オラに表現力をわけてくれぇ!!
藤襲山。隊士が生け捕った鬼が棲まう、最終選別を行う場所だ。夜まで時間を潰す為に道中で二度も茶屋に寄っていた宗次郎が集合地点に到着した頃には、既に監督者らしき二人の童子が二十人程の集団に説明を始めていた。
そして足早に集団の中に紛れると、童子達が一旦話を止めて此方を向く。それに釣られてこの場にいる全員が自分の方を見た。茶屋で団子をお代わりした為に遅れてしまった手前、少し気まずい。
「貴方も選別を受ける方ですか?」
「ええそうです。すみません遅れてしまって」
「問題ありません。もう一度最初からご説明致しましょうか?」
「途中からで大丈夫ですよ。先に来ていた方々に迷惑ですし」
「承知致しました」
白髪の子、黒髪の子が交互に喋り終えると、また説明を再開した。内容を聞きながら辺りを見回すと一面に藤の花が咲いており、夜で一層強調されているその紫の色は美しくこの世の物とは思えない。幻想的な光景に目を奪われつつ、今度は周辺の若者達を気付かれない程度に観察する。
…全員かなり若い。平均だと十五・六歳くらいだろうか。集団の中では間違いなく自分が最年長だ。近年は特に隊士の若年齢化が進んでいると重吉が言っていたのを思い出す。
「この中で七日間生き抜くのが、最終選別の合格条件でございます。…それでは行ってらっしゃいませ」
あっという間に説明が終わり、童子達は塞いでいた道を開ける。あそこから先は鬼が苦手とする藤の花は咲いておらず、最終選別の開始を意味している。彼女達の宣言を受け、覚悟を決めた顔でぞろぞろと歩いていく若者達を見ながら宗次郎も前へ進んでいく。
実に単純明解な選別内容。鬼と戦いながら七日間生き残れるかは全て己の実力に掛かっている。
ーー強ければ生き、弱ければ死ぬ。
自分にとって「
———どうせなら、蹂躙してやろう。
♦︎
♦︎
♦︎
選別が始まってから最初の夜。闇に紛れて鬼達は獲物を求めて活発に動き出す。数刻も経たぬ内に、一人の『少年』は複数の鬼と対峙していた。
「——————オラァ!!!!!」
「——フッ!!」
人の身体など簡単に砕いてしまう強烈な一撃を少年は刀でいなし、衝撃を吸収する。そして間髪入れずに真横から放たれた別の鬼の蹴りを何とか躱して距離を取った。
「どけやテメェ!引き裂かれてェのか!!!」
「知るかァ、貴様が失せろ!」
腹を空かせ、理性を失った鬼達は醜い争いをしながら攻撃を仕掛けてくる。己の欲求を満たす為ならば、たとえ同類であろうとも容赦しないその残忍性に少年は戦慄する。いきなり二体同時に相手取らなければならない事に多少動揺したが、落ち着いて動きを見れば容易に対処できる。今までの苦しい鍛錬に耐えてきた己を信じて構え直す。
「これで終わりだ!!!!」
人ならざる強靭な脚力で跳躍し迫る鬼共に…
「"水の呼吸"、肆の型——『打ち潮』!!!」
鬼殺隊奥義。体に酸素を一気に巡らせ、爆発的な身体能力を獲得する呼吸法「全集中の呼吸」で応える。水が流れるようにしなやかで鋭い刃が、一撃で肉体を頚もろとも両断した。
(斬れた……強くなってる!)
己の剣により灰となって崩れ去っていく鬼を眺め、今までの鍛錬が無駄ではなかった事を実感し、喜びを噛みしめた。
少年の名は竈門炭治郎。家族を鬼により惨殺され、唯一残った身内である妹は鬼そのものとなってしまった。妹を人に戻す術を模索するべく、ある一人の隊士の紹介で育手の下に行き鬼殺隊への入隊を決意した。二年以上もの厳しい修行の末、先日ようやく課題となっていた岩を斬り最終選別を受ける事を許されたのだ。妹を必ず取り戻す、その一心で困難に立ち向かっていたあの日々は
「…よし!」
悦に浸るのは此処まで。本当に安心するのは全ての夜を乗り切ってからであり、初日で隙を突かれて痛手をくらってしまえば元も子もない。気持ちを切り変え再び駆け出そうとした、その瞬間………
「————ッ、また来る……今度は五人か!!?」
二度目の鬼の接近を並外れた嗅覚で察知する。先程の鬼と違って、縦横無尽に移動せずに真っ直ぐと此方へ向かって来ている。単純な動き方だが今回はその数が多過ぎた。流石に五体同時に捌く自信は無く、挑んでも囲まれて為す術なく殺られるだろう。急いで距離を取り、敵が分散するまで機会を窺うのが得策だ。即座にそう判断し走り出そうとするが……
「……?この匂いは…」
———
予想外の匂いに炭治郎は思わず足を止めた。鬼達の様子が変だ。攻撃的な匂いはせず、一心不乱に走っている感覚。自分を標的と見做し追跡はしておらず、何かから逃げている?人間よりも圧倒的に優位な立場にいる彼等がそんな行動を取る理由が判らない。困惑する暇もなく、気配は一層濃くなり……
「————アァァ!!!!!」
絶望に塗れた声を上げながら躍り出た最初の一人を皮切りに、森の奥から次々と鬼が頭上を飛び越えて行く。
(何がどうなって……)
—————ヒュン!!!!
「………え、、?」
剣風がひと薙ぎしたかと思えば、真後ろでドサドサと何かが落ちる音がした。速過ぎて何が起こったのかも解らずに、炭治郎が構えを解いて振り向くと……
「人の顔を見た途端に逃げ出すなんて、失礼にも程がありますよ」
其処に転がっていたのは、灰となって消滅していく五つ分の頚と胴体。そして……
「…やぁ、こんばんは。君もそう思いませんか?」
血溜まりの中央で、不釣り合いな程の笑顔をした青年が佇んでいた。
♦︎
(この、人は………)
「頚を斬る前に何度か会話を試みたんですが、やっぱり無駄なのかなぁ」
刀を仕舞い、まるで何事も無かったかのように平然とした口調で此方へ歩み寄って来る青年に対し、炭治郎は思わず
覚えている。選別の説明時に遅れて到着した青年だ。見た目からして二十歳前後、自分よりも四つ程歳上だろうか。あどけない笑顔で監督者達と話す様子はとても印象に刻まれている。…だがこの青年の『匂い』は、己の常識を覆すような"異質"さを放っていた。
嗅覚で感知できる基本的な人間の心情は大きく「喜怒哀楽」の四つに分けられる。其処から派生して様々な細かい感情が生まれるのだ。
選別に集まった人達から感じ取れた感情は、大半が「恐怖」や「焦り」であった。選別に合格できない事は即ち死を意味するので当然不安を抱くだろう。ましてや自分達はまだまだ若輩者。修行を終えて選別に挑む権利を手に入れ此処まで来ても、逃げ出したくなる人は必ずいるだろう。けれど彼等を決して蔑む事はしない。人は心が原動力だ。恐怖や焦りなどの負の感情も、逆に危機感を促し生きようとする意思を強くする。故に何一つ欠けてはならない…人間を構成する上で重要な要素なのだ。
————しかしこの青年は、「楽」以外の感情が
欠落していると表現すべきなのか。剣気や闘気といった類を一切感じず、唯々"楽しい"という感情が浮き彫りになっている。誰もが決死の覚悟で挑んでいるこの選別で唯一人、いつ死ぬかも分からぬ極限の状況を楽しむ者に不用意に近付けなかった。
加えて、彼自身の思考も全く読み取れない。人にはどんなに僅かでも感情の機敏が必ずある筈なのだが、目の前の青年からは感知出来ない。並外れた自身の嗅覚を以ってしてもだ。
「…貴方はこの状況を、楽しんでいるのですか?」
「!……ああ、成る程。君は
腹の底に溜まった不安感が言葉となって、気付けば口から漏れ出てしまう。いつまでも警戒を解かない自分を不思議に思っていたであろう青年は、それを聞いて納得がいったように呟いた。
「別に楽しいという訳ではありませんよ、僕はそれ以外の感情は忘れてしまったので。気を悪くしてしまったのなら謝ります」
「えっ、あ……えぇ!?」
軽く頭を下げる青年に炭治郎は慌てふためき、此方からも地面にぶつかる勢いで頭を下げる。
「いえ!こちらこそ急に失礼な態度を…本当に申し訳ありませんでした!」
そう言いながら炭治郎は己の失言を恥じた。どうして、感情を何らかの事情で
(俺は長男失格だ……)
「謝る必要はないですよ、僕が『いや俺が全面的に悪いです!そこは譲りません!!!』…おぉ」
頭をバッ!と上げ一気に詰め寄って己の言葉を否定する炭治郎に青年は少し気圧されたが、やがて落ち着いたようにゆっくりと笑みを浮かべた。
「君は変わってるなぁ、お名前は何ですか?」
「俺は……竈門炭治郎っていいます」
「それでは炭治郎君、急ですが一つ忠告をしておきましょう」
「忠告、ですか?」
失礼な発言をしたばかりなので、やはり怒られるのだろうか。青年は木を背もたれ代わりにして地面に座る。念の為に周辺の安全を匂いで確認すると、この青年がいるからか鬼の気配はしない。こちらも青年の横に座って、息を呑みじっと戒めの言葉を待つ。
「僕がすれ違った殆どの人は、怒りや恐怖に支配されて動きが鈍かった。だから君は感情に揺さぶられないように気を付けて下さい」
「……え?」
怒る所か逆に助言をする青年に疑問が浮かぶ。しかし、彼は自分より実力も経験も遥かに上の筈だ。数々の修羅場をくぐり抜けた強者にしか出せない言葉の"重み"を感じ取れる。自身の成長を促す為にも、素直に聞き入れる姿勢を取った。
「感情を"失くせ"とは言っていません。ただ制御出来るようにしておかないと、自分の動きが相手に読まれやすくなります」
「動きを、読まれる……」
「ええ。僕も昔に、感情に揺さぶられて剣を振った事があったんですよ」
過去に思いを馳せているのだろうか。青年はどこか懐かしむように、顔を上げ虚空を見つめていた。
「そのお陰で動きを先読みされて、結局その時に相手をしていた人には敗れてしまいました」
「そんな、あの速さを……」
一秒にも満たない時間で鬼を五体同時に屠れる程の速度を先読みできる人物がいた事に、炭治郎は驚愕を隠せない。
「まぁ結果的に敗れて良かったと思っていますが、
「成る程……分かりました。でもどうして俺に?」
「はは、君が面白かったからですよ。……じゃあ僕はそろそろ行こうかな」
炭治郎の質問を曖昧にしたまま、青年は土を払って立ち上がった。
「それでは炭治郎君、
「ッ!……はい!!!」
そして去り際にそう言い放つと、目の前から姿を消した。僅かに生じた風によって舞い上がった落ち葉が足元に散らばる。
「…………」
急に現れ、一瞬で鬼を倒して再び何処かへ去っていく…本当に風のような人だった。ここまで掴み所のない人間に出会ったのは生まれて初めてだ。けれど、最後にくれたあの言葉は……共に最終日を終えるまで生き残ろうという激励。嘘偽りのない、本心からの言葉だと嗅覚が告げていた。その事実を胸に抱くと闘志が漲ってくる。何度も戦い抜き、最後まで生き残って必ず彼に逢おう。
「さぁ、頑張れ炭治郎!!」
これからが本番だ。今まで自分を支えてくれた恩人や友に報いる為にも、死ねない!!!
ーーーーーー
ーーーー
ーー
ー
そして七日七晩が経ち、遂に朝が来た。
「………やっ、た……」
炭治郎は疲労で軽くふらつきながらも、選別が始まった最初の集合場所を目指す。
ーー生き残れた。
禰豆子への想いが、鱗滝さんが指導してくれた剣が、錆兎と真菰が一緒に叩き込んでくれた全集中の呼吸が、自分を生かしてくれた。そして、あの人の助言があったから、激情に駆られずに
集合場所に繋がる最後の雑木林を抜けると、まだ昇って間もない太陽が生き残った者を労うかのように辺りを暖かく照らしていた。その先には……
「やぁ、お帰りなさい。炭治郎君」
頭に思い描いていた人物を視界に入れると、身体の痛みも疲労も忘れて走り出した。お礼を言いたい、もっとあなたと話がしたい。様々な思いが波のように押し寄せて頭を駆け回るが、まずは……
「ただいま戻りました!えっと、あの…」
「…あ、そういえば名乗ってなかったなぁ」
「僕は瀬田宗次郎。宜しくお願いしますね」
♦︎
♦︎
♦︎
「鬼になった妹さんを元に戻す為にですか…」
「はい、必ず方法を見つけないといけません。家族は俺が守らないと」
「君はしっかりしてますねぇ」
「そ、そうですか?まぁ長男ですからね!」
宗次郎と炭治郎は、鬼殺隊に入った動機を語り合いながら共に藤襲山を降りていた。今回の最終選別の合格者は自分達を含めて六人だけであり、内一人は集合場所へ来ずに行方不明となった。なので五人で童子達から鬼殺隊士についての説明を受け、先程聞き終わったのだ。
鬼殺隊の階級は十段階で、当然合格者は最も下に位置する"癸"に選ばれる。
それはどう見ても、"梟"の雛だった。
自分の手に収まる白い毛玉の姿は鮮明に記憶に残っている。鴉よりも遥かに小柄で丸っこい体型をしており、可愛らしいという素直な感想しか出て来ない。別の子には雀を当てがわれており、鴉以外にも沢山の種類がいるのかもしれない。そして最後に色変わりの刀……「日輪刀」を造る玉鋼を選んだ。鋼は直接自分の担当の刀鍛冶に送られるとの事で、帰るより先に重吉の所へ届くだろう。
宗次郎が童子達の解説を思い返していると、歩いている道の傾斜が緩やかになり、民家が点在する場所に出てきた。話してる間に山の麓まで降りてきたらしい。
「宗次郎さんはこのまま帰りますか?」
「僕は一度茶屋に寄りたいですね。炭治郎君も一緒に来ませんか?」
「…お誘いはありがたいんですが、帰りを待っている人達がいるので今回は遠慮させて頂きます」
「そうですか、では一旦お別れですね」
「はい……」
炭治郎は名残惜しそうにこちらの手を握り、深々と頭を下げた。
「本当にありがとうございました!貴方の助言のお陰で、俺は成長出来たんです!!」
「いえいえ、紛れもない君自身の力で突破できたんですよ。また逢える日を楽しみにしています」
「はい!それではお元気で!!!」
手を振りながら遠ざかっていく炭治郎を見送ると、宗次郎も真っ直ぐに重吉の家へ向かい始めた。一度だけ茶屋に寄ってから戻ろうと考えていたが、気が変わった。
「………」
自分でも、出会って間もない他人に興味を抱いている事実に驚いていた。鬼の討伐数が二十を超えた頃に出会った少年、竈門炭治郎。それ以前に見かけた志願者達とは雰囲気そのものが異なっていた。選別の中で交流し、間近で会話して改めて思ったのは……
ーー彼は、自分の"真実"を持っている。
宗次郎が求めてやまないものを、彼は確実に秘めている。妹を助けるという揺るがない覚悟と意志、選別でも恐怖に支配されずに果敢に立ち向かう勇気、不良少年から童子を守った正義感。躊躇いの無い行動は己の内に確固たる信念を宿しているからではないか。そう考えると彼の生き様はとても興味深い。
「……さて、僕も帰ろうかな」
早く戻って刀を打って貰うべく、片脚を蹴って加速した。今まで放浪していた自分にとって、帰る場所があるという事は何処か違和感を感じる。けれど不思議と悪い気分はしなかった。
その感情が何を表すのかも、鬼を斬り続けていたら理解出来る日が来るのだろうか。改めて、此処から先は未知の世界だ。新しい環境がもたらす様々な事柄を享受し、真実に近付く為前に進み出す。蒼き衣を風に靡かせて、期待を胸に宗次郎は大地を駆けた。
♦︎
宗次郎が重吉の家の戸に手を掛けようとすると、向こう側から蹴破らんばかりの勢いで戸が開かれた。するとそこには異常なほど痩せこけた重吉が荒い息を吐きながら突っ立っていた。その血走った目に少し驚いたが、久しぶりに見る彼の姿に安堵を覚える。
「ただいま戻り『馬っ鹿野郎!!!!』」
そして思い切り顔面を殴り飛ばされた。突然の仕打ちに何の反応も出来ずに宙を舞い、地面に倒れ伏す寸前で抱きとめられた。挙句その体格相応の怪力で締め上げられ、冗談抜きで呼吸困難に陥る。
「あのー、とても苦しいんですが」
「ったく、心配かけやがってよぉ……!お前が帰ってこなかったら、俺は…俺はぁ……!!!」
先に玉鋼と一緒に生存の通達が鴉から届いていただろうに。そもそも心配していたのなら殴る必要は無かったのでは………。だがそんな宗次郎の非難の目に気付く事は無く、おいおいと暫く泣き続けた重吉であった。
「…?黒曜さん…」
泣き声が止んだかと思えば、途端に抱きしめる力が弱まりこちらに寄り掛かるように体重を預けてきたので、顔を覗いて見ると気持ち良さそうに眠っていた。それを確認した宗次郎は一度溜息を吐いた後、彼を背中に乗せて居間まで運ぶ。肌からは血の気が無くなり目の下は大きなクマができているので、この一週間まともな食生活を送っていなかったのは容易に想像がつく。鍛冶狩りに襲われていた夜、己よりも死んでしまった仲間や隊士を第一に想っていた彼の事だ。今回も自分が無事に帰ってくるか心配で落ち着いていられなかったのだろう。
「…仕方ない、何か作ろうかな……」
まだ痛みがのこる頬をさすりながらそう独りごちた宗次郎は、そばにあった毛布を重吉にかけて、足音が鳴らぬよう台所へと向かうのだった。
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暫しの休息。選別を生き残り帰ってきた日から一日一日をのんびり過ごしやがて九日が経った頃、重吉が宗次郎の日輪刀を打ち終えた。見本となった菊一文字則宗を事前に調べていたのが功を奏したのか、予定より五日早く完成したらしい。
「ほらよ、よく見てみな」
「……凄いなぁ、僕でも見分けがつかない」
受け取った日輪刀は、重吉の宣言通り菊一文字則宗と瓜二つであった。握った時の慣れた感覚、刀の柄から鞘の先まで、正に生き写しと表現しても良いくらいだ。この人は普段はアレだが、とても優秀な刀鍛冶なのだなと頭の中で失礼な事を思い浮かべる。
「よし、………抜いてみろ」
日輪刀は、持ち主によって刀身の色が変化する特性を持つ。九日前の弱々しい面影は何処へいったのやら、無言で面越しに殺気を放つ重吉に苦笑いを浮かべつつ宗次郎は思い切って鞘を引き抜いた。すると刀身が………
———
「!……あれぇ?」
「おい何やってんだお前ェ!!?!」
「いやぁ、何もしてませんけど…」
名刀を手本にしてまで苦労して打った刀が消えていく事態を前に重吉は怒髪天を衝き、胸ぐらを掴まれぐわんぐわんと揺さぶられるも決して笑顔を絶やさない宗次郎。二人が騒いでいる間にも、手にしている刀は段々と透けて…
「………止まった、か?」
「…みたいですね」
"半透明"。重吉の慌てぶりから察するに、このような刀の色は前例が無いのだろう。やはり全集中の呼吸を会得していないのが原因か、それとも別の要素が絡んでいるのか……。
「見た事も聞いた事もねぇな…。どんな能力を有しているのかも想像がつかねぇや」
「あれ、怒らないんですか?」
「何で怒る必要がある?日輪刀が半透明に変わるなんて世紀の大発見だぜ!」
「切り替え早いなぁ」
もっと見せてくれよと半ば力ずくで奪おうとしてくる重吉に全力で抵抗していると、刀が完成したのを悟ったのか、家の玄関に宗次郎の梟が降り立った。
「クルルー!」
何故鳩っぽい鳴き声なのか解らないが、連絡や通達に支障が出ないのなら何でも良い。伸ばした腕に飛び乗って来る白い毛玉に笑みを浮かべる宗次郎とは違い、重吉は寂しげな表情を浮かべた。
「あーあ、お迎えが来ちまったか…。宗次郎、あんたの初任務だ」
「…らしいですね」
今の今まで取っ組み合っていたのが嘘のように、二人は初めてこの家に来た時みたいに向かい合い、姿勢を正して座った。別れと感謝の言葉を述べる際くらいは態度で表さねば。
「黒曜さん。僕が新しい一歩を踏み出せるきっかけを作ってくれて、本当にありがとうございました」
「…おうよ」
そう言い終えると、宗次郎は一礼をした。
「…俺の方こそ、命を救ってくれて……何より、選別から無事に帰って来てくれて、本当にありがとな」
重吉も丁寧に礼をする。涙を堪えて体が震えているのが丸わかりだが、それを口出しするほど野暮ではない。そして頭を上げると立ち上がって簞笥のある場所まで歩き、宗次郎の刀を取って戻ってきた。
「ほら、あんたの刀だ。ちゃんと持『あ、預かってて下さい』…ぁ?」
あれほど愛刀に固執していた宗次郎のありえない返答に、重吉は困惑する。
「鬼殺隊にいる間は持っていても荷物になるだけなので。全てが終わった後に……それを返してもらいましょう」
「な…ん、、」
「あ、時々顔を出しに戻っては来ますよ。此処が僕の"帰る場所"だって言ったの貴方ですからね」
「っ!!!……宗、次郎…!」
意外と涙脆い重吉に、宗次郎は優しく笑みを浮かべると、自分を急かすように鳴き続けていた梟を頭に乗せて、
「今生の別れじゃ無いんだから、もっとしっかりして下さい。…それでは、行ってきます」
「…ああ!"行ってこい"」
涙を拭いて玄関まで出てきた重吉は、元気に見送りの言葉を送った。宗次郎は軽く頷くと、日輪刀を手に添えて旅立っていった。この青年は必ず帰ってくる、彼自身が証明してくれたから。もう何も不安になることなんて無い。
(後朔、心弥……どうかあいつを見守っててくれ)
見上げた青空に、二人の屈託のない笑顔が浮かんだ、そんな気がした。
新しい呼吸を覚えさせるか非常に迷いましたが、宗次郎は宗次郎のまま?活躍させたいので取り敢えず「天剣」「感情欠落」「縮地」の三つで頑張ってもらおうと思います。