モンドがしばらく部屋にこもった後、1階に降りてくると、サチがテーブルで紅茶を飲んで休んでいた。テーブルの上がきれいになっている所を見るとどうやらサチが後片付けてくれたようだ。
「あ、モンド君。洗い物やっておいたわよ」
「サチさんすみません助かりました。
これから食材の買い出しに行ってきてもいいですか?」
「ちょうど頼もうと思っていた所よ。よろしく頼むわね」
そう言ってサキがモンドにいつものように買出しの資金を渡す。そのときモンドは、サチが何か悩んでいるような顔をしているのに気付いた。
「…ねえ、モンド君」
「何です?」
「…ごめんね、何でもないわ。気をつけてね?」
いや、絶対何でもあるだろ…とモンドは心の中で呟いたが、口にすることは出来ずモヤモヤした気持ちで店を出たのであった。
モンドが店を出て買出しに向かう途中。大通りに出たところでモンド目掛けて大きい塊が土煙をあげながら猛スピードで迫ってくる。大砲のようなそれはモンドの前で急ブレーキをかけてピタリと止まった。
「どうもッス師匠!これから買い出しっスか!?お供するっス!」
そういってテンション高く声をかけてきたのは
ちなみにモンドは弟子を取るのを拒否し続けているが、面倒なので師匠呼びはそのままにしてある。
「いいよ。でも今日の依頼は終わったの?」
「大丈夫大丈夫ヘーキヘーキっすよ。今日は弁当だけだったんでパパパッとやって終わりましたから」
彼女は冒険者だが、それとは別に冒険者に帯同するダンジョンコックとしても活躍しており、ギルドで重宝されている。モンドと方向性は違うが、同じ料理人だ。
「そっか。じゃあいくか」
そういってモンドはクラウディアを連れて大通りから市場へ向かう。
「先輩のお店、最近閉まってますよね。何かあったんスか?」
通りを歩いていると、クラウディアから質問された。クラウディアは常連の一人でもあったため、店が閉まっていることを知っていたようだ。モンドはまさかあの悪役令嬢メアリー様を匿っているなんて正直にいえないので、とりあえずはぐらかすことにした。
「うーん、ちょっと色々ね。明日から通常営業だよ」
「やった!じゃあ明日行きますね」
「うん、ありがとう。何か食べたいものある?」
「師匠の料理なら何でもオッケーっす!勉強させてもらいます!」
「わかったよ、じゃあ楽しみにしてね」
クラウディアはモンドの料理を熱心に研究していた。調味料の使い方や火加減など、気になることは何でも質問してくる。モンドはそんな勉強熱心なクラウディアに対して非常に親近感を抱いていた。
「おうサチさんとこの!今日はいい野菜入ってるよ!」
市場のメインストリートにつくなり青果店の店主の威勢の良い声がモンドに掛けられた。モンドとクラウディアは青果店へ足を運ぶ。
「どうも毎度様。どれどれ…じゃあこれと、あとこれを買わせてもらおうかな」
「毎度!サチさんに宜しくな!」
モンドは青果店の店主と挨拶もそこそこに野菜を手に取りながら品定めすると、悩むことなく手際よく野菜を選び会計をすませた。
クラウディアは「俺っちに持たせて下さい!」と仕入れた食材を載せたリアカーを持つ。
最初はモンドも断っていたが、昔き!クラウディアに「師匠の身の回りをお手伝いするのが弟子なのに…」と泣きそうな顔で項垂れていたのを周りに冷やかな目で目撃されて以降、今では彼女に荷物持ちをお願いしている。
野菜の仕入れを終えると今度は鮮魚店へ歩くモンド。クラウディアは何も言わず一歩下がりモンドに付いていくが、その眼は休むことなくモンドの一挙手一投足を見つめていた。彼女は以前モンドから教わった野菜の目利きの事を思い出しながら、モンドについていった。
「毎度様。今日はいい魚入ってる?」
「おおモンド君毎度。今日はここにあるぶんだけかな。今朝捕れたやつだから鮮度はいいよ。あと、モンド君から教わった『カツジメ』って処理もしておいたぜ」
モンドは贔屓にしている鮮魚店の店主と話をする。
レッドスナッパー領は北方が海に面している。海流がぶつかる沖合は国内でも有数の漁場となっているにも関わらず、領内の市場には数件の鮮魚店がある程度。それにはこの国の食習慣で魚貝類を余り食べて来なかったからという理由がある。
魔族のいる山岳地帯等を除けば比較的温暖な気候に恵まれており、農業、畜産業が主流となっていること。
また、水棲魔族も出るとされている海へ漁に出るのは危険を伴うので、沿岸漁業が細々と営まれている程度であったため、一般庶民の食卓に魚が並ぶことはまれであった。
「ありがとうございます。状態は…うん、大丈夫だ。じゃあここのやつを下さい。あと貝もあります?」
「貝はこっちのやつがおすすめかな。今日は仕入れ過ぎちゃって残りそうだから、まとめて持ってってくれたら安くするよ」
「じゃあまとめて貰いますね」
「毎度!いつもありがとな!」
「こちらこそ。またいいのが入ったら教えて下さいね」
こうして今晩の食材が揃い、モンドが持参した小型のリアカーに次々と載せる。その手際の良さにクラウディアは驚いた。
「さすが師匠、食材選びも無駄のない動きっスね〜!」
「まぁ昔に嫌っていうほど教わったからね。魚は特に目利きが大事だよ」
「勉強になります!」
クラウディアは冒険者としては中堅だが、ダンジョンコックとしてはまだ駆け出しだ。
基本的にダンジョンコックは高レベル冒険者に囲われており、彼らから直接料理の教えを乞うことはできない。そこでクラウディアはモンドに師事することで料理を教えてもらうことにしたのだ。
モンドからは弟子入りを拒否されているが、彼に質問すると何でも親切に教えてくれるので、知らない内に師弟の関係のようになってしまっているのであった。
「君はダンジョンコックだから、日持ちしない魚はあまり使わないと思うけどね。今度魚の干物の作り方でも教えようか?」
「はい!ぜひお願いします!でも、今日はいつもより魚の買う量多くないッスか?」
クラウディアはモンドの提案に喜びつつも、モンドにいつもより魚の買う量が多いことを伝える。モンドはさすがよく見ているな、と関心しつつ応えた。
「うん、実は今日、魚嫌いのお客様が来るんだ。サチさんから克服する料理を作ってくれって言われたから、とりあえず色々作って見るんだよ」
「なるほど〜。…ぜひとも俺っちも混ぜてもらえませんか?」
クラウディアのお願いにモンドは申し訳なさそうに応えた。
「ごめん、大事なお客様だから貸切なんだよ。また今度な」
「…やっぱそうッスよね。わかりました!」
クラウディアもモンドの表情をみて察し、これ以上わがままを言うのはやめることにした。
そして、ひと呼吸付いたモンドからため息混じりに言葉がでた。
「あとは…例の場所だけか」
「うぇ、アソコっすか!?俺っちあの店主なーんか苦手なんスよね」
「俺もだよ。でもあそこしか手に入らないものがあるからね、しょうがないね」
そういって二人は肩を落としながら市場を抜け、裏通りへと進んでいった。
裏通りをしばらく歩くと、どことなく江戸時代の武家屋敷を彷彿とさせる建物が見えてきた。
軒先には、木の看板に「ヤポン亭」と達筆な『日本語』で書かれていた。
この店は『ヤポン国』というこの世界の極東にある日本そっくりの国からの輸入品を扱う店で、モンドのお気に入りなのだ。ただし、店主がちょっとヤバいやつなのだが…。
その建物の入口に付いたモンドたちは、この国ではここしかないと思われる引き戸式の玄関の前に立ち、互いを見た。
「じゃあ…入るか」
「…ウッス」
二人が深呼吸をし、モンドが思い切って扉をあけた。
「お邪魔しまうわっ!」
開けるとそこには扉の前で待機していたのか、スラリとした長身の女性が悲しげな目でモンドを見つめながら立っていた。扉のぎりぎりの所で。
一歩後ずさりしたモンドにぎりぎりまでその女は詰め寄る。もう少しでくっついてしまうほどの距離まで。
「モンド君、二週間も来ないとは…心配したわよ」
「相変わらず近いんですけど…少し離れてもらえます?」
「…仕方ない。わかったわ。はぁ…今日も素敵な
モンドの頭の周りをクンカクンカしたこの危険な女性、ローラはヤポン亭の店主だ。
かつて冒険者だった彼女がヤポン国へ遠征した際、その独特の文化や食べ物に魅了された。遠征から戻ってきても彼女はヤポンのことが忘れられず、ついには冒険者を辞め、ヤポン文化をこの国で広めたいという思いでこの店を開いたのである。
ちなみにローラの逆セクハラ行為は、「モンドからヤポンの匂いがする」というイカれた理由から来るものであった。
モンドはドン引きしつつも、努めて平静を装いローラへ話しかける。
「ええと、今日もいつものお願いします。リストはこちらです。」
モンドは手にしていたメモ用紙を彼女に渡す。
「ええと…コメ、ショウユ、ミソ、ミリン、サケ、カツオブシ、コンブ、ワサビ…
ワサビは切らしてるけれど、他は大丈夫よ。」
ローラはもう一人の店員に「持ってきて頂戴ね」とモンドのメモ用紙を渡す。
「あと何か珍しいものってあります?」
モンドがローラと目を合わせないように店内の飾りを見ながら彼女に質問した。
「モンド君がそう言うだろうと思って用意しているわ。
今日はヤポンから『ユズ』が入荷しているわよ。
東洋原産らしいけど、ヤポンで多く栽培されている柑橘類。さわやかな独特の風味が特徴ね。そのまま食べるよりは皮をすりおろして香りを楽しんだり、果汁のジュースなどで使われるそうよ。ヤポンのある地方で」
「面白そうですね!それ下さい」
早口でユズの特徴をスラスラと語る様はまさにオタクであった。さらにヒートアップしそうだったのでモンドは強引に話をさえぎった。
「…あなたは本当にヤポンの食材が好きね。私も仕入れた甲斐があるわ。私達仲良くできそうね?」
ローラがまた一歩近づいてきたのでモンドもさらに一歩下がる。
「じ、十分商売上で仲良くさせてもらってますよ。次回はいつ頃入荷予定ですか?」
「海難事故でもない限りは2週間後入荷してくるから、次回も楽しみにしておいてね。」
「はい、楽しみにしてますよ。ではまた」
ちょうど店員が用意した品を持ってきたところで、モンドは碌に確認もしないままお金を払い逃げるように店を後にした。ローラが寂しそうな顔をしていたが、モンドは全く気にする様子はなかった。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
「ぬわああああん疲れたもおおおおん」
「チカレタ…」
大通りに戻ってくるとようやく歩を緩めたモンドとクラウディア。ヤポン亭の店主とのやり取りが堪えたようで、二人の顔には疲労の色が見えた。
「付き合ってもらってありがとね、クラウディア」
「いえいえ、弟子として当然のことをしたまでッス!」
「弟子じゃないってば…。まあいいか。はいこれ、今回手伝ってもらったお駄賃ね」
そういってモンドはヤポン亭で買ったユズを数個クラウディアへ渡した。
「ありがとうッス!では俺っちはこれで失礼します。また何かあったらいつでも声かけてください!ダンジョン探索ないときは暇してるんで!」
「うん、わかったよ」
そういって二人は別れ、モンドは家路へと急いだ。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
モンドが帰宅するとサチが出迎えてくれた。
「おかえりなさい!…なかなかの量ね、気合を感じるわ」
「ただいま戻りました。明日から通常営業しますし、多めに買っておきましたよ。早速仕込みしますので、すみませんが荷物の整理だけお手伝い宜しくお願いしますね」
「わかったわ」
そういってサチはモンドが買ってきた荷物を手際よく店の中へと運んでいった。モンドは店について一息つく間もなく調理場へ向かい、今日の料理の仕込みを始めたのであった。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
「お邪魔するよ」
仕込みを始めてしばらくすると、玄関の扉が開かれた。
そこに現れたのはやや短めの銀髪とこの世界では珍しい眼鏡が特徴的な女性だった。凛とした佇まいからどことなく中性的な印象をモンドは受けた。
常連にはいない顔だったので、モンドは「すみませんが今日は閉店なんですよ。」
と申し訳なさそうに彼女に伝えた。
「そうか、これは済まないね。だが今日はサチに会いに来たんだ。話は聞いていないかな?」
「あ、もしかして…」
モンドがそういって確認しようとした時、階段前の扉が開かれ、サチが現れた。
「シュマ!」
「サチ!久しぶりだね。5年ぶりだがあまり変わってないな」
「そっちは少しやせたかしら?団長ご苦労様」
「愚痴はまた今度。残念だかあまりこちらに寄れる時間は少なくてね、出来れば案件を早めにやってしまいたい」
「わかったわ。皆を集めるから、そこのテーブルで待っていて貰えるかしら?」
流れるようなサチと彼女の会話をモンドは黙って聞いていたが、サチが皆を呼びに行ったため結果的にモンドとシュマの二人切りになってしまう。なんとも言えない気まずさを感じるモンドであった。
「君が、モンド君だね?初めまして、シュマだよ。
…なるほど、見れば見るほどそっくりだな」
「そっくりとは?」
「サチはまだ言っていないんだね…残念だが僕の口からはまだ言えないかな。でもいずれ知ることになるから安心してくれたまえ」
シュマから感じる何とも言えない胡散臭さに、モンドは少し警戒した。
「はぁ…その、失礼ですがサチさんとのご関係は?」
「そうだね、簡単に言うと昔の同僚かな。
想像出来ないだろうけど、サチ君は昔はそりゃもうなかなかのヤンチャだったんだよ?彼女は仲間内でも『暴風』って言われてたくらいだからね」
「そ、そうなんですか。想像できない…」
サチの知らない一面を知り動揺するモンドにシュマが一歩ずつゆっくりと近づいてくる。
「誰でも人には言えない一面があるというものさ。君だってそうだろ?オオキモンド君。
…君のこと、少し調べさせてもらったんだけどね。
君のその顔つきはこの国にはいない顔つきだよね。僕の知る限り東洋のヤポン国に近いかな?
でもスキャロップ領の入国記録には載っていない。
かといって冒険者や奴隷というわけでもない。
僕は君のことが非常に気になるね」
今までモンドの出自を気にする人間はほとんどいなかった。様々な種族が暮らしているスキャロップ領では、普通の人間であるモンドは目立たない存在だった。
モンドが異世界から来たことはサチも含め誰にも話していない秘密だった。
メガネの奥から鷹のような鋭い目でシュマがモンドを見つめる。モンドは冷や汗をかいた。
「そ、それは…」
「どうしたの?」
モンドが目を泳がせていると、サチが皆を連れて降りてきた。シュマはモンドへの尋問を止め、「いや、何でもないよ。ちょっと世間話をね」と微笑んだ。
「じゃあ皆、そこの大きいテーブルに座って貰えるかしら」
サチの合図で皆が移動する。モンドも移動しようとシュマの横を通り過ぎようとしたとき、シュマが顔をグイッと寄せてきた。
「邪魔がはいってしまったね。また今度聞かせてよ」
モンドはハハ…と苦笑いするのが精一杯だった。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
「お集まり頂き感謝する。サチからどこまで聞いているか分からないから、まずは自己紹介から。
私はシュマ・フェルスター。マッケレル国の宮廷魔術団に所属していて、一応そこの団長をやらせてもらっているよ。
君らはサチから聞いていると思うが、僕は世界でも数少ない『幻術』を行使できるんだ。あ、これ一応秘密でよろしく」
話し合いが始まって間もなくサラリと機密情報を告げるシュマだが、あまりにも軽い感じで話しているのでサチ以外の皆は拍子抜けした。
「さてこれからのことについて、時間が無いので簡潔に説明します。質問は終わったあとでよろしく。
まずメアリー嬢。
あなたにはこれから幻術を使って偽装してもらうけど、それはつまり今までの君は死に、別人として生まれ変わる事になるわけだ。
君にその覚悟はあるかな?」
「…はい。覚悟は出来ておりますわ」
「よろしい。生まれ変わるために必要な手続きはこちらで行おう」
そういうとシュマは一枚の人物画をテーブルに置いた。
「ここに描かれているのは、君と同じメアリーという名前で、年齢も背格好もほぼ一緒の女性だ。この女性はマッケレル国の商家のご令嬢だったんだが、8年前に行方不明になっている。しかもその商家は2年前に事業に失敗し没落してしまったため、彼女の足取りをたどることは出来なくなった。
そこで、メアリー嬢にはそのご令嬢になってもらうことにしたよ。生まれ変わるといっても、一から新しい人間を作るということはすご〜く手続きが面倒なんだよね…誰かに入れ替わる方が楽なんだ。」
淡々とした口調でシュマは皆に語りかける。
「メアリー嬢が誰かになり代わるにも、いきなり庶民というわけにはいかない。姿形は変わる事ができても振る舞いはそう簡単には変われないからね。ここまでは大丈夫かな、メアリー嬢?」
「え、ええ。ご厚意感謝します」
メアリーは動揺しながらも、はっきりとした口調で返事をした。シュマは軽く頷く。
「メアリー嬢の『遺体』については幻術で偽装させてもらう。君と背格好が似た女性の遺体は準備できている。君たちが用意することはないから安心してくれたまえ。以上が今回の作戦の内容だけど、何か質問はあるかい?」
不可能と思われたメアリーの偽装は、幻術という秘術によってあっさりと解決されてしまった。
皆それぞれに思うところはあったが、とりあえずはシュマに話を続けてもらうことにした。
「…特にないようだね。じゃあこの話はこれで終了。
もう一つ、君たちに伝えることがある。これをみてくれ」
シュマはそういって一枚の紙を持ち皆へ突き出した。
サチをちらりと一瞥したシュマ。サチは無言で頷いた。
「これは…?」
「召集令状だ。内容を読むよ。
マッケレル国騎士団 副団長
サチ・マーガレット殿
貴殿の無期限休養を終了し、騎士団への復帰を命ず
マッケレル国 国王 ゲオルグ・マッケレル
」
シュマが読み終えると、一瞬、部屋が静まり返った。
モンドはいきなりのことでシュマの発言が理解できなかった。
「え、サチさん…え?」
「…モンド君、黙っていてごめんなさい」
「…マッケレル国騎士団は僕も所属してるんだけど、サチはそこの副団長だったのさ。結婚してからは無期限休養って扱いで半分引退してたんだけどね。
この令状により、サチはマッケレル国に行かなければいけないということだ」
モンドはガバッと立ち上がった。
「そんな!一体なぜです?!」
「…戦争が始まるのさ。モーレイ国とね」
「戦争…モーレイ国…」
シュマはモンドに話す。
「うちの騎士団は精鋭揃いだが、モーレイ国相手となるとサチの能力がどうしても必要になってくるのさ。純粋な戦闘能力でサチを超える者はうちにはいないよ」
「…サチさんはそんなに強い人じゃない、はず…」
「…モンドさん、あなたが私の追手に襲われて意識を失ったときも、追い払ってくれたのは実は彼女なんですの」
メアリーもシュマの発言に驚いていたが、追手を追い払えるサチの強さの理由が納得できた。
マッケレル国騎士団といえば、その鉄壁の守りと変幻自在の戦法で現国王の体制になってからは不敗を貫いている強力な軍団だ。そこの副団長ということは相当の手練であることはメアリーも理解できた。
だが、モンドはまだ納得できなかった。サチがここからいなくなることが。
「…でも、サチさんがいなくなったらこのお店はどうなるんですか?メアリー様は?」
「そのための俺たちだぜ」
「我々はサチさんが居なくなっても、メアリー様とモンド氏。あなた達とこのお店を護るためにここへ来たのです」
「…」
ケルプとベリーがモンドに告げた。なぜかスィは俯いたままであったが…
サチがモンドの前に立ち、辛そうな顔で話しかけた。
「モンド君、あなたには私が帰ってくるまでこのお店を店主として守ってほしいの。
私のわがままでモンド君を振り回すことになってしまうことは、本当に申し訳ないと思っているわ。
でも、これが私に残された最後のチャンスなの。
どうかお願い」
「サチさん…」
「モンド君、残念ながら君に拒否権はない。いささか物事が急ぎすぎていることはこちらからも謝るが、サチの言うとおり我々に残された時間は少ないんだ」
シュマがそういうとモンドには俯いた。
「…して」
「ん?」
モンドがサチに向かって大声をあげた。
「サチさん!…どうしてこんな大事なことを話してくれなかったんですか!?」
「っ…」
「サチさんは俺にとって命の恩人です。サチさんが困った時はどんなことでもしようと思っています。…サチさんが大変な状況だってことは分かりました。でも俺に一言言ってほしかった!サチさん、どうか一人で抱え込まないでください…」
「ごめんね…私、あなたに拒絶されたくなくて…どうしても言えなかったの」
サチは罪悪感でモンドを見ることが出来なかった。
「…これは話してないサチが悪いね。同僚の僕からも謝るよ。彼女は大事なものを喪うことを極度に恐れてしまうんだよ。
ここまで彼女が臆病になってしまったのは、昔起きた事件によるものだ。サチは話していないようだから、モンド君達にも聞いてもらおう」
「シュマ!それは…」
「サチ、いい加減にしなよ。
もう隠している場合じゃないってことはわかるはずだ。
ここに集まっている者たちはこのことを知らなければならないんだ…君が置かれている状況をね」
「…」
サチは黙って俯いた。
「…シュマさん、聞かせてもらえますか?」
「ああ。みんな、少し長くなるが聞いてくれ。
そして、これから話すことに対して憤りや理不尽さを感じてしまうかも知れないが、今は何も言わないでもらおう。いいね?」
シュマの先程までとは違う真剣な雰囲気に一同は固唾をのんだ。
「…サチは、モーレイ国で育てられたんだ。
人間を虐殺する『戦争兵器』としてね」
気付けば、外は雨が降り、雨粒が窓ガラスをコツコツと叩いていた。
次回も少し重めでお送りします。