"天剣"は鬼を斬る   作:青めだか

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ギリギリ……間に合って無い?
誰か休日と表現力を恵んでください





協力者

 

 

 結界に侵入すると、その摩訶不思議な空間に炭治郎は暫し圧倒されていた。上下左右の区別が無い故に、方向感覚が一気に狂ってしまう。だがそれでも……空間名一杯に充満している「鬼の血の匂い」に彼が勘付かない筈が無かった。

 

「お気を付けて。思いの外近いです」

「ええ…分かってます」

「珠世様、俺の背後にいて下さい。貴方だけは絶対に護ります」

 

 体力を温存させる為、一度禰豆子を箱に戻してから炭治郎は意気込む。果たして此処にあの人はいるのか。現時点での手掛かりは鬼の血の匂い、それも鬼舞辻では無いが…本人にかなり近しいものだ。

 

「この血の()()、もしや…」

「珠世さん、何かご存知なんですか?」

「…まだ断言はできませんが」

 

 気になるが今はその鬼の発見が最優先だ。珠世達は鬼特有の脚力を、炭治郎は鍛えた呼吸を駆使して風のように駆けていく。やがて匂いは濃くなり……

 

 

 

 

 

 

 思いの外直ぐに匂いを元へ辿り着けた。

 

 

「……………」

 

 

 緋色の着物を纏い、二本の角が突き出した頭を垂れた女性らしきその鬼は既に満身創痍であった。右肩の深く抉られた刀傷からの失血量は非常に多く、炭治郎達の足元に一畳半程の真っ赤な血溜まりが出来上がっていた。何者かと戦い敗北したのは誰から見ても明らかだ。

 

 

「動くな!そして俺の質問に答えろ!」

 

 しかし油断する訳にもいかず、炭治郎は刀を抜き彼女の頸元に突き付けた。背後では珠世達二人が万が一の場合に援護するべく控えている。

 

「君の刀傷……鬼殺隊士にやられたんだな?どんな服装をしていた!」

 

 その言葉に反応したのか彼女の体が僅かに揺れてゆっくりと頭が上がり、前髪で隠れていた素顔が明らかとなる。その瞳には……

 

 

「……やはり、十二鬼月でしたか」

「こんな死にかけの奴が…」

 

 その姿を見て、初めから正体が分かっていた風に二人は呟く。

 

「その、十二鬼月って……」

「鬼舞辻直属の配下です。各々通常の鬼とは一線を画した実力を有しているのですが…」

 

 それ程の強力な鬼が、現れた自分達を迎え撃つ所か身動きもできぬ状態にまで追い詰められているのだ。彼女から"戦意"や"敵意"などの匂いがしないのが何よりの証拠だ。

 

 

「……ふふ」

 

 (おもむろ)に十二鬼月の鬼は数字の刻まれた眼で自分達を見定め、何を思ったのか微かに笑った。

 

「標的がお前達なら、どれほど楽だったか…」

 

 恐らく事実だろうと炭治郎は思った。匂いで察するにこの鬼は百を優に超える人間を喰らっている。もし彼女が万全で戦いを挑んできたら、数の差など関係無くこちらが窮地に立たされていたであろう。この鬼を下した顔も知らぬ隊士に思いを馳せる。現状彼女から流れ出る血の匂いが余りにも強すぎて、その者の匂いを掻き消しているのだ。嗅覚が頼りにならない以上、口頭で聞き出すしか無いのだが……

 

「早く殺せ」

「…え?」

 

 唐突に、自ら死を望んだ彼女に炭治郎は驚き硬直する。そんな鬼は一度も見たことが無かった。前回の任務で討伐した「沼鬼」だって、不利な状況に置かれながらも最期まで問いを拒み襲い掛かって来た。

 

 

「"奴"は異常だ……動けないと知れたら何をしてくるか分からない。残していった幻影も既に全滅した。…此処へ来る前に私を殺せ!!」

「ちょ、ちょっと待ってくれ!奴って……」

 

「気を抜いてはいけません炭治郎さん。何らかの策略—————!」

 

『!!!』

 

 途中で言葉を切った珠世だけではない。炭治郎達と下弦の鬼も、物凄い速さで近付いてくる"気配"を感知し様子を一変させた。その数秒後には大きな着地音、誰もが揃って目をやれば、舞い上がった煙の中から一つの影が浮かび上がる。

 

 

 

 

 

 

「……見つけた」

 

 

 

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 隊服の上に群青色の普段着を着込んだ彼は、唖然としてこちらを眺めている集団の中で見知った顔を視認すると、気の抜けたような声を出した。

 

「…あ、炭治郎君じゃないですか」

「宗次郎さん!!ご無事で…!」

 

 別れてから一時間程しか経過していないのに、かなり久々に感じられる。鬼舞辻への奇襲攻撃、直後に血鬼術と思われる空間内でそれなりに手応えのある鬼二体との戦闘を行っていれば、時間の流れが遅く感じられるのは当然かもしれない。

 

「妹さんも一緒ですね。そして逃げた鬼と……そのお二人は誰ですか?見たところ彼女達も…」

「あっ、違います!!確かに珠世さんと愈史郎は鬼だけど禰豆子と同じで…その、人間を食べたりはしていません。あの男性も彼女が保護してくれたんです!だから……!」

 

 鬼なら見境なく斬ると思ったのか、炭治郎君は必死に彼女達を庇った。確かに彼の言った通り、二人とも纏っている雰囲気が妹さんと()()()()。なんと表現したら良いのか分からないが、特定の鬼には自分がまだ知らない"共通点"のような特徴があるのかもしれない。

 

「そうでしたか。色々とお話を伺いたいですが…」

 

 それは後回しと頭の中で判断すると、宗次郎は鬼の女性…珠世に顔を向けた。その視線に気付いた愈史郎なる少年は珠世が背後に来るように正面へ移動し、僅かに腰を落としてこちらを睨んだ。別に警戒を緩めなくても構わないが、戦闘態勢だけは解いて欲しいものだ。

 

「珠世さん…でしたっけ。此処から脱出する手立てはありますか?」

「ええ、結界の入り口から継続して漂わせてきた私の血を辿れば可能です。ただ時間が経ち過ぎると蒸発してしまうので早く出るのが先決かと」

「良かった…それだけが心配だったので。これで心置きなくあの鬼を……」

 

 創られた結界である以上必ず"外"へ通じる場所はあると睨んでいたが、そこで死にかけている鬼から聞き出す手間が省けた。宗次郎は方向を転換し、沈黙に徹している彼女の元へ歩を進める。

 

「やあ、元気してました?」

 

「…………」

 

 元気な筈が無い。斬った張本人である宗次郎自身が一番よく分かっていた。彼女の豪華な着物が朱に染まっていく様子を眺めつつ、腰に帯びた日輪刀を引き抜く。透けた刀身が朧げに浮かび上がるのを見て、炭治郎達は目を見張った。

 

 

 刀鍛冶の重吉曰く日輪刀は極めた呼吸のみで色が決まるとは限らず、時に持ち主の"本質"をそのまま刀に宿すとも言われているらしい。炭治郎君は最終選別に挑むまでの約二年間水の呼吸の指導を受け見事にその使い手となったが、刀の色は"黒"である。

 前例は非常に少なく、隠された能力が存在するかもしれないとの事だ。"半透明(この色)"もまた然り。加えて使用者が全集中の呼吸を習得していないなど、そんな前例が過去に一つでもあっただろうか?未知で包まれたこの刀の特性を探り、極める為に宗次郎はひたすら鬼を斬り続けた。そして現時点で判明しているのは…

 

 

 

 ーー()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 

 頸を除くあらゆる部位で試し斬りを繰り返してきた結果、傷の再生を遅らせたり鈍いであろう痛覚を増幅させたり出来ることを確認した。これらは一定以上の速さで剣を振らなければ発動せず、視覚で追える速度で鬼を斬ると傷は普通に再生した。本質を宿すとはよく言ったもので"縮地"と非常に相性が良い特性だ。相手の厄介な体質を一時的に無効化しつつかなり優位に立ち回ることができる。

 しかしそれは少し本気を出すと秒で片付いてしまう弱い鬼に限った話。宗次郎は更に強い、それこそ縮地の"五歩手前"以上を破るような手応えのある鬼に通用するかどうかを知りたかったのだ。

 

「あなた、鬼舞辻の側近ですよね。差し詰め傷を負わされた事の報復を命じられたか…」

「………」

「彼の頸元は見ました?かなり全力で斬ったので完治には至ってないと思うのですが」

 

 

 刀を突き付けて問い掛けても頑なに応えようとしない。何か仕掛けて来る可能性を考慮し神経を研ぎ澄ませて返答を暫し待つが、全く喋る気配は無い。鬼の女が黙ったまま刀を一瞥し再び視線を落とす直前に——–—

 

 

 

 

「————ぐぅ!?がぁぁぁああ!!!!!」

 

 

 

 宗次郎は彼女の()()()()()()()()()。迅速かつ繊細な剣捌きに反応が間に合う筈も無く、苦悶に満ちた吐息が漏れた数秒後に空間を震わせるほどの絶叫が響き渡る。一部始終を見ていた炭治郎は突然の出来事に驚き目を見開いた。

 

「久々でしょう?"痛み"を味わうのは…」

「いぁ、ッ……ぎィ!!!」

「叫び声を出せる元気があるなら余裕ですね」

 

 軽く振って血を落とした刀を今度は両脚の付け根の部分に添えて淡々と言葉を発した。

 

 

 

「宗、次郎さん…」

 

 

 ーー()()()

 

 

 数刻前、うどんの屋台で言葉を交わした時と全く同じ"表情"をしている。子供みたいに頰に桜餅の米を付けて、無邪気ともいえる仕草で…。束の間の暖かい記憶が歪んでドロドロと溶けていく感覚に陥った。あの時自分に向けてくれた笑顔が、表情筋の一つも動かさぬまま拷問をやってのける彼の笑顔(ソレ)と重なる。互いの任務や鎹鴉の話。果てや鬼殺隊に入った動機まで語り合った。初対面に感じた不気味な印象はすっかり抜け落ちていた。筈だったのに…

 

「………っ」

 

 彼の行為に悪意など無い。どのような形であれ、鬼から情報を聞き出すというのも正しいだろう。自分も前の任務で同じ事をしたのだから。

 

(でも……それでも!!)

 

 彼女から漂う匂いで察していた。これ以上()()()()()()()()()()()()相手が苦しみ踠き続けるのは余りにも…酷いではないか。

 

 

 

 ーー水の呼吸、"伍の型"。

 

 

 どこまでも心優しく日輪のような暖かさを身体の芯に宿した少年は、黒刀を抜いて勢い良くその一歩を踏み出した。

 

 

「宗次郎さん下がって!!!」

 

 

 背後から床を踏み抜く音と同時に炭治郎の声が上がると、宗次郎は振り向かずに素早く飛び退いた。彼は家族を奪われた身で、生き残った妹を人に戻す為にも最優先で鬼舞辻の情報を知りたいのだろう。そう思考してこの場を譲った。存分に痛め付ければ(聞き出せば)良い、と。だが——————

 

「水の呼吸伍の型……"干天の慈雨"!!!」

 

 宗次郎の目に映ったのは緩やかに舞い上がり落ちて行く鬼の頸、斬られながらも安堵の微笑をもらした彼女の表情であった。

 

 

 

………………

 

…………

 

……

 

 

 

 ()()()()()()()。先程まで襲っていた激痛から嘘のように解放されて何処か夢心地だ。人間を何百も殺してきた自分が、よもや慈悲の刃で逝く事になろうとは……。

 家族に囲まれて過ごし、いずれ生涯を添い遂げる相手を見つけて人並みの幸せな日々を送る。幼い頃の自分はただそれだけを願っていたのに……死を目前にして遅過ぎる後悔が募っていく。

 

 ーーいつからか()()()()()()()()()()()

 

 殺めてしまった人達への懺悔と己を斬った少年への感謝を述べようと口を動かす。顔は床を向いており言葉には出来なかったが、少年にこの想いは伝わっただろうか…。頸の端からボロボロと崩れていく音が聞こえる。己が消滅するのを待っていると…

 突如顔の向きを変えられて視界が明るくなる。

 

「あ………」

 

 屈んで右手を零余子の頬に添えた鬼狩りの少年が、彼女を正面から見据えた。何らかの方法で意思を汲み取ったのか、彼はたった一度だけ……頷く。

 

(ああ、良かった……)

 

 

 ーーちゃんと伝わっていたのだ。

 

 

 流した涙の余韻も残さずに、彼女の身体は静かに散っていった。

 

 

 

♦︎

 

 

 

 鬼が消滅した直後の静寂を破ったのは、背後で炭治郎の行動を眺めていた彼であった。

 

「…あーあ、何やってるんですか。こんな機会滅多と無いのに」

 

 彼女が頸を差し出していた事など初めから()()()()()()。無抵抗であるなら好都合、珠世さんの血鬼術が持続している間にできる限りの情報を聞き出して置きたかったのだが…

 

「…あれ以上、彼女が苦しむ姿を見たくありませんでした。邪魔をしてしまった事は謝ります」

「んーそうですか、成る程ねぇ……」

 

 

 ーー理解出来ない。

 

 

 先程の鬼に情けをかける要素がひとつでもあっただろうか?彼の妹は勿論、珠世さん達も多分安全な鬼だ。百歩譲って浅草で鬼にされたばかりの男性も庇う理由は理解出来た。しかし件の鬼は強さからして人を二百以上は確実に喰っており、想像を遥かに超える年月を生きた個体だ。並の隊士も沢山殺されたに違いない。そのような化け物にこそ苦痛は必要だと考えていたのだ。

 

「アレに情けなど必要無いと思うけどなぁ。鬼舞辻の側近の可能性だってあったのに……妹さんを助ける気無いんですか?」

「そんな事無いです!!!」

「なら優先順位を考えて下さい。今は鬼に同情するより彼女の為に非情に徹した方が良いかと」

「…何も命を救おうなんて思っていません。俺はこれからも人に危害を加える鬼を容赦なく斬り続けます。でも……!!」

 

 

 

 

「おい!!お前達いい加減に————」

 

 

 二人が言い争っている間にも血鬼術を行使し続けている珠世の体力が削られていく。加えて新手が来てもおかしくない状況で、これ以上は時間の無駄と判断した愈史郎は割って入ろうとするが……

 

「成りません愈史郎」

「!?……何故ですか!!」

 

 その珠世自身に止められる。肩に置かれた手を払い除け思わず抗議の声を上げるが彼女は依然として首を横に振るだけであった。

 

「もう少し待ちましょう。彼等は鬼狩り同士…それ以前に"人"として」

 

 人である彼等が信念に関わる話をしている。私達()は暫しの間見守ろう。その程度の時間であれば体力的には問題ないと、目配せで伝えた。

 

 

 

 

 

「"鬼"であることに苦悩し、今までの行いを悔いた者を必要以上に踏みにじったりはしない。ましてや頸を差し出した相手に苦痛を与えるなんて…そんな事は絶対にしません!!!」

 

 勢い良くそこまで言い切った彼は呼吸を整え、先程とは打って変わり柔らかな物腰で口を開いた。

 

「これは俺自身が導き出した"真実(こたえ)"です。禰豆子は必ず人に戻す。それを理由に真実を曲げるような事は断じてしない……ご理解頂けましたか?」

 

「…………」

 

 

 相変わらず述べている内容はよく分からないが、宗次郎は彼が眩しく思えた。他人に与えられた訳でも無く、純粋に彼自身が導き出した真実(モノ)を改めて目の当たりにしたのだ。弱肉強食(過去)を一度洗い流し彷徨っている身からすれば、その感覚は理解出来ない。

 

「…そんな捲し立てられると自信無くすじゃないですか。僕は見出せてないのに」

「俺が手伝います。様々な経験を通して、様々な人と通じ合って…あなたが納得のいく真実が見つかるまで助力しますから安心して下さい」

 

 

「君は凄いなぁ」

「……そんな事ありませんよ。俺だって鬼殺隊に導いてくれた人達のお陰で禰豆子を守る決意を術を手に入れました。自分の中で何かが大きく変わる時、常に誰かが側にいてくれたんです」

 

 

 家族を惨殺されるという筆舌に尽くしがたい経験故なのか、時折彼を達観した大人のように感じる。確かに…己の人生の転機には、志々雄さんや緋村さんが大きく関わっている。自分自身で真実を見出した彼も、その過程では様々な人物から学んだのだろうか。…考えれば考える程、求めている物は複雑化して遠ざかってゆく。

 

 

「———お二人共、そろそろ術が解けます。話の続きは私の診療所で致しましょう」

 

 

 頃合いを見たのか、話の区切りが良い所で珠世さんから声が掛かった。

 

 

 

♦︎

 

 

 

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 結界を抜け出し即座に向かったのは、町の中心部から離れた所に位置する秘匿の診療所だ。この建物を囲うように巧妙な仕掛けが施されており、常人が迷い込んだ事は一度も無いらしい。尾行された形跡も無く安全に到着すると竈門兄妹は早速奥の部屋で休み始めた。

 

 

「痛っ、もう少し優しくして欲しいなぁ」

「急に動くからだろうが!歳の割に落ち着きの無い奴だなお前は」

「もう少し力を抜いて下さい」

 

 その間自分は鬼達から診察と治療を受けていた。精密な検査の結果、身体に病原菌が大量に付着していた事が判明したのだ。最初に討伐した鬼の血鬼術が原因らしく、瘴気を吸い込まぬよう呼吸を最小限に抑えて戦っていた為ワクチンを打つ程度で済んだらしい。

 そして浅草で瞬天殺を放った際、打撲により出来た痣は特に酷く背中の患部は腫れ上がっていた。的確な指示を出す珠世と、それに従い薬を塗る愈史郎。両者とも医療に造詣が深く充分な専門知識がある事は素人目でも理解できた。彼女達が治療をすると言った時、鬼特有の謎の儀式などを想像していたので少し肩透かしを食らった。会話を続けている内に処置は速やかに終了し、宗次郎は着崩した着物を元に戻す。

 

「しかし、この状態で下弦の鬼二体を圧倒出来るとは……お強いのですね」

「…かげんとは何ですか?」

「鬼の名称ですが、それも含めて詳しくお話しましょうか。愈史郎、一度席を外しなさい」

 

「なっ……今度こそ駄目です!!あの炭治郎(お人好し)ならまだしも、こんな薄気味悪い笑みを浮かべる輩と二人きりなんて…危険極まりないですよ!」

 

 彼女の発言がそこまで衝撃的だったのか、器具を片付ける手を止めて全力で否定した。人の身体的特徴を指摘するのはどうかと思うが、確かに彼に部屋を出ろと命じる珠世の意図は理解できなかった。聞かれては不味い内容なのだろうか。

 

「愈史郎、お願いです」 

「ぐ……!!おい、指の皮一ミリでも珠世様に触れてみろ。この世から消し飛ばしてやる!!!」

 

 懇願する主人に根負けしたのか、盛大な捨て台詞を残して扉を蹴破る勢いで部屋を後にした。

 

 

「…ご無礼をお許し下さい。あの子は昔から心配症でして、私の身の安全を第一に考えているのです。本当は心優しい性格なのですが……」

「まあ、言われ慣れてるのでお気に為さらず」

 

 ぶっちゃけ心配症程度の言葉で済むような感情(モノ)では無かった。自分の意見が通らない事に対する不満が爆発寸前だったのは一目瞭然、後に被害を被りたくはないので暫く接触しないでおこう。

 

 

「さて、今回貴方を狙った鬼についてですが……」

 

 しかしそんな事は日常茶飯事とばかりに切り替えて語り始めた彼女に合わせ、宗次郎も椅子により深くこしかけ聞く姿勢に入った。

 

 

 鬼舞辻直属の配下である「十二鬼月」。

 鬼の最高位として君臨し、同時に別格の強さを誇る十二体の鬼。喰った人の数はいずれの個体も数百以上に上り鬼殺隊士が束で挑んでも敵わない程の強力な血鬼術を有している。この十二体には序列が存在しており大きく"上弦"・"下弦"という枠組みに半分ずつ分かれているらしい。更にその中で壱から陸と階位が割り振られているそうだ。

 

「十二鬼月は瞳に序列を示す数字が刻まれているので通常の鬼と簡単に区別できます」

「成る程、僕が斬ったのは下弦の肆と……確か参だったかなぁ。あんまり覚えてないや」

 

 同じく精鋭部隊であった十本刀には序列など無かったので随分と複雑に感じられる。…最も十本刀(あちら)には"百識"や"破軍《甲》"などの非戦闘員も所属していたので、無いのが当たり前だが。

 

「…下弦であれば、幾度も倒され新しく入れ替わっているでしょう。しかし上弦は別です」

「そんなに手強いんですか?」

「此処百年余り、上弦の鬼が倒されたという情報は一切耳にしていない。それだけ長らく生き延び今も人間を喰らい続けているのでしょう。鬼狩り(貴方達)の最高位剣士である"柱"も何十人と殺しています」

 

 彼女の見立てでは、上弦で最も格下の"陸"ですら下弦の鬼六体を圧倒する程の実力があるらしい。正に天地の差、そこまで桁違いだとは思っても見なかった。

 

「貴方は鬼舞辻に傷を負わせ、下弦の鬼を二体討伐しました。偉業である事に間違いありませんが、あの男は脅威と見做した人物を潰そうと既に動いている。…恐らく接触を果たした炭治郎さんも標的となっている筈です」

「へぇ、炭治郎君も……」

「当然貴方の特徴も上弦を含め残った十二鬼月に知れ渡っているでしょう。今後は充分に気を引き締めて下さい」

 

 頸を少し斬ったくらいで、そこまで警戒する必要があるだろうか。本当であれば慎重過ぎる相手だ。暫くは表の舞台に出てこないかもしれない。

 

「鬼舞辻の特性として、全ての鬼の位置と思考を把握し遠隔から殺す事ができます。私は"呪い"と呼称していますが」

「えっ……思考をですか?」

「先程結界内で鬼を拷問し、情報を聞き出そうとしていましたが……はっきり言って無駄です。鬼舞辻の情報どころか名前を口にしただけで呪いは発動し、対象の鬼を死に至らしめます」

「…成る程、じゃあ貴方はその呪いを……」

「お察しの通り()()()()()()。勿論愈史郎も、禰豆子さんに至っては恐らく自力で…」

 

 納得が行った。妹さんや彼女達のみに感じ取れた"何か"というのは鬼舞辻の呪いを外している事だったのだ。炭治郎君も鬼特有の匂いが感じられないと言っていた。

 

「手当てから情報まで、色々ありがとう御座います」

「お気になさらず。…今度は私が問いかけを行います。少し確認したい事があるのですが宜しいでしょうか?」

「はぁ…別に構いませんけど」

「それでは、少し失礼します」

 

 了承すると突然彼女は椅子を引いて距離を詰め、こちらの全身をまじまじと凝視し始めた。吐息が直接掛かるくらいには近い。愈史郎(あの子)がいたら確実に自分に矛先が向くのは想像に難くない。

 

「…あの、何か付いてましたか?」

「……やはり、刀も気になりますが先ずは…」

 

 珠世は何らかの確認を取ると再び元の位置へ椅子を移動させて座り、宗次郎を正面から見据える。益々真剣になった表情を見るに今から"本題"を話すらしい。

 

 

「正直に答えて下さい。貴方は—————」

 

 

 

 

 

 

 

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

♦︎

 

 

 

♦︎

 

 

 

♦︎

 

 

 

「…遅いな、珠世さんと宗次郎さん」

 

 

 座敷で待機していた炭治郎は暇を持て余していた。箱から出た禰豆子は畳の触り心地と藺草の香りが余程気に入ったのか、寝転がって遊んでいる。そして三十分程前にやって来た愈史郎に話を聞こうと思ったが、聞く耳を持たず部屋の隅で呪詛のような台詞をブツブツと呟いている。正直怖すぎて近寄りたくない。

 時間的に治療は済んでいる筈だが、何やら会話しているようだ。こんな時に聴覚も嗅覚並みに優れていれば全部筒抜けなんだろうなぁと考えても仕方の無いことが頭の中で行き来する。

 

(…それにしても、納得がいく真実を見つけるまで助力するって……何言ってるんだ俺は)

 

 年上である彼に大口を叩いてしまい、快く思われてないのではと不安を募らせる。あくまで自分と彼は違う人間、行き着く先も異なった形となるのは当たり前だ。ただ、自分の考えを僅かでも理解して欲しいと思ったのも事実。そんな押し付けがましい気持ちで介入してしまっても良いのだろうか?

 

「俺自身は正しいと思ってる。でも…………」

「そうですか。いつか証明してみて下さい」

「それは勿論…………へっ?」

 

 突然思い描いていた人物の声が真後ろから聞こえてきたので振り向くと、彼は丁度目線が合うくらいに腰を落として畳の上に座っていた。いつの間にか部屋と廊下を隔てる襖は開かれている。全く気配を感じ取れなかった事が炭治郎を余計に仰天させた。

 

「驚きましたよ……お怪我の具合はどうですか?」

「三日程安静にしていれば大丈夫だそうです。怪我をした時は此処に通うのも良いかもしれません」

「そうですか。大事に至らなくて良かった……」

 

 安心する反面、先程の異空の間でのやり取りを思い出し……気まずくなって顔を僅かに逸らした。

 

 

「もしかして、失礼な発言をしてしまったとか思ってます?」

「!!!」

 

 分かりやすい程図星な反応にあははと宗次郎は楽しそうに笑う。真面目な君が考えそうな事だ、と。

 

「僕は寧ろ感謝していますよ。最終的には一人で見出すつもりですが、その過程で助力してくれるのはとても助かります」

「…本当に、俺なんかで大丈夫ですか?」

「ええ、勿論」

 

 その言葉を聞くと、炭治郎は心の底から安堵した。不快では無かったどころか感謝までしていると言われたのだ。微力ながらも彼を手助けできる。

 

「炭治郎君と珠世さん。二人も協力者ができたのは予想外でしたよ」

「そうですか!鬼の立場である珠世さんが協力してくれれば百人力ですね」

「ああ、彼女はまた別件です」

「え?じゃあ何の……」

 

「故郷への帰り方とでも言うんですかね」

「…故郷?」

 

 自分の足で帰るだけで達成できそうだが、彼女に手伝ってもらう事に何か意味があるのだろうか?

 

「優先度は低いので今は気にしませんが」

「そう、ですか……」

 

 妙な引っ掛かりを感じつつも曖昧に返事すると、廊下から規則正しい足音が聞こえてきた。すると隅に蹲っていた愈史郎は生気が戻ったように立ち上がり部屋に入った足音の主の元に飛んで行った。

 

「珠世様!奴に何もされませんでしたか?」

「愈史郎……いい加減になさい」

 

 開口一番の失礼極まり無い言動に、彼女は愈史郎を叱責し始めた。どうも彼は宗次郎に偏見を持ち危険視している節がある。しかし本人は特に気にした様子もなく、口論を繰り広げる珠世達へと近付いた。そして彼等と何度か言葉を交わすと……二人は平静を取り戻し、真剣な表情を此方に向けた。

 

 

「炭治郎さんもこちらへ」

「…分かりました」

 

 

 大事な話をするのだと察した炭治郎は宗次郎の後に続き全員が集まる座敷の中央へ移動し、姿勢を正して座り直した。

 

「宗次郎さんには既に伝えましたが…。鬼狩りである貴方達に折り入って頼みがあります」

「頼み……どのような内容でしょうか?」

「私の研究を進める為、鬼舞辻の血が濃い鬼から血液を集めて欲しいのです。可能ならば今回のように"十二鬼月"の血液が手に入るのが望ましい」

「…!?最強の十二体の鬼の血を、ですか……」

 

 炭治郎は拳に力を入れ珠世の一言一句に耳を傾ける。今後再び遭遇するであろう強敵を想定して……

 

 

 

 

 

 

 

 

 ()()()()()()()()()()まだ知らぬまま、夜は更けていく。

 

 

 

 

 

 

 




T鬼&Y鬼「……えっ?」
S者「…………えっ?」

次回、那田蜘蛛山編の終盤まで飛びます。


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