ラフムに憑依していたのでシドゥリさんを救いたいと思います。   作:赤狐

1 / 4
幕間の物語 第1節「歪な新人類」

駆ける、駆ける、駆ける。

 

鬱蒼と様々な木々の生い茂る森林を4()()()()で駈け走る。

 

視界360度至る所が緑で覆い尽くされ、天然の障害物と迷路が行く手を阻み、立ち尽くしてしまうだろう、()()()()()

 

木々の間を縫うように地を這い、人間にはない感覚器に届く吐き気を催すなんて生ぬるいほど忌まわしい狂気の嵐、そこから離すまいと掴んだ一筋の情報を頼りに、人より、獣より速く駆け抜ける。

 

狂気の淵を常に覗きながら脳が焼き切れてしまいそうなほど必死に思考を巡らせる。

 

無秩序に重なり合った樹葉が生命の源とも言える日輪からの光を遮って薄暗かった辺りが、にわかにその様子を一変させた。

 

 

眼前には、先程までいた場所から切り離された空間なのではないかと錯覚してしまうほどに穏和な空気の広がる湖とその一帯。

 

水底に沈む岩を視界に望める程澄んだ水に、湖面は揺るぐことなく降り注ぐ光をキラキラと反射させる。

 

その上を見たことの無い程鮮やかな羽を持った蝶が魅惑的にヒラヒラと誘うように舞い、小鳥の可愛らしいさえずりが響いている。

 

すぐ側には、色とりどりの花々が可憐に、しかし生命の力強さを示しながら咲き誇っていた。

 

 

鬱蒼とした森林の中に潜む秘境、 まさしく神秘的と言える現実離れした空間に心を奪われ、吸い寄せられるかのように、中心に位置する湖にフラフラと近づく。

 

夢見心地で輪郭のぼやけた思考のまま湖を覗き込む───しかし、それはすぐさま醒める。

 

 

泥で出来た、鈍く光を反射する不気味な紫色の体。

 

指などは一切なく、先端のみが血のように赤黒く鋭い槍のように尖って肥大した関節を持つ脚。

 

そして、生理的嫌悪を掻き立てる縦についた口のみが存在する捻れた細長い顔。

 

透き通った水面は、人間とは似ても似つかぬ新人類(ラフム)の姿を薄く、しかしはっきりと反射していた。

 

 

× × ×

 

 

森林の奥深くに隠された幻想的な自然の箱庭を抜け、オレは生物の気配のしない、もぬけの殻となった森の中を再び疾走する。

 

生身の人間では対処することが出来ない、時速100kmを優に超す速度とその場その場でのルート選択が負担となる訳でもなく、最善の一手を導き出す脳処理に今は驚くことも無い。

 

それに加え、決して細くはない木の枝にぶつかりながら全力で走っているのにも関わらず、痛みや疲れを知ることの無いカラダには乾いた笑いしか出てこなかった。

 

 

“───オマエハ、ナンノタメニハシッテイルンダ?”

 

 

背筋が震えそうになる、生物としては不自然なほどに高音である声が響く。

 

いや、空耳に違いない、この付近にはオレ以外の生物───そもそもこのカラダが生物の枠に収まるかは知らないが───はいない。

 

しかし、可能性があるとするならば、このカラダの主になるはずだったモノの意識の残滓、同在しているがゆえの幻聴だろうか。

 

今こそカラダの主導権はオレが握っているが、もとより異物はコチラ、「あるべき状態」に戻る可能性は大いにある。

 

 

そして、何のため……何のため、か。

 

オレは、この時代の人間でもなければこの世界の住人でもない。

 

ただ、知っている(思い出した)だけだ。

 

 

ここは、神秘残る最後の時代、バビロニアの地。

 

そして、ここが存在しえないはずの過去、特異点だということを。

 

しかし、オレは現世での自分を、名前すらあまり憶えていない。

 

この世界で初めて意識が覚醒した時点で既にこのカラダになっていたし、この容貌を確認した瞬間にここに関する記憶が芋づる式に、ぼんやりと朧気ながら思い出されただけだ。

 

もちろん、このような摩訶不思議で現実味のない事態に極度の混乱に陥ったし、この不条理に助けを求める声や叫び声も上げた。

 

けれど、声に応えるものは存在せず、寧ろ思考言語と異なる、この世のものとは思えない不気味な言葉が奇形の口から出てくるばかりだった。

 

なんなんだよ、どうしてだよ、と嘆いてみても、足先から伝わる草木の湿った感触もカラダを照らす陽の暖かさも風に運ばれてくる濃厚な土の匂いも全て本物(現実)だった。

 

 

そしてこのカラダにはオレ以外の記憶、ウルクの民のものも存在し、微かに彼の断片的な情報と感情、魂の欠片が入り混じっている。

 

先程見かけた息を呑むほどの花畑に強く惹かれたのもそのせいだと思う。

 

21世紀の人間と神代最後の一市民、濁流のようなラフムの本能が不安定に混在しており、自我とその他との境界線が曖昧となっている。

 

しかし、オレと同様に名前や姿形も霞んで朧気だが、彼が人であった頃の記憶は、ラフムとは全く異なり不思議と懐かしく感じられた。

 

恐らく、彼はラフムによって連れ去られて体を「再利用」された者であり、『ラフム』という一つの種に塗りつぶされかけていたところに潜在していたオレの意識が表出した、といったところだろうか。

 

 

このイレギュラーな事態によって、オレの意識は未だに呑み込まれずにいるのだろうが、自己を再定義(思い出す)余裕はない。

 

ただ、なぜここにいるのか分からずとも、自分の名前を思い出せずとも、オレには使命がある。

 

ここに来て真っ先に思い出したシドゥリさんの存在。

 

彼女を救う、それを果たすまではこのカラダが限界を迎えて動けなくなっても、倒れることは決して出来ない。

 

初めは、救いたいと思いこそすれども、カラダが動くことは無かった。

 

 

そもそも、この話はオレの存在抜きで完結する。

 

マスター(◼◼◼◼)が紆余曲折を経て、特異点で出会った人々やサーヴァントの力を借りながらビー◼◼Ⅱ、テ◼ア◼◼を倒し、歴史をあるべき姿へと修正する。

 

そこには多かれ少かれ犠牲があり、誰もが救われるハッピーエンドなんてものではなかったけれど、最善を尽くした過程であり、結果であった。

 

そこに部外者が入り込む力や余地なんてあるはずもなく、誰かに言われずとも、自分が余分で、不必要な存在であることは分かりきっていた。

 

寧ろオレが介入することで、この物語の幕を引くまでに必要な欠片を欠いてしまう可能性の方が高い。

 

不可能、不利益、不自然、非合理、無理、無茶、無謀……。

 

そんな言葉で頭の中が埋め尽くされる。

 

どうしようもないほどに、オレは余計で、余分で、取るに足らない、ちっぽけで、無力な存在なのだ、と。

 

“オマエハ、ツマラナイ、トテモ、ツマラナイ。”

 

 

……そうだ、たしかにそれは正しい。

 

自分の無力ばかり嘆いて何もしない奴がとてもじゃないが面白いわけがない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

───あぁ、しかし、けれど。

 

 

彼女の変わってしまった姿を知るものはオレしかいない。

 

彼女の今を知るものはオレしかいない。

 

そして、彼女の死を食い止めることが出来るのも今この場においてオレだけなのだ。

 

シドゥリさんは決して失ってはならない存在だ。

 

彼女の喪失を悲しみ、悼む人は大勢おり、ギルガメッシュ王でさえその表情を歪めた。

 

今のオレなんかとは比べられない程重要な存在なのだ。

 

彼女の強さにオレをいくら積み重ねても及ばない事なんて分かりきっている。

 

けれど、彼女の役割のほんの一部を肩代わりすることくらい、こんなオレでもやれていいはずだろう?

 

これは、許されざる、酷く醜いエゴだ、自己満足だ。

 

オレが何か一つでも間違えてしまったら、そこでおしまい。

 

大多数にとってのハッピーエンドを迎えることは二度と出来ない。

 

そもそも、これはシドゥリさんの選択を、意思をないがしろに、冒涜している。

 

誰に褒められることのない、無意味で馬鹿げた独り善がりかもしれない。

 

 

けれど……けれど、自分に出来ることだと信じたから、人として正しくありたいと望んでいるから。

 

 

───そして何より、人を救いたいという願いが間違っているはずがないのだから。

 

 

だから、前を向いた。

 

 

───例え、異形の姿であろうとも。

 

 

だから、走り始めた。

 

 

───例え、偽善にまみれていようとも。

 

 

もう振り返ることは無い。

 

それが、オレ(◼◼◼◼)の信じてきた道なのだから。

 

 

× × ×

 

 

幾ばくの時間走っただろうか。

 

枝同士が絡み合い、屋根のように空を覆っている木々を見上げると隙間から漏れる陽光が中天からほぼ垂直に注がれている。

 

具体的な距離は分からないけれど、思考を呑み込まんとする、感覚気に届くラフム等の理解し難い感情の強まりからすぐ側だと分かった。

 

すると、進行方向の奥の方に森林の出口を告げる一際明るい、さながらトンネルの終点のような光が見えた。

 

徐々に大きくなっていく光の先へ飛び込みと、急に明るくなった周囲に視界が一瞬真っ白に包まれる。

 

視覚が回復すると、四方を樹林で囲まれた都市、エリドゥがその姿を現した。

 

通常ならば防衛するためにずらりと都市を囲み、柱などに意匠の凝った紋様が彫られ、絡みつく植物とのコントラストが美しい真っ白な壁も、今ではあちこちが傷つき、壊されている。

 

誰の仕業か、などと推理する必要もなく、深く刻まれた鋭い爪痕、あちらこちらに散らばる崩れ落ちた壁の破片がラフムの仕業だと物語っていた。

 

 

至る所が削れ、崩れかかっている門からエリドゥに入ると、目を覆いたくなる地獄が広がっていた。

 

 

胸当てを貫通して胸にぽっかりと大きな穴の空いた男の体、胸を中心にどす黒い赤色の液体がベッタリと付着している。

 

そのすぐ側には脚を付け根から胴体と引きちぎり、執拗に胴体を抉られた体が引き摺られた跡がある。

 

そういったものが道のあちこちに無造作に置かれ、老若男女問わず弄ばれた形跡があった。

 

一突きで殺されているものは数少なく、上半身と下半身が離れ離れになっているもの、四肢が引き裂かれているもの、髪の長さからでようやく女性だと判別がつくもの……。

 

 

生命の華が散っている中、名状し難い、言語として抽出することの出来ない激情が仮染めのカラダを包み込む。

 

かと思えば、己の中に内包されたラフムの本能がこの光景を前に膨れ上がり、コロセ、コロセと脳をぐちゃぐちゃにかき混ぜるように、オレを喰い殺そうと叫ぶ。

 

相反する感情の乖離に脳がかち割れそうになる頭痛が襲い、カラダがよろけた。

 

 

それでも、最後に残る思いは

 

「つそさ、るわぬくとに」

 

後悔。

 

何も出来なかった、救えなかった。

 

ほんの一時でもどうにかしようと思ってしまった自分が夢を見ていたのだと現実を叩き付けられた。

 

この絶望に染まった惨状を目の当たりにして、膝が折れそうになる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

───けれど。

 

 

けれど、ここで折れてしまうことを◼◼◼◼は許さない。

 

 

まだ自分には出来ることがあるのだと、歩みを止めないだけの理由があるのだと前を向かせる。

 

 

そうだ、オレにはまだ出来ることがある、救える人がいるんだ。

 

このカラダが朽ちるまで、オレは止まらない。

 

 

いつしか頭痛は止まっていた。

 

脚の力も戻っている。

 

やらなければならないことも、やるべきこともハッキリとしている。

 

 

時間にして数秒、視界を閉ざして祈る。

 

どうか、この人たちの魂が安らかでありますように。

 

どうか、平穏と安寧が享受されますように。

 

あぁ、でも、この願いに似た祈りはきっと届くだろう。

 

だって、冥界には人一倍寂しがりで、人一倍優しい冥府の女主人(エレ◼◼キ◼ル)がいるのだから。

 

 

そして、オレは再び走り始める。

 

もうあの人を失いたくない。

 

その一心で破壊し尽くされた露店の立ち並ぶ通りをまっすぐに走った。

 

 

 

× × ×

 

 

 

大通りの終点、レンガのような物が寸分の狂いもなく敷き詰められている道の端が見えてきた。

 

目的地へ近づく事に人々の悲鳴と、ラフム達の狂気に満ちた嗤い声が大きくなっていく。

 

畜生、と心の中で叫んだ次の瞬間、視界の外側の上空から大きな翼を持った翼竜が急降下し、いくつかの人影が大地へと降り立った。

 

次いで、上空からの狙撃、空気を震わす激しい衝撃音と打撃音、そして力強い声が何度も交わされる。

 

 

「皆さん、逃げて下さい!」

 

 

いきなりの事態だったが、オレは迷うことなく◼シュたちだと確信する。

 

その事実に今まで血の気の失せていた顔が綻びそうになる───しかし、同時に脳内で警笛がけたたましく鳴り響く。

 

 

タイムリミットまで一分もない。

 

この瞬間を逃してしまったらシドゥリさんを救う手立ても、機会も失ってしまう。

 

大丈夫、為すべきことは為した、あとは全速力であの場所へ辿り着くだけ。

 

そう自分に言い聞かせながらも、心は急くばかりでカラダは追いつかない。

 

早く、早くと地面を蹴りあげる。

 

足元で舗装された道がひび割れる音が響く。

 

今まで以上に加速したカラダは、キシキシと悲鳴を上げ始めた。

 

先程まで全く気にもならなかった痛みが今になってその存在を強く主張している。

 

 

けれど、そんなこと構うものか。

 

こんな痛みに耐えるより、ここで倒れて救えない方がずっと痛い。

 

だから、止まる訳にはいかない。

 

そして一層強くなった風圧を泥のカラダで押し退けて道の終わりまで駆け抜けた。

 

 

彼女は、シドゥリさんは。

 

全集中力を以て彼女の姿を隈無く探す。

 

すると視界の右端に、左前脚を掲げたラフムと、その目と鼻の先にいるこの時代に似合わない、一風変わった服装の人が───オレンジ色の髪が、空に揺れる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

───あぁ、そういう事か。

 

 

 

 

全て、思い出した。

 

相変わらず何故ここにオレがいるのかは分からないが、今まで霧がかっており、穴だらけだったオレの記憶ははっきりとした。

 

しかし、同時に意識が浮遊し、薄らいでいく感覚が唐突に襲う。

 

それもそうだろう、何せオレはこの世界で紛れもなく「異物」、「修正」されて然るべき存在だ。

 

 

トリガーは異物であることの自覚。

 

記憶が曖昧な、夢現だったからこその不安定に隠れた安定。

 

瞬時に修正が成されないのはここが特異点であるからだろうか。

 

どちらにせよ、オレは二重の意味で「余計(要らない)」な存在らしい。

 

 

それがどうした。

 

それは、オレ(藤丸立香)が諦める理由になり得ない。

 

時代に、世界に否定されようとも、オレはまだここに居て、シドゥリさんもここに居る。

 

その事実が変わらない限り、オレは前を向き続ける。

 

しかし、ラフムさえ追いつくことの出来ない、超人的な速さで彼女たちに近づく一つの人影が遥か後方から跳んでくる。

 

「その子から離れなサーイ!」

 

間に合わない。

 

そう思う前にカラダは動き出していた。

 

彼女たちの方へ……ではなく、その反対側へ。

 

鋭く、圧倒的な力の込められた蹴りはいとも容易く彼女のカラダを一直線に吹き飛ばす。

 

その先には分厚く真っ白な壁、このままでは激突は不可避だ。

 

 

届け、届け、届け、届け!

 

大きく一歩、次は更に大きな一歩を。

 

姿勢を安定させるために割く力さえ脚先へ回し、地面を抉りながら前へ、前へと進む。

 

半ば倒れ込む形で空を跳び、懸命に脚を広げた。

 

空中で制御の失ったカラダを無理矢理捻って右を向いた、その瞬間、大型車に追突されたような強い衝撃が襲う。

 

急なベクトルの変更と想定以上の力の大きさの中、何とか彼女に伝わる力を和らげようと無我夢中で脚とカラダで包み込み、次にやってくる壁との衝突に備える。

 

 

───衝撃。

 

背から広がる熱と激痛。

 

白黒に点滅する視界。

 

口へと込み上がってくる液体。

 

壁の砕かれる粉砕音とカラダの内部から響く、何かが折れた音が重なった。

 

衝突の勢いと激痛に、危うく飛びかけた意識を手繰り寄せ、目の前の彼女の方を向く。

 

目立った外傷が蹴りを受けた部分を除いて見当たらないことを確認して安堵の息が漏れた。

 

「!?」

 

この場にいる全員の、特に脚の中に収まっているシドゥリさんからの驚きと困惑が伝わってくる。

 

 

まだだ、まだ終わっていない。

 

限界を超えての疾走と壁に叩きつけられた衝撃で動かすことすら困難になったカラダ。

 

曖昧になりかけている意識の中、気力を振り絞って立ち上がる。

 

そして、左前脚の肥大している関節近くに突き刺し、掛けていた「それ」───露店跡から拝借した薄汚れた白い布を取り外し、シドゥリさんの脚に掛けてその脚を掲げた。

 

即席の「白旗」により、この場をより一層の愕きが包み込んだ。

 

チラリと目の前の、こちらを見上げる彼女の姿を見る。

 

彼女の、シドゥリさんの表情は読み取れない、けれどカラダに備わる感覚器に届く感情は驚嘆と戸惑いであった。

 

当然だ、得体の知れないやつが突然現れて壁とのクッションになったと思えば、限られた人しか知っていない白旗を作ったのだから誰だって驚く。

 

 

シドゥリさんから視線を外し、ゆっくりと顔を上げ、オレンジ色のクセのあるショートヘア、その驚愕に染まった茶色の瞳を見開く少女の方を向く。

 

 

───君なら分かるだろ、だって「(藤丸立香)」は「オレ(藤丸立香)」なんだから。

 

 

数秒間少女と見つめ合う。

 

誰も何も言葉を発さず、静寂が場を支配し、まるで時が止まったかのように感じられた。

その沈黙を破ったのは、少女の方だった。

 

 

「……マシュ!あのラフムを、シドゥリさんをお願い!」

 

「っ!は、はい、了解です、マスター!」

 

 

……あぁ、良かった。

 

心からの安堵。

 

途端に今までギリギリのところで踏ん張っていたカラダは糸が切れたあやつり人形のように崩れ落ちる。

 

 

「先輩!シドゥリさんの後ろにいるラフムはどうしますか!」

 

 

亜麻色の髪を揺らしながら駆け寄ってくるマシュ・キリエライトを暗転し始めた意識の中見詰める。

 

オレの知らない彼女、けれどその瞳に宿る意志の強さも華奢な身体に秘められた人としての彼女の強さも、オレの知っているものであった。

 

純粋で、真面目で、好奇心が強くて、ほんの少し抜けていて、本当は怖がりで、それでも、人として強く、美しい彼女。

 

 

……本当は、マシュを初めとした仲間だった英霊(ヒト)達が多くいるのに、自分を覚えていない(知らない)状態がほんの少し、いや、かなり、辛かった。

 

自分だけの片思い、オレに記憶が戻っても彼女たちはオレの知っている彼女たちとは「別人」であって、どこまでいっても一方通行で交わることの無い平行線。

 

「座」から呼ばれる同じ存在で別人である彼女たち。

 

だからこそ、同時に嬉しくもあった。

 

世界が異なろうとも、別人であろうとも、あの少女(藤丸立香)の手を握ってくれる女神たちの在り方。

 

それだけで十分だった。

 

「……その人は───っ!?」

 

ドスッという何かが突き刺さる音が方々で響き渡る。

 

鼓膜を這い、頭の中で反響する金属同士が擦れ合う音が重なっていた。

 

その音の正体に思案を巡らせる前に視界は徐々に薄らぎ、思考の輪郭はぼやけていく。

 

「………………………!?」

 

「…………!」

 

聴覚さえまともに機能しなくなり、声の調子だけしか分からず、紡がれる言葉は聞き取れない。

 

少し前まで痛みと熱がカラダ中を駆け抜けていたのに、今は冷たい。

 

 

……オレは、シドゥリさんを救えたのだろうか。

 

………………いや、助けることが出来ただけで、救うことは出来なかった。

 

彼女のケガを肩代わりすることは出来た。

 

彼女がシドゥリさんだと周りに確信を持たせることが出来た。

 

けれど、彼女をもとの姿に戻すことは出来ない上に、更なる混沌と絶望に染まっていくバビロニアの地に残してしまうのは果たしてシドゥリさんのためになるのだろうか。

 

王様なら、と一縷の望みをかけているものの、到底安全とは言えない、熾烈を極める戦いの中で再会することだって難しい。

 

現状をほんの少し変えただけでそれ以上の意味はない。

 

結局、願望の終着点は自分の価値観を押し付けた自己満足の果てでしかなかった。

 

 

もう、何も見えない。

 

拾える音だって、ほとんどない。

 

 

だからだろうか、はっきりと聞こえた「声」がシドゥリさんのものだと分かったのは。

 

 

“───一体、あなたは……“

 

“……ごめんな、さい”

 

“───いいえ、いいえ、ありがとうございます、名も知らぬ人”

 

 

たった一言で報われた気がした。

 

自分の行ってきたことは無駄ではなかったのだ、と。

 

誰のためでないのに、自分という人間がいかに単純か分かる。

 

これでは、救われたのはこちらではないか。

 

あぁ、でも───良かった。

 

意識が暗転する。

 

自身という存在が融ける。

 

暗黒と沈黙に世界が包まれる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

────────────。

 

 

 

 

─────────。

 

 

 

 

──────。

 

 

 

 

『もう少しだけ、頑張っておくれ』

 

 

 

 

───…………。

 

 

 

 

…………。

 

 

 

 

…………花の、香りが、する。

 

 

 

 

…………。

 

 

 

 

……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




アニメ版翻訳より

「つそさ、るわぬくとに」
→「たすけ、られなかった」

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。