この話はフィクションで、未来永劫実在の人物、団体等とは一切関係ないことを祈ります。

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未必の自殺

 好奇心は猫を殺すと言うけれど、好奇心が本当に殺すのは人らしさなのかもしれない。

 

 私がそう思ったのは、とある会話が原因だった。

 

「見ず知らずの、会話すらしたことのない赤の他人を自殺に追い込んだ?」

 

 その話に、まず私は耳を疑った。しかし考えてみれば、それは直ぐに幾つか方法の浮かぶようなありふれた事象だった。

 

「ネット上における一方的な誹謗中傷とか、無作為の人へのいたずらとか、そんな感じのことでもあったんですか?」

 

 そう聞くと、しかし私の話し相手である『先生』は、「そういうことではないんだよ」と、私の考えを否定した。

 

「この事件の犯人は、確かに誰かを自殺させようという狙いはあったのだが、誰かを傷つけるような行為は一切行っていないんだ。つまり、悪意があっても必然的な害意がない。分類としては『未必の故意』というやつになるのだが、しかし裁判の判決は自殺幇助というものだった。」

 

「どんな手段であれ、相手を自殺に追い込んだのならそれは自殺教唆に近いのでは?」

 

『先生』の話に、私は質問を返す。自殺関与・同意殺人罪については場合によって判断の難しい所はあるが、大雑把には、「死ね」などの言葉や、あるいはそれと同様の行為によって相手を自殺に導いた場合は自殺教唆、自殺の意思がある相手を手助けしただけの場合は自殺幇助とされるという認識で間違ってはいないはずだ。

 

 因みに『未必の故意』というのは、「殺そうと思った」という明らかな殺意を持った殺人に対し、「殺しちゃってもいい」という、曖昧な殺意を持った犯罪者に使用される動機のことを言う。例えば毒入りの飲食物をその辺に置いておくなど、明確な殺意ではない場合でも、誰かが死んでもいいという意思を伴い、その意思が実現した場合は、未必の故意として殺人罪が適応される。

 

 まだ内容がよくわからない事件ではあるが、相手が自殺してもいいと思い、そして相手を自殺に追い込んだのであれば、それは自殺教唆に該当する事件なのではないだろうか? 

 

「因みに」

 

『先生』は、私の質問には答えないまま私に質問する。

 

「ここまでの話から、君はこの事件をどんな事件だと予想するかね?」

 

 質問を質問で返され、私は一瞬困惑するが、話の流れとしては私の質問の答えに繋がりそうなので、素直に考える。

 

 犯人は相手を知らず、会話すらしたことのないその相手を自殺に追い込んだ? 

 

「……会話すらしたことのない赤の他人というのは、その時初めて会ったとかそういう次元ですらないんですよね? 多分。」

 

「そうだね。正真正銘、知らないんだ。犯人は警察に捕まるまでその人の名前や顔すら知らなかったし、ネット上とか、そういった間接的な会話すら、一度も交わさないままに相手を自殺に追い込んでいるのだよ。そもそもそいつは狙い撃ちをしていない。」

 

『先生』の付け足しに、私は考える。未必の故意がありなおかつ無作為。それでいて裁判結果は自殺幇助。つまり……。

 

「……例えば、適当な住所に自殺道具一式を送りつけて、その中に自殺を考えている人がいれば、自殺を手助けしたことになるから自殺幇助と見做される……とか?」

 

 私の回答を聞いた『先生』は、「ぶはっ」と下品に吹き出した。

 

「中々ユニークな答えだ! 面白いね! 方法論としては答えに近いかもしれない。だけど私との会話を思い出して欲しい。その方法は、『無作為の人へのいたずら』に該当しないかな? 私はそれに関しては否定している筈だよ?」

 

 くつくつと笑いながら、『先生』は私の答えに落第点を付けた。だが、

 

「しかし、『いたずら』と言うなら確かにこれはいたずらなんだ。本人の思惑としては『人に向けたいたずら』と言っても間違いではない。」

 

 と、自らの発言を覆すようなことを言い始める。流石にこれには私も少しむっとする。

 

「なんなんですかそれ。めちゃくちゃ言ってますよ先生。」

 

「いやすまない、この事件は本当に表現するのが難しいんだ。ニュアンスが違うんだよ。なんと言えばいいのかな。無作為に送りつけるという方法は、確かにランダムだが、それでもある程度個人に狙いを定めているだろう? ここでのいたずらはそう言った一人一人に狙いを定めていないんだ。もうちょっと大雑把に行われている。適当な人に花火を投げつけるのと、適当な駅に花火を投げつけるのとの違い、とでも言おうか……」

 

『先生』がポリポリと頭を掻いてぶつぶつと呟く。そして、流石にそこまで聞けば、私もなんとなく想像はできてきた。

 

「つまり犯人は、人目につく場所に自殺道具一式を置いておいたってことですか? それを誰かが使用して自殺した……と。」

 

 毒入りの飲食物を置いておくのと同じ原理だ。よくよく考えれば、そんな怪しいものを飲み食いするという行為自体自殺行為と言えるし、現象としては大した違いはない。明確な自殺の意志が有るか無いか。違いはそれくらいだろう。

 

「そう。ほとんど正解だ。」

 

『先生』は、私の第二の回答に合格点を出した。考えてみれば単純だが、しかし単純なだけに、本当にそんなことで? とも思ってしまう。

 

「犯人はそれをもう少しハードルを低く設定した。」

 

「ハードルを低く?」

 

『先生』は続ける。

 

「想像しながら聞いてごらん。自宅があり、近所に公園がある。昼はそこそこ人が通るが、深夜など一定の時間になると、ほとんど人が来なくなるような公園だ。そこに植えてある幾つかある木の枝の一つに、首を吊るのにちょうど良い輪っかのついたロープと少し蹴れば倒れる台がある。どうだろう。君が人生に嫌気のさしたナイーブな人間だったら、出来心でつい吊ってみたくならないだろうか」

 

「え……、いや、分かりませんけど……。どうなんでしょう……。えーと……」

 

 私が戸惑っていると、『先生』はくつくつ笑う。

 

「まぁ、君は別にナイーブな人間ではないからな。想像が難しいかもしれないね。因みに私は実際にやるかどうかは別として思わず吊りたくなるときはあると思ったよ。目の前に用意されてたらある程度怪しい魅力は感じてしまうね。」

 

「そ……そうですか……。でも、私としては、ハードルはむしろ高くなったような気がするのですが……」

 

 いくら人が来ないタイミングがあると言っても、確実に来ないわけではないだろう。富士の樹海とか自宅とか、絶対に誰もこなさそうな所ならともかく、ある程度人に見つかるリスクのあるところで自殺をするのはハードルが高いように私は思えた。

 

「なるほど。君の言いたいことは分かる。」

 

『先生』は私の意見に頷き、しかし、

 

「だが君は一つ見落としている。自殺の欲求と言うのにはね。二種類あるんだよ。『誰にも見られたくない自殺』と、『誰かに見られたい自殺』だ。自宅で行う自殺などは前者に該当し、駅のホームにおける飛び込みや、ビルからの飛び降りなんかは後者に当たる。勿論、飛び込みや飛び降りが行いやすいものというのもあるが、後者の自殺の中には、ある程度、他人に自分のことを見て欲しいという欲求が含まれるものなんだよ。」

 

 見せられる側からすれば迷惑な話ではあるがね。と、『先生』は言う。

 

「あー……、成る程。」

 

 私は先日、SNS上で「自殺します」と呟いて拡散されている人がいたのを思い出した。単なるかまってちゃんだろうと大して気にもとめなかったが、ああいう行為自体が、後者の自殺志願に該当すると言うことなのだろう。だとすれば、そういう人は割と多い。

 

「自殺道具などと言われて、明らかに自殺だけを連想させる道具と言うのは少ない。ナイフや銃なんかは、殺す道具と捉える方が多いだろうしね。輪っか付きロープというのはそういう点では自殺を連想しやすい。あんなもの自殺か西部劇位でしか使用されないからね。しかしただそれを用意されただけでは設置という手間が掛かる。わずかな手間だが、己の死を躊躇うには十分な手間とも言える。ハードルが高い。しかし、()()()()()()()()()()()()()? それも人が通ったり通らなかったりを絶妙に選べそうなちょうどよい場所になんとなしに用意されていたら? それはなんとも、()()()()()()()()()()()()()()()?」

 

 確かに……。と、おもわず思ってしまった。誰にでも利用でき、誰にでも見られる可能性があるというのは、駅のホームや建物の上なんかと変わらない。改札を潜らなくて良い。階段を昇らなくて良い。という点では、それらよりもむしろハードルは低いくらいなのかもしれない。

 

「被害者……というか、この事件における自殺者は、平日の夕方ごろに首を吊ったらしいよ。まぁ、なんとも微妙な時間だね。人が通りかかって止められる可能性の十分ある時間だ。そういう点でもハードルは低かったのかも知れないね。ところで、だ。自殺した人はどういう人だったと思う?」

 

『先生』が再び質問を投げ掛ける。私は少し考えて、

 

「中年のサラリーマン、とかですかね……。イメージとしてはおっさん……みたいな。」

 

 と、答える。

 

「ほう。その心は?」

 

 楽しそうに続きを促す『先生』。私は、少し躊躇いながら答える。

 

「仕事に疲れて公園でうらぶれてるおじさんとか……、あー、でも平日の夕方なら、リストラされたサラリーマンとか、なんかしっくり来ますね。失意の果てに偶然見つけたロープで首をくくる……。有りそうじゃないです?」

 

「成る程なぁ、おじさんである僕としてはなんとも切なくなる予想だがまあ、残念ながら違う。いや、残念では全然ないけど。」

 

『じゃあ、どういう人だったんですか?」

 

 私の質問に『先生』は、

 

「小学6年生の、女の子らしいよ?」

 

 と、特に躊躇いもなく答えた。

 

「まぁ、僕も又聞きだから詳しいことは分からないけどね。話を聞いていて不自然なところもあるし。……ロープと台の間が子供でも届くくらいの高さしかなかったのか、それとも大人サイズでも届くくらい女の子の発育が良かったのか……。ま、そこら辺はご想像にお任せするしかないかなぁ……。自殺の原因まで考えると……。後者かなぁ……。ふふ。分からないなりに想像してみるのも楽しいんじゃないかな?」

 

「楽しくないでしょそんなの。」

 

「そうかい? まあ、普通はそうかもね?」

 

 前々から思っていたことではあるけど、『先生』は、人間としてどうかと思う。

 

「でも僕が思うに、君も僕と同類だと思うけどね?」

 

 こういうことを平気で言う人間にろくな奴はいない。

 

 私は『先生』の台詞を無視して、ずっと気になっていたことを聞く。

 

「肝心なのは、犯人でしょう。その……ええと、自殺幇助犯は、どういうやつだったんです?」

 

「大学生だってさ。真面目で研究熱心な大学生。ふと思い付いたら試したくなったらしいよ? ロープをぶら下げといたら人は首を吊るのかって。」

 

『先生』は犯人の素性についてはあまり興味が無いらしく、さっと答えて、目をそらす。目線の先には、夕焼けのオレンジ色が僅かに差し込む窓があった。太陽の時間が、終わりを迎えようとしている。

 

「そろそろ下校時間だね。まだ話を続けるかい?」

 

 私は『先生』と同じ景色を見ながら

 

「いえ、帰ります。」

 

 先生さようなら。そう言って私は脇に置いてある小さなリュックサックを背負って椅子から立ちあがり、スカートを翻しながら向きを変え、少し歩いてスライドドアを開けた。

 

『保健室』と書かれたプレートの下を通りながら、特に階段を下ることもなく下駄箱にたどり着き、上履きと靴を取り替え、正面玄関から学校を出る。

 

『公立×××高等学校』と掘られた石板の脇を通りながら、あの先生は高校の教師としても養護教諭としても、とにかく全てにおいて『先生』として失格だよなぁと思いながら、私は何時もの道を下校する。

 

 公園……。そう言えば私の家の近所にも、公園があったなと思い出す。平日の夕方に、おじさんがうらぶれてたりする公園だ。成る程私の発想は、自分の記憶から来たものだったらしい。まあ、発想なんて大体記憶や経験から来るものなんだから当然か。

 

 せっかくだし、ちょっと寄ってみようかと思った。

 

 特に用があるわけでもない。それこそただの思い付きだ。

 

 思うだけなら罪にはならない。思い付くだけなら問題はない。

 

 ロープなんて、用意しないと手に入らない。

 

 まぁ、そうは言っても、ロープの代わりになるものなんて、今のご時世幾らでもあるとは思う。

 

 例えば私の背負っているリュックサックだって背負うところを利用すれば首くらい吊れると思う。

 

 例えばサラリーマンの必需品。スーツに付き物のネクタイとかも……。

 

 ネクタイで自殺する人って本当にいるのかな? 

 

 好奇心は猫を殺すと言うけれど、好奇心が本当に殺すのは人らしさなのかもしれない。

 

 私は帰り道をスキップしながら、そう思った。




どこにでもあるありふれた発想だとは思いますが(?)思い付いたからやってみたくなることってありますよね。だから書きました。後悔しています。


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