誤字報告、多謝。いつもありがとうございます。
そうあるべき、と正しさから行動を起こす事は意外と簡単だ。
だから世の中には正義という言葉が満ち溢れているし、そうあれかしと己の信念に殉じることができる。
正義とは便利な道具だ。それを使うものによって、善にも悪にもなり得る。
そして、あの私もまた大層な正義を胸に抱き、多くの将兵と民草を巻き込んだ。
みんなが笑って暮らせる、優しい国を。そう願って、あのような馬鹿げた事態を生み出した。身の程知らずの大望を抱いて見事に果てたのだ。私は物語の主役になりたいとは思わない、なれる器があるとも思えない。だから、せめて、と手を伸ばし続ける。いざという時に悔しい想いをしない為の力を得る。己の意志を押し通すだけの力を欲した。大陸全土とまで云うつもりはない。せめて、目に見える者だけでも守りたい。力足らずで守るべきを守れず、泣き寝入りで見て見ぬふりをする事だけは絶対に嫌だった。だから、せめて、と剣を振る。せめて、あの大鎌を持った少女を下せる程度にはならなくてはならない。と力を付けた。
そうすればきっと、私は両手が届く範囲の人間程度は守れると信じて、剣を振り続ける。
夢で見た、あの少女は私の目標になっていた。
だから剣を振った。それこそ毎日だ。
雨の日も、風の日も、雪の日も、雷の日も、仕事で忙しい日も、体調を崩した日も、勉学に励んだ日も、自分の決めた量だけは絶対に熟し続けた。それでも白蓮には届かなかったから私には武芸の才能がないと自覚している。才能がないからこそ、私は自分を磨くという行為を怠ってはならない。他の者にとっての一日は、私にとっての三日に匹敵する。同じ量だけを熟しているだけでは届かない。だから、せめて休むことだけはしないように心掛けた。私は一足飛びに階段を駆け上がる事ができない。と自覚していた私は歩みを止める事だけはしないと心に決めている。歩みが遅くとも一歩ずつ、着実に前へと進み続ける。前に進む意志を保ち続ける。それだけが才能のない私にできる唯一の事だと自覚している。
研鑽を積み続ける、石煉瓦を積み重ねるように。努力を積むことが半ば目的になりつつあった。
糜竺と糜芳、二人の願いを聞き届けて、私は此処に立っている。
糜姉妹の案内を受けながら山にある砦を拠点にする賊徒を目指す道中に私は居る。これはきっと私が力を持っていたから出来たことだ。もし仮に私だけだったとすれば、力を持たないが為に見て見ぬ振りを貫くしかなかった。まあ、その場合だと青州に足を運ぶこともなかったのだろうけども――少なくとも力を持っていたから得られた道だ。
だから、この場に居られる事を私は誇りに持って良いと思う。
「あれー、こっちだったっけー?」
「こないだ寄ったむらで聞いたお話だと、こっちのはずだよー?」
「こっちってどっち……?」
ちょっと先行きに不安を感じるけども――大丈夫かな、これ?
「ねえねえ、あれじゃない?」
「ほんとだ! あっちだった!」
整備されていない山道は、半ば獣道の有様だった。
それでも荷車を運び入れるだけの道幅はあり、それに従いながら進んでいると道を塞ぐように建てられた砦が私達の前に立ちはだかった。いや、あれは砦というよりも関所に近いだろうか? 城壁には植物に侵食された箇所もある為、相当に古い建造物であることが分かる。そして城壁の外には糜姉妹の荷車が捨てられているのを発見し、目的の賊徒が此処に居る事が確定した。
とはいえ、これはどうしたものか。隣に立つ柳香が御立派な城壁を見上げながら告げる。
「……ねえ、桃香。あれに攻め込むの? いや、無理じゃない?」
そう言いたくなる気持ちも分かる。
城壁があり、そこには弓矢を持った賊徒が詰めている。そして糜姉妹の物資を持ち出したことで食料にも余裕があるはずだ。つまるところ、これは攻城戦にも等しい。真正面から攻め込んだところで勝てるはずもなかった。これが何時、建てられた関所なのかは知らないが、捨てるなら捨てるで、きちんと破壊しといて欲しかった。そうすれば、こんな風に賊徒が棲みつく事もなかっただろうし、私達が苦労する事もなかった。今言っても仕方ない事だとは分かっているけども、愚痴の一つや二つは零したくなる。
帰らない? と後ろを振り返れば、城壁に臆しながらも覚悟を決める姉妹の顔を見て、溜息を吐き、改めて城壁を見据えた。
「雑だけど城壁に補修跡が見られる辺り、相手も分かってるね」
そういうとこまで、しっかりしなくても良いのに――そんなことを考えながら隙を探る。
しかし城壁の脆くなっている箇所は何かしらの形で補強してある。そもそも私達の戦力は隊商の護衛、それも半壊した戦力を再編したものだ。多少の穴を見つけたところで戦力が足りなくなることは分かりきっている。この状態から作戦目的を達成するには多少の博打が必要だ。それでも無駄死にするのは避けたい、と敵兵に注意を向ける。すると城壁の規模に比べて、見張りの数が少ないことに気付いた。それもそのはず、この御立派な城壁を満足に活用するなら最低でも千の兵が必要だ。そして山を拠点にする賊徒に千人規模の集団を養い続けられるだけの能力はないはずなのだ。
もしかすると中にいる賊徒の数は、見た目以上に少ないのかも知れない。だが必要最低限の見張りすら置かない者が賊の頭領をやっている可能性もある。しかし、そんな横着な人物が事細かに城壁を補修し、外敵からの攻撃に備えたりするだろうか。
分からない、実際に中を見てみないことには確信を得られない。
(関所の左右は崖になっているから、そこから中を覗くこともできるかも知れない。少し危険だけど奇襲もできるかも……二、三百人程度なら今居る戦力でも充分に対応できるはずで……)
思考する。そして攻め込むにせよ、引き返すにせよ、先ずは情報が必要だと考えて崖上まで移動することを提案した。
私が考えた作戦に糜姉妹が承諾した後で、しれっと付け加える。
「中に居る賊徒の数が五百を超えるようなら私は此処で引き返すよ」
そんなっ! と二人は驚きに抗議の声を上げるが、こればっかりは譲れない。
私は此処で死ぬつもりはない。私が死ぬ時は、柳香の死ぬ時だ。だから私は絶対に生きて帰らなければならない。少なくとも、勝機もないのに突っ込む馬鹿に付き合う程の義理もなければ、道理もない。不貞腐れたように抗議を続ける二人を無視し、隊商一同を連れて、崖上から関所内の様子を観察する。数は――外にいるだけで百は超えている。三百には届かない程度、でも屋内に居る賊も含めると微妙な線になってくる。撤退か攻撃、迷ったら撤退をすべきだ。
しかし、と隣に居る糜姉妹を見やる。唾を飲み込み、静かに覚悟を決めているが伝わってきた。
「御嬢様、ここで退いては頂けませんでしょうか?」
糜姉妹の護衛を務める兵の一人が、二人に問い掛けた。
考え込む糜竺に「駄目だよ」と糜芳が答える。
「二度目はないよ。此処で何かを成し遂げないと私達はきっと何も成し遂げられなくなっちゃう」
それは強迫観念にも近い何か、漠然とした不安に糜竺も頷き返す。
「御先祖様が凄いって云うのはね、常に新しい何かを追い続けていたからだって思ってる。今の糜家を築き上げたのは、その結果に過ぎない。それを守り続けるのも良いと思うんだよ? 大事な事だって理解もしてる。でもね、私も御先祖様みたいに新しい何かを追い求めてみたい。御先祖様と同じ場所から世界を見てみたい」
それは憧れだった。
なにかおっきなことがしてみたい、その漠然とした憧れひとつで遥か遠くを見つめていた。
この危機的状況にあっても彼女は前を見つめる事をやめない。
「御嬢様、俺達は付き合い切れませんね」
様子を窺うように投げやりに発せられた言葉に二人は少し悲しそうに、困ったようにはにかんでみせた。
「ごめんね、此処まで付き合わせちゃって」
「私達はぎりぎりまでどうにかできないか考えてみる」
もう欠片ほども揺るがない。そんな二人の意固地さに男は溜息を零して、二人の隣に並んで崖下を観察する。
「御嬢様を置いて行ったら俺、打ち首になっちゃいますよ」
ぱあっと明るい笑顔を浮かべる糜姉妹に、男は気恥ずかしそうに頬を掻き、誤魔化すように口を開いた。
「俺、詳しくは知らないっすけど――確か、積み込んだ荷物には酒も入ってましたよね?」
「うん、あったよ」
「なら、攻め込むのは夜遅く、深夜になってからですかね? 奴ら、大物が手に入って浮かれているので宴会を始めますよ」
そう言って彼が指で差し示した先には、何人もの賊徒が幾つもの大鍋を両手に担いで歩く姿があった。
「あー、私達の食料が食べられちゃう!」
「この際、食料は必要経費として諦めましょう。世の為、人の為の
「むう、落とし前は絶対に付けるからね」
物資を惜しむ姉妹に男は肩を竦めてみせた。
さて、私も少し剣の手入れをしておこうと崖側から離れる。お人好し、と柳香が楽しそうに笑いながら私を出迎えた。
その顔があまりにも憎たらしかったからデコピンしておいた。