桃香放浪伝   作:にゃあたいぷ。

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次話投稿時に前話と統合します。


第十四.五篇.軍議と問題児

 政庁にある一室、公孫越と劉備一行を引き連れた私は自らが占有する執務室へと足を踏み入れる。

 二人では手広に思える部屋も、こうも人数が多くては狭く感じられる。公孫越の他に劉備、糜竺、簡雍、それに私と姫で計六人。道中の兵士に趙雲と糜芳を呼びつけるように言っているので更に人数は増える。「どうして、この部屋を選んだのですか?」と渋々と茶を出す姫に「此処以外の場所で私にまともな茶が出てくると思っているのか?」と返したら心底呆れ切った顔で「馬鹿ですか?」と返された。私の才覚を凡夫が妬むのは仕方ない話、それが天才として生まれた私の運命というものだ。

 ズズッと茶を啜り、趙雲と糜芳が来るまでの間、状況を整理する。

 

「――と此処までは先程、公孫越殿にも語り聞かせた話だ」

 

 ひと通り語り終えたところで、コンコンと扉を叩かれる。

 

「ふむ、呼ばれて来てみれば……これはこれは随分な顔触れですな」

 

 ひょっこりと顔を出したのは常山の趙子龍、その後ろから恐る恐ると姿を見せるのは糜竺の妹、糜芳であった。

 

「……狭くない?」と糜芳が零す。

「この政庁で最も資料のある場所が此処だからな、致し方あるまい」

 

 姫の時とは別の返しをして、二人にも席に座らせた。

「戦ですかな?」と趙雲が声色を高くしながら問い掛けてきたので「貴殿の大好きな戦だよ」と首肯する。公孫越は僅かに眉を上げ、劉備は驚きに目を見開いた後に顔を引き締める。困惑し続けるのは糜姉妹、意外にも肝が据わっていたのは簡雍であった。そんな彼女達を尻目に、僥倖僥倖、と趙雲が僅かに上擦った声で長椅子に体を預ける。

 姫に驚きはない、彼女とは何度か話したことがあった。

 

「ああそうだ。お前の話を聞いていて思ったんだが、黄巾の輩が改革を進めているのなら、それこそさっさと攻め込めば良かったんじゃないのか?」

 

 そんな公孫越の問いに「単純に数の問題だよ」と告げる。

 

「黄巾賊とは宗教という側面も持っている。主格の張角だったか? 私が得た情報によると、奴とは出会うと力が漲る、疲れが吹っ飛ぶ、満足感を得る。もっと言ってしまえば、奴と会うだけで多幸感に満ち溢れるとのことだ。胡散臭いことこの上ないが、そこは今、重要ではない。宗教を敵に回した時に厄介なのは、何処の誰でも信仰し得るという点にある。それが将兵であれば、まだ良い。それが県令であればどうだ? 郡太守ならどうだ? 州刺史ならどうなる? いいや、天子様ですらも宗教にどっぷりと嵌る可能性すらもある。宗教とは毒にも似ている。いや、宗教そのものを批判している訳ではない。過ぎたる薬は毒に転じるというものだ。天子様ですらも宗教の毒に侵される可能性があると考えた時、最も身近な側近が無事だと考えるのは――」

 

 ――些か都合良すぎるのではないか? そう問い掛けた時、この場に居る全員が息を飲み、お互いの顔を見つめ合った。

 

「まあ、恐らく此処には居ないだろうがな。邪魔をするなら何時でも出来たのもあるが、なによりも我が強い者が多過ぎる。自分の意志に殉じられる者が宗教に嵌ったりせんよ」

 

 なあ放蕩娘? と糜姉妹に問いかけると二人はビクリと肩を跳ねさせた。

 

「私が言いたいことは、これから行く先々の城や町、村の民草に黄巾賊が当たり前に紛れ込んでいると思った方が良い。というよりも恐らく、我が軍にも黄巾賊は紛れていると思った方が良い」

 

 流石に兵一人一人まで調べ上げるのは現実的ではない。今の御時世では、身元不明者なんて当たり前だ。

 

「黄巾賊の賊という性質上、奴らが最も得意とするのが遊撃戦だ。というよりも全体の指揮統率の取れていないので、遊撃戦しかできないと言った方が正しい。そして此度の叛乱で奴らが遊撃戦を仕掛けてきたのが大陸全土。奴らは全ての交易路を遮断し、連絡網すらも破壊する。それを今回、奴らの本拠地がある青州でやられることになるのだ。今までの比ではないぞ、なんせ密度が違ってくる。我らは常に後方を脅かされると思った方が良い。とてもじゃないが幽州軍だけでは数が足りんよ」

 

 なら、と公孫越が口を挟んだ。

 

「最初から徐州軍と連携を取っていれば良かったのでは? 相手は変革中、待てば待つだけ厄介になるとお前は自分で言っていたことだ。巧遅よりも拙速を尊べ、と孫氏にも書かれている」

「馬鹿め、その連携を取るのが難しいんだよ」

 

 やれやれ、と大きく溜息を零して、馬鹿にも分かるように説明する。

 

「幽州軍が拠点にしているのは平原国、徐州軍が拠点にしているのは北海国。この間には済南国、楽安国、斉国と郡国を三つも挟んでいるのだぞ? どうやって連絡を取るつもりだ? 他州を通って遠回りをしていては時間がかかり過ぎる。かといって正面から突破するには危険が過ぎる」

 

 まあ手がなかった訳じゃないけどな、と退屈そうに欠伸をする趙雲を見やった。

 

「趙雲が使者なら問題はないだろうよ」

「彼女なら今までも居たじゃないか。何故動かなかった?」

「それこそ馬鹿め、だ。幽州が誇る騎馬隊を指揮できるのは公孫越、貴様だけだ。となれば、城を守り、いざという時には打って出られるだけの将が彼女の他に誰が居るというのだ? 騎馬隊と守備隊。この二つが密接に連携してたからこそ、今まで騎馬隊に死者が出なかったことを肝に銘じておけ。それに侵攻するならば、誰が歩兵を率いて、誰が後方を守るというのだ。頭に脳が詰まっていると自称するなら、もっと考えてから発言しろ」

 

 うぐっ、と声を詰まらせる公孫越に代わり、いやいや、と趙雲が口を開いてみせる。

 

「徐庶殿、貴殿なら守備隊の指揮も執れたのでは?」

「部隊指揮を執ることは軍師の役割じゃない。それにだ、もし仮に私が重傷を負った時に誰が私の代わりを務められる? 万が一にでも死ねば、幽州の損失に留まらないぞ? 私の死は世界の損失だ。後世、海を越えた先でも徐庶という天才が若くして死んだ、と憂いて嘆くであろうよ」

「お前というやつは……」と呆れる公孫越に補足してやる。

「後は劉備が派遣されることは分かっていたからな。常山の趙子龍と双璧を成す平原の戦姫だ、分不相応ということはあるまいよ」

 

 あはは、期待に添えられるように頑張るよ。と劉備が頰を掻きながら答えたので、そうでなくては困る。と返しておいた。

 

「そろそろ情報は出揃いましたな。なれば、話を纏めましょうぞ」

 

 その趙雲の言葉に全員で頷き返す。

 

「私が指示を出す、それが軍師の役割だ。不満があるなら口にして結構、その全てを論破して憂いを断ち切ってやる」

 

 こめかみをトントンと叩いてやれば、不服そうに押し黙る者は居るも反対する者は居なかった。

 

「進軍は、これより一ヶ月後だ。理由は徐州軍と連携を取る為、有能なら既に仕掛ける準備を始めているだろうが、無能であることを考慮して二週間の猶予を与えてやる。故に趙雲、二週間で徐州軍と連絡を付けるんだ」

 

 御意。と趙雲が澄まし顔で告げる。

 

「いや二週間で進軍の準備は流石に難しいのでは?」

 

 そんな公孫越の反論に、いちから準備を始めるのならな、と返す。

 

「なぁに、脳なしでなければ来るべき戦の為に物資の蓄えくらいはしているはずだ。それすらも出来ない同盟相手なら、この戦は勝てない。ここで防衛を続けて、戦線の維持に努めるのが吉。徐州軍に動きがなければ此処まで撤退する」

 

 鳳統のおかげで青州でも有数の堅牢な城になっているしな。と付け加える。

 

「進軍には幽州軍が三千名、騎馬隊が五百騎、残りは後詰として後方に残す。公孫越殿は騎馬隊を、そして幽州軍の指揮には劉備殿、後詰の指揮は私が取る」

「ん? 私が幽州軍を……って、私が率いるんですか!?」

 

 驚きに声を上げたのは劉備だ。

 既に調べは付けている。彼女は平原の各地で民兵の指揮を取った経験があり、最大で百規模の軍勢を率いたこともある。それに比べたら訓練された精鋭三千名の将兵を率いることなんて訳もない。

 有無を言う前に、簡雍と糜芳は補佐として付けておけ、と先んじて言ってやった。

 

「だが糜竺、貴様は駄目だ」

「ええ、なんで!?」

「お前には言いたいことがたくさんある。あとお前に任せたい仕事がたくさんある」

「い、嫌だ! 絶対にやだ! なんか悪い予感しかしないもん!」

「商売の経験を積ませてやると言っている」

 

 主に糧食とか装備とかの調達だけどな。

「やだー、絶対やだー! 助けてー!」などと囀る糜竺を無視し、机に地図を広げて劉備と公孫越を相手に進行経路の指示を送る。「では私は出立の準備をしてくるとしよう、書簡は頼みもうしたぞ」と趙雲は早々に部屋を出て行ってしまった。「劉備、貴様は一月で幽州軍を掌握することが責務だ」「こらー! 無視するなー!」「簡雍と糜芳の二人で遠征の準備を、公孫越殿も手伝ってやれ。幽州軍の勝手は貴殿が最も知っている」「もう泣くよ!? 泣いちゃうよ!?」「姫は政務関係の引き継ぎを受けるように、あと私が報告書の雛形を作るから以後、様式を揃えるように。書類仕事の効率が悪くて敵わんよ」「うわーん! ほら、泣いちゃったよ!? わーんわーん!」とりあえず耳元で喚き始めた糜竺の首に腕を回して、コキッと音を鳴らして黙らせる。糜竺が力なく地面に倒れ落ちる様に、皆が一様に言葉を失った。話を続けるぞ、と言っても反応が薄い。

 仕方なし、と私は溜息を吐いて、気怠い気持ちいっぱいで告げる。

 

「……今の御時世だ、護身術のひとつでも身に付けて然るべきではないか?」

「ああああああああああ!? 雷々(糜竺)!? ねえ、雷々(らいらい)!! 死んじゃってないよね!? これ、死んじゃってないよね!?」

「気絶させただけだ、取り乱すことでもない」

 

 説明責任は果たした。

 さっさと話を進めようかと思えば、容赦ないな、と公孫越が頰を引き攣らせて零す。

 それほどでもない、と言っておいた。むしろ優しいくらいだ。




次回は間幕予定、黄巾党視点。
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