そして今回も語彙力ナッシングです。
宗次郎が男の元へ戻った頃には空が徐々に明るくなっており、日が昇る時刻であった。"鍛冶狩り"と呼ばれていた怪物の頚を再び斬った事を伝えると、男は何度も感謝の言葉を述べた。その御礼も兼ねて対話を行う為に自身の工房へ招待すると言うので、了承し向かう事になった。
「先ずは、工房へ行く前にやらなきゃなんねぇ事があるんだ。少し寄り道いいか?」
「構いませんよ」
未だ薄暗い森を歩き始める。早朝の冷えた空気が肌を刺激する中……馴染んだ感覚が忍び寄る。
「……、この匂いは………」
"血"だ。鼻を突くような濃厚な血の匂いが歩みを進める度に強さを増している。やがて男が立ち止まり、終着点であろうその場所で下を向いた。後ろから覗いてみれば、大方予想していた通り……三人の男女の死体があった。軍服のような格好に包まれた胸には巨大な金属槍が貫通しており、傷跡から察するに即死だったのだろう。
「彼等をご存知で?」
「……ああ、俺を護衛してくれた隊士達だ」
男はそう呟くと、屈んで三人に刺さっていた槍を丁寧に抜き、仰向けに並べて開いた瞳孔をそっと手で閉じる。そして、祈るようにその場で手を合わせた。
「護ってくれてありがとな。あんた達の分まで、俺は命の限り刀を打ち続ける……だから安らかに眠ってくれ」
如何なる者でも"死"は影の如く身近に潜んでいる。宗次郎にとっては慣れ親しんだ光景だったが、この男のように他者を慈しみ弔う姿を見ると……自分の中で欠落した部分が疼くような、不思議な感覚に包まれる。
緩やかな風が薙ぎ、辺りに再び静寂が訪れた。
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「悪かったなぁ、付き合わせちまって」
「別に構いませんよ。それより埋葬しなくて良かったんですか?」
「ああ、鬼殺隊本部に通達を出しておいたから、もうじき
「…はぁ、成る程」
"きさつたい"と"かくし"。また解らない単語が出てきたが、工房に着いた後で幾らでも詳細を聞けば良いので、一旦聞き流しておこう。工房を目指して歩き始め、暫く会話のやり取りをしていると……突然男が包帯で巻いた足の傷口の部分を苦しそうに押さえ始めた。
「…痛っ、つぅ……」
無理もない、ふくらはぎを貫通する深手を負っているのだ。今まで自力で歩いていたのが奇跡に感じる。先程止血を施したが、いい加減片足を引き摺って歩くのも限界だろう。そう判断するや否や、男の前へすたすたと歩き…屈んで背中に乗るように催促した。
「おいおい、本気かよ……。俺は結構重いぞ?」
「大丈夫ですよ、鍛えてますから。貴方を背負って走る方が効率良いですし、早く適切な処置をしないと化膿しますよ?その傷」
「…わかったよ。お言葉に甘えるぜ」
男が自身の背中に乗るのを確認すると、両手を後ろに回し体重を支えゆっくりと立ち上がる。三年間で身体を鍛えていたのが此処で役立つとは思っても見なかった。直ぐさま工房がある大体の方角と位置を聞き、勢いをつける為に助走を始めた。
「あ、言っておきますけど、舌を噛まないように気を付けて下さいね」
「あぁ?どう言う意っうぉぉぉおぉ!!!!」
そして、太陽が昇る頃には着くだろうと思いながら、一気に加速し走り始めた。
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「着きましたよ。此処ですよね?」
「ああ……うっ、気持ち悪りぃ…」
男を背負い、景色を置き去りにする程の速度で山を駆けた末に着いたのは…木造の一軒家だ。朝に一服した和菓子屋が小さく見える程の大きさで、家の裏手には刀を製作する為の工房が見える。男曰く、十数年前に本拠地の里を離れ此処に足場を固めたそうだ。
宗次郎は家の戸を開けて、畳が敷かれた居間まで移動し男をゆっくりと降ろした。
「薬箱とかあります?」
「ああ、その戸棚の下から二番目の引き出しに入ってるよ。また手当てしてくれるのか?」
「ええ。これでも一人旅の途中なので、簡単な処置くらいは出来ますよ」
「そうか、かたじけねぇな……」
戸棚から薬箱を取ってくると、手際良く男の足から古い包帯を外し、拝借した薬を再度塗って新しい包帯を巻いた。
「先程も言いましたけど、何処かで適切な治療を受けないとダメですよ」
「ああ、明日の朝にでも専用の診療所に行ってくるからよ。其処の所長さんは
「良いじゃないですか、綺麗な方であれば」
「まぁな。……さて、色々と尋ねたい事があるだろう。俺も同じ気分だがな」
宗次郎は情報源の確保に心底安堵した。目覚めて以来、知りたい事が山の如く積み重なっている。遂にそれら全てを解消出来る時がやって来たのだ。
居間の中央にある囲炉裏を挟むように、向かい合って座る。この状況でも、顔に付けた面を外さない様子に慣れ始めていた。
「そういやぁ、名乗ってすらなかったなぁ。俺は
「黒曜さん、ですか。僕は瀬田宗次郎といいます。呼び方は自由で構いませんよ」
「じゃあ宗次郎、何が聞きたい?あんたが
数刻前の自分なら真っ先に現在地や日付などを聞いただろうが、今はそれ以上に尋ねたい事が沢山あるのだ。
「では、僕が斬った怪物……"鬼"について詳しく教えて下さい」
「…ああ、分かった。鬼ってのはな……」
重吉は、宗次郎の知らなかった知識全てを懇切丁寧に教えてくれた。
人を喰らう不老不死の存在「鬼」。
身体能力は人のそれを遥かに超えており、手足を斬ろうが頭を潰そうが即座に再生する異常な生命力の持ち主。そして非常に厄介な特性として、人を喰らう程強くなり…特殊な異能である「血鬼術」を行使出来るようになるらしい。
しかし完全に不死身ではなく、特別な鋼から打ち出された「日輪刀」で頚を斬るか、日光を浴びれば絶命するらしい。
その鬼に対抗する「鬼殺隊」。
名の通り悪しき鬼を滅し、人間を脅威から護る為に編成された政府非公認組織だ。刀を手に鬼と直接戦う"隊士"以外にも、重吉のような日輪刀を打つ役目を持つ"刀匠"や、裏方から支援を行う"隠"なども所属しているようだ。
「人々は鬼の存在を知ってるんですか?」
「鬼はな、世間一般では認識されてねぇんだ。誰もが御伽話だと思ってやがる。だから鬼殺隊士は日輪刀を見られちゃいけないんだが…そこんとこで俺も聞きたい事がある」
「はぁ、何でしょう?」
重吉は宗次郎の真横に置いてある刀を真っ直ぐ指差す。
「なんで
「…………え?」
…………処罰?いや、その前に彼は何と述べた。
「今は明治十四年ですよね?たいしょう、って……鬼殺隊独自の年号か何かですか??」
「はぁぁ?明治十四年だぁ??そんなん俺がまだ
呆れ口調で話す重吉が、側面の壁に掛けられた暦を見てみろと催促する。即座に駆け寄って確認すれば、其処には「大正」という自身の知らない元号がはっきりと刻まれていた。
「…明治が終わったのはいつです?」
「明治は四十五年まで続いたな。その次が大正の始まりだ」
……つまり、自分が今朝まで過ごしていた明治時代から"三十四年"も経過している事が判明した。
余りにもの衝撃に現実を受け止めきれず、半ば茫然と暦の前で立ち尽くした。気絶している間に三十年以上も先の時代に飛ばされ、挙句頚を斬っても死なない怪物との遭遇…。常に笑ってはいるが、今回ばかりは流石に笑えない状況である。
だが身体は一切老けておらず、三十年以上も意識が途切れていたという馬鹿げた発想は切り捨てる。本当に、自身が認識出来ない時代に迷い込んでしまった感覚だ。
「…僕は、所謂"神隠し"にあったかもしれません」
「何言ってやがる、と言いたい所だが……どうやら
「ええ。…けれど、多分
座っていた位置に戻り、宗次郎は口を手で覆って黙考する。
ーーそう、時代だけではない。自分が存在しているこの場所は、全く
そう考えた最たる理由は「鬼」の存在だ。聞けば鬼と鬼殺隊は遥か昔、千年以上も前から現在まで争ってきたという。ならばその痕跡がどんなに少なくても必ず残る筈だ。只人なら中々気付かないが、自分は元暗部の人間であり、
だとすれば気絶したあの瞬間、鬼そのものが存在していなかった世から存在している世に移転したと考えるのが妥当だ。…それが事実だとすると、また新たな疑問が浮かぶ。
「……突然ですが、"人斬り抜刀斎"という名に覚えは?」
「……ああ!!!聞いた事がある」
「!……ご存知なんですか?」
「確か、幕末に活躍した伝説の人斬りだろ?曖昧な史実しか残っていないが、剣を振るえば無双だったって話だぜ」
大まかな情報としては"彼"と共通しているが、詳細を聴きたくなるのを我慢し口を
「そうですか……分かりました」
「おう、役に立てて良かった。鬼が異能を操る世の中だ……
「…別に、どうってことはないですかね。絶対に戻らないといけない理由も無いしなぁ」
"神隠し"という普通ではあり得ない状況に陥っている。驚きこそしたものの、案外落ち着いて受け入れられるものだ。自分に身内と呼べる人は既に存在せず、元の世に特別な未練がある訳でも無い。真実を確かめられるのなら、過程は正直どうなろうが気にしていなかった。
「まあ、余裕があれば帰り方を探しますよ。丁度今からやりたい事が見つかりましたから」
「…どうするかはあんたの自由だが、その刀だけは普段から隠した方が良いぜ。………しっかし立派な刀だなぁ、もう一度ちゃんと見せてくれよ。あの時はそんな余裕なかったからな」
再び宗次郎の刀を手に取った重吉は、刀身から持ち手に至るまで舐め回すように観察する。普段から日輪刀を扱っている鍛治師にとって、普通の刀を見る機会など滅多にないのだろう。
「ふむ……完璧だな…。一体誰が…………」
「…?どうされました?」
そして刀に彫ってある「銘」を見た途端、押し黙ってぶるぶると身体が震え始めた。顔の前で手をひらひらとしてみるが、全く気にしていない。また『普通じゃねぇか!』と怒鳴られるのだろうか?一応両耳を塞ぐ準備をしながら、次の反応を待っていると……
「……………き」
「き?」
「『菊一文字則宗』だとォォォ!?!?!!」
やはり怒鳴られた。
「ヤベェ!!まさかあの福岡一文字派の一品をお目にかかれるとはな…!鍛冶狩りの頚を斬れたのも納得だぜ……。これを鋼鐡塚の野郎が見たら、腰を抜かすに違いねぇ……!!」
息は荒くなり、急に何かに取り憑かれたように人が変わった。付けている面の端から涎のような液体が垂れている、少し汚い。このままだと自分の愛刀に良からぬ事が起こると察した宗次郎は、すぐさま目の前の狂人に話しかける。
「あのーそろそろ返『触るんじゃねぇ!!!』…えぇ……」
「返せ?返せだと!?テメェは鬼か!!この名刀を手放すわけにはいかねぇ、どうしてもってんならぁかかってこいやぁ!!!!」
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…あれから一時間が経過して、重吉はようやく普段の落ち着きを取り戻し刀を返してくれた。よくもまあ怪我をした足であそこまで派手に暴れたものだ。宗次郎は心身ともにボロボロになりながらも戻ってきた刀を手にして安心する。
そして、彼が落ち着いたら話そうと思っていた事を口に出す。
「それでね、黒曜さん」
「ああ、なんだ?さっきは取り乱して悪かったよ」
「もう大丈夫ですよ。刀の話ではなくてですね……」
「鬼殺隊に入る方法を、教えて欲しいです」
鬼滅って大正何年の話なんですかねぇ。
わからないんで一旦四年という設定にしました。