"天剣"は鬼を斬る   作:青めだか

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長らくお待たせしました。色々リアルが落ち着いたので…再開します。





炎の幕開け

 

 

 鬼殺隊士が戦いで傷付いた身体を癒す診療所、蝶屋敷。定期検診や薬の処方なども請け負っており、鬼殺隊にとって欠かせない施設である。

 時間は既に夕刻。縁側から見える庭には、西日に照らされた数多の蝶々が飛び交っている。光の加減で羽を繊細に煌めかせて舞う姿は、夕闇に溶けて消えてしまいそうな儚さと美しさを感じさせた。

 

 

「段々とコツが掴めてきましたか?」

「そうですね、まぁ炭治郎には負けますけど……」

「ふふ、頑張って下さいね」

 

 縁側の長廊下に座り、談笑する二つの人影。診療所の主である胡蝶しのぶの鼓舞を受け、黄色い髪色が特徴の少年は照れながらも頷いた。

 

 

 "雷の呼吸"の使い手、我妻善逸。自他共に認める臆病気味な性格、よく泣き喚き討伐対象の鬼を目前に気絶してしまう程に軟弱者である。しかし、その()()()()でこそ才能を発揮できる事を…本人は未だ自覚していない。

 那谷蜘蛛山で下弦の鬼の眷属を倒した彼もまた、蝶屋敷での療養且つ機能回復訓練の最中であった。訓練自体はごく最近まで躊躇っていたが、向上心がずば抜けて高い炭治郎(友人)の熱意に感化され、しのぶの後押し(手を握られる)も相まって本格的に着手したのだ。今日の訓練も全て終了し、後は夕餉が出来上がる時間を待つだけである。

 

「………」

 

 ひらひらと舞う蝶達を見て、善逸は改めて己が生き残った事を実感する。鬼の毒により自らの手脚が縮み蜘蛛へと変貌していく…あの深い絶望感は二度と味わいたくはない。症状が悪化する前に解毒剤を飲んだお陰で、幸い後遺症も残らず完治に至ったのだ。その解毒剤を用いた命の恩人こそが、左隣に座り美しく微笑む女性…"蟲柱"胡蝶しのぶである。 

 そんな、妖艶な美貌を持つ彼女と談笑する至福の時間。落ち着いている風を装うが内心跳び上がりたい気分であった。目を瞑って天を仰ぎ、この出逢いに感謝せんと無我の境地へ至ろうとした……その時。

 

 

 

 

「—————お二人共、こんにちは」

 

 

 

 

 突如聞こえてきた、中性的な声色。

 

 

「あら、こんにちは」

「!?……あ、…どうも」

 

 

 先程までの脳天気な気分が一気に霧散する。顔を下げて目を開ければ、正面に青年が紙袋を抱えて自分達を見下ろすように佇んでいた。塀を乗り越えて此処へやって来たのだろうか。注意が散漫だった事を差し引いても、存在に気付かずに至近距離まで接近された事実に驚愕する。虚空から現れたかと錯覚してしまう程に、まるで気配を感じなかった。笑みを浮かべて挨拶をする彼に、善逸は失礼だと理解しながらも思わず顔を引き攣らせてしまった。

 

 

 青年の名は瀬田宗次郎。歳上であるが鬼殺隊士としては同期であり、最終選別での初対面は非常に印象に残っている。故に蝶屋敷(ここ)で見かけた際は直ぐに彼だと認識出来た。すらりと伸びる体躯と整った容姿、常時浮かべる爽やかな笑顔。改めて同性として妬む要素満載の男だと思う。常であれば、持たざる者の恨み辛みを心中でぶち撒けているのだが……

 

 

「……ッ」

 

 

 何度聴いても、この異様な"音"には馴染めそうもない。音が独特なのはしのぶも同じだが、彼のように不快感を抱く事は無い。選別終了後に間近で対面した際に、全身が総毛立った事は鮮明に覚えている。本来其処にあるべきものが"破綻"したような不協和音は、心中に明確な恐怖を抱かせるには十分過ぎた。選別後も彼と交流関係を持つ炭治郎に詳細を尋ねたのだが、やはり初めは心底驚愕したらしい。感情を五感で読み取れる者からしたら彼が如何に常軌を逸しているかが分かる。内面とは裏腹の表情(かお)も相まって、印象は著しく良くなかった。

 

「訓練終わりですか。僕は結構早めに切り上げたから夜に進めないとなぁ……」

 

 蝶屋敷で交流する前は人格が破綻した危険人物だと偏見で思い込んでいた。しかし挨拶をすれば想像よりも遥かに礼儀正しく、誰にでも常に敬語で接している事が判明したのだ。人当たりが良く、少し無邪気さを兼ね備えた好青年なのだが…音に慣れるまでは暫く時間が掛かりそうだ。

 

「その…今日も街に行ってらしたんですか?」

「ええ、珍しい南蛮菓子が売られていたので。善逸君も食べます?」

「あっ、はい。ありがとうございます…」

 

 そして無類の菓子好きであり、毎日街で購入した物を持ち帰っては自分達に分けてくれる。彼が紙袋から取り出し渡してくれた包装紙には「カステラ」と片仮名で表記されており、紙越しでも黄色い生地がふっくらと指に吸い付く感触が心地良い。今回も値の張る代物である事は確実で、高級菓子が彼の持つ紙袋に敷き詰められている様は圧巻の一言だ。

 やがて彼は自分の右隣に腰を下ろすが、しのぶには菓子を渡さなかった。数日前、皆と同様に渡そうとした際に「結構です」と断られたからだろうか。彼の登場以降もしのぶは笑っているが、穏やかな感情が霧散したのは……彼女も例外ではなかった。

    

 

「以前も申しましたが、柱稽古の日まで貴方の身柄を本部から預かってる状態です。外出する際は事前に伝えて頂かないと困るのですが」

「あぁ、炭治郎君に伝えておきましたけど」

「普通は私を含む診療所の関係者に報告するんですよ。そんな単純な事も理解出来ないのでしょうか」

「外出程度で面倒だなァ」

 

 

 飄々とした宗次郎と言葉を交わす内にしのぶの音が鋭く尖っていき、感情の機敏を耳で受け止めた善逸の顔が徐々に青ざめていく。この一週間、二人が会話する現場に居合わせると碌な事が無かった。

 

「貴方は炭治郎君の善意に甘え過ぎです。年下の子に負担を掛けている自覚を持って下さい」

「それを仰るなら貴女だって、実の姉の夢を彼に託すのはどうかと思いますけど」

「…はぁ?何処でそれを———」

 

 

 ………ああ、()()()()

 

 

 彼の訓練の担当はしのぶ自身。一昨日ちらりと訓練の様子を覗いたのだが、動作がもはや「別次元」であったのは語るまでもない。歳も近く様相や立ち振る舞いが似通っているこの二人、相性が良く仲睦まじいと誰もが思うであろう。しかし実際に顔を合わせれば何かと不穏な空気を漂わせ、口論を繰り広げるのが日常である。激しく罵倒する類ではなく、両者共に物腰柔らかなままで的確に棘の刺さる言動を投げ掛けるので、余計に恐怖が倍増する。

 特にしのぶは彼を相当嫌っているようで、大抵彼女の方から言葉で毒を吐き最終的に冷戦が勃発する。隠達の話によると、那谷蜘蛛山の戦いの際に一悶着あったらしい。詳細は不明だが、彼女自身の何らかの線引きを超えてしまったのだろう。長年女性に歩み寄ってきた(但し一方通行)自分には何となくそう感じたのだ。

 

 

「本人から聞きましたよ」

「…全くあの子は、油断なりませんね」

 

 

 きっと炭治郎自身は微塵の悪意もなく、純粋に尽力したいという意気込みで宗次郎に話したのだろう。何事にも真っ直ぐな性格が羨ましいが、時折それが裏目に出てしまうのも世の常である。しのぶもそんな彼の性格を理解している故か、夢を話された事に関しては然程怒りの音は聴こえない。

 それでも依然として二人の間には凍て刺すような空気が漂い続けている。彼等は自分の両隣に座って会話しており、本来の意味に加えて物理的にも板挟みの状況に心が折れかけていた。

 

 

(やべェ……部屋に帰りたいよぉ!!!!)

 

 

 即刻此処から離れろと本能が叫んでいる。会話が激化しどちらの言い分が正しいかと話を振られたら厄介だ。割って仲裁に入る程の度胸と気力が己にある筈もない。行動を起こし注目されるのを懸念し、善逸が辿り着いた真実(こたえ)は……無言で存在感を消す事であった。自分は道端の石ころ、浮かんでは消える泥濘の泡…塵芥も同然の存在。だから頼むから巻き込んでくれるなと、心の中で嘆願を続ける。

 

 

 

 

 ————その夜、とある繊細な少年は体調不良を訴え……半日寝込む事になった。

 

 

 

 

♦︎

 

 

 

 

 屋根の棟部に腰を下ろし、宗次郎は呼吸を安定させ集中する。酸素を身体の末端まで巡らせると全神経が過敏になり、血流の速度が上がっていく。肺が圧迫され、全身に熱が生じるのを感じた。

 

「………ふぅ、疲れるなぁ」

 

 しかし、直ぐに動作を終えて夜空を仰いだ。明日は柱稽古を控えている為、身体に負担を掛けない方が良いと判断したのだ。夜空には無数の星々が輝いており、届かないと分かっていても手を伸ばす。風に吹かれたちぎれ雲が、山の頂へと静かに動いていた。

 

 

 蝶屋敷で過ごし始めて一週間になる。名目上は患者で療養期間中なのだが、初日に解毒及び機能の回復が完了して以降は「全集中の呼吸」の基礎を学ぶ日々を送っている。下弦の鬼を無傷で葬ったにも関わらず、しのぶの毒が原因で屋敷に訪れる羽目になった訳だ。柱稽古の実施日までは鬼殺任務を解かれ原則此処に滞在するよう言い渡された。この一週間は宗次郎の体調を考慮した期間であり、他の柱達の稽古期間でもある。

 屋敷の住人は若い少女ばかりだが、しのぶと同様に「全集中の呼吸」に精通しており患者の治療と訓練の両方を兼ねて補助してくれる。未経験者である自分が最初に学んだのは"常中"と呼ばれる基本動作だ。前々から"縮地"に組み込みたいと考えていた呼吸法を、この機会に習得出来るのであればと着手し始めたのだが……

 

 

 ————認識が少々、()()()()

 

 

 「剣術」において、宗次郎は特定の流派を習得する必要は無かった。幼少の頃より秘められた天賦の才は()()()を境に開花し、我流の剣のみで明治政府の精鋭達を葬り去ってきた。十本刀最強…"天剣"の異名通り、刀を振るえば無双であったのだ。

 しかし"全集中の呼吸"は身体能力を向上させる特殊な「呼吸法」である。如何に宗次郎といえど、剣と同様の感覚で瞬時に理解するのは不可能だった。基礎となる"常中"を行う度に肺は圧迫され、動悸が激しくなり疲労感に包まれる。呼吸器官など本来人間が鍛錬できる部位ではないので容易には習得できないと勘付いていたが、予想以上である。因みに常中が熟達すれば瓢箪を吹くだけで破裂可能になるらしい。実物を見せてもらった際、想定を遥かに超えた大きさに心底驚いた。現実味に欠ける上に、その域に達するまで年単位の時間を要する気がしてならなかった。

 

 けれどそれは自分が想像していた基準であり、しのぶ曰く二ヶ月もあれば常中を習得できるそうだ。平均と比べてかなり早いらしいが、縮地との併用を試す期間も考慮すれば、実戦で用いるのは当分先になるだろう。現時点では全く敵に苦戦していないので急ぐ必要も無い。

 

 

 

 明日相手取るのは、この新しい"技能"を極めた剣客。以前から鬼殺隊の要である「(彼等)」の基準を知っておきたかったので、それを己の剣で試す絶好の機会である。初見の相手に対策は無いが、普段通りの"自分"を出し切れば苦戦は強いられないだろう。そして本番は隊服を着込まず、馴染んだ蒼の普段着のみで挑もうと考えている。僅かでも身軽にして機動力を確保出来れば、"縮地"は更に強力になる。

 

 

「………」

 

 

 初めて緋村剣心()に敗れた日。己の真実(こたえ)に乱れが生じて動きを先読みされ、最大の奥義まで打ち破られた。激闘の末に「弱肉強食」のみがこの世の真実ではないと知った時、初めてあの雨の中から解放された気がしたのだ。以降は理解し得ぬ信念・真理に対し無理に反発せず、()()()()()()と思考するようになった。過去の真実への執着を終えて広い視野を得た、宗次郎自身の確かな成長の証であった。

 

 

 故に、己の「感情欠落」は二度と揺るがない。

 

 

 

 ————決して、破れはしないだろう。

 

 

 

♦︎

 

 

 

♦︎

 

 

 

♦︎

 

 

 

 朝焼けが始まる早朝、新たな一日の始まりを鳥達が祝福するように奏でている。表の参道から少し外れた比較的人気の無い通路を抜けると、やがて視界が開け立派な施設が聳え立つのが見えた。今日の稽古場所である「剣道場」だ。敷地の境界に位置する武家門の脇には二人の男女の姿があり、少年の方は此方の姿を視界に認めると満面の笑みを浮かべて挨拶をした。

 

「おはようございます宗次郎さん!」

「炭治郎君、お待たせしました」

 

 

 彼は同期の仲間達三人の中で最も機能回復訓練に力を入れており、日々脇目も振らず"常中"の完全習得に励んでいる。今回の柱稽古も戦闘の参考になればと、率先して観戦を申し出たそうだ。

 

 

「それで、お店の予約はできましたか?」

「ええ。少々道が複雑で大変でしたけど」

 

 鬼殺隊本部や蝶屋敷を含むこの地域一帯は所謂「大都市」であり、広大な街が複数連なっている。真新しい風景を横目に遊歩するだけで興が乗る上に、此処でしか得られない情報も沢山収集できる。蝶屋敷で過ごす間は毎日街へ繰り出しており、大正時代から誕生した珍しい菓子を存分に堪能していたのだ。今日は剣道場(ここ)に向かう前に、以前から目を付けていた甘味処へ赴き個室の予約を済ませてきた。手合わせが終了次第直ぐに向かう予定である。

 

「まぁ、直行出来る状態であればの話ですね」

 

 そして彼の引率者であるしのぶは、ニコニコと笑いながら他意を含んだ言動を投げ掛けてきた。那谷蜘蛛山の件を相当根に持っているのか、彼女は事ある毎に攻撃的な態度を取ってくる。丁寧な口調で痛烈な批判を浴びせてくる様子は控えめに言ってえげつなく、もはや両方の意味を兼ねて"毒柱"と改名すれば良いのではと思う。

 

「万全の状態ですから心配ありませんよ」

「それなら結構です。皆さんもお待ちなので入りましょうか」

 

 しのぶは心配した覚えはないとばかりに話を切り上げると、門を潜り道場の扉を開けた。彼女を先頭に全員が中に入り、屋内用の草鞋に履き替えて奥へと続く廊下を歩いていく。側面には年代物の掛け軸や刀が飾られており、内装の豪華さを際立たせていた。格子窓の隙間から見える中庭は美しく彩られている。そして最奥の分厚い襖障子を彼女がゆっくりと開けると……

 

 

 

 

 ————其処は、広大な空間だった。

 

 

 木造の頑丈な壁と天井に畳ばりの床の、剣を交える為だけに創られた空間。無駄を省いた簡素な構造は「無間乃間」を彷彿とさせ、何処か懐かしい気分になる。各所には幾千もの剣士が己を鍛えた証である古傷が無数に刻まれており、建物自体の歴史は相当長い事が伺える。奥の壁際には稽古の観戦に来たであろう観衆達が立っていた。

 

 

 そして彼等よりも手前、空間の中央に佇む男。突き立てた炎刀に手を添え、仁王の如き覇気を纏い待ち構えていた。直前まで閉じていた瞳が、宗次郎達の往来を感じ取り覚醒する。熱を灯した双眸は、真っ直ぐに此方を射抜いた。

 

 

 

「————来たか!瀬田少年ッ!!!!!」

 

 

 

♦︎

 

 

 

 炎色の髪に爛々と輝く緋色の瞳、そして白地に業火を纏わせた羽織が目を引く。まさに全身で「炎」を体現したかのような男は空間を震わせる程の大声でそう叫ぶと、刀を納め此方に歩み寄って来た。

 

 

「俺は"炎柱"、煉獄杏寿郎!!!今日は宜しく頼む!!!!」

「こちらこそ、宜しくお願いします」

「うむ!君の功績は全てお館様から聞かせてもらった!見事な剣才だな!!!今日はその力を存分に発揮し、戦って欲しい!!!!」

 

 

 求められた握手に応じて掴んだ手からは、溢れんばかり闘気が滲み出ている。とても暑苦しい、見かけ通りの豪快な人物だ。この男が稽古相手の柱だと知らされていたので、事前に彼を少々調べていた。全集中の呼吸の基本となる流派"炎の呼吸"は歴史が古く、どの時代にも必ず柱がいたそうだ。加えて「煉獄家」は代々鬼狩りの家系であり、歴代の"炎柱"を幾度も其処から輩出しているという。由緒正しき炎を宿した最上位の剣士…その呼吸の体現者とも言えるだろう。

 

 

「それにしても、他の方々もお揃いなんですね」

「ああ、皆が君の剣を知りたがっている。柱以外がこの稽古に参加するなど、異例の措置だからな!」

 

 

 煉獄は周囲の面々を眺めつつ応える。

 広間の両端にいる観衆とは七人の"柱"だ。先程しのぶが皆さんと述べた通り全員がこの稽古の観戦に来たようで、鬼が活動しない早朝であれば彼等もある程度は時間に余裕があるらしい。極彩色の双眸が全て自分に集中するのを意識しつつも、身だしなみの整理や概要確認などの事前準備に取り掛かる。

 

「炭治郎君、日輪刀(これ)預かってもらえます?」

「あっ、はい!分かりました!」

 

 稽古では当然真剣を使用できず、訓練用の代物を此処で渡される。日輪刀を受け取った炭治郎は軽く会釈した後、しのぶに誘導され柱達が立つ壁際の方へと移動していった。一同慣れているのか、戦闘に巻き込まれる心配は皆無らしい。

 

「竈門少年も観戦に来たのか。素晴らしい心掛けだ!ならば尚更模範にならなくてはな!!!」

 

 果たして模範になるだろうかと宗次郎は思う。彼が扱う呼吸は炎だが、水と同様に基本の型なので幾分かの共通点はあるかもしれない。

 

「ところで、君も少年と呼称するのは些か迷ったのだが…生まれた年はいつだろうか?」

「文久の元年です」

「よもや!!!!!ならば軽く四十は超えている筈だが、それ程若々しい肉体を保っておいでとは…尊敬に値する!!!!」

「あぁ、歳は十九ですよ」

「む……皆目分からんが、いずれにしても君は素晴らしい剣士だ!!!」

 

 大正時代(こちら)に飛ばされる前と肉体年齢が変わらず、鬼の痕跡など宗次郎のいた明治時代では全く見当たらなかった。故に此処は月日が経過した元の世ではなく、全く()()()であると予想している。神隠しの原因は定かではないが、取り敢えず年齢は変わらぬままで良かったと思っている。

 呼び方は何でも構わないと応えれば、彼は満足げに頷き返事をした。生誕日と歳の矛盾を掘り下げようとしないので、あまり細かい事は気に留めない性分らしい。

 

「さあ、君の()()()()の刀だ。受け取ってくれ!」

「ありがとうございます」

 

 煉獄の腰から引き抜かれて渡されたのは、刃の無い訓練用の「模造刀」だ。柱稽古の概要を知らされた際に、その中で必要な条件や要望があれば、本部に申請するよう告げられていた。なので本来使用する木刀を真剣又は合金類を用いた本格的な模造刀に変更できないかを申請した所、後者の許可を得られたのだ。

 斬れない事以外は限りなく真剣に近い。しかも構造や刃渡りを普段使用する日輪刀に合わせて調整されており、総じて非常に良い出来である。要望に応えてくれた本部には感謝しなくてはならない。

 

 

 受け取ると改めて距離を空け、向かい合う。

 

 

「それでは一本、宜しく頼む!」

「ええ、此方こそ」

 

 

 

♦︎

 

 

 

 鬼と接敵する際は、あらゆる場面を想定する必要がある。障害物の無い更地で真正面から対峙する時もあれば、狭く密閉された空間内での交戦も有り得る。日によって稽古の場所は変更され、今日は煉獄家が所有する剣道場だ。

 

 訓練時代に愛用していた模造の炎刀を握り、煉獄は宗次郎を見据える。突如鬼殺隊に入隊し、閃光の如く大躍進する彼の噂はいち早く聞きつけていた。鬼の被害が増加傾向にある昨今の情勢、人手の足りない中でなんと頼もしい存在であろうか。強き者が先導して活躍すれば若輩達の士気も高まる。お館様に指名されて以来、一騎当千とも謳われる件の青年との再会を待ち望んでいた。

 他の柱達と同じく、凄まじい闘気の持ち主だと思い込んでいたが………実際はどうだろう。

 

 

 

 ————()()()()()()()()

 

 

 気配は勿論、戦闘前だというのに闘気すらも全く感じられない。視界に映っている姿は幻なのかと疑う程景色に溶け込んでいる。存在自体が、朧げに漂っているような感覚だ。専ら気配を消す術に長けていても、"この領域"に至るには不可能に近い。恐らく先天的なものか、あるいは己の精神に多大な影響を及ぼす出来事があったのか…。いずれにせよ、有り得ない程彼という「人間」を読み取れない。

 

 

「随分と、落ち着いているな」

「そうですか?まぁ、異能を操る鬼と比べれば幾分かは気が楽ですし……」

 

 

 

「—————"対人(こちら)"の方が、慣れているので」

 

 

 薄氷のような面の笑顔に影が交差し、青年の瞳は怪しく光る。傲ってもいない態度で淡々と「事実」を述べたらしい様子に、煉獄は内心舌を巻いた。やはり胡蝶やお館様が述べた通りであれば……非常に()()()()()になるだろう。確信に近い感覚だ。

 この稽古に特別な規則は無い。ただ純粋に剣を交え自分を高め合い、まだ見えぬ実力の巨峰へと突き進むのみ。より多く屠り…多く救う為に、この青年を糧に己は強くなってみせる。絶対なる覚悟を定めた心が火を灯し、紅蓮の如く滾り始めた。

 

 

「成る程、ならば遠慮は一切無用!俺の全てを懸けて迎え撃とう!!!!」

「分かりました、それでは遠慮なく…」

 

 

 

 鞘から刀を引き抜き、戦闘態勢に入った彼は……片脚を一定の間隔で畳の床に打ち付ける。

 

 

 

『—————!!!』

 

 

 煉獄のみならず、空間内の全員がその異様な動作に瞠目する。彼の実力の全貌が明らかとなる瞬間を目に焼き付けんと、鋭く観察し始めた。

 炎を冠する柱の表情は真剣そのもので、先程までの豪快な笑みは浮かんでいない。冷静に徹する思考とは裏腹に、漲る程の闘気が彼を包み込んでいた。

 

 

 

 

 

 

「——————先ずは、"五歩手前"から」

 

 

 

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