フェス、それは夢の舞台。彼女たちを巡り合わせた輝きであり、彼女たちを繋ぎ止める
──ライブハウス
学校終わりの昼下がり、本日はスタジオでの練習日。定刻の1時間前、湊友希那は既にライブハウスに居た。
1時間前行動。過剰すぎる危機管理。しかし、そのくらいしなければ、"通常モードの湊友希那"と逸脱していなければ、望む未来など成し遂げられないと思っていた。無意識のうちにそんな焦燥感に駆り出され、私はここに居る。無意識下での私の行動はかの親友のベーシストですらも読めなかったようで、ここに彼女の姿はない。
(私の勝利よ リサ) フフン♪
....横道に逸れてしまったわね、軌道修正するわ、と脳内で
本日はメンバーが5人揃って初の練習日、彼女たちには期待している。かなり要求水準を引き下げた上でスカウトしたとはいえ、私はただ単純に機械的にテストの点数で評価するようなことはしていない。昨日の、紗夜のオーディションの名目で開いたセッションは言葉では言い表せないほどすばらしいものだった。出会ったばかりで波長合わせに
数分経過した。多少落ち着いた。
"幸先の良いスタートを切っただけ。""ビギナーズラック。"以前まで私の辞書にはそんな言葉が記載されていた。いや、今一度書き直すべきではないか。本当にこの程度で高揚するなんて私らしくない。浮かれないように...
そう気を引き締め直した。外に見覚えのあるEmerald blueの髪色が見えた。
ガラッ
「お疲れ様です。随分早いんですね」
「当然よ。1時前行動」
「流石ですね。その避難訓練みたいなネーミングを改めるなら是非このバンドのルールに設定してみてもいいかもしれませんよ」
「...考えておくわ」
未来永劫それがルール付けられる日は訪れない。私が嫌だから。
──それから数十分後
ガチャ
「お疲れ様です!紗夜さん!友希那さん!お早いですね!!」
「皆さん、お疲れ様です」
「ヤッホー、みんな早いねー!」
残りのメンバーが三点セットでやってきた。
「私は早くありませんよ。...逆に皆さんは遅いです」
「予約の10分前...先客が予定より早く切り上げる可能性まで考えてもっと早く来るべきです」
「湊さんを見習ってください。1時間も前にここに来たんですよ!」
「1時間!?流石友希那さん!!尊敬します!」
「す、凄いですね...」
「気合入ってるね~(たまに突飛なことするよね 友希那)」
わちゃわちゃわちゃ
ガラッ
「お、時間」
リサがそう呟いたときには既に2人は歩きだしていた。遅れてあこと燐子、リサがスタジオ入りする。
──スタジオ
楽器をセッティングするフェーズ。友希那だけ仕事量が少ない。しかし、本日はそんな友希那にもある重要なことを皆に知らせる必要があった。それは
「1週間後にgalaxyで行われるライブ"TASTE"に出演することが決まったわ」
(((!?)))
黙々とセッティングをしていた面々は一斉に友希那の方を向いた。反応は種々異なる。
紗夜は一瞬驚きはしたものの、何度もバンドを組んできた経験からか友希那の強い意思の現れであると理解し了承した。突然の予告にかなり揺さぶられたものの、彼女がそれを表面に出すことはない。
「...わかりました。その代わり、やるからにはそれなりの成果を出さなくてはなりません」
あこと燐子は急すぎる予告に戸惑ってはいたものの直ぐに表情を改め笑顔で応じた
「任せてください!!あこ、全力でやり遂げて見せます!!」
「練習、頑張ります」
リサは自分の予想が的中したことを苦虫を噛み潰したような表情で受け入れつつ、それでも状況に向き合う決心をした。
「ハードだねー でも、そういうのもアタシは好きだよ」
(バンドで重要なのは技術だけじゃない。波長合わせや、メンバーとの関係….ゆきなはその辺どこまで分かってるかなー)
「連絡は以上よ ...練習を始めるわ」
練習は平々凡々の出来だった。
────────────────
練習終わりの夜、紗夜の自室
課題は見つかった。種々のコード進行をもっと正確に滑らかにする必要があること。弾いている私がそれを理解していることは言うまでもないが、ここで特筆すべき点はボーカルである湊さんも気づいていたということ。
湊さんは本物の実力者だった。歌いながら...ただ歌っているだけでなく私たち全員を見て何ができてないか、的確に指示を飛ばすことができる。
そう思い起こしながら、努力家のギタリストは自室での練習に勤しんでいた。スタジオとは違う自分だけの空間。彼女はそんな世界に無暗に踏み入れられることを嫌う...ある人物は特に。その数秒後...
ドンドンドン!ガチャ!
「おねーちゃんお帰り!!」
「...ただいま」
秒速のノックからの自室襲撃。ここまで3秒かかっていない。しかし、前回を踏まえるとこれは褒めるべき点もあるかもしれない。私は以前、日菜がノックをせずに部屋に押し入ってきたことをそれなりに強く叱ったことがある。嫉妬じゃない。本当に気に障るものだったからだ。
「出てって」
「え~ なんで、あ!そうだ明日ポテトが全品150円になるキャンペーンがあるんだって!学校終わったら一緒に行こうよ!!」
「悪いけど、私は忙しいの」
「...はーい」
トボトボ ガチャ
台風は過ぎ去った。しかし、温帯低気圧となって消滅したわけではない。日菜はいずれまたやってくる。私がにべもない適当な返事を返しているにも関わらず彼女はやってくる。今は台風の目。時が経てばまた嵐、それまでのモラトリアム、平和な時間。それを黙々と練習時間に充てる。
...間に合うでしょうか。あと1週間で。
その瞳は、若干の憂いを帯びていた。
────────────────
カタカタカタ...カチッ
聖堕天使あこ姫「りんりん!練習お疲れー!すっごく良かった!!」
Rin-Rin「凄かったね('ω’*)」
聖堕天使あこ姫「それにしても1週間後にはもうライブだよ!?流石友希那さんだよね!」
Rin-Rin「以前の私たちとは比べ物にならないくらい早いよね(° -°; 練習についていけるかなあ……(。-_-。)」
聖堕天使あこ姫「大丈夫だよ!あこやリサ姉や紗夜さんに友希那さん、みんなでお互い助け合っていこ!」
Rin-Rin「うん、ありがとうヽ“(*´ω`)ノ"」
聖堕天使あこ姫「じゃーそろそろクエスト行こっか!えーと今日のデイリーは...」
数時間後
聖堕天使あこ姫「今日はこの辺で!りんりんまた練習で!明日もがんばろーね!!」
Rin-Rin「うん、おつかれさまー('ω’*)」
ウィンドウを消して...シャットダウンっと...
...
(1週間後にはライブがある...私が練習でどんな結果であろうとその日は確実に来る)
(あこちゃんとは以前も一緒にバンドを組んでたし、さっき見たいにゲームをする仲だけどみんなのことはよく知らない)
(..湊さんはなんでこんなハードなスケジュールを立ててバンドに取り組んでるのかな)
...おやすみ
────────────────
練習終わり...帰宅中
「ふ~ 初日からハードだな~そして明日も」
「フェスのコンテストの日から逆算してスケジュールを組んだ結果よ」
「勿論分かってるよ。逆算したってことはこれからの大まかなスケジュールも試算できてるはずだよね。明日の練習でみんなに配ったらどう?」
「...リサ、私の頭の中の情報を印刷するにはどうしたらいいのかしら」
「あ~...じゃあとりあえず初ライブまでの予定でいいからアタシに教えて?できれば今夜ね!それをアタシがメールでみんなに送信するからさ」
「分かったわ。でも練習時間は進捗の具合によって多少前後すると思うから目安程度に考えておいて頂戴」
「りょ (・▽・ゞ しかし思い切ったね~1週間後には初ライブなんてさ」
「何事も早い方がいいわ。大は小を兼ねるのと同じよ」
「う~ん...誰だったかなあ中学に上がった時定規が必要になって、三尺くらいの定規を学校に持ってきた人がいたような」
「...使い分けが大事なのよ 適材適所」
「今のスケジュールが本当に適切かどうかちゃんとみんなの様子をチェックして判断してね。思考停止はダメ」ブッブー
「あ、そういえばみんなは友希那がフェスを目指してるって知ってるんだっけ?」
「...知らないんじゃないかしら」
「え!?いやいや...絶対言った方がいいよそれは。言わないと無意味にハードなスケジュールを立ててるみたいで、モチベーションに影響してくるよ。アタシもみんなに気を取られてて気づかなかったなあ~」
「分かったわ。覚えておくことが増えたわね」
「あともう1つ質問いい?」
「何かしら」
「このハードな練習が初ライブ後も続くとしてさ、そしたらもしかするとバンドに付いていけなくなっちゃう子も居ると思うんだ。そういう子が出ちゃったら友希那はどうするの?」
「その時点でバンドを辞めてもらうわ」
「...そっか、う~ん...でも友希那はそれだけ本気ってことだよね」
「当然よ。私のバンドは実力主義、そうでなければ私はバンドなんて組んでない」
「うん。お、もう家着いちゃった。友希那、じゃあね!また明日!」
友希那が手を振り返したのを最後に私の外での1日が終わる。じゃあ中での1日が始まるかっていうと、そんな大きなものでもなくて、学校の宿題をパパっと終わらせてから今日の練習で見つかった課題に取り組んで、ご飯食べてお風呂に入って寝るだけ。割と忙しいかな?でもまあ慣れるよね、うん!なれる慣れる!
...実力主義
私より上手なベーシストはいっぱいいる。私が居たから募集を掛けなかっただけで、それは多分そう。本当に友希那が上手に演奏ができるかどうかだけに拘ってるとしたら、私がバンドに居る意味はあるのかな...
...なーんてね
────────────────
練習二日目(翌日)
セッティング中...
「...重要な話があるのだけど、いいかしら」
ビクッ!?
前日同様、スタジオがハッとした空気に包まれる。なお今回はそれぞれの反応の差が大きい。
「...なんですか 湊さん」
紗夜は一瞬驚きの表情を見せたが、すぐに顔を直し対応する。
「念のために言っておきますが、重大ニュースを練習の前に入れるルーティーンは止めた方がいいですよ」
やや強い口調でそう言った。
「私が過密なスケジュールを組む目的をリサ以外には話していなかったから、この場を借りて言わせてもらうわ」
「あ、それあこも気になってました!でももしかしたらこの練習量は友希那さんにとっては普通のことかもしれないと思って、聞いていなかったんですけど」
「あこ、遠慮はいらないわ。燐子も、紗夜も、そしてリサも」
「手短にお願いします。時間が」
「ハードな練習をする理由、それはFUTURE WORLD FESに出場するためよ」
「それ私前に聞きましたよ!?聞いたからここにいるんですよ...もう」
紗夜には既に話していたらしい。友希那の記憶力が如何に不正確なものかを示す材料の1つとなってしまった。
(判断力はまさに一騎当千の指揮官なんだけどな~... 過大評価?ノンノン)
「フェス!?フェスってあの凄い大会ですか!?」
「そうよ」
「凄いに集約されている部分が多そうですね... その...フェスという存在があることは前にあこちゃんから聞いていたんですが、内容までは...」
「私は多くを語らない...いいわね」
「あこが後で教えてあげるから大丈夫だよりんりん!」
「連絡は以上ですか?ほらさっさと始めますよ持ち場について!」
紗夜は若干怒り気味だった。この短い間に喜怒哀楽を全て体現したような...いやそんなこともなかった。残りはこれからだ。
(うーん...まあ怒るのも無理はないよね っていうかリーダーの座を奪われそうになってるじゃん友希那もっと頑張って!)
リサは、友希那のことを考えると友希那がリーダーを務めるべきという結論を出している。
──練習時間終わり
「そろそろでs「今日の練習はここまで、各自明日の練習までに課題をこなしてくること、解散!」
友希那が頑なに締めたがる。紗夜は何も言わない。ただ静かに後片付け作業に移行しただけだった。
「あ、ちょっと待って!みんなに聞きたいことがあるんだ。えーっと、みんなは何でフェスに出たいと思ってるのかなってちょっと気になってさ!あこと燐子は今日聞いたばっかだからそういうのないかもしれないけど、紗夜はどう?そのためにこのバンドに入ったって練習始まる前n」
「...申し訳ありませんが学校の課題などもあって忙しいので、では」
「あ、ちょっとま...」バタン
紗夜は足早に去っていった。彼女は質問の内容にやや動揺していたようにも見えた。スタジオ内に僅かに沈黙が生まれるものの、この場での話し合い続行は時間が許してくれない。
「さっさと出るわよ、セッティングした機材は」
「元の場所に戻し終わりましたっ!」
「そう、じゃあ出るわよ」
──スタジオ外、店外店の前
「あの、さっきの質問なんですけど、あこ、気になっちゃったって!友希那さんはなんでフェスに出たいと思ったんですか?リサ姉も!」
「あ、えーっとあこは実はまだハッキリとした事は言えなくてすっごくふわふわしてるんですけど...えーっと...」
スタスタ
「それじゃ、また」スタスタスタ...
「あっ!いつの間にそんな遠くに!」
「気づかなかった...」
「じゃ~、二人ともお疲れ~、ゲームもいいけど、明日もハードだと思うしほどほどにね!じゃ!」
友希那とリサは帰って行った。最後にあこたちだけが残った。
「帰ろっか、りんりん」
「うん」
スタスタ
「そうだ、フェスについてりんりんに教えてあげるんだった!」
「あ、覚えててくれたんだ。ありがと、あこちゃん。」
「もっちろん忘れるわけないよ~ えーっとね、じゃあまずはフェスの起源は~わかんないから飛ばしてえーっと次は...」
「...あこちゃんはフェスに出る目的とかあるの?さっきの質問の答え、途中だったから聞きたいなって」
「んーっとね...フェス、それは!深淵のあこ姫を照らす...えーっと食事会?」
「宴かな」
「そう!それだよ!」
「楽しいからフェスに出たいってこと?」
「あ~...そうだよ!ふふ...あこは世界で2番目に上手いドラマーだから!いつかはそういう舞台で演奏したいって思うし、楽しそうじゃん?」
「ふふ...私も同じかな。楽しそうだから出たい。」
「りんりんも?おっ揃いだー、明日も練習がんばろーね!りんりん!」
「うん!」
────────────────
「リサ」
「いや〜 今日の練習もハードだったね〜 それにしてもゆきな、フェスに出ることをもう紗夜に話してるなんて思わなかったな~」
「口実が必要だったからよ。それよりも...」
「なぜ、フェスを目指す理由を周知させないといけないのかしら」
...立ち止まる
「アタシたちはプロじゃないからね。」
「それを知らないと、乗り越えないと、長くは続かない」
「リサの言ってることがよくわからないわ」
「多分そのうち分かるよ?でも、もしかしたら気づいた時には手遅れになってるかもしれない」
...
「休日にみんなで遊びにでも行けばわかるんじゃないかな?」
「時間がないわ」
「まあまあ!頑張って時間作ればいいじゃ「遊びに行く時間どころか、ライブまでに仕上げる必要がある完成度までの道が遠い」
ギロッ
「...あ~ なんかごめんね。気に障ったみたいで」
「気にしてないわ」
「バンドに私情は持ち込まない。ただストイックに取り組むことが成長の近道だと思うわ」
「私の事情も全て自分でケリをつける。...リサも」
「...アタシは友希那をリーダーに推薦してる。そのやり方が正しいかはまだわかんないけど...応援してるよ」
「仲間内の応援なんて必要ないわ。リサはただ演奏で結果を見せて頂戴」
「勿論!期待してくれていいよ!」
「そう、それでいいわ」
──自宅前
「じゃ」スタスタ
「お疲れ!」
ライブ名TASTEの由来は"touchstone test(試金石)"をくっ付けたものです。なんかオシャレでしょ?