ラフムに憑依していたのでシドゥリさんを救いたいと思います。   作:赤狐

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当初の予定の3話で終わらないことが確定しました(白目)


幕間の物語 第3節「人間と機械の狭間で」

「これが本日の昼食、ポケットサンドのハンバーガーだ。食べ終わったらいつもの場所に置いておいてくれ」

 

「わぁ!今日も美味しそうだなぁ。いつもありがとう、エミヤ。ここに常駐しなきゃいけないスタッフの一番の楽しみだからね、エミヤ特製のご飯は。みんな感謝してるよ」

 

 

キーボードから手を離し、こちらに向き直ってにこやかに笑う男、ロマニ・アーキマンに本日の昼食を渡す。

 

所謂ゆるふわ系である彼は子供のように目を輝かせながらそれを受け取った。

 

 

「何、こちらも趣味の延長線上だ。それに、料理の腕なら犬とも猫とも分からぬ彼女の方が上だろう。……飲み物はいつも通りホットコーヒーで良かったかな?」

 

「うん、ありがとう。……うーん、そうかなぁ、ボクはカルデアキッチンで作ってくれる全員のご飯がとても美味しく思えるから分からないなぁ。…………毎日あの麦粥は流石に飽きてしまいそうだけど」ズズッ、アチチ

 

 

誤魔化すように、周囲の空気をも弛緩させる笑顔をにへらと浮かべて珈琲を啜る彼。

 

その姿は人が内に秘めている悪意とは無関係な、「善良」な人間のように見える。

 

 

───しかし。

 

 

「釈迦に説法、孔子に悟道ではないが、組織のトップにいる者、しかも医者である君が目の下をこれほど暗くしているのは如何なものかと思うがね」

 

「あはは……。耳が痛い言葉だね。……うん、確かにその通りだ。次にキリが良くなったら仮眠をとらせて貰おうかな。…………でも」

 

 

 

「───でも、()()()()があの子達にできるのは、これくらいだから」

 

 

 

───この目だ。

 

淡い翠色に染まった瞳。

 

この澄んだ眼がごく稀に見せる、瞳の奥に潜む深淵。

 

それは、昏さとか激しい感情を湛えている訳ではなく、ただただ底抜けに深い。

 

人が、魔術師がするような目、というよりはどこか達観した、人とは次元の異なる場所から見詰めているのだと錯覚する。

 

何処を見ているのか、何を視ているのか、その瞳は何も映さない、何も語らない。

 

 

「……っと、冷めないうちに頂かないとだね。イタダキマス」

 

「……失礼、それでは戻ることにするよ。あぁ、それと、甘味も用意しておいた。入口近くの冷蔵庫に団子を入れておいたので食後か間食に食べるといい。緑茶はティーパックのものをコーヒーと紅茶の置いてある場所に追加してある」

 

 

ほんの一瞬、瞬きの後にはいつもの彼に戻っている。

 

その「豹変」が乾いた鉄の心をざわつかせるのだ。

 

 

「さ、さすがはカルデアのオカン……」

 

「……不名誉な呼び名は聞かなかったことにしよう。では」

 

 

胸の内にちらつく、ラベル付けに困る心持ちを抱えながら、不本意な呼び方を流行らせた藤丸立香(マスター)の顔を憎らしげに思い浮かべて踵を返した。

 

すると、何かを思い出したかのように私の背に彼がくぐもった声を投げかけてきた。

 

 

「ふぉうだ、ヘミヤ!ひまじかんあふ?」

 

「……口の中に食べ物を入れた状態で話さないのは子供でもできることだがね」

 

「うっ……。…………ゴクッ、いや、うん、マナーというか常識だね、申し訳ない。それで、エミヤ、今時間ある?もし平気なら立香君を呼んできて欲しいんだけど……?」

 

「ふむ、このあとは特にするべき事もないので構わないが、呼び出しに応じないということか?」

 

「そうだね、霊器保管室の近くにいることは分かってるんだけど通信に出なくて。バイタルはモニター上安定しているから大丈夫そうなんだけど」

 

「承った。用件を聞いておこう」

 

「ありがとうエミヤ。それで、さっき茨木が来てね…………」

 

 

× × ×

 

 

設計した人間はよっぽど白が気に入っているのだろう、上下と壁が白一色に塗られたカルデアの廊下を歩く。

 

酷くシンプルに思えるが、余計なパーツを尽く削いだ洗練されたデザインで、細部に散りばめられた設計者のこだわりの数々は思わず感嘆の息も漏らしてしまう程だ。

 

窓の方に目を向けると、普段と違わず吹き荒れる風雪が目に入った。

 

吹雪が穏やかである時に、身長の数倍はある高い窓から覗くことの出来る剥き出しの大自然の姿は圧巻の一言に尽きる。

 

荒廃した心ではあるが、この光景には目を奪われ、見入ってしまう。

 

また、世界各地を巡った身ではあるが、ここまでの孤独と雄大を兼ね備えた風景は初めてだ。

 

 

───だが、本当にここは孤独なのだ。

 

 

人類史が焼却され、残った人類はここ(カルデア)に残る者のみ。

 

過去も、現在も、未来も燃え尽きた、果てのない死の世界がこの外に広がっている。

 

人類最後の砦たるカルデアの使命は人類史を取り戻すこと。

 

その計り知れない責任の大部分を背負わなければならなくなった青年が、今の私のマスターである藤丸立香だ。

 

 

彼は、数ヶ月前まで魔術の世界にすら触れてこなかった一般人だ。

 

特出した才能がある訳でもない。

 

特徴を上げるとするならば、善良な人格と真面目な性格は良くも悪くも「人間」らしい。

 

普通の生活を送っていた、送ることのできていた陽の当たる世界の住民だった。

 

 

───レイシフト適正とマスター適正を兼ね備えていなければ。

 

 

この二つの為だけに、彼はここへ連れてこられ、48人目のマスターとなったらしい。

 

そしてレフ・ライノールによるカルデアの爆破の結果、彼は文字通り人類最後のマスターとなってしまった。

 

48人いれば責任が48等分される訳では無いが、一人が背負うにはあまりに重く、あまりに(むご)い。

 

しかし、私たちサーヴァントが存在するためにマスターの存在は必須だ。

 

彼は、現世(うつしよ)に英霊が留まるためのアンカーであり、彼無くして我々は現界することが出来ない。

 

彼に伸し掛る責任も、重圧も分かっているにも関わらず、彼に頼らざるを得ない状況が今に続いている。

 

 

何が英霊だ。

 

何がサーヴァントだ。

 

目の前にいる一人の年端もいかない青年を救うことすら出来ないなんて。

 

「正義の味方」が聞いて呆れる。

 

目覚しい武功をあげようが、世界を変える功績を残そうが、歴史に名を刻んだ偉人らが集まったって、藤丸立香という人間を今の状況からすくい上げることは叶わない。

 

……無論、取るに足らないしがない弓兵(無銘)の私は言わずもがなだが。

 

 

せめてもの私たちが出来ることと言えば、彼が歩まなければならない、私たちが歩ませてしまっている道を整えることだけだ。

 

それでも、それだけでしかないが。

 

 

気が付くと、霊器保管室と目と鼻の先の通路を歩いていた。

 

思考の海に沈んでいる間はどうも注意力が散漫になる。

 

一度死んだって、そうそう人間は変われない、か。

 

無意識のうちに皮肉に歪められた笑みがこぼれる。

 

これは「抑止の守護者」になってからだったか。

 

輝かしい英雄等には到底及ばない(贋作者)だからこその死後に出来た癖。

 

……いかんな、どうも染み付いてしまっている。

 

この癖を直そうとも思わないが。

 

 

(こうべ)を振り、一度思考をリセットする。

 

左手にある通路を進むと、霊器保管室近くに設置されているソファーの上で横になっているマスターが見えた。

 

近づいてみると、一定の間隔で静かに呼吸をして目を瞑っていた。

 

7つの特異点を巡り、余人では想像を絶する過酷な戦いに身を置いてきた青年ではあるが、まだあどけなさの残る寝顔は年相応であった。

 

このまま寝かせておきたいところだが、Dr.ロマンの件がある上にこの体勢では体に負担がかかってしまう。

 

 

声をかけようとした寸前、肩を揺すろうと伸ばした右腕に違和感が生じる。

 

指先から手首にかけて、マスターを中心に2m四方の空間が暖房の入った部屋のように暖められ、冷えきった廊下から彼を守っているようであった。

 

少なくとも呪いの類、攻撃性のあるものでないことは経験から来る直感が告げている。

 

しかし、十中八九誰かが彼を案じての事だとしても正体が不明というのは落ち着かない。

 

しがない魔術使いである私に分かることでないかもしれないが、念の為に魔力感知を巡らせる。

 

すると、案の定気温を操作する魔術の痕跡が見られたのだが、その痕跡がどこか見知ったものに似ていた。

 

……いや、そんな、まさか、な。

 

それに、この魔術とはまた別の、隠していることを敢えてこちらに気づかせるような魔術の気配が───

 

 

「…………んぅぁ」

 

 

突然、眼前のマスターが身をよじり、小さく声を上げた。

 

そしてそのまま薄らと焦点の定まらない目を開き、数秒の間ゆっくりとした瞬きを繰り返す。

 

こちらもゆったりとした動作で上体を起こして大きな欠伸を一つつき、そして側に立っていた私を視界に収めたようだ。

 

 

「…………エミヤ?」

 

「お目覚めのようだな、マスター」

 

「うん、おはよう。……オレ、寝てた?」

 

「あぁ、それはぐっすりと」

 

 

未だに覚醒しきっていない頭と身体を解すように身体をねじったり、伸びをしたりするマスター。

 

平時より下がっている瞼を擦っている姿は、やはりどこにでもいそうな青年の仕草であった。

 

 

「どうしてエミヤはここに?」

 

「あぁ、Dr.ロマンからの言伝を通信に反応しないマスターに伝えにね。……私も尋ねたいのだが、どうしてこんな場所で横になっていたんだ?」

 

「あはは……。ちょっと待ってね、オレもここに横になった記憶はないんだよね」

 

「……何?」

 

 

困ったように笑いながら記憶を掘り返して唸るマスターに向けて自然と目が鋭くなる。

 

 

「あぁそうそう、霊器保管室で概念礼装の【宝石剣ゼルレッチ】を手に取った所まで覚えてるんだけど、それからどうしてここで寝転がってたのか覚えてないんだ」

 

「……本来あの剣、いや本質は杖なのだが、アレは一部の家系にしか使用出来ないようになっているはずだが。それ以外に何か覚えていることはないか?」

 

 

……まずいな、どうしてだろうか、嫌な予感がする。

 

 

「そうなんだ。ええと……あっ、イシュタルが来て『あら、私にピッタリのものじゃない!ちょっと借りるわね』って言って…………どうしたのエミヤ、顔を手で覆ってるけど」

 

「……いや、なんでもない、なんでもないんだ、マスター……」

 

 

なんでさ。

 

なんとなくは予想していたが、よもや的中するとは。

 

あの女神が「彼女」でないことは百も承知しているが、ここまで来ると強い因果律を感じざるを得ない。

 

 

「そ、そう?エミヤがいいならいいんだけど……。それで、他の礼装の確認をしてたら急にイシュタルが返してきてそのちょっとあとから記憶が無いんだ」

 

「……だいたい原因は分かったよ、あとであの女神には私から一言言っておこう。しかし、そうなると……マスター、眠っている間に夢なんかみていないだろうか。それと、体に違和感などはあるかね?」

 

「……んー、夢をみてた気はするんだけど、内容は思い出せないや、いい夢だった気がするけど。体調はまだ頭がぼぅっとしてるだけで特に変なところはないと思う」

 

「そうか、それならいいが、念の為ナイチンゲール女史に「ケイローン先生にお願いします」そ、そうか……」

 

 

マスターの即答には分からんでもないが、そこまで高速で何度も首を左右に振るか。

 

何にせよ、アレを手にして意識を失ったと聞いた時には背筋が冷えたものだが取り敢えずは平気だろう。

 

 

「それで、ドクターはなんだって?」

 

「あぁ、茨木童子が君を呼んでいたとのことだ。内容は彼が聞く前にどこかへ行ってしまったので分からないらしい」

 

「わかった、ありがとうエミヤ。行ってくるよ」

 

「何、礼を言われるようなことではない。しかし、サーヴァント全てをマトモに相手するとなると君も疲れるだろう。程々にしておいた方がいい」

 

 

特にあの女神などな、とDr.ロマンのいる場所へと駆け始めたマスターの背中に冗談気に声をかける。

 

すると、マスターが足を止め、こちらを振り向いて困ったように笑いながら言うのだ。

 

しかし───

 

 

「全部は無理かもしれないけど、オレに出来ることだったら全部やりたいからさ」

 

 

「───」

 

 

───声に、応えられなかった。

 

 

立派な言葉だ、その言葉が軽いと感じないのは一重に彼の今までの言動に尽きる。

 

けれど、細められた瞳に映ったマスターの意思が、どことなく既視感があって。

 

それは、嘗ての(オレ)にどこか似ていて、どこか違っていて。

 

じゃあね、とそのまま去っていってしまった彼に言葉を返せなかった。

 

 

その考えは美しい。

 

自らが出来る事を他者の為にも行うとはなんと素晴らしいことだろう、()()()()()()()()()()()

 

もし、彼が出来ることをなした結果、彼自身が傷つくと分かっていたら。

 

普通ならば躊躇い、行動に移さないだろう。

 

けれど、もし自身の生命が危険に晒されると分かっていたとしても動くのならば。

 

 

それは、人間の考えではない。

 

 

全ての勘定の中で自分自身を最優先としないあり方は人の生き方と言うよりは、機械のそれに近い。

 

彼は間違いなくお人好しが過ぎるだけの一般人だったはずだ。

 

それが、何故───

 

 

 

……もしも、彼の進む道を整える為の行為が、(藤丸立香)を壊してしまったとしたら、(オレ)は───

 

 

 

 

 

足音の聞こえなくなった冷たい通路に、一人立ち竦むしかなかった。

 

 

 

 

 

 

 




マスターの眠っていたソファーに無意識のうちに視線が向く。

すると、白で統一されたこの場には異質である薄桃色の花弁が数枚、ひしゃげているわけでもなく瑞々しく置かれている。

脳裏をよぎる一抹の不安を抱えながらその花びらを手に取ると、空気中に溶けるかのように先の方から煙の如く薄らいでいく。

ふと下を見ると残りの数枚も同様に煙と化していた。

しかし、その煙は意志を持つかのように私の目の前に集まり、文字を象っていく。

そして───

(君の想い人)の昔話を後でしよう』

と、ご丁寧にルビまで振っていた。

……度し難い。

ここまで真っ直ぐに当てつけられると苛立ちを通り過ぎて呆れてくる。

しかし、完全に興味が無い訳ではなく、必ず私が釣られるということを想定している事はさすが花の魔術師(ろくでなし)と言ったところか。

表現に困る感情が入り混じる中、完全に消え失せた花弁にため息をつき、その場をあとにした。











本編で入れるの忘れてました(小声)

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