天海志騎は勇者である   作:白い鴉

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志「今回で息抜き回も終わりか……ちょっと寂しいな」
刑「そうだな。……そして次回からが本格的に物語が動き出すぞ」
志「……前も言ったけど、本当にどういう事なんだよ?」
刑「この九話を最後まで読めば少し分かるさ。では第九話、張り切って行ってこい」



第九話 勇者達のeveryday! 後編

 

 

 志騎が定期健診を受けた翌日。

「オリエンテーションって、何するんだっけ~?」

「一年生と一緒に、楽しく遊びましょうって事さ」

 休み時間、志騎、須美、銀の三人は園子の席の周りに集まっていた。今朝の朝礼で安芸からクラスに、一年生とのオリエンテーションの事を伝えられたからだ。

 オリエンテーションの目的は、一言で言ってしまえば銀と言う通り一年生と一緒に楽しく遊ぶ事だ。もっと細かく言うと、最上級生である須美達六年生と最下級生である一年生が一緒に遊ぶ事で、いつもは滅多に交流する機会のない両学年の距離を縮める事が目的である。

 一方、志騎はうんざりとした表情を浮かべながら、

「俺あまりやりたくないんだよな……。今でも一年の教室の前を通ると、あいつらからジロジロと見られるし」

 自分の水色がかった白髪を指で弄りながら言うと、銀は困ったように笑いながら、

「そう言うなよ。志騎の髪の色は珍しいんだし、仕方ないだろ? 一年生達もお前を困らせたくてやってるわけじゃないんだしさ」

「確かにそうかもしれないが……」

 志騎と銀がそんな会話を交わしていると、三人の会話を聞いていた須美が口を開く。

「相手は真っ白な一年生……。私達の勇者のお役目は、この国を守る事。つまり!」

「つまり?」

「将来を見越して、愛国心の強い子供達を育成する事も、任務の一環と言えるわ!」

「……言えるか?」

「言えるんじゃないか。知らないけど」

 拳を握って力説する須美に銀が疑問の表情を浮かべ、志騎がやれやれと言わんばかりに返す。今日も彼女の日本を愛する心は変わらず絶好調である。

「何だか楽しそうだね~。じゃあ計画を立てようよ」

 と、園子が自分の机の中に手を入れた時。

「ん? あれあれ~?」

 そう言いながら園子が取り出したのは、薄いピンク色の封筒にハートの付箋が貼られた手紙だった。

「中にお手紙が入ってたよ~」

「果たし状か!?」

「気を付けて! 不幸の手紙かもしれないわ!」

「馬鹿かお前ら……」

 そんな三人をよそに、園子は便箋から手紙を取り出すとそれを広げて中身を見る。

「えっと~。『最近気が付けばあなたを見ています』」

「やっぱり決闘か! 場所はどこだ!?」

「呪いよ……! 清めの塩が必要かも……!」

「うん。頼むからお前らちょっと落ち着いてくれないか? あと須美、それどこから持ち出してきた。元の場所に置いて来い」

 須美は本当にどこから持ってきたのか、いつの間に神社などで見かけるお祓い棒を持って青ざめた表情を浮かべていた。手品師もびっくりの早業である。

「『私はあなたと仲良くなりたいと思います』」

「えっ?」

「ほぉ」

「ただの呪いよりも恐ろしい文章ね……!」

「だからどこから持ってきたんだよその札。まさか常備してるのか?」

 ついには須美は呪い除けの札まで取り出していた。ご丁寧に大赦の名前まできっちり書かれている。きっと前に大赦関連の施設に行った時に購入したのだろう。まぁそんな所は、十中八九神社に間違いないだろうが。

「『お役目で大変だとは思いますが、だからこそ支えになりたいと思います』だって~」

 園子が読み終えると、頬を赤くした銀がかすかに震えながら、

「も、ももももしやこれって……。あれじゃないか須美、志騎。初めに『ラ』がつく……」

「羅漢像!?」

「違う! ラブレターだ!」

「お前、まさかわざとやってるわけじゃないよな……?」

 奇妙な勘違いをする須美に銀がツッコミを入れ、志騎が半眼で須美を見る。するとようやく我を取り戻したのか、須美は一瞬沈黙し、

「ら、ラブラブラブラブ……!」

 と、顔を真っ赤にしてうろたえ始めた。一方、ラブレターをもらった本人は相変わらずのんびりとした調子で、

「わぁ~。私、ラブレターもらったんだぁ~。嬉しいなぁ~」

「何でそんなに冷静なの!? こ、恋文をもらったのよ!?」

 特に慌てる様子も見せずに素直に嬉しそうな表情を浮かべている園子に、まだ顔をかすかに赤くしている須美が言うと、手紙を少し広げながら理由を告げる。

「字とか封筒をよく見ればすぐに分かるよ~。出した人、女の子だよ」

「へっ……?」

「なんだ女の子か~」 

 園子の言葉に須美は固まり、銀はほっと安心したような表情を浮かべた。

「……いや、それはそれでどうなんだ……?」

 唯一、志騎だけはその事実に怪訝そうな表情を浮かべながら首を傾げるのだった。

 

 

 

 

 

「ほらほら~! 行くぞ園子ー!」

「あはははっ! はやいはやーい!」

 翌日、四人は各々水着姿で市内の屋外レジャープールにて遊泳を楽しんでいた。園子は浮き輪を使ってプールに浮かび、銀はそんな園子を押して遊んでいる。須美はまだプールに入らず準備体操を丁寧にしており、パーカー型のラッシュガードを羽織った志騎は水に静かに浮きながらのんびりと日光浴をしていた。

 なお、現在このレジャープールに四人以外の人影はいない。人気がないからとかそういう理由ではなく、なんと大赦が四人の休息のためにプールを貸し切ったのだ。さすがは勇者を支援する組織であり、総理大臣すら凌ぐ権限を持つ大赦のやる事は大きい。

「おい須美ー。お前いつまで準備体操してるんだよー」

 プールにいつまで経っても入らず、準備体操をこれでもかとしている須美に銀が声をかけた。声をかけらた須美は準備体操を中断すると、右手の人差し指をぴんと立てる。

「水の事故って怖いんだから。ちゃんと準備体操しないと、心臓がびっくりするわよ」

「貸し切りなんだから。遠慮なくがっつり遊ぼうぜ」

 すると、ふとある事に気になり園子が銀に尋ねた。

「ねぇねぇ。もし今敵が攻めてきたら、私達水着で出撃するの?」

「それは嫌だよなぁ。まぁイレギュラーなんて、そうそう起こらないだろうけど……」

「一体目だって早く来たのだから、気を緩めすぎない事」

「まぁ、大赦もそれを見越して俺達にこうして休暇を与えてくれたんだから、可能性は低いだろうけどな……。ああくそ、クリームソーダが飲みたい……」

 照りつける太陽で喉が渇いたのか、水に浮かんでいる志騎が呟く。と、水を体にかけてプールに入る準備をしている須美に銀が笑みを浮かべながら言った。

「ほんとボインだよな須美って。実は高校生じゃね?」

「もっといってるね~。大学生くらいかも~」

「はいはい」

 そんな二人の軽口を受け流し、須美はようやくプールに入ると三人に近寄ってきた。

「ねぇ銀。競争しない?」

「面白い。その挑戦受けた!」

「この後、オリエンテーションの作業あるから、飛ばしすぎないでねきゃあっ!」

「うおっ!」

 園子と志騎の驚く声が重なる。銀が「よーい、ドン!」と競争開始の合図をした事で二人が一斉に泳ぎだし、その際に生じた水しぶきが園子と志騎に勢いよくかかったからだ。一方の銀と須美はかなりの速度で志騎と園子からどんどんと離れて行ってしまう。二人の距離はそんなに離れておらず、正直どちらが勝つかは分からない状態だ。

「あはは~。聞いてないか~」

「聞いてないな、ありゃあ」

 そんな二人に園子は困ったように笑い、志騎も呆れたような表情を浮かべる。

「そう言えばあまみん、ひめちゃんは?」

「刑部姫の事か? 知らねぇよ、あいつこの頃飯の時以外とか全然顔出さないしな」

 実際、刑部姫は最近忙しいのか志騎の前にまったく顔を出さない。夕食の時などは頼んでもないのにタダ飯を食べに来るくせに、それ以外はどこにいるのか見当もつかない。前に刑部姫に最近何をしているのか尋ねてみたが、ちょっと仕事だとはぐらかされてしまった。おまけにその後に、自分がいなくて寂しいのかとにやにやと笑いながらからかわれたので、志騎はもう彼女にどこで何をしているのか聞かない事にしていた。

「そうなんだ~。こんな良い天気だし、一緒に泳ぎたかったな~」

「勘弁してくれ。ここまで来てあいつに振り回されたくねぇよ。でも、本当に良い天気だな……。眠くなってくる……」

 くぁ、と志騎があくびをすると、何故か園子はそんな志騎を見て笑った。

「あはは、なんかあまみんがあくびをしてるのって、珍しいかも~」

「あのなぁ、俺だって人間だぞ。別にガソリンを飲んで生活してるわけじゃないんだ。クリームソーダだって飲みたくなるし、眠くもなる。てか、俺があくびをしてるのってそんなに意外か?」

「意外だよ~。あまみんがあくびをしてるのって、初めて見たかも」

「……そうか?」

「そうだよ~」

 園子の言葉に、志騎は思わず黙り込んでしまった。おっとりしているように見えて、実は観察力の高い彼女が言うからにはきっとそうなのだろう。そう言えば確かに、他人の前であくびをするなど銀以外だと初めてかもしれない。それほどまでにリラックスできているという事なのか、それとも、園子や須美を信用しきっているからそういった一面を自然と見せる事が出来ているという事なのか、はたまたその両方なのか。

 と、銀と須美が泳いでいった方向で、銀の歓声らしき声が聞こえてきた。志騎と園子がその方向に視線を向けてみると、そこにはちょっと悔しそうな表情を浮かべている須美と片腕を上げてガッツポーズを取っている銀の姿があった。どうやら水泳競の結果は銀の勝利だったらしい。

「ミノさん、勝ったんだね~。すごいね~」

「ああ。須美も結構速い方なんだけどな」

 実際先ほどの須美の水泳速度は銀に勝るとも劣らないものだった。それでも銀が勝利したのは、やはり銀が普段から体を動かして遊んでいたのが有利に働いたからだろう。

 そうして、四人のプールでの楽しい時間はあっという間に過ぎていくのだった。

 午後。

「あふ~。だふ~」

「……ったく、言わんこっちゃない」

 机に項垂れながら画用紙にクレヨンで何かを描きながら力の抜けたため息をつく銀に、裁縫道具を使って布を縫っている志騎が呆れたように言った。彼に続いて園子も困ったような笑みを浮かべながら、

「あんなにプールで飛ばすから~」

 やはり、プールで行った須美との競争の時の疲れが響いているのだろう。今の銀の姿からは、いつもの彼女らしい明るさと活発さが少し無くなっていた。

 しかし銀は机から飛び起きると、無理やり元気を主張するかのようにぐっと両手を掲げる。

「なんの! もうひと頑張り!」

「当日が楽しみだよね~」

 銀と園子がそんな事を話していると、志騎と同じように布を縫っていた須美が唐突に口を開いた。

「ありがとう」

「……?」

 突然のお礼の言葉に三人に須美に視線を向けると、須美はちょっと照れたように笑いながら、

「三人のおかげで、最高のオリエンテーションになるわ」

 須美の言葉に銀と園子は顔を見合わせるとにっこりと嬉しそうな笑顔を浮かべた。一方、志騎は布を縫いながら少し困ったような表情を浮かべ、

「……その事なんだけどさ、マジであれやるの?」

 すると須美はキリっと表情を引き締めて、

「当然よ。愛国心の強い子供達を育成するためにも、今回のオリエンテーションは必要不可欠なものなのよ! やめるわけにはいかないわ!」

「いや、さすがにやめろとは言わないけどさ……。お前達がやるって言うなら付き合うけどさ……。でもあれはなぁ……」

 珍しく志騎が歯切れ悪く呟いていると、須美が何故か目をきらりと光らせながら志騎に尋ねた。

「それより志騎君。例のものは?」

「もう完成直前だよ。当日までには仕上げる」

「よろしくお願いね。オリエンテーションを成功させるには、あなたが作った例のものも必要なの! だから……!」

「分かってるよ。仕事はきちんとやる。だから安心しろ」

「ええ、頼りにしてるわ」

 須美の信頼のこもった言葉と笑顔に志騎はため息をつくと、チクチクと素早い動きで布を縫っていく。すると、その手つきを眺めていた園子が志騎に言った。

「あまみんって、結構お裁縫上手だよね~。家でもやってるの?」

 園子の言う通り、志騎の裁縫の腕前は男子小学生としてはかなり高かった。針を自分の指に突き刺すような事もなく、布を縫うのも早い。普段から家で裁縫をやっていければまず身につかない技術だ。

「家でもやってるっていうか……。安芸先生から叩き込まれてるんだよ。将来自分一人になってもきちんと生活していけるようにって。だから裁縫だけじゃなくて炊事洗濯とか、家事に関する事は全部一から教えてもらったし、他にも色々な事を教えてもらった」

「色々な事って?」

「礼儀作法とかマナーとか、他には他人や目上の人と会っても恥ずかしくないような姿勢や言葉遣いとかだな。安芸先生って教師だからかそこらへんかなり厳しくてさ、家事と一緒に徹底的に叩き込まれたよ。あとは……色んな習い事とかに通わされたな」

「そう言えばお前、今はそうでもないけど昔結構習い事とかに行ってたよな」

 クレヨンで絵を描いていた銀が言うと、興味を持ったのか須美が尋ねる。

「どんな習い事をしてたの?」

「それも色々だよ。生け花にお琴に書道に弓道、何故か日本舞踊、終いには茶道までやらされた。別に習い事が嫌だったりはしなかったけど、正直これが将来本当に役に立つのかって疑問に思った事はあったな……」

 右手の指を一本一本折り曲げて数えながら、志騎は当時の事を思い出して疲れたような息を吐く。習い事が辛かったという事は本当にないのだが、やはり家事や礼儀作法と比べると将来の自分のためになる事とは思えなかったので、今でもどうして安芸はそれらを自分に習わせたのだろうと思う事はある。

 すると、話を聞いていた須美が何故かずいっと志騎に顔を近づけると力強く言った。

「何を言ってるの志騎君! 役に立つに決まってるわ! 日本舞踊にお琴に茶道! これらは日本が生み出した素晴らしい文化なのよ! そういった文化を学ぶ事で日本を愛する心が強くなっていって、やがては愛国心溢れる子供達が増えていくの! 大丈夫よ志騎君! 今はまだ自覚がないと思うけど、日本の伝統芸能を身に着けたあなたなら、近い内にきっとその素晴らしさが分かる日がきっと来るわ!」

「……お、おう。そうだな……」

 満面の笑顔を浮かべた須美の情熱に、志騎は気圧されながら頷いた。須美の日本を愛する心は買うが、自分にそのような日が来るとはあまり思えない志騎だった。

「そうだ! 今度のオリエンテーションにあまみんに日本舞踊を踊ってもらうっていうのはどうかな~。私あまみんが踊ってるの見てみたいな~」

 笑顔の園子の発言を聞いて、須美はガタッ! と勢いよく椅子から立ち上がった。

「それは良い考えよそのっち! 志騎君の日本舞踊も加われば、まさに鬼に金棒よ! そういう事なら、家から志騎君に着てもらうための着物を当日持ってくるわ! 大丈夫! きっと似合うはずよ!」

「お、いいね! あたしも見たい!」

「時間が足りないに決まってるだろ! ってか、時間があっても絶対に踊らないからな!」

「「「ええ~」」」

「ええ~、じゃない! ほら三人共、とっとと手を動かせ! 当日までそんなに時間もないんだから! ったく……」

 志騎は非常に残念そうな表情を浮かべている三人に注意してから裁縫を再開する。同時に、余計な事を言うんじゃなかったと深いため息をつくのだった。

 

 

 

 そしてついにやってきた、オリエンテーション当日。

 教室では六年生と一年生がトランプやけん玉などの遊びを通して、交流を深め合っていた。

 そんな中、教室にぽんぽんぽん、と太鼓の音が響いた。教室の生徒達が音のしてきた方向に視線を向けてみると、そこには紙芝居舞台に(ばち)を持った銀が立っていた。そして紙芝居画面には、巨大な怪獣らしき絵が描かれていた。

「さぁ~。海の向こうから、悪い怪獣が我が国に攻めてくるぞ~! 大変だ大変だ~!」

 さらに銀がぽんぽんぽんとすぐ横にある小さめの太鼓を鳴らすと、太鼓の音と紙芝居につられて一年生達が紙芝居舞台の前へとやってきて、しゃがみ込んでいく。彼らを前にして、銀はさらに太鼓を鳴らしながら画用紙の裏に書かれた文章を感情を込めて読み上げていく。

「ずしーんずしーんずしーん、なんて奇麗な場所なんだ。この土地をよこせー! 図々しい怪獣がこんな事を言っているぞ! 君ならどうする!?」

 銀が手に持った撥で紙芝居を見ている少年の一人を指すと、彼はちょっと驚いた表情をしながら、

「え、えっと……。逃げる!」

「それだと、怪獣にここを取られちゃうぞー?」

「あ……どうしよう……」

 と、悩んでいる少年の横でお菓子を食べていた別の少年が勇ましい声で言った。

「戦う!」

 少年の言葉に、銀は撥をビッ! と振りながら、

「そう! あたし達には神樹様がついてる! 勇気を出して、戦いましょう!」

 と、銀が言ったその時だった。

『グルルルル……ワラワセルナ、ガキドモメ……』

「っ!? 誰だ!?」

 突然どこから聞こえてきた謎の声に、銀が叫ぶ。突然の不穏な雰囲気に、一年生達も不安げな表情を浮かべている。すると銀の声に答えるように、がらりと教室の扉が開かれた。

 開かれた教室に入ってきたのは、人間ではなかった。

 見る者の感情移入を拒絶する白目。 

 まるで剣のような、鋭く巨大な黒い背びれ。

 あらゆるものをなぎ倒す威力を秘めた、長い尾。

 それはどこからどう見ても----、銀が描いた紙芝居の中の怪獣だった。

「た、大変だー! 怪獣が神樹館に攻めてきたぞー!」

 銀が状況の割には少し緊張感のない声を上げると、紙芝居を見ていた一年生達は悲鳴を上げた。

 しかし一年生達に反して、傍から眺めている六年生達は彼らとは違う表情を浮かべていた。例えるならば、『よくやるなぁ』と言いたそうな、困ったような笑みである。

 そう、銀を含めた六年生達はその怪獣が----怪獣のハリボテの中身が、自分達の同級生である天海志騎である事を知っていた。そしてこの怪獣のハリボテこそが、須美が志騎に頼んでいた『例のもの』だったのだ。

 幼馴染の銀から志騎は実は結構手先が器用だという事を聞いた須美は、オリエンテーションを盛り上げるために、志騎に怪獣のハリボテのような物を作れないかと期待を込めて頼んだのである。須美の問いに、時間をかければなんとか作れると志騎が返した事で、このハリボテ怪獣が作られたというわけだ。

 ちなみにこの怪獣の名前は『外国怪獣ガジラ』である。名付け親は意外にも志騎で、名前の発音は外国から来たという理由からか、本当は『ガジラ』ではなく『ガズィラ』らしい。しかしそれだと言いにくいとの事で、最終的には『ガジラ』と呼ぶ事になった。

 ガジラはハリボテとは思えない滑らかな動きで教室の中に入ってくると、教室の一年生達を睨みつける。その動きだけではなく、外見もとてもハリボテとは思えない。何も知らない人が見たら、着ぐるみと誤解しても無理はないほどのレベルである。それほどまでに、志騎がこのハリボテ作成にかなりの力を入れた事が分かる。オリエンテーションを盛り上げる悪役のクオリティとしても、小学六年生が作ったハリボテの出来として、十二分の出来と言えるだろう。

 言える、のだが。

『グルルル……。ウマソウナガキドモダ……。コノトチヲシハイシタアカツキニハ、キサマラゼンインノゾウモツヲヒキズリダシ、ノコッタカラダヲミンチニシテ、ハンバーグニシテクッテヤロウ……! アア、ヨダレガトマラナイ……!』

 正直言おう。かなり怖い。声音がもう普段の志騎とは違って低音で怖いし、丁寧に涎を垂らす音までリアルに再現している。しかし何よりも恐ろしいのは、これを機械など全く使わずに出している事だろう。傍から聞いていると、どこから声を出しているんだとツッコみたくなるほどである。あまりの怖さに一年生の何人かは涙目の上に数人はもう軽く泣き出しているし、六年生達も顔をひきつらせていた。その顔は先ほどまでの『よくやるなぁ』というような表情ではなく、『ええ……? そこまでやるの……?』と言うような表情である。具体的に言うと、若干引いていた。

「(……あのー、志騎さん?)」

 銀は顔をひきつらせながらハリボテを操っている志騎に小声で呼びかけるが、当の本人はまったく気づいていない。まさかのノリノリ、恐るべき演技魂である。ここまで演技に魂を込めている幼馴染を見るのは、銀の記憶が正しければ初めてだった。

 だが、ここで止まるわけにはいかない。このオリエンテーションの本命は志騎ではないからだ。さすがの志騎もそれは分かっているのか、生徒達に飛び掛かるような真似はさすがにしていない。つまりは彼も、本命が来るのを待っているのだ。……それにしても、この演技はさすがに過剰すぎだと思うが。

 銀は気を取り直すと、怪獣の前に立ち塞がりながら、

「だ、大丈夫! 皆には、皆と一緒に戦ってくれる正義の味方が付いている!」

 正義の味方、と言われても何の事かは当然一年生達は分からない。それは銀も当然分かっているので、自分の胸に手を当てて一年生達に呼びかける。

「さぁ! 皆で呼んでみよう! お姉さんに続いて! せーの! 国防かめーん!」

「「「国防かめーん!」」」

 一年生達の助けを呼ぶ声(なお、半数は割と本気(マジ))が教室に響くと、教室の扉がまたもや開いた。直後、まるで一年生達の声に答えるかのように凛々しい声とやや可愛らしい声がその場にいる全員の耳に聞こえてくる。

「国を護れと人が呼ぶ!」

「愛を護れと叫んでる!」

『ダレダ!?』

 怪獣が勢いよく振り返ると、教室に入ってきたのは二人組の少女達だった。身に纏うのは青と緑の軍服、腰には刀剣を携えており、軍服の上には外套(マント)を身に着けている。目元は正体を隠すためか、赤とピンクの覆面でそれぞれ覆われていた。少女達は外套を翻しながら怪獣の前へと躍り出ると、左手に刀剣を持ち右手で一年生達に非常に敬礼を行った

「「憂国の戦士! 国防仮面、見参!」」

 二人組の少女達の名乗りに、先ほどまで怪獣の登場に怯えていた一年生達が一斉に湧き上がる。ふと気づくと、正面の黒板にはいつ書き込まれたのか力強い筆跡で『富国強兵』と書かれていた。

 なお、二人の国防仮面の正体は無論須美と園子である。今回のオリエンテーションの悪役が志騎だとするならば、悪を成敗する正義の味方----つまり本命は、須美と園子の二人だ。

 園子と須美はそれぞれ刀剣の切っ先を怪獣に向けると、凛とした声で言い放つ。

「この国から立ち去りなさい! 外国怪獣ガジラ! この美しい国を、あなたのような怪獣に渡すわけにはいかないわ!」

「どうしても出て行かないなら、私達がお仕置きしちゃうよ~!」

 が、当然ここであっさりと退くような真似を悪役がするはずがない。怪獣(志騎)は低い笑い声を漏らすと、

『ヤッテミロ、コクボウカメン……! コノガキドモヲハンバーグニシテクッタアトハ、ショクゴノデザートトシテキサマラノノウズイミミカラヲスイダシテクッテヤルワ……!』

(どうしてさっきから言ってる事がいちいち猟奇的なの!?)

(あまみん、意外に演技上手だね~」

 オリエンテーションであまり言ってはいけない言葉を使って国防仮面を挑発する怪獣に須美は内心ツッコミを入れ、園子は心の中でのんびりとした感想を呟いた。

『グオオオオオオッ!!』

 そしてついに恐ろしい咆哮を上げながら怪獣が両腕を振り上げながら二人に襲い掛かる。が、二人は怪獣の攻撃を冷静に見切ると、すれ違いざまに息の合ったコンビネーションで怪獣の胴体に強烈な斬撃を食らわせた。とは言ってもその刀剣はもちろん刃はついていないので、斬撃というよりは打撃という方が良いだろうが。

 だが、それでもその攻撃は怪獣には効果覿面だった。攻撃された怪獣は腹を抑えるとふらふらと歩く。

『マサカ……ニンゲンニマケルトハ……コクボウカメンオソルベシ……グアアアアアッ……』

 最後にリアルな断末魔を上げながら、怪獣は教室の床に崩れ落ちた。怪獣の最期に一年生達は割れんばかり歓声の声を上げ、須美達はピシッとそんな一年生達に敬礼をする。

 そして銀は怪獣のそばまで行くと、尻尾を持ってずるずると教室の外に引きずっていく。さすがに須美達に倒された直後だというのに怪獣がひょっこりと起きては台無しだからだ。ハリボテの重量はそれなりにあるが、廊下までの距離は近いので何とかなる。

「(志騎、お疲れ様)」

「(……もう二度とやらないからな)」

 先ほどまでやたらとノリノリだったくせにそんな事をのたまう幼馴染に銀はくすりと笑うと、どうにか廊下まで怪獣のハリボテを運び出して「じゃあ、悪いけど戻るな」と言い残して教室に戻っていった。この後も彼女の役目はまだ残っているので、それはさすがに仕方ない。

 しばらく経ってから志騎は怪獣のハリボテ姿のまま起き上がると、教室の扉の隙間から中を覗いてみる。教室の中では銀がかけた音楽に合わせて須美と園子の二人が何やら体操のようなものを踊っていた。

 その体操の名は『国防体操』。命名主は言わずもがな、須美である。

 そして体操の最後を告げるように須美と園子が再び敬礼をすると、生徒達から再び歓声が上がった。

「「「富国強兵ー!!」」」

 これで今回のオリエンテーションは終了である。志騎のハリボテ怪獣を使った演劇に、その演劇で怪獣を見事撃退した二人の国防仮面による国防体操は、見事に一年生達の脳裏に刻み込まれた事だろう。一年生達にとっては神樹館での鮮烈なエピソードになると同時に、須美の思惑通りに彼ら彼女達の心には少しではあるが愛国心が育まれたに違いない。

 なのだが。

「……これ、絶対に後で安芸先生に怒られるパターンだよな」

 富国強兵の四文字に沸き立つ生徒達を半眼で見ながら志騎は呟く。

 そして、オリエンテーション終了後。

「やりすぎ!」

「「「「すいません……」」」」

 志騎の不安が的中し、一年生達への洗脳を試みた罰として、四人は安芸先生からの説教を食らう事となった。おまけにその際に使った国防仮面の衣装と小道具、さらにはガジラのハリボテは全て安芸先生に没収される事となった。

 それには須美だけではなく、志騎も力の入った怪獣のハリボテを回収されたショックで落ち込んだ。さらに後日、園子が安芸先生からうどん禁止令を出された夢を見た事もあり、四人は悲しみを癒すためにイネスで仲良く食事をするのだった。

 ちなみに、志騎が食べたのはやはりラーメンだった。

 

 

 

「……完成だ」

 自分の部屋の真ん中で胡坐をかきながら、目の前の床に置かれているボトルシップの中の帆船を見て、志騎は思わず嬉しそうな声を漏らした。瓶の中にあるのは今はもう見る事ができない外国の帆船である。マストの数がかなり多く、組み立てるのにかなり難儀したが、こうして組みあがったのを見るとやはり達成感が湧き上がってくる。

 本日は日曜日だが、今日は何でも銀が用事があるとの事で、銀以外の三人はそれぞれ自由行動となっていた。なので今日は、前から進めていたボトルシップ作成に朝から力を注いでたというわけだ。

 また、例の如く安芸は大赦の本部に行っている。最近は本当に忙しいのか、家に帰ってくるのも遅くなっていた。学校での仕事に加えて大赦の仕事もあるとなると相当疲労が溜まっているはずだが、安芸本人はそんな様子はまったく見せていない。だが全く見せていないとしても、安芸の体に疲労が溜まっている事は間違いないだろう。その内安芸の都合が良ければ、マッサージでもしてあげようと志騎は思った。

 そしてボトルシップの道具を片付け、ボトルシップが崩れないように丁寧に机の上に置くと、ゆっくりと立ち上がって背中を伸ばしてからベッドに寝転がる。ボトルシップ作成は高度な集中力がいる作業なので、かなり疲れてしまった。少し休憩したら、ホラー小説でも読むかと志騎が思っていたその時、志騎のスマートフォンが振動した。志騎がスマートフォンを取り出して画面を見ると、チャットアプリが起動されており、『仲良し四人組』の文字が画面に表示されていた。履歴を見ると、内容はこんな感じだった。

『駅前で家族と買い物ちう』

『私はその辺をふらふらしてるよー』

「用事って買い物だったのか」

 三ノ輪家はまだ五歳の鉄男と赤ん坊の金太郎がいるためか家族五人揃って買い物に出る事が多い。志騎も暇な時、銀に誘われて一緒に買い物に連れて行ってもらった事がある。

 と、アプリの着信音の直後、画面に新たな履歴が表示された。須美のものだ。

『そのっちは迷子になったら名前を連呼するのよ。銀はお疲れ様』

「いや、さすがに迷子はないんじゃ……」

 志騎が思わず呟いた直後。

『乃木園子です』

『乃木園子です』

『乃木園子です』

「ったく、あいつはもう!!」

 どうやらすでに迷子のようだった。志騎は体を起こすと素早く着替え、縁側を走り抜けてから玄関から外に出ると、鍵をかけて迷子の迷子の園子を捜すために走り出すのだった。

 

 

 

 その後チャットのアプリに、銀が園子を見つけたという知らせを受けた志騎はすぐさまその場所へと向かった。

 辿り着いたのはイネスに続く歩道の途中で、この前志騎が須美と園子が銀を尾行している最中にも通った道だ。家を出てから走り回っていた志騎が肩で息をしていると、捜し人である園子と須美の姿が目に入った。どうやら須美も園子を捜していたらしい。

 そして二人から離れた所では、銀が金太郎をあやしている。志騎が二人に近づくと、志騎に気付いた須美と園子が声をかけてきた。

「志騎君、こんにちわ」

「あ! あまみんだ~! やっぱり勇者って惹かれ合うんだね~」

「惹かれ合うんだね、じゃないよ。迷子になったって聞いて走り回ったんだぞ。まぁ、見つかって良かったけどさ」

 志騎は疲れたようなため息をついてから険しい表情を浮かべ、

「大体、お前もお前だ。お前は乃木家の娘なんだから、もうちょっと緊張感とか持って行動しろよ。誘拐とかされたらどうするんだ」

 志騎の言う事はあながち見当外れでもない。今は人々が神樹に祈りを捧げながら生活を送っているため、人々のモラルはそれなりに高いが、それでも犯罪などが全くないというわけではない。勇者とはいえ、勇者システムが無ければ園子はか弱い十二歳の少女にすぎないのだ。乃木家の持つ膨大な財力目当てに、彼女を身代金目的に誘拐する事だって決して考えられない事ではない。緊急時には決断力が冴え渡る彼女でも、人間の悪意が前ではどうなるか分からないのだ。

 志騎がいつもよりもややきつい口調で言うと、須美が志騎をなだめるように言った。

「志騎君。あなたが言う事は分かるし、そのっちが心配なのは分かるけど、彼女だってそうなる危険性は十分に理解して行動しているはずよ。何も考えていないわけじゃないわ」

「だけど……」

 と、さらに志騎が反論しようとした時、園子の顔が目に入った。彼女は何故か、志騎を前にしてニコニコと笑顔を浮かべていた。

「何がおかしいんだよ」

「あ、ごめんね。別にあまみんが面白いから笑ってたんじゃなくて………。ちょっと嬉しかったんだ~」

「嬉しいって……何が?」

 園子の予想外の言葉に、志騎は思わず苛立ちを忘れて困惑した表情を浮かべる。対照的に園子は変わらずにニコニコと笑みを浮かべながら、

「だって、あまみんが私にそこまで言うのは、私の事を本当に心配してくれてたからでしょ~? それがとっても嬉しくて」

「心配って……。友達だし、心配するに決まってるだろ。それとも、俺がお前の事を心配するのがそんなに意外なのか?」

「意外……ってわけじゃないんだけど、出会った頃のあまみんならそこまで言わなかったんじゃないかなって思って」

 園子の言葉に、志騎は思わず黙り込んだ。

 確かに勇者になったばかりの自分なら、ここまで園子の事を心配していなかったかもしれない。彼女達の力になりたいと思っていたのは同じだが、あの時はまだ知り合ったばかりなので、まだ友達と言うには関係が薄かった。言うなれば、クラスメイト以上友達未満という微妙な関係といったところだろう。当時の自分が先ほどのチャットを見ても、恐らく『園子らしいな』で済ますだろうし、仮に捜しに行ったとしてもここまで必死に捜したりはしなかったに違いない。

 しかし、今自分はあちこちを走り回ってまで園子の安否を確認しようとしていた。それはつまり、最初はただのクラスメイトだった彼女の事を、友達として本当に心配していたのだ。

 志騎が黙っていると、園子は少し困ったような表情を浮かべ、

「心配してくれてありがとう、あまみん。でもごめんね、心配かけちゃって。今度からは私もできるだけ迷子にならないようにするよ~。リーダーだし、しっかりしないと駄目だもんね~」

「……いや、俺も悪かった。心配してたのは本当だけど、ちょっと言いすぎた」

 園子の口調から察するに、須美の言う通り彼女も誘拐されるような危険性は十分に理解しているのだろう。それなのにあのような言い方をしてしまったのは、少しお節介すぎたかもしれない。だが志騎の言葉に園子は「全然気にしてないよ~」と笑顔で返す。彼女の笑顔に思わず体から力が抜けて、志騎はふっと小さな笑みを浮かべた。

 すると、それを傍から見ていた須美が唐突にこんな事を言った。

「こうして見ると、出会った時よりも志騎君、変わったわね」

 志騎は須美の言葉に思わずきょとんとしながら、

「変わった? 俺が?」

「ええ。出会った時よりも表情が柔らかくなったし、すごく話しかけやすくなったと思うわ」

「……柔らかく……」

 志騎は呟くと、まるで自分の顔の柔らかさを確かめるように頬をムニムニとつねり始めた。いつもは冷静な志騎の子供らしい仕草に須美は「そういう意味じゃないのだけれど……」とくすくすと笑い、園子も先ほどのようにニコニコと満面の笑みを浮かべていた。

 と、そんな時。

「あっ! しきにーちゃん!」

 そんな声と共に、銀の弟である鉄男が明るい表情で志騎の元に駆け寄ってきた。どうやら今志騎がこの場にいる事に気付いたらしい。鉄男は志騎の前まで来ると、彼の顔を見上げて、

「ねぇしきにーちゃん! 今度一緒に遊んでよー!」

「いや、別に俺じゃなくても良いだろ? 姉ちゃんに遊んでもらえよ」

「嫌だー! 兄ちゃんとも一緒が良いー!」

「はぁ……。分かったよ。また今度遊んでやるよ」

「ほんと!? 約束だよ!」

「はいはい、約束な」

 そう言いながら志騎は鉄男の頭をくしゃくしゃと撫でてやる。志騎の顔は口調とは裏腹に、どこか楽しそうだった。そして鉄男が両親の元に戻ると、志騎は挨拶をするように銀の父親と母親にぺこりと頭を下げる。銀の父親は志騎に笑顔を返し、母親の方も柔らかい笑みを浮かべながらひらひらと手を振った。

「(あまみん、将来は良いお父さんになりそうだね~)」

「(ええ、そうね)」

 須美と園子は志騎に聞こえないように、小声でひそひそとそんな言葉を交わし合うのだった。

 

 

 

 

 時間は誰に対しても平等に流れていくが、楽しい時間は何故か普通に流れゆく時間よりも早く過ぎ去っていくように感じられてしまう。

 銀と合流した後、結局四人で遊ぶ事になった彼らは心行くまで自分達の時間を満喫した。

 そして気が付いた頃には、もう辺りは夕日で赤く染められていた。

「あーあ、もう休養期間も終わり、か」

「警戒態勢復活だね~」

「気を引き締めないと」

「訓練もまた続けていかないとだな」

 四人が口々に言うと、志騎達三人よりも前を歩いていた銀がくるりと三人に振り返った。

「オリエンテーションじゃあんなだったけど、楽しかったな!」

「ええ!」

「あっという間だったよ~」

「そうだな」

 今こうして思い返すと、短い間だったのに本当に色んな事があったと思う。

 銀と須美のファッションショー、園子のプチラブレター騒動、貸し切りレジャープール、そして一年生達とのオリエンテーション。最初は正直何をするかと悩んでいた休養期間だったが、こうして思い返してみるといつまでも記憶に残り続けるような日々だったと志騎は思う。

 そして、こうも思う。きっとこれこそが、心の底から楽しいと思えるような日々なのだと。

 やがて四人が分かれ道に差し掛かると、銀が口を開いた。

「おっと。あたしと志騎はこっちか。行こっ、志騎」

「ああ」

 志騎と銀が二人に背を向けた直後、銀は須美と園子に振り返ると笑顔を浮かべた。

「----またね!」

 そして、二人が歩き出した瞬間。

 須美が、銀の左手を突然掴んだ。

 須美の予想もしない行動に銀は思わず須美の顔を凝視するが、須美は両手で銀の左手を掴んだまま、何故か不安に満ちた顔を俯かせていた。

「須美……」

「わっしー?」

「おい、どうした?」

 すると三人の呼びかけでようやく自分のした行動に気付いたのか、須美ははっと顔を上げると銀に謝った。

「はっ……。ごめんなさい!」

 だが銀は須美の行動を咎めず、何かに納得したように頷きながら、

「いや、気持ちは分かるよ」

「休みが終わっちゃう。そう思ったんだよね?」

 銀と園子の言葉が図星だったのか、須美は照れくさそうな表情を浮かべた。

「あたし、休むのには自信あるって言ってたけど……。やっぱお役目だけに、そこまでリラックスできるかなって思ってた」

「でも?」

「ん……。四人でいれば、いらない心配だったよ」

「私も~。とっても楽しかったもん! わっしーも、あまみんもそうだよね?」

「ああ。これはそうだと言っている顔だ」

 二人の言葉に、須美は満面の笑みを浮かべる。そして志騎は一瞬黙り込むと、

「……そうだな。色々あったけど、楽しかった。そう思うよ」

 そう言って柔らかな笑みを浮かべた。いつもは滅多に見せない笑顔に園子と銀は一瞬驚くも、すぐに自分達の大切な友達が笑ってくれた事が嬉しくて、彼女達もにっこりと笑った。それから銀は真剣そのものな表情になると、強い意志を秘めた声で言う。

「バーテックスが神樹様を壊したら、こういう楽しい日常が吹っ飛ぶんだよな? そんな事は、絶対にさせない! なっ!」

「うん!」

「もちろん、同じ気持ちよ!」

 言いながら三人は両手を重ね合わせる。志騎はその手を黙って見つめていたが、それを見た銀が「何恥ずかしがってんだよ」と笑いながら左手で志騎の右手を掴むと、強引に手を重ね合わせる。別にそういうわけじゃ……、と口の中で呟いていた志騎は肩をすくめながら、残る左手も三人の両手に重ね合わせた。

「頑張ろうね!」

「ああっ!」

 自分達の手を重ね合わせて、勇者達は誓うのだった。

 必ずこの日常を、大切な友達を、バーテックスから守り切ると。

「って、これじゃあ帰れないな。解散解散!」

「閃いた! いっそお泊り会しようかー!」

「良いわね! 銀の家で!」

「うち!? 弟二人いるんだぞ!」

「良いじゃない! それに弟さんもいれば、志騎君だって泊まれるでしょ?」

「いや、そういうわけじゃないと思うぞ? ついでに安芸先生も近くにいるから、絶対に叱られると思うが……」

 赤い空に、四人の勇者の楽し気な声が響く。

 その笑い声は、別れを惜しみながら四人が解散するまで続くのだった。

 

 

 

 

 須美と園子と別れ、さらについ先ほど銀と別れた志騎はようやく自宅の前へと辿り着いた。今日の夕飯は何を作るかと考えながら引き戸の前まで歩くと、中からボソボソと人の声が聞こえた。

「----が、----ね?」

「ああ。----く、----した」

(安芸先生に、刑部姫?)

 引き戸からかすかに聞こえてきたのは、今日大赦の本部に行っていたはずの安芸と最近顔を見せていなかった刑部姫だった。どうやら二人揃って玄関で何やら話しているらしい。だが、その声は小さく聞きづらい。まるで、盗み聞きされるのを警戒しているようだった。

 志騎は少し引き戸を開けるのをためらいながらも、いつまでもここにいては仕方ないので引き戸に手をかけるとゆっくりと開けた。

「ただいま……」

 瞬間。

 ばっ! と安芸が刑部姫が勢いよく志騎の方を向いた。二人の過剰すぎる反応に、二人がいた事を知っていた志騎は思わず硬直してしまう。一方、入ってきたのが志騎だと知った安芸はほっと息をつくと、無理やり笑顔を浮かべて言った。

「おかえりなさい、志騎」

「た、ただいま帰りました。あの、何を話してたんですか?」

 志騎が尋ねると、安芸はわずかにこわばった表情を浮かべながらもすぐに平静を装い、

「何でもないわ。それより、お腹空いたでしょ? 今日は私が作るから、ちょっと待っててね」

「え、あ、あの……」

 しかし志騎が言うよりも先に、安芸は家の中へと行ってしまった。いつもは冷静沈着な彼女がああいう態度を取るのは非常に珍しい。一体何があったのだろうか。

 その原因を知っているであろう精霊に志騎が目を向けると、刑部姫は険しい表情を浮かべながら志騎に言った。

「志騎。お前に渡す物がある」

「渡す物?」

「ああ」

 そう言って刑部姫が着物から取り出したのは、USBメモリのようなものだった。刑部姫がそれを志騎に渡すと、志騎はそのメモリをじっくりと観察する。市販されているものとは少し違い、外装は黒く、表には何やら小さなスイッチのようなものが取り付けられていた。裏には雛菊(デイジー)の紋章が刻み込まれており、サイズからしてパソコンに差す用のものではなく、スマートフォンに差して使う物だという事が分かる。

「何だよ、これ」

「お前の勇者システム用の機能拡張デバイス……『キリングトリガー』だ」

「キリングトリガー……」

 『killing(殺す)』とは、これはまたずいぶんと物騒な名前が付いたものだと思う。もっと他に良い名称は無かったのかとツッコミたいが、この精霊のセンスから考えると逆に刑部姫らしいとも言える。キリングトリガーを見ながら、志騎はある事に気付き刑部姫に尋ねる。

「もしかして、お前がここ最近顔を見せなかったのってこれを作ってたからなのか?」

「……そうだ。それはこれから激化するバーテックスとの戦いに向けて、お前が使う事を前提に設計されたデバイスだ。調整に調整を重ねて、今日ようやく完成したんだ」

「へぇ……。でも俺だけなのはさすがに不平等すぎないか? あいつらにも何か作ってやれよ」

 あいつら、というのは言わずもがな銀達の事だ。確かにこのキリングトリガーとやらがあれば志騎の戦力の向上は望めるかもしれないが、バーテックスとの戦いは志騎一人でやるものではない。本当にバーテックスとの戦闘に備えるのならば、銀達の勇者システムにも何らかのパワーアップは必要だろうと思う。

 だが。

「………」

 志騎の軽口に、刑部姫は何も言わず険しい表情を浮かべているままだ。それに志騎が怪訝に思い、彼女に声をかけようとすると、その前に刑部姫が口を開いた。

「志騎」

「な、何だよ」

「いざという時はそれを使え。……だが、できれば使うな」

「えっ?」

 言葉の意味を尋ねようとしたが、その前に刑部姫は志騎に背を向けてリビングへとふよふよと飛び去って行ってしまった。志騎は刑部姫の背中を見つめた後、自分の手の中のキリングトリガーを見つめる。

「……これ、そんなにやばい物なのか?」

 考えてみれば、あの自意識過剰精霊ならば志騎専用のパワーアップアイテムを作り上げた事を声高に自慢しそうだし、アイテムの効力を聞いてもいないのにべらべらと説明するだろう。

 その刑部姫が、あんな険しい表情を浮かべたまま詳しい事は何も言わず、おまけにできれば使うななどという忠告を志騎に送った。それはつまり、今自分が持っているデバイスがそれほど強力な力を秘めているという事だ。

 そしてもう一つ気になるのが先ほどの安芸の様子だ。恐らく帰ってきた時に二人が話していたのはキリングトリガーの事だろう。だが志騎が安芸に何を話してたかを尋ねた時、彼女は何も言わなかった。突如志騎が帰ってきた事に動揺していたとも考えられるが、見方を変えれば志騎にキリングトリガーについて話すのを避けていたともとれる。

 刑部姫はキリングトリガーを志騎の勇者システム専用の機能拡張デバイスだと言っていたが、志騎にはそれだけのアイテムだとはどうしても思えない。

 刑部姫が忠告をし、安芸が話すのを避けるほどの力を持つアイテム。

 このキリングトリガーは、一体どんな力を秘めているというのだろうか。

 しかしいくら考えても志騎には分からず、仕方なく志騎はキリングトリガーをポケットに入れると自分の部屋に向かうのだった。

 

 

 ----志騎はまだ知らない。

 そのアイテムが、今まで考えもしなかった自分の過去を知るための、文字通りの引き金(トリガー)になる事を。

 自分の過去を知る事によって辿り着く真実が、どれほど残酷である事かを。

 そして辿り着いた真実が、彼が今まで過ごしてきた日常を一変させてしまう事も。

 今の志騎は、何も知らなかった。

 

 

 

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