っているものの、友達に名前を呼ばれて嬉しいのかもしれない。

 そんな三人に、須美はまだ目に涙を滲ませながらも小さな笑みを浮かべた。

「三人共……ありがとう。私も、頑張るから」

 須美の言葉に園子と銀は嬉しそうな笑みを浮かべ、志騎も口元に小さな笑みを作る。

 と、今度は何故か園子がそうだ! と言わんばかりに目を輝かせながら志騎に言った。

「ねぇあまみん。わっしーが私達の事名前で呼んでくれたのに、あまみんは私とわっしーの事名前で呼ばないの?」

「はぁ? 別に呼ばなくていいだろ。別に問題があるわけじゃないんだし」

 突然放たれた園子の言葉に志騎が眉をひそめながら返す。すると園子は、私傷つきました! と言いたそうな表情を浮かべて、

「ええ~。ひどいな~。私達はあまみんの事友達って思ってるのに、あまみんはそう思ってないんだ~。悲しいな~。よよよ~……」

 目に手を当てて涙をこらえているかのような演技を見せる園子に、銀とようやく泣き止んだ須美が乗っかる。

「そりゃあ仕方ないよ、園子……。どうせ志騎にとってあたし達はバーテックスと戦うために組んでる仲間……。いわゆる仕事上だけの関係って奴なのさ……」

「悲しいわね……。きっとこういうのが原因で、人の絆はどんどん薄れて行ってしまうのね……」

「うん……。お前ら、仲良いな……」

 いかにも悲しそうな表情を浮かべながら遠回しに志騎を非難する三人に、志騎は軽く表情をひきつらせた。まさか名前を呼ばないだけでここまで言われるとはさすがの志騎も予想外だった。しかも口ではなんだかんだ言いながらも、三人共チラチラと志騎の方を見ていつ志騎が二人の名前を呼ぶかをしっかり確認しようとしている。どうやら、きちんとこの場で名前を呼ばないと三人の気は済まないらしい。

(………仕方ないか)

 心の中でそう思いながら志騎ははぁ、とため息をつくと一度改まって三人に向き直る。すると園子は何かを期待するかのように目を輝かせ、須美も照れ臭そうにしながらも志騎の言葉を待つ。

「……園子」

「は~い!」

「……須美」

「は、はい」

「って、学校の点呼かよ!」

 まさに学校の朝によく行う点呼のような事を行う三人に銀が思わずツッコミを入れる。それを聞いて三人娘は顔を見合わせると次の瞬間笑い合い、志騎は呆れながらもその表情には、先ほどのような小さな笑みが浮かんでいた。

 こうして、四人の絆はさらに強くなるのだった。

 

 

 

 

 その後志騎が安芸に連絡を入れて、四人は市内の病院に連れてこられて大赦の人間による治療を受けると、家へと帰宅する事になった。だが志騎は折角なので安芸と一緒に今晩の夕飯の食材を買いに行くという事で志騎は安芸と一緒に病院に残り、銀達三人は一緒に帰路に就く事になった。

 銀と園子が夕日に照らされながら他愛のない世間話に花を咲かせている中、何故か須美だけは何かを考えこむような表情をしながら二人の後をついて歩いていた。すると、銀がそんな須美に気付いて口を開く。

「どうした須美? やっぱり、どこか傷が痛むのか?」

「い、いいえ。違うわ」

「じゃあ、どうしたの~?」

 園子が不思議そうな表情を浮かべて須美に尋ねると、須美は一瞬ためらう様子を見せながらも、やがておずおずと銀に言った。

「その……銀は、知ってたの? 志騎君の……家族の事」

 すると銀は目を少し見開いた。まるで、どうしてそれを? と聞いているような表情だった。

 だがすぐに事情を察したのか、ふっと口元に笑みを浮かべる。

「そっか。志騎から教えてもらったのか」

「え、ええ……」

 銀は二人に背を向けると、先ほどよりも歩幅を小さくして歩きながらポツポツと語り始めた。

「知ってたよ。まぁ、あたしがあいつから教えてもらったのは知り合ってから大体一年経ってからだけど」

「そうだったんだ……」

 そして、何故か銀は足を一度止めると二人にこんな事を聞いた。

「なぁ。その時の志騎、どんな様子だった?」

 え? と突然の質問に須美と園子が思わず銀の顔を見ると、彼女は真剣な表情で二人の顔をまっすぐ見つめていた。そんな銀の表情に驚きながらも、二人はその時見た志騎の様子を正直に口にする。

「正直……本当に気にしてなさそうだったわ。強がってるって感じでもなかったし」

「そうだよね~。普通だったら、あんな冷静にいられないと思うけど……」

 園子の言う通り、普通の十二歳の少年であればもう少し感情を表に出してもおかしくない。それはまだ精神が十分に成長しきっていない少年としては至極当然の反応だし、むしろその方が正常だ。子供はそうやって世の中や自分の周りに存在するあらゆる事実に向き合っていき、自分なりにかみ砕いて理解していき、やがて大人へと成長していくのだから。

 だから、まだ十二歳である上に親に捨てられたという自分の身に起きた事実を、ただ淡々と機械のように話す志騎の姿は、あまりにも奇妙と言えるだろう。言い方を少し酷くするのならば、不気味とすら言えるかもしれない。

「そっか……」

 銀はそれを聞くと再び二人に背を向けながら、

「あたしがあいつから初めて家族の話を聞いた時もそんな感じだったよ。他人のあたしですら納得できなかったし、志騎を捨てた家族にムカついてたってのに、あいつは全然怒りもしなかった。本当に自分じゃない誰かの事を話しているような調子でさ。それで話を聞いたあたしが怒ったら、あいつなんて言ったと思う? 『どうして他人のお前が怒るんだ?』だってさ。あたしが怒ってるのが本当に分からないって感じの顔でさ。もう、話を聞いてたあたしの方が『何言ってんだ?』って言うか……」

「……あまみんって、昔からそんな感じだったの?」

 銀が志騎と知り合ってから一年後に家族の話をしたという事は、志騎は当時七歳という事だ。彼は当時から、今のような感じだったのだろうか? 

 すると銀は、何故か困ったように頬を掻きながら、

「あ~……。いや、正直、今の志騎はだいぶ良くなったんだよ。人間らしくなったと言えば良いのかな……」

「……? どういう意味?」

 須美に問われた銀は肩をすくめながら、須美の疑問に答えた。

「……昔の志騎は、今とは全然違った。笑わないし、怒らないし、いつも無表情だった。口調も全然違ってて、須美のような敬語だったんだよ。だけど、その敬語も相手を敬って使ってるんじゃなくて、それしか知らないから敬語を使ってるって感じだったんだ。ロボットみたい……って言えば分かりやすいか」

「志騎君が?」 

 正直、信じられなかった。今の志騎も冷静であまり表情が変わらない所はあるが、それでもたまに銀に軽く怒ったりしているし、今日の戦いの後のように小さな笑みを見せる事もある。いつも冷静だが、それでも彼なりに周りの事を気遣い、何かアクションがあれば何かしらの反応を取る少年……それが須美と園子の志騎の印象だ。笑いもしなければ泣きもしない、ロボットみたいな少年では決してない。

「それに、変な所も結構あったんだよ。誰でも知ってるような事は知らないかと思えば、周りが知らない事を何故か知ってたりするんだ。例えば知り合ったばかりだった頃に買い物に誘って一緒に行ったんだけどさ、あいつじゃがいもや人参の名前を知らなかったんだぞ? それなのに前にテレビの番組で出てた、西暦の時代にあった世界一臭い食べ物が何か思い出せなくて、それがなんなのかあたしが志騎に話したら、『シュールストレミング。塩漬けのニシンの缶詰です』って一発で答えるし……」

「それは……なんていうか……色々と変ね」

 須美の言葉に、だろ? と銀は頷いた。ほとんどの人間ならば当然知っている人参やじゃがいもの名前は知らないのに、外国が滅びた神世紀で、知る人はほとんどいないはずの西暦時代の外国の食べ物の名前やどんな食べ物であるかは知っている。年齢の割には、あまりに知識のバランスがおかしすぎる。確かにそれは本人以外の第三者から見ると、変と言えるだろう。

「まぁ時間が経っていったらあまりそういう所は出なくなったけどさ。だけど、自分の事を他人のように見てるのは昔から相変わらずだなって須美達の話を聞いて思ったよ」

 銀はそれから両手を頭の後ろで組みながら、

「……でも、あたしはたまに志騎のそういう所が心配になるよ」

「心配って?」

「ほら、あたしも結構須美達に心配かけちゃったりするだろ? 今日もいつの間にか三人に尾行されてたし」

「ミノさん、自分を省みない所があるからね~」

 と、園子の言葉に銀はあははと苦笑しながら、

「ま、確かにそうだけど。でもあたしはこれでもちゃんと自分の事は考えてるつもりなんだよ。人助けが行き過ぎて怪我とかしちゃったらその人に責任を感じさせちゃうかもしれないし、母ちゃんや父ちゃんにも心配をかけるかもしれない。だから二人にも心配はかけちゃってるのは悪いと思うけど、これでも気を付けてるつもりではあるんだ」

 でも、と銀は一度言葉を区切ってから、

「志騎の場合は、自分を考えてない。他人の命は大切だって思ってるくせに、自分の命は勘定に入れてない。目的のためなら、自分の命を手段や物のように扱う。あいつの昔からの駄目な癖なんだよ」

 銀のその言葉に、須美と園子はある光景を思い出した。

 それは、三人が変身してバーテックスと戦っていた時の事だ。あの時志騎は変身方法を知らないどころか自分が勇者である事すらも知らなかったのに、ランドセルをバーテックスに投げて注意を自分に引き付けるという行動を起こした。だが、今までまったく普通に過ごしてきたはずの小学生がとっさの判断であんな事が果たしてできるだろうか?

 答えは、否だ。注意を引き付けると言えば聞こえは良いかもしれないが、それは一歩間違えれば命を失いかねない危険な行為だ。その上、志騎はあの時変身すらしていなかった。そのような状態でバーテックスの注意を引き付ければ、その結果は火を見るよりも明らかだろう。現にあの時、銀の助けが遅ければ志騎は高圧水流を受けて間違いなく死んでいた。そのような目に遭うかもしれないと考えれば、大抵の人間ならば動けずにどこか物陰で隠れているのが普通だ。 

 だが、志騎にはそれが無かった。バーテックスへの注意を自分に引き付けるという目的のために自分の命を手段として扱った。おまけにその後須美達と合流した志騎には、ついさっき命を失うかもしれなかったという恐怖や怯えを見せる様子が全く無かった。まるで、自分の命の事など最初から勘定に入っていないかのように。

 他人の命を手段として使わないくせに、自分の命は手段として平気で使う。

 銀達の命は大切だと思っているくせに、志騎本人の命は大切だと思っていない。

 それはあまりにも、矛盾した思考だった。

「……だからあたしは、時々すごく心配になる。このまま戦いを続けてたら、あいつがいつの日か、本当にあたしの手の届かない場所まで行っちゃうんじゃないかって……。それが、すごく怖くて……」

 そう呟きながら銀は、手を自分の胸の前でぎゅっと握った。沈みゆく夕日の赤い光に照れされるその横顔は、今まで須美と園子が見た事がないぐらいに、悲しげで、切ないものだった。

 すると須美と園子は優しい笑みを浮かべると、二人でそっと銀の手を優しく握る。それに銀が軽く驚いた表情を二人に向けると、須美が柔らかな声音で言った。

「大丈夫よ、銀。志騎君はどこにも行ったりしない。ううん、私達が行かせないわ」

「そうだよ。あまみんがどこかに行っちゃうのが怖いなら、私やわっしー、そしてミノさんがこうして手を握ってあげれば良いんだよ~。そうすれば、あまみんはどこにも行ったりしない。そうでしょ?」

「須美……園子……」

 銀は二人の顔をしばらくじっと見つめていたが、やがてにっと明るい笑みを浮かべた。

「うん、そうだな! なんたってあたし達、ダチ公だもんな!」

 その言葉に、三人を互いの顔を見合わせながら笑い合った。それから須美が何故か怒ったような表情を浮かべて、

「でも、志騎君にも困ったものね。女の子にこんな表情をさせるんだもの。一度きちんと叱らないと駄目かしら」

「ほんとほんと~! さすがの私も、激おこぷんぷんだよ~!」

「……いや、園子さんや。さすがにそれはちょっと古いと思うぞ、あたしは……」

 互いにそう言って笑い合いながら、三人は夕日に照らされながら帰路に就く。

 一方、銀と須美と一緒に歩きながら園子は先ほどの銀の顔を思い出しながら内心そんな事を考えていた

(……この前はあんな事言ってたけど、ミノさんやっぱりあまみんの事が……。むふふ~。ああいう顔を見ると、創作意欲が湧きたてられるんよ~)

 つい先ほどの銀の表情は、ただの幼馴染の少年に向けるような表情ではない。

 その表情は明らかに、ある感情を抱いている少女のものだった。

 だが彼女自身はきっとその気持ちに気付いていないのだろう。先日の合宿の時に、志騎は弟のように思っていると銀が口にしていた事からそれは明白だ。今まであまりに近い距離間で接してきてしまったため、銀自身がまだその気持ちの正体に気付いていない。きっと彼女はその気持ちが、弟を心配する姉の気持ちのようなものだと思っているに違いない。

 しかし、人よりも高い観察力を持つ園子は銀の気持ちの正体に気付いていた。

 とは言っても、それを銀に言うような事は園子はしない。その気持ちの正体には銀自身いつの日か気付くだろうし、その時どうするかは銀の判断だ。仮に彼女が自分達に何らかの相談をしてきても、快くその相談に乗ってあげれば良いだけの話だ。だから今は、急かすような真似はしなくても構わない。

 今はその時が来るかもしれない事をのんびりと待ちながら、大好きな友達と遊ぶ時間をたくさん過ごし、二人の関係を近い距離で見守らせてもらおうと園子は本当に嬉しそうな笑みを浮かべながら思う。

 しかし園子がそんな事を考えている事は、隣を歩く銀や園子はもちろん、現在安芸と一緒に買い物をしながら今夜作るハンバーグの中に刻んだピーマンを入れようと考えている志騎も含めて、誰も知らなかった。

 

 

 

 

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