……星が降ってくる。
真昼の空から星とは、凶兆か。それとも世界を動かす嚆矢となるか。
ともあれ落ちる場所は此処ではない何処か。
今は何処ぞに落ちた星よりも目の前の敵だ。
両手に握り締めた双剣を以て、敵の喉仏を貫いた。手首を切り捨て、首筋を裂く、私は武の才に恵まれなかったから動きは必要最低限を心掛けた。無駄を極力排して効率を追い求める。しかし、それだけでは届かない相手がいた。正攻法では倒せない相手がいる。だから私は二つの剣を握りしめる。奇を狙った戦法は相手の不意を突き易い、ただそれだけを理由に二振りの剣を振り回す。略奪する賊徒に躊躇せずに襲い掛かり、遠慮なく頸を刎ね飛ばした。
今の御時世、力が無くては何もできない。何も守れない。そして賊徒は懲りることがない。だから目の前にいる全てを殺戮し尽くすことで安定を取る。
そして街中から敵意を感じなくなった頃合いで、プハッと息を漏らした。
「さっすが
頃合いを見計らって姿を現した少女は、調子の良いことを言いながら盃片手に歩み寄ってきる。
「
にへらと私が笑ってみせれば、「おかげさまで」と彼女もまた人懐こい笑みを返す。
「まあまあ先ずは飲みねえってね、疲れたでしょ?」
そう言って差し出された盃を受け取り、それを一息に飲み干した。
仄かに甘い、果汁を少し入れたのだろうか。目の前の少女を見つめても彼女は素知らぬ顔で上品とはいえない笑顔を浮かべ続けるだけだ。喉の渇きを潤した私は感謝の言葉を述べてから盃を返す。
さて考えなければならない事がある、口元を拭い取って思考を巡らせる。
「あー、やっぱりー? 追撃必要?」
困ったように問い返してくる彼女に首肯する。
「暫く様子見をして来るとは思うけど……もう一度、仕掛けてくるなら体勢を整えた後、それに私達が居なくなった時を狙って来るかも知れない」
「ということは、あれかな? 今すぐ攻めるしかないってやつだよね?」
でも、と少女は続ける。
「今回の襲撃で将は討ち取られちゃったみたいなんだよね〜」
「難しい?」
問い返すと少女は気不味そうにポリポリと後頭部を掻いて「ん〜、行けるかなあ?」と周囲を見渡した。
つい先程、賊からの襲撃を受けたばかりで彼らに追い払った賊の追撃を仕掛ける気力はない。しかし今、追撃をしておかなければ、近い将来、この街は賊徒の手に落ちることになり兼ねなかった。此処は青州平原国にある一集落、街中にまで攻め込まれた今、防衛設備はほとんど機能していない。そういう意味でも賊徒は今、徹底的に叩くしかなかった。
だから、ここは彼女に頑張ってもらわないといけない。あまり口下手な私が言っても効果は薄いだろうし――
「うん、そうだな! 先ずは御飯だ!」
――少女は、ポンと両手を叩くと血に濡れた私の手を躊躇なく取って駆け出した。
「こんな状況だ、此処がまともな場所なら炊き出しをする人も居るはずだね! 先ずは返り血を落としてから、それを手伝いに行こう!」
勢いのまま、流されるままに元気に走る彼女の後ろを追いかけた。
私の名は劉備、字は玄徳。真名は桃香。
幽州啄郡の出身。幼い頃は
それからずっと二人で旅を続けてきた。今では親兄弟よりも親しき仲、彼女抜きに今の私は語れない程だ。
私が返り血を落としている間に柳香は全ての段取りを整えてくれていた。
給仕服に袖を通した後、私は民衆の面前に押し出される。目の前には机があり、その上には幾つもの椀が重ねられていた。そして私の手元には大きな鍋が置かれている。つまり配給係だ。「私も料理を手伝った方が良いんじゃない?」と聞いてみたりもしたけども「それだと意味がないんだよ」と言われたので大人しく柳香に従うことにした。こういう時は大体、私よりも柳香の言っていることの方が正しいのだ。私は私に出来る事をする、出来る範囲で一歩ずつ、着実に成果を積み重ねる。私には優れた才覚はない、だから私は歩みを止めることだけはしないと誓った。
椀に盛った粥を次々と満面の笑顔で差し出す中、おや? と民衆の一人が私の顔を覗き込んできた。
「貴女は劉備様ではねぇか?」
はい、そうです。と答えれば、おおっ! と感極まった様子で声を上げた。
「町を守ってくださってありがとうございます」
「い、いえ、そんな私なんて剣を振り回していただけですし……守れたのは皆様の力があってのことです」
「いいえ、貴女が踏ん張ってくれたから持ち直すことができた」
兵士らしき男が椀を片手に横から割って入る。
「本来であれば、城門を突破された時点で陥落していてもおかしくなかった。しかし貴女が率先して賊徒の前に出てくれたおかげで私達の展開が間に合った」
「いえ、本当に何も考えていなかったんですよ。ただ気付いたら飛び出していたんです」
「謙遜しないでください、貴女が飛び出してくれたからこそ私達は間に合った。貴女が居てくれたおかげで私達は救われたのです」
そう手放しに褒められるのは照れるというか、もどかしいと云いますか。う〜っ、と顔を俯かせると「駄目だよ、それじゃあね」と後ろから声を掛けられた。
「さあ顔を上げるんだ、君は彼らにとっての英雄なんだ」
云うや柳香は配給所の前へと躍り出て、パンッと両手を叩いてみせる。
「やあやあ皆の衆、御注目あれ! 此処におわすは平原に名を轟かせる戦姫、天下に蔓延る魑魅魍魎と化した賊徒共を正義の双剣を以てバッサバッサと薙ぎ倒してきた稀代の英傑様だ! 常山の趙子龍が何する者ぞ、我らの英傑は此処に居るッ!」
片手に持った椀で、パパンと机を叩いて民衆の注目を更に集めた。
「この腹拵えが済んだ後、我ら劉備一行は野営する賊徒を蹴散らさんと出陣する準備を始める心持ちだ。いや確かに襲撃を受けた直後、君達の疲労が大きい事は分かっている。しかし、しかしだ! 今、攻め込まなくては、この集落は滅亡すると断言してのけようッ!! 今、賊徒が退いたのは今一時のこと、彼らはまだ諦めていない。野に伏せる狼のように虎視眈眈とこの町を狙い続けていることだろう……」
顰めっ面で頭を抱えた後「だが、安心しなせえ!」と広げた両手で満面笑顔で周囲を見渡した。
「此処には平原の戦姫が居る! そして彼女は言っている。今、出陣すれば勝てると!! 今しかない、今が好機だ! この千載一遇の好機をみすみすと私達は逃しても良いものか!? 私達はこのまま賊徒に好き勝手されても良いのか!? 財は勿論、子や妻はどうする!? 戦おう、勝てるんだ!! 私達には戦姫が付いているッ!!」
そこまで言い切った後で柳香はチラリと兵士の一人を見る。
それは先程、粥を片手に話しかけてくれた男だった。
「黄巾の連中を倒しに行くなら俺達も同行させてください!」
また一人、柳香は視線だけで違う兵士に視線を送る。
「俺達で隊長の無念を晴らすんだ!」
この二人の言葉を皮切りにまた一人、また一人と賛同する声が上がり始める。
父ちゃんを殺されたんだ。仇を取らせてくれ。何でもするぞ。弓矢なら狩りで使っているから任せてくれ。等と気勢を上げる民衆の中で、柳香は何かを求めるようにじっと私のことを見つめてきた。そういうことなら最初から話してくれれば良かったのに――困った親友に溜息一つ、小さく息を吸い込んでから前を向いた。
此処まで御膳立てをされたのだ。なら親友の期待には応えなくてはならない。
「皆さん、力を貸してください。指揮は……僭越ながら私、劉玄徳がします」
そう告げた時、民衆から歓声が上がった。それは数分ほど続いた後、少し声量が衰えた頃合いで柳香は再び――パパンと椀で机を叩いた。
「話は決まった! では皆の衆、先ずは腹拵えだ。腹が減っては戦はできぬ、戦いに備えて皆には力を蓄えて欲しい。さあ御飯は元気の活力だ、今ならなんと平原の戦姫こと劉備自ら粥を椀に装ってくれるようだぞ!? さあさあ早い者勝ちだ!!」
その言葉でドッと民衆が駆け寄ってきた。
あまりの勢いに、あわわ、と慌てふためきながら粥を装って民衆に手渡していった。その合間に柳香の姿を探したけど何処にも姿が見当たらない。見捨てられたかな? と思った数十分後に民衆に揉まれてボロボロになった姿で親友が給仕場まで戻ってきた。
もうちょっと運動神経が欲しいね……と呟いた後、柳香は前のめりに倒れてしまった。
結局、配給はほとんど私一人で頑張る羽目になった。