"天剣"は鬼を斬る   作:青めだか

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全集中の呼吸はとにかく「技」が多い!
宗次郎にも少し分けて下さい





"三歩手前"

 

 

 主人が不在の蝶屋敷。太陽が漸く昇り始めた頃…まだ早朝と呼べる時間帯の中、数少ない屋敷の住人達は各々の仕事に取り掛かる。

 患者が運び込まれる二階の病床、その一室で少女は淡々と清掃を行っていた。寡黙で美麗な雰囲気を纏い、絹のような黒髪と蝶の髪飾りを柔らかな空気が撫でている。取り替えたシーツを手に抱え、洗い場へと向かうべく廊下を歩いていた……その時。

 

 

「————!」

 

 ()()()()()を感じて、格子窓の外……屋敷の裏手にある雑木林の奥を見据える。昇った直後の太陽光は未だ行き届かず、仄暗い闇を纏ったその場所は一見何も無いように見える。しかし少女の「眼」は、一際太い幹に留まるその存在を正確に捉えていた。

 

 

 ーーそれは、"梟"の雛だった。

 

 

 灰と白の羽毛に包まれた小さな体躯を揺らし、器用に頭部を回転させ毛繕いを行っている。その愛らしさに見合わぬ鋭い脚の鉤爪には……既に息絶えた山鼠が捕らわれていた。身体から滲み出る血は凝固しており、獲物を仕留めてから幾分かの時間が過ぎたようだ。距離が離れていても、少女の特異な視力を以てすれば全ての動向が筒抜けであった。

 

 

 ……知っている、あの梟は「彼」の鎹鴉。

 

 

 那谷蜘蛛山での任務が終わった後、ここ暫く蝶屋敷に滞在中の青年を思い返す。基本的に少女は他者への関心が極端に薄く、隊士や刀鍛冶を含め数多くの人間が此処を訪れるが…事務的な接触以外で関わろうとする気配は皆無であった。

 そんな彼女が珍しく気に留める程に、何もかもが"異質"な青年(ヒト)だった。同時期に訪れた個性豊かな少年達ですら、彼の前では霞んで見えてしまう。

 

 

 患者の補助が必要な蝶屋敷において、少女は主に訓練の実技全般を受け持っていた。いつもの指示通り、彼の機能回復訓練と"常中"の指導も自身が担当する筈だと思っていたが……。

 なんと、己の師範である胡蝶しのぶが彼の訓練を受け持つと言い出したのだ。医者も兼任する師範は常に多忙の身なのに、特定の隊士に時間を割くなど理解不能であった。合理的な彼女らしからぬ判断、その意図を読めずにいたが……両者の訓練を間近で眺め、否応なくその理由を突き付けられた。 

 

 

『あはは、化粧が崩れて妖怪みたいですね〜』

『…………カナヲ、少し席を外しなさい。暫く誰も此処には入れぬように』

 

 

 爽やかな笑顔の青年が…己の師範に次々と薬湯をぶち撒けていく。その遠慮と容赦の無さには軽く恐怖を抱く程で、凄惨な情景は少女の脳裏に深々と刻まれてしまった。夥しい数の青筋を立てた師範は、それはもう優しい声色で退室を命じたのだ。

 二人の仲は大変宜しくないようで、彼が関わると師範の機嫌は常に底辺を彷徨っていた。両者が訓練を始めれば四六時中轟音が鳴り止まず、その際は極力干渉を避けるのが暗黙の了解となったのだ。

 経緯は兎も角、洗練された青年の動きは少女に大きな衝撃を与えた。反応速度や駆け引き・それに伴う身体能力…全ての基準値が異常に高く、難解な課題を遊戯感覚で完遂していく。呼吸の基礎を学び始めた段階なのに、それを極めた師範()と何故対等に渡り合っているのか。自分の遥か先を征く実力者が同期という事実も、未だ信じ難いくらいだ。

 

 

「……………」

 

 

 梟は、気配を断ちつつ無音で羽ばたき……驚異的な速度で獲物を仕留める。相方の青年を体現したかのような幼き捕食者に再び眼を向ければ、相手も此方に勘付いた様子で不思議そうに見返して来た。今頃本人は柱稽古で激戦を繰り広げているだろう。

 少女は"継子"という立場上「柱」と関わる機会がそれなりに多く、並外れた実力を常に身近で体感出来ていた。無駄を省いた流麗な剣捌きは何度見ても溜め息が溢れ、鬼殺隊の頂点に君臨する所以なのだと認識していた。

 

 

 しかし、誰もが畏敬の念を抱く"鬼殺隊の最高戦力"が相手でも……「彼」が苦戦する姿など到底想像出来なかった。

 

 

 

♦︎

 

 

 

♦︎

 

 

 

♦︎

 

 

 

 

 ゴゥ!!!!!と、衝撃波が激しく宙を舞う。

 

 

 

『………!!!!』

 

 

 煉獄と外周に佇む柱達、各々が強力な「鬼」の異能に露程も動じぬ百戦錬磨の猛者揃い。そんな彼等ですら、現実とは思えない超常的な事象を前に瞠目した。数え切れない眼差しに穿たれるのは、天地を揺るがす轟音と共に空間を駆け巡る青年……"四歩手前"の速度を解放した宗次郎だ。

 

 

 ーー先程までとは、()()()()()()()()

 

 

 人智を遥かに超越した"速度"は、軌道さえも捉える事を赦さず、僅かな残影を視界の端に残すのみ。地面と側面に加え、新たに天井にまで打ち上がり此方の感性を著しく狂わせる。横方向だけでなく縦も絡めた……真の意味での「全方位」空間攻撃。

 別物と言い表しても過言ではない戦法に、流石の煉獄も動揺を隠せない。神速で踏み抜かれた畳や天井は崩壊し、砕かれた木屑や破片が衝撃と共に舞い視界を更に悪化させる。荒れ狂う災禍の中に…"炎柱"は唯一人佇んでいた。

 

 

 

「………ッ」  

 

 

 絶対に追い付けないと悟った煉獄は、その場から動かずに静止する。呼吸を安定させ、構えを継続したまま周囲を鋭く見渡した。集中力を研ぎ澄まし…やがて訪れる猛攻に覚悟を決めて備える。

 動きを先読み出来ないが故に、無理矢理にでも追随して視界に捉える必要があったが、最早それが通用した段階は過ぎ去った。今や脚力は遠く及ばず並走可能な範疇を優に超えている。数少ない突破口を断たれ、完全に先手を譲らざるを得ない…あまりにも致命的な状況。それでも煉獄は決して立ち向かう姿勢を崩さない。

 宗次郎が不可視の斬撃と化してから十数秒……

 

 

 

 ———()()()()()から響いた衝撃音を皮切りに、序盤とは比較にならない壮絶な闘争が幕を開けた。

 

 

 

 

「———肆ノ型ッ!『盛炎の唸り』!!!!!」

 

 

 身の危機を察知するよりも速く、反射的に煉獄は刀を薙ぎ払っていた。技の必中範囲が広い"肆ノ型"は、斬撃が届く可能性を大幅に引き延ばす。扇状に螺旋を描く炎剣は同時に障壁としても機能し、此方の陣形を容易に崩させない。攻撃を凌ぎつつ反撃に繋がる布石を打ちたいが……

 

 

 

「—————ッぐ、、ッ!!!」

 

 

 全身を暴風が凪いだ直後、凄まじい斬撃が煉獄を襲った。予想を遥かに凌駕した剣速……()()()()()()()()()()事実を痛覚が数秒遅れて認知する。攻守共に優れた呼吸技でさえ、ただ致命傷となる部位を逸らしただけに過ぎなかった。速すぎて眼に映るかも怪しい攻撃に甘過ぎた認識を捨て去る。

 骨の髄まで浸透させる痛撃は体幹を崩し、その勢いで煉獄の脚が地面から隔絶された。宙空は宗次郎の絶対的な領域、浮いた身体を捕捉し駆け抜ける猛烈な一閃。迫り来る斬撃(ソレ)を理解しても予測が出来ず、煉獄は咄嗟に炎剣で自身を守るしかない。

 訪れた二度目の衝撃は斜め上、強襲する円光の刃に弾かれ地面に勢い良く叩き付けられる。落ちる寸前で回転し何とか脚から着地するも、痺れた下半身を刈り取るべく低空を疾走する影に反応が遅れた。

 

 

「ッ、、『昇り炎天』ッ!!!!」

 

 

 脇腹に生じた鋭い痛みを気迫で捩じ伏せ、起き上がりの勢いを乗せて思い切り刀を斬り上げる。袈裟懸けに生じる日輪上の炎舞を秒で躱した青年は、瞬時に煉獄の側面へ移動し攻勢に転じた。敵を超神速で穿つ刺突は、咄嗟に放った『不知火』をも貫通し左肩に深手を負わせる。 

 激痛を噛み殺す煉獄が、追撃を免れる為後方へ飛び退いた途端……先程までいた畳が爆砕し真空波が押し寄せた。空間を揺るがせる剣撃の渦の中で懸命に猛攻を防ぎ続ける。

 

 

(よもや、、これ程とは……ッ!!!!)

 

 常軌を逸した速度が原因で、自分がどのように剣撃を受けたのか認識出来ない。呼吸技で致命傷となる部位を死守しているが、裏を返せば()()()()()()()を防御する余裕が無い。先読みも出来ずに斬撃を浴び続け、積み重なる負傷が身体と精神に多大な疲労を(もたら)す。

 確実に技を命中させなければ埒が明かない。必死に剣撃に抗うと同時に、脳が焼き切れると錯覚する程思考を加速させる。四方八方から飛んでくる熾烈な斬撃の中で如何に攻撃へ転身するか、全身を切り裂かれながら必死に模索し続けた。

 

 

 防御を悉く貫通され、瞬く間に「満身創痍」と呼べる状態まで消耗し切っても……煉獄の眼は未だ炎を宿していた。軋む手と脚に鞭打ち炎剣を強く握り締め、見出した一つの可能性を実行すべく動き始める。致命傷のみを避けて飛び退きながら、肺が暴発しそうな程に空気を取り入れた。

 

 

 「—————フゥ!!!!」

 

 

 これまで以上に身体を限界まで捻り、劇的に広範囲の『盛炎の唸り』を放つ。灼熱の軌道が煉獄の全身を更に包み込み、鉄壁の防御網を敷いた。しかし超神速で疾走する相手にとっては、"僅かに生じた隙"を見抜いて攻撃する事など造作もない。

 恐れを知らぬ蒼き残影が、豪炎の嵐の中を掻い潜り異常な速さで距離を縮めて来た。豪快な剣捌きで相手の退路を阻む煉獄は……次の瞬間、躊躇い無く型を変更し勝負を仕掛けた。

 

 多方面に唸る炎の剣技を華麗に躱し切り、再び宗次郎が間合いに踏み込んだ矢先には……()()()()()()()()()()()()()煉獄の姿。

 

 

 

 

 

「———伍ノ型ッッ!!!『炎虎』!!!!!!」

 

 

 爆発的に空気を吸い込み、その熱の丈を全身全霊で放った。神速の猛攻を耐え忍び、存分に引き寄せてから不意を突いた強烈な返し技。宗次郎自身の並外れた速度を逆手に取った()()()()()()()()()。"炎の呼吸"の中でも指折りの威力を誇る大技を前に、青年の笑みは消え眼を見開いた。

 防御も回避も到底間に合わない。灼熱の獣王が咆哮を上げて牙を剥き、標的を炎の渦に閉じ込める。決死の誘導を含めて見事功を奏した…二度は訪れない絶好の機会を物にしたのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ————————だが、()()()()

 

 

 

 

 

「———凄い技ですね、けれど遅い」

「………ッ!?!!」

 

 

 炎剣が空を斬る感触と共に聴こえた、"背後"から呟かれた声。一瞬にも満たない刹那の中でそれを知覚した脳は、訪れた現実を処理し切れず混迷を極めた。……有り得ない。意図的に隙を生じさせた事は、此方が技を出すまで勘付いた様子は無かった。即ち()()()()()()()()()()()()()事に他ならず、いとも容易く実行出来た青年に煉獄は戦慄する。

 今度こそ決定的な隙を晒してしまった。焦燥に駆られる暇すら与えられず、彗星の如く突進する影が背後から迫って来る。絶叫を上げる本能に突き動かされ、瞬時に反転し剣を振り抜こうとするが……

 

 

 

「————がァッ、ッ……!!!?」

 

 

 旋風を纏った強烈な飛び蹴りが鳩尾に命中し、亜音速で煉獄の身体が吹っ飛んだ。"四歩手前"の絶大な推進力を乗せて放たれた蹴りは、鬼殺隊士の生命線である"呼吸"を一気に停止寸前まで追い込む。受け身も取れぬまま壁に激突し、爆音を立てて剣道場全体が大きく揺れ動いた。

 

 激痛が全身を駆け巡り、内臓の液体が逆流を始めて荒れ狂う。酸素が抜け切った身体は本来なら碌に"常中"が出来ず、気絶するか最悪死に至る。しかし煉獄()の"常中"の熟練度は桁違いであった。

 呼吸の精度を極限まで高めて肺から抜け切った筈の酸素(ソレ)を隅々まで巡らせる。砕かれた鳩尾の内側の応急処置も済まし、四肢の力を振り絞り再び立ち上がった。そして半壊した壁から離れ……何とか炎刀を構え直した。

 

 

 

 

「ハアッ………、、ハ…ッ…」

 

 

 動悸が激しく乱れ、滲んだ汗が頬を伝う。呼吸を限界以上に酷使した身体は悲鳴を上げ、全身の血管が膨張して今にもはち切れそうだ。歩法の速度を跳ね上げた宗次郎と対峙してから()()()()()、全く実感が湧かない程に翻弄され続けた。

 無垢なまでの笑顔と冷艶な瞳が煉獄を刺し貫く。立ち姿を捉えたのが随分以前に感じ、圧縮された時間内でも一太刀も浴びせられなかった事実が重く伸し掛かる。これ以上純粋な剣技を用いた白兵戦を繰り広げても、勝ち目が薄い事は煉獄自身が理解していた。

 

 しかし全力で立ち向かうと誓った以上、最後まで己の責務を果たす。絶望的な状況を覆せる可能性を秘めたのは…己の最速且つ最大の一撃のみ。

 

 

 

  ————炎の呼吸、《奥義》。

 

 

 煮え滾るような闘志を以て、炎を冠する柱は最後の勝負に臨む。

 

 

 

♦︎

 

 

 

「おいおい、マジかよ………!!!」

 

 

 隣に立つ宇髄の驚嘆が耳を通り抜けていく。両腕をゆったりと組み、艶やかな唇に手を添え……しのぶは全神経を二人の激戦に集中させていた。

 

 宗次郎の歩法が格段に速くなって以降、彼の優勢は明確に揺らぎのないものになった。空間を駆使した多次元的な動作から成り立つ、凄まじい戦法。気高い炎の如き漢は、神業の剣撃に無双され今や風前の灯火に晒されている。

 かたや宗次郎は息一つ乱れておらず、いつも通りの笑顔を保ったまま悠然と構えている。容赦という概念が欠落した、執拗なまでに敵を蹂躙する戦法を取っていた張本人とは思えない。

 

 

 ……やはり、あの日の判断は正しかった。

 

 

 那谷蜘蛛山で対峙した時……絡め手()を使わずに真っ向から勝負を仕掛けていれば、間違いなく敗北を喫していた。力無き自分が誇れる"剣速"を歯牙にも掛けぬ反則的な歩法。機能回復を交えた"常中"の訓練でも、彼はその実力を遺憾なく発揮させてくる。予測出来ない超神速を捌くのが如何に厳しいかを身に沁みて分かっていたのだ。

 何より型に縛られない自在な剣技が特徴的で、彼女が把握している「表」の流派のいずれにも該当しない。故に"我流"である可能性が非常に高く、天賦の如き剣才は鬼殺隊の柱をも圧倒している。

 

 

 …余りにも強い。幾度となく思考を繰り返しても、同じ状況に晒された際の対処法が思い浮かばない。鬼殺隊に所属する以前から()()()()()()()と確信させる数多の能力、「鬼」に特化した自分達の剣が彼に通用する感覚を全く想像出来なかったのだ。

 

 

 

「…………」

 

 

 ーーだが、()()()()()()

 

 

 煉獄には……"炎の呼吸"には、現状を覆せる切り札がある。全ての力を乗せた奥義(ソレ)を出せば、或いは彼を打破出来るかしれない。もし相手側にも相応の技があるなら一瞬で試合の決着が付くだろう。その瞬間(とき)が直ぐに訪れる事を、しのぶも他の柱達も感じ取っていた。

 

 

 

♦︎

 

 

 

 感情を乱さぬ『縮地』程、一方的な蹂躙を成し得るものは無い。如何なる剣士も、宗次郎の絶技に翻弄され落命していった。先読みを封じられ、本来の実力を発揮しきれず倒れ伏していく……変わり映えの無い光景。強者こそが「正義」と信じて育ってきた、志々雄真実が創り上げた最強の"修羅"。

 そんな青年は乱れた蒼い普段着を整えつつ、体勢を立て直した煉獄を一瞥する。"常中"が未熟な自分ですら解る程に呼吸が乱れ雑然としている。流石の彼も限界が近いようで、真剣であれば無数の刀傷が余す所なく刻まれているだろう。

 

 余程の番狂わせが無い限り、最早戦況は此方が制したと認識して差し支えないだろう。今から彼が奮闘した所で、再び完封出来る体力も自信もある。なので彼が完全に燃え尽きるまで闘いを継続するか否か迷っている。片脚を一定の間隔で地面に打ち突けながら漢の様子を窺っていた、その瞬間———。

 

 

 

 

  

 『爆発的な闘気』が、煉獄から生じた。

 

 

 

「………!」

 

 

 凄まじい熱気が瞬時に空間全体を取り巻き、更なる闘志を駆り立てて宗次郎を呑み込まんとする。先程までの疲労を一切感じさせぬ堂々たる威風……纏う空気の豹変振りに宗次郎は驚いた。

 煉獄は力強く握った炎刀を肩の後ろに掛け、脚の間隔を空けて腰を低く落とす。溢れ出る闘志は灼熱の炎となって可視化され、紅く煌めく眼光は此方を鋭く射抜いていた。構えからして突進術の系統、周囲の柱達は何が起こるかを察しているらしい。灼熱の闘気が織り成す独特の緊張感と圧迫感は、今から最大の《奥義》を放つという何よりもの証だ。

 

 

「へぇ……」 

 

 

 確実に決着を付けられる局面の為に、今まで温存していたのだろう。奇しくも『彼』との決着を再現したかのような状況に、宗次郎の心は珍しく高揚する。ならば記憶に従い、自分が唯一名前を付けた「技」で迎え討つのが相応しいだろう。 

 熱を灯して静かに待機する煉獄の意志に応え、宗次郎は継続していた予備動作を急遽中断する。そして刀を流麗且つ器用に回転させ……

 

 

 ーーゆっくりと、()()()()()

 

 

 

『—————ッ!!!』

 

 

 腰を僅かに落とし……右の手脚を前に出して構えを取る青年を眺め、正面の煉獄を含む柱達全員が驚愕を露わにした。それは本来…()()()()()()()()()を前提とした剣術であり、闇雲に突撃する鬼を相手取る上では然程意味を成さない。故に『全集中の呼吸』の歴史の中で淘汰され、現在は"雷の呼吸"がその面影を残すのみである。

 

 

 ————それは即ち、『抜刀術』。

 

 

 初速から最高速度に達する"縮地"との相性は抜群であり、故に()()()()木刀を宗次郎は拒んだ。左手で鍔に隣接した部分の鞘を握り、いつでも右手で抜刀出来る体勢を形取る。

 縮地をもう一段階速くすれば正真正銘、"三年前の本気"の速度を出せる。当時の記憶が浮かんでは宙を漂うが、以前と決定的に異なるのは心が平静を保っている事。感情欠落(ソレ)を含めた三つの要素が揃ってこそ、"天剣"の異名を持つ彼の真価を発揮出来る。

 

 互いの予備動作が完了した後も、重苦しい沈黙が暫し続く。爆発的な熱気を伴い猛々しく構える煉獄とは対照的に、宗次郎は恐ろしく静かで冷徹な印象を抱かせた。やや下がり気味に空中で固定された右手が、敵を穿つその瞬間に備えて鋭く研ぎ澄まされている。模擬戦が始まって以降、両者を取り巻く重厚な威圧感と張り詰められた空気は最高潮に達していた。

 やがて均衡は融解し、そして遂に………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「いくぞぉ瀬田少年ッ!!!!!

 玖ノ型『煉獄』—————ッッ!!!!!!!」

 

 

 

 ーー灼熱の炎が今、解き放たれた。

 

 古来より受け継がれてきた…自家の名を冠する究極の奥義。猛き炎の軌道は絶大な熱気を伴って突進を始めた。心を燃やす魂は紅蓮の龍へと具現化し宗次郎を焼き尽くさんと迫り来る。

 宗次郎は笑顔を絶やさぬまま寸前まで動かない。莫大な熱と衝撃が肌を焦がし、やがて彼我の距離が零に近付いた直後———。

 

 

 

 

 

「————"三歩手前"、『瞬天殺』」

 

 

  

 

 

 

 そう静かに呟いて、青年の姿は()()()()()

 

 

 

 

 

 

 

 

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