赤い、とても赤い。評価バーが赤い。
感想めっちゃ来た。嬉しくなって、つい文章が捗りました。
ありしゃす!
きっと自分は研ぎ澄まされた刃物のような存在であると認識している。平時においては穀潰し、常に戦場を駆け回り、殺し合いに行き場を求める。誰かを殺す事に満足感を覚えて、武を競い合える相手と刃を交える事に充足感を得る。そして、ほんの数分前まで命の取り合いをしていた相手を友と呼び、盃を交わしてはまた後日、戦場で相見えた時に全力で殺し合うのだ。
そんな自分のことを私は正気とは思わない、自分はきっと人格が破綻した異常者だと知る。そう知りながら私は自分を変えたいとは思わなかった。血を見る事に興奮する、誰かを殺す事に喜びを感じる。弱い者虐めは好みじゃないが、それはそれ、人殺しを生業にする者がまともとされる世の中こそが狂っている。だから私は自分を正当化しようとは思わず、戦闘狂としての生き様を人生に刻みながら生きている。美意識は持っていても、これといった信念はない。野心もなく、野望もない。今の私は抜き身の刀が戦場を渡り歩いているようなものだった。
だからだろうか、私は主君に成り得る存在を求めていた。私は一振りの槍で良かった。戦場を駆け抜ける一陣の風のように、殺せと言われた敵を殺し切るだけの槍であれば良かった。そうであるが故に、私は自分の事を棚に上げて、主君に理想を押し付ける。私という槍の持ち主は清廉な者が良かった。後ろめたい想いを抱かず、思う存分に槍を振り回せる者の下で戦いたかった。戦場に余計なものを持ち込みたくはない、私は戦場を駆ける一振りの槍として生を全うしたいと考える。将兵としてではなく、ただ一人の武人として、鍛え上げた武を振るいたかった。
冀州常山郡を離れて、主君探しの旅に出たのは、そういう経緯があってのことだ。冀州から并州に渡り、司隷から涼州へ、そのまま荊州へと南下し、長江を使って揚州へ。そして今、豫州経由で徐州まで戻ってきた。ここまでの旅路で使われてやっても良い、と思える相手は何人か居た。めぼしいところでは、涼州の馬騰。揚州の孫堅。徐州の陶謙。しかし三人共に武人としての性格が強く、いまいちピンと来なかった。豫州の曹操も狙い目ではあったが、彼女の下では要らぬ頭を使わされそうだから却下する。次は幽州刺史として新しく就任したという公孫賛を見る予定で、このまま他に誰も居ないようであれば、馬騰か孫堅、もしくは陶謙辺りの世話になろうと思っている。ああ、そういえば、漢軍が青州に来るという話もあったか? 中将郎の皇甫嵩、朱儁、慮植の三人は一目見たいとは思っていた。
とはいえだ。大陸全土を渡る長旅で路銀が尽きてしまった今、暫くは徐州に釘付けになる。黄巾賊と呼ばれる者達が大陸全土に跋扈するようになってから隊商の往来は激減した。旅を始めた頃は隊商の護衛として金を稼ぎながら移動することもできたが、今はそれがない。幸いというべきか、賊退治の依頼には困らないし、治安の悪化で商店の護衛依頼もある。私のような人格破綻者、もとい戦狂いにとって生きやすい世の中になったものだ。
ぐびり、と酒を呷って
「噂通りの麺麻好き、貴方が常山の趙子龍でございますね?」
ほら来た、私程の人物ともなれば自ら動く必要はない。真名が示すように、私はそういう星の下に生まれている。
「お隣に座っても?」
どうぞ、と席を譲れば、男装をした少女はゆるりと席に座る。そして酒を二つ、高い酒を私の方に贈ってきた。
その酒を呷る。口当たりの柔らかい辛口な味わい、それは麺麻に合う酒だった。
「ほう、これは分かっていらっしゃる」
「これでも酒には、少し五月蝿いので――もし宜しければ、我が妻の作った麺麻も御賞味されますか?」
「頂こう」
差し出された皿に盛られた麺麻を摘んで齧る。ふむ、素人にしては丁寧で良い仕事をしている。欲を云えば、もう少し深い味わいの方が好みなのだが――おそらく、これは時間に猶予がなかったのだろう。じっくりと時間を掛ければ、場繋ぎとしては満足できる出来にはなるはずだ。麺麻を齧り、上手い酒を呷る。これが人生における最高の贅沢であり、最高の幸せであると豪語する。
「分かった、話を聞こう」
「……えっ、本当に?」
困惑する彼女に、私は如何にもな笑みを浮かべてみせる。
「麺麻好きに悪い奴はいない」
「アッハイ」
いまいち釈然としない様子に彼女はポツポツと今、自身が置かれている状況について語り始める。
冗談半分の言葉を間に受けないで欲しい、本気半分ではあるけども。これは願望に近い。何故なら麺麻好きの悪党と出会った時、強い悲しみで槍に迷いが生じてしまいそうだからだ。さておき、麺麻と酒を供給してくれる環境があるのであれば、多少の不便は飲み込む所存だ。
彼女が置かれている状況を理解した私は今すぐに行動を起こす事を即断した。
「連れて行くのは貴女の他に、娘が一人。間違いないな?」
「ああ、それで間違いない」
私の確認に彼女は強く頷き返した。
†
帰ってくる、と未来の旦那様は確かに言った。
良き妻というのは強かに留守を守り、奥ゆかしく旦那の帰りを待つ者の事を云うのだと確かに彼女は言ったのだ。その言葉を信じたからこそ私は彼女の帰りを待った。太陽が山の向こう側に隠れて、もう一度、顔を出しても信じた彼女は帰って来なかった。更に数日が過ぎて、宿の一室で想い人を想う日々を過ごす私を迎えに来てくれたのは――待ち望んでいた彼女ではなくて、糜家の食客であった。御嬢様、と無骨な男に差し伸べられる手を、私は受け取らず、ただじっと見つめ続けた。
私を部屋に残した翌日、なんとなしに気付いていた。あの御人は私を置いて、何処かへと行ってしまった。厳密に云えば、嘘ではないのかも知れない。明日、明後日に迎えに来るとは言っていなかったし、なんなら数年後に迎えに来るという話だったのかも知れない。そもそもだ、良き妻の在り方を語っただけで迎えに来るとは言っていなかった。
それでも悪意があった事には違いない。そして、此処には芙蓉姫が居ない。私だけが置いて行かれたという事実が残っている。
嗚呼、恨めしや。怨めしや。嗚呼、嫉しや。妬ましや。
くすり、と笑みを浮かべて席を立った。
良いでしょう。そういう事であれば、構いません。私は良き妻で在ろうとした、彼女が想う良き妻で在ろうとした。その結果が、こういう事であれば、もう知りません。慎み深くて奥ゆかしい、そんな儚く弱い女性像はかなぐり捨て、強かに搦め捕ってしまいましょう。私の愛で満たした坩堝に漬けてしまうのが良い。望むのであれば、尽くしましょう、捧げましょう。爪の先、髪の毛一本に至るまで貴方の所有物と成り果てる。ぐちゅぐちゅのどろどろになってしまうまで、私で満たして、私に溺れてしまえば良い。愛しましょう、髪の毛一本に至るまで、愛しましょう、排泄物の一欠片に至るまで。あの日、情熱的な夜を想い返す。絡めた舌の痺れる感覚が今でも鮮明に思い出せる、囁かれた甘ったるい言葉の数々に耳を犯された。この身、触れられていない場所はなく、中に至るまでを徹底的に犯された。思い返すだけで、お腹の奥が疼く、潤と股下が濡れる。熱い体液を注がれた感覚を今でも覚えている。彼女の体液が、まだお腹の奥に溜まっているような感覚があった。その感覚そのものが愛しかった、まだ彼女と繋がっているような感じがする。
嗚呼、とそこで漸く気付いた。
思えば、そうだ。私は彼女を犯していなかった。私が感じる多幸感を彼女は知らないのだろう、この感覚を共有することは出来ていないのだろう。私が彼女を想う心は、彼女とは繋がっていなかった。そういうことであれば、きっと私が感じる幸せは自慰に過ぎないのだろう。そう想うと急に切なくなり、寂しくなった。繋がっていると思っていた想いは彼女に通じていなかった。私は彼女を想うだけで、彼女に想って貰う努力を忘れていたのだ。
嗚呼、なんと哀れなのだろうか。嗚呼、なんと愚かなのだろうか。
私は呆然として、ただただ悲嘆に暮れる。
「犯さねば、注がなくては……」
彼女が私を知らぬというのであれば知って貰えば良い、彼女との繋がりが途切れているというのであれば紡げば良い。
たっぷりと注ぎ込めば、きっと彼女も気付いてくれる。この私が感じる幸せを分かってくれるはずだ。全力全開の想いを成し遂げる為に私は決意する。旦那様の中に私の証を刻んでしまおうと、その心を、その魂を、私の体液で私色に染めてしまおうと決断する。旦那様の為ならば、なんでもする。そうだ、旦那様と私の幸せの為ならば、なんでもする。なにをしてでも旦那様を幸せにする。それが良き妻というものだ。
その本懐を成し遂げる為、先ずは手始めに食客の太腿を簪で貫いた。
宿を出る。行き先は聞いていない。
でも、なんとなしに分かった。匂いとでも云うべきか、今宵は特に鼻がよく利いた。血塗れの簪を片手に、スンスンと鼻を鳴らして、感じるままに歩を進める。確信はない、保証もない。でも分かる、どういう訳か彼女が向かった先がよく分かった。大丈夫、と根拠のない確信があった。
迷いなく歩を進める。北へ、と足を進めた。
†
無事に城都を出た私達は、幽州の公孫賛を目指している。
護衛に雇った趙雲が幽州に興味を持っており、私自身も何時か聞いた話から公孫賛に興味を持っていたので丁度良かった。
それで徐州から北上することになり、今は青州に入ったところだ。青州と云えば、今、大陸で最も治安が悪いと呼ばれる土地。黄巾賊の本拠地と呼ばれている場所になる。本来であれば、西側の兗州と冀州から遠回りするのが良いと思うが、漢軍の将兵を見てみたいと云う趙雲の我儘で青州を経由している。そして評判通りの治安の悪さで、この青州に入ってからは毎日のように賊から襲われる事になった。これまた評判通りの趙雲の槍捌きで事なきを得ているが、果たして趙雲と共に青州を抜けるのと、兗州と冀州を経由するのとでは、どちらの方が安全だったのか――安全と云えば、近頃、悪寒を感じる機会が増えた。ぶるりと身を震わせる事が多くなり、「大丈夫ですか?」と素っ気ない声色、気遣うように私を見つめる芙蓉姫に「大丈夫だよ」と笑顔で返す。熱はない、体が重く感じる事もない。そして背筋に感じる悪寒が途切れることもなかった。
糜令嬢に対する罪悪感がまだ残っているのだろうか。それはない、女一人を泣かせただけで罪を感じるような人格の持ち主であれば、宿に女を連れ込むような真似をしていない。こういうのは一夜限りの関係だと割り切るから相手も私も楽しめるのだ。行き先の偽造工作は終えているし、明日、明後日で糜家の追っ手が来る事もない。
では何故、私は漠然とした不安を感じているのだろうか。何か、とても致命的な何かを見落としている気がする。
「おお、城都が見えてきましたな。今日はあそこで身を休めるとしましょう」
その趙雲の言葉に私は頷き返す。
違和感の正体に、ついぞ気付くことができず、城都に身を寄せる。
翌日には、悪寒を気にする余裕すらも失われる事態になっていた。
次回から劉備に戻ります。