ACE COMBAT For beautiful sea For dirty sky 作:タクネモ・シグレ
「何度も言わせないでくれ。僕らはもう、戦場には出ない。何ドル出されてもな。」
目の前でコーヒーを淹れつつ、男は言う。
「ですが、我々としても貴方を頼る他無く・・・」
「自分達の手を汚したくないからだろ。」
・・・言いたいことを言う人だ。こういう人ほど、扱いが難しい。
だが、我々には秘策がある。
「話は変わりますが、今回の標的はリューカリ・ショイグ大佐のようです。」
一瞬、彼の動きが止まる。
やはりな。姉との間に確執があるようだ。
「彼女は確か・・・今、「アドミラル・クズネツォフ」の艦長をしておられる。先のノルウェー沖海戦の見事な戦術、小官には、頭の凝り固まった年寄りの物とは思えませんがね。」
「・・・何が言いたい。」
食い付いてきた。ここぞとばかりに耳打ちする。
「したいのではありませんか?“復讐”を。そうでしょう、ユイ・ショイグ様。」
戦闘機乗り特有の眼光で睨んでくる。
おぉ、怖い怖い。
「1つ目、二度とその名前で呼ぶな。挑発にも限度はある。そして・・・」
彼の視線が動く。
我々も自然とそれを追う。
視線の向かう先は・・・テレビ。
映っているのは・・・炎。
火事か?
いや、あれは・・・
「2つ目、その“優秀な戦術家”様がいらしたようだぞ。」
[1時間前:アメリカ合衆国]
「それで、現在確認できている機数は?」
「現在確認できているだけでも4機。ですが、予測ではもっと増えるとのこと。」
「そうか。うむ・・・。」
事態が判明したのは15分前。合衆国上空を飛行していたサウスウエスト航空1401便からコード7500・・・「我、ハイジャックを受ける」を表すコードが入った。
即座に我々、北アメリカ航空宇宙防衛司令部に迎撃指示が飛ぶのは普通。だが、更に多くの機体から同時多発的に7500が出されたのだ。その数、現在確認できているだけでも4つ。同時多発的に4機の旅客機がハイジャックされる。これではまるで、9.11の再来ではないか。
「続報です!」
新たな報告を抱えて司令部に飛び込んできた部下の叫びとも言える声で思考を一旦切る。
「新たに2機、ハイジャックされた機体が判明しました!犯人により途絶されるまでの通信から、犯人が機内に銃を持ち込んでいる可能性もある模様!」
最悪のパターンだ。相手さんは6機もの旅客機を占拠していたらしい。
しかも、銃まで持ち込んで。
9.11以来、機内への持ち込み物検査は強化されていたハズ・・・何故だ。
「ハイジャックされた機体の予想標的は分かるか?」
次に調べるのは相手の標的。航空機のハイジャックだ。何かしらの“標的”が存在するだろう。
「それぞれがバラバラに動いています。予想標的はニューヨーク、ワシントンD.C.、ヒューストン、フィラデルフィア、リッチモンド、マンチェスターです。」
「そんなにか・・・」
標的として挙げられた地名は大都市ばかり。もし、対応に失敗すれば・・・その被害の甚大さは想像に難しくない。
「CAP機を迎撃に向かわせろ。燃料切れに備えて空中給油機も準備するんだ。それから、各飛行場に迎撃体制への移行を命じろ。最寄の航空基地から追加の迎撃機を発進させるんだ。」
最悪のケースに備えねば。
「了解です。」
何としても止めねば。
9.11の再来など起こさせない。
「ノーフォーク基地より連絡!」
突如聞こえる叫び。このタイミングで?嫌な予感しかしない。
だが、それは私の予感のさらに上をいくものだった。
「艦載機と思われる機体をノーフォーク沖に発見!ロシア軍です!襲撃です!」
[ノーフォーク沖海域]
「 『SKOPA9』よりクズネツォフ。発艦欺瞞完了。作戦通り、指定ポイント02へ向かう。」
《了解『SKOPA9』。作戦は第二段階へ移行する。》
始まりを告げる無線。
ロシアの運命を決定付ける戦闘の。
「各機、戦闘体制に移行!一気に高度を上げる!」
《了解!》
皆の戦意も十分。今回も上手く立ち回れれば・・・。
《クズネツォフより『SKOPA9』!不明機1グループ、アプローチ!方位283、距離220nm、高度20000ft!》
「何!?艦隊位置を欺瞞したばかりだぞ!」
まさか、バレていたのか?
いや、それはあり得ない。
その証拠に、ここまで何事もなく接近できていたではないか。
それとも、情報漏洩か?
作戦自体が外部に漏れていたのか?
その可能性も薄い。
もし、作戦が漏れていたなら、既に攻撃を受けていてもおかしくない。
《クズネツォフより『SKOPA9』!探知距離から敵は非ステルス機と推定!迎撃に当たれ!作戦は第二案へ移行した!》
非ステルス機だと?
こちらの戦闘機
一体どうなってる?
「・・・了解した。各機、続け!」
今は、考えている暇はない。
後世の歴史家曰く「最も当事者達の思い通りに行かなかった作戦」は、この瞬間から始まっていた。
確かに、アメリカ軍はロシア艦隊を未だに捕捉しておらず、欺瞞は成功していた。しかし、それはあくまで“ノーフォーク基地に対してのみ”であった。別の基地からCAP(戦闘空中哨戒)機として活動していたF-16に“たまたま”捕捉されたのである。当然、北方艦隊でもF-16を見つけ、攻撃隊と判断し迎撃を開始。しかし、当のF-16は対空兵装のみの機体であった。
ノーフォーク周辺に居た者達は皆、混乱した。敵に見つかったからには先を急ぎたい北方艦隊、まさかの敵に遭遇してしまったCAP機、CAP機を攻撃機と伝えられ急いで艦隊に戻る『SKOPA』隊、ロシア艦隊迎撃の準備を始めるノーフォーク基地、ハイジャック犯と敵国艦隊の両方を相手取らなくてはならなくなった北アメリカ航空宇宙防衛司令部・・・結局、混乱が収まらぬまま戦闘の火蓋は切って落とされる。
《AWACS『Cherubim』より『Warrior01』、ボギー1グループ、参照点より方位090、距離200nm、高度22000ft、ボギーは敵戦闘機と推定。会敵は450秒後。》
「ボギー1グループ、参照点より方位090、200nm、22000ft、会敵は450秒後、了解した。01より各機、交戦用意。」
“ノルウェー沖で暴れまわった連中”。
そんな印象が、どうしても先行してしまう。
ノルウェー沖海戦で奴らと交戦し、乗機が損傷しつつも帰還した第2空母打撃群所属第137電子攻撃飛行隊の男が言っていた。
「奴らイカれてやがる。実戦でコブラを使ってきた。しかも4機全部が、だ。」
実戦でコブラを使う連中。
だが、成功させている。
敵機を墜としている。
その事実だけで十分だ。
「連中はイカれていて、しかも強い。確実に脅威だ。お前ら、気を抜くなよ!」
《了解!》
部下に警戒を促しつつ、鼓舞する。
今回の迎撃戦に参加したのはF-35Aの2個小隊。
合計8機のステルス機で攻撃を行う。
相手が並程度の連中ならば、相当の優位が保てていただろう。
その優位は当然、帰還率に直結し、部下の帰還の可能性を上げる。
だが、今回は果たして、何機を還すことができるだろう?
《AWACS『Cherubim』より『Warrior01』、エネミー1グループ、参照点より方位090、距離27nm、高度22000ft、ウェポンズ・フリー!》
攻撃許可が下される。
命のやり取り、その始まりを告げる一声。
「了解!『Warrior01』エンゲージ!Fox3!」
ミサイル発射のコールと共に引き金を引き、AIM-120を2発発射する。
同様の動きをする機体は4機。
まず、1個小隊が携行するミサイルの半分を発射し、後退する。
第1射の到達後、もう片方の小隊がミサイルの半分を発射する。
そして第2射の到達を確認・・・といった感じに攻撃をする。
こうすれば、4回に渡る波状攻撃を行うことができ、その間に増援なり対艦攻撃隊なりの準備ができると言う訳だ。
本当ならもっと多くの機体が攻撃に参加できるはずなのだが、何故か待機させられた連中がいる。
何かあったのかもしれないが、俺たち下っ端に伝わるはずがない。
と、そんなことを考えている場合ではない。敵もミサイルを発射しているだろう。ミサイル警報装置に注意を払いつつ、敵に背中を向けて遠ざかって・・・。
「・・・変だな。」
敵機が後退しない。
普通、ヘッドオンでミサイルを撃ち合う時は、自身がミサイルを発射した後に敵に背を向け、ミサイル回避を目論んで遠ざかるはずである。なのにこの敵は、自らミサイルに向かってくる。これではまるで、脳みそが入ってないみたいじゃ・・・。
次の瞬間、機内に鳴り響くアラート。
「何!?どこから!?」
止まりかける心臓。血の気が引くのが分かった。
「各機、ブレイク!ブレイク!」
部下に指示を飛ばす。
次の瞬間、これまで経験したことのない衝撃が機体を襲う。
モニターを見れば、この機体がもう長くは飛べないことが一目瞭然だった。
「っ!?イジェクト!イジェクト!!」
脱出レバーを引き、シートごと射出される。
機体の破片と共に落下する。
パラシュートが開き、周囲の様子が見れるようになる。
周りにもパラシュートが見える。
俺は理解した。
これが、恐怖か。
《敵機に命中!目標は炎上しつつ落下中!》
《こっちも1機やった!》
「こっちもやったぞ!」
大成功。呆れるほどに上手くいった。
前回の作戦同様に情報収集艦「タヴリヤ」によるECMで自機の位置を隠す。
今回はそれだけではない。艦隊上空に俺たちの位置を欺瞞するためのUAVを配置した。
これが、あいつの言っていた対F-35戦術の“腹案”。
こちらの機体数が相手にバレているからこそ効く戦術だ。
結果は上々。上からの攻撃に無警戒な敵に対して完全な奇襲に成功した。
残った敵機は1機。このまま食いたいところだが・・・。
《4エネミー、アプローチ!方位060!》
いち早く知らせてくれたのはユヅルだった。
「ブレイク!」
お陰で敵が攻撃する前に回避行動がとれた。
そういえば、さっき攻撃に失敗したのはユヅルだったか?
もしかしたら、攻撃後の後方警戒に注力していたのかもしれない。
「感謝、しないとな。」
《何です?》
「いや、何でもない。」
思わず、声に出てしまった。
意識を目の前の戦闘に戻す。
こちらが反転してきたのを確認したのだろう。敵機が慌てて反転する。
だが、手遅れだ。
敵はこちらに近付き過ぎた。
この距離ならば詰められる。
近距離格闘戦ならフランカーは負けなしだ。
「各機、確実に追い詰めろ!F-35の最強神話を崩してやれ!」
「上手くいったようね。」
予想以上の成果。
これなら、敵の空襲は乗り切れそうだ。
「別動隊より入電!『指定ポイントに到着。そちらの攻撃開始に合わせる。』とのこと!」
別動隊・・・Kh-47M2「キンジャ―ル」を搭載した20機のTu-22M3Mが、待機ポイントに到着した旨、連絡が届いた。これで、基地内にいる敵空母群を葬り去ることができるはず。
「あちらさんも、上手くいきそうですね。」
副長が安堵の声を漏らす。
「えぇ。何とか順調に進んでるわね。」
予想より速く敵に見つかってしまった事以外、順調に進んでいる。
「艦長!『SKOPA』隊が敵戦闘機隊の排除に成功した模様!」
「情報収集艦「タヴリヤ」より報告!『複数の機影が我が艦隊に接近中。およそ、1個中隊規模。恐らく、敵対艦攻撃隊。』とのこと!」
来たか、敵の攻撃隊。
1個中隊で攻めてきているとのことだが、全部が対艦攻撃兵装ではないだろう。制空権奪取が失敗した時に備えて、こちらの艦載機の妨害と対艦攻撃を同時に行う為に半分程度は対空戦闘兵装を搭載しているはずだ。
確かに、こちらの戦闘機は4機。その戦術も取れなくはない。少なくとも、私が敵の指揮官ならそうする。我が軍の頭の凝り固まった指揮官たちならば思いついただろうか?
「艦長、いかがいたしましょうか?」
おっと、危ない。
こんなことを考えている暇など無いのだ。
「そうね・・・『SKOPA』隊を艦隊に接近中の敵攻撃隊に差し向けて。それと、艦隊全艦に通達。『接近中の敵攻撃隊に対し艦対空ミサイルを一斉射。その後、最大戦速へと加速、最終ポイントへ向かい駆け抜けろ。』!」
[アメリカ合衆国:北アメリカ航空宇宙防衛司令部]
「ノーフォーク基地より報告!『敵艦隊、更に接近。至急、救援ないし予備機出撃の許可を乞う。』!」
「キャノン空軍基地より報告!『特殊作戦実行部隊が最後の目標を補足。追跡に入る。』!」
「捉えたか!」
遂に待望の報告が届いた。
キャノン空軍基地の部隊が目標のハイジャック機を捉えたようだ。
これで、報告されたハイジャック機を全て捉えた事になる。
「ノーフォーク基地に連絡!『予備機の出撃を許可。敵艦隊迎撃に全力を尽くせ。』!」
戦闘開始から大分遅れてしまったが・・・今こそ、巻き返しの時だ。
「全特殊作戦実行部隊へ連絡!『これより、オペレーション『ヘッド・ハンティング』を開始する。』!」
この時、北アメリカ航空宇宙防衛司令部が採った作戦は奇天烈極まりないものであった。
各地の空軍基地から発進した特殊作戦実行部隊・・・2機の戦闘機と1機のC-17「グローブマスターⅢ」で構成された変則的な部隊がハイジャックされた航空機を取り囲む。
1機の戦闘機がハイジャック機後方に展開し不測の事態に備え、もう1機が旅客機の横に付きC-17を誘導する。そして、後部扉を開けたままのC-17がハイジャック機の前方を飛ぶ。当然、コックピット内でパイロットを脅して指示を出していたハイジャック犯は混乱し、恐怖し、そして興奮した。だが、彼らが暴れだす前に作戦は進行し、状況は変わり続ける。突然、ハイジャック機に犯人に投降を呼びかける無線が流れる。ハイジャック犯がそちらに注意を奪われる中、前方を飛行するC-17の貨物室では載せられている貨物の隙間からコックピットを狙う2人の兵士が自らの銃の引き金を引く。犯人は、それに気づくこともなく射殺された。
これが、彼らの作戦。後部扉があり、できる限り速度も速い輸送機を用いて、空中でコックピット内のハイジャック犯を狙撃するというものであった。
各地で散らばって発生したハイジャック機に対しても同様の作戦が展開される。1機、また1機とハイジャック犯が射殺され、旅客機が解放されていく。だが、最後の1機・・・サウスウエスト航空1401便だけは上手くいかなかった。2人目の射殺に失敗したのである。
混乱しきった犯人がコックピット内で銃を乱射する。
すぐに狙撃兵が第2射を放つ。
犯人は死んだ。
だが、旅客機が急に降下を始めた。
どうやら、パイロットが犯人の銃乱射で殺され、死体が操縦輪にもたれ掛かってしまったようだ。
離着陸時には5点式にシートベルトを締めるが、飛行中は上2つのベルトを外す習慣が最悪の結果をもたらしてしまった。
更に角度をつけ、高度を下げる旅客機。
絶叫する乗客。
泣き叫ぶ赤子。
それらが一体となったまま、1401便は下に広がる大地に吸い込まれていった。
[同時刻:バークスデール空軍基地上空]
《アメリカン8492、滑走路33への着陸を許可する。》
「滑走路33への着陸を許可、アメリカン8492。」
金属同士がぶつかり合う乾いた音が、後ろから小さく聞こえる。
多分、CAが懸命にドアを破ろうとしているのだろう。
悲しいかな。そのドアは並の成人男性でも破るのは難しい。
正面を見据える。
隣には頭から血を流し、ぐったりとしている機長。
「・・・先に死ねて良かった筈ですよ。」
別に嫌いじゃなかった。人としては。
だが、背に腹は代えられない。
飛行場への着陸態勢をとる。
奴の言っていた通り、黒っぽい色の旅客機のような形をした機体が複数、並んでいる。
B-52H戦略爆撃機・・・アメリカの核戦力の一角を担う“最強の力”のひとつだ。
エンジントラブルを装い、ここまで来た甲斐があった。
機体の進路を調整する。
無線から飛び込んでくる、管制官の慌てた声。
後ろから微かに悲鳴が聞こえる・・・気がする。
角度、よし。
進路そのまま。
“国”の為、心の祖国の為、ロシアの為に。
命と引き換えに、目の前の“力”を、破壊する。
[同時刻:ノーフォーク沖海域]
一方、北方艦隊の作戦もほぼ同時に最終段階に入っていた。
艦隊から発射された多数の艦対空ミサイルとSu-33による迎撃戦闘によって、アメリカ軍攻撃隊は艦隊の手前で足止めを食らっていた。
その隙を衝いて、北方艦隊は最大戦速で突き進んでゆく。
途中、『SKOPA』隊の妨害を無理やり突破した極少数のF/A-18の攻撃を受け、情報収集艦「タヴリヤ」が被弾・損傷し、落伍した。
しかし、それでも、艦隊が足を止めることは無い。
ノーフォーク海軍基地をP-700長距離対艦ミサイルの射程550km以内に捉えるべく、進み続けた。
「最終ポイントまでの残り時間は?」
「あと120!」
やっと、ここまで来た。
「VLSは?」
「3度目のチェックもクリア!いつでもいけます!」
武装もよし。
「目標の選定は?」
「GLONASSによる目標指示を確認!誘導用意よし!」
あとは、タイミングを合わせるだけ。
「最終ポイントまで、あと60!」
来たか。
「別動隊に連絡!『攻撃を開始せよ。』!」
「了解!攻撃開始を指示します!」
「全艦へ!『対艦ミサイル、攻撃用意。』!」
「了解!垂直発射型長距離対艦ミサイル、攻撃準備始め!」
火の厄災を、我らの敵に!
「射線方向、クリア!」
「攻撃、用意よーし!」
「最終ポイントへ到達!」
「別動隊より連絡!『ALBM発射、飛翔中。』!」
「各艦、全弾発射せよ!」
「撃て!」
北方艦隊から放たれた合計32発のP-700長距離艦対艦ミサイルと、Tu-22M3Mから放たれた20発のKh-47M2空中発射型短距離弾道ミサイルは同時にノーフォークに殺到した。P-700は周辺のイージス艦や地上配備型迎撃システム等の迎撃を受け、空母まで辿り着けずに墜ちるものが多かった。
だが、ロシアが満を持して投入してきたKh-47M2は通常の弾道ミサイルと異なり、進路を変更することができる為、迎撃が困難だ。加えて、アメリカ軍は衛星を失っていたこともあって発見が大幅に遅れ、ほぼ抵抗を受けぬまま着弾した。
定期整備のためにドック入りしていた「ドワイト・D・アイゼンハワー」と「ジョージ・ワシントン」、システムと装備の改修を行うため停泊していた「エイブラハム・リンカーン」と「ジェラルド・R・フォード」の艦上に複数の閃光が走る。殆どの艦が飛行甲板を大きく傷つけられ、火の手が上がる。更に、「ジョージ・ワシントン」を狙ったミサイルの内の1つがドック内部に着弾した。艦底部が損傷したこともさることながら、原子力空母を整備・修理可能な数少ないドックの1つが損傷したことは、アメリカ海軍の空母運用能力に少なからぬ影響を与えたのは間違いない。
立ち昇る4条の黒煙は、墓標としては細すぎたが、流血としては十分な量であった。
《どうなったの?成功したの?》
《お姉ちゃん落ち着いて。》
「 『SKOPA9』よりクズネツォフ、状況を教えてくれ。」
空を飛んでいるとは言え、500kmも離れた場所の爆発は流石に見えない。
皆、固唾を呑んで母艦からの応答を待つ。
《クズネツォフより『SKOPA9』、衛星による観測で攻撃の成功を確認した!作戦は第三段階に移行する!》
「了解!各機、警戒!」
思わず声が上擦る。
ここまでの犠牲と努力が報われた瞬間だ。
これで、大西洋にいたアメリカ軍の空母は、全てが行動不能になったことになる。
あとは、全力で逃げるだけ。
逃げるのも大変だろうが、攻め込む時よりはずっと楽だ。
・・・そのはずだった。
《 『SKOPA10』よりクズネツォフ!不明機1グループ!そちらより方位315、距離150nm、高度100ft!IFFへの応答なし!》
「何だと!?」
150nmだと?
こちらの艦載レーダーの索敵範囲の内側じゃないか。
「・・・低空侵攻か。」
低空飛行をすれば水平線に隠れることができ、被発見距離を短くできる。
《 『SKOPA11』よりクズネツォフ!不明機1グループ!そちらへの方位225、距離150nm、高度100ft!IFFへの応答なし!》
2方向からの同時攻撃。
明らかに、対艦攻撃攻撃を企図する動きだ。
《クズネツォフより各編隊、最寄りの目標の迎撃へ向かえ!》
そして、敵の航空機搭載対艦ミサイルはAGM-84L「ハープーン」と見て間違いない。最大射程は120nm程度。
つまり・・・。
《目標、距離120nm付近で反転!ミサイルを発射したものと推測!》
やはり、来たか。
「数は!?」
《 『SKOPA10』よりクズネツォフ!敵ミサイル9個補足!》
《 『SKOPA11』よりクズネツォフ!こちらでは10個補足しています!》
覚悟はしていたが・・・。
「迎撃戦、用意!」
「クズネツォフよりヴェリーキイ、S-300発射始め!」
「クズネツォフより各機、距離を取りつつ、ミサイルを補足を続け、データリンクでこちらに情報を共有し続けろ!」
僚艦のピョートル・ヴェリーキイから艦隊防空ミサイルのS-300が発射される。
我が艦隊で最長の射程を持つ対空ミサイルだ。
ここで全部墜ちてくれれば、この後が楽になる。
だが・・・。
《敵ミサイルの一部が迎撃を突破!》
「艦長!こちらのレーダーでも捉えました!4発ずつ、どちらも距離25nm、高度50ft!」
駄目か。
「全艦、短SAM及びCIWSによる迎撃準備!加えて、ECM及びチャフによる欺瞞用意!クズネツォフ、チャバネンコ、レーフチェンコは方位315の目標、ヴェリーキイ、ハルラーモフ、セヴェロモルスクは方位225の目標を迎撃せよ!」
ここまで近づかれてしまった以上、仕方がない。
個艦防空ミサイルSA-N-9、AK-630とコールチクの2種類のCIWSに頼るしかない。
「間もなく、短SAM射程圏内に入ります!」
「短SAMの射程に捉え次第、迎撃開始!」
「回避運動!取舵一杯!ECM、チャフによる妨害開始!」
敵ミサイルが短SAMの射程圏内まで迫り、迎撃が始まる。
戦況モニターに発射したミサイルが映し出され真っ直ぐ敵ミサイルへと向かって行く。
「敵ミサイル撃墜!残り6!」
「敵ミサイルの進路特定!全部こっちに来てます!」
やはり、本艦を狙ってきたか。
開戦以来、常に脅威として存在していた。
是が非でも沈めたいのだろう。
「更に2つ撃墜!残り4!」
あと、半分。
クズネツォフが急転舵している影響で、床が右に傾いている。
出来る事はやっている。
祈るしかない。
「1つ撃墜!残り3!」
「敵ミサイル、輪形陣外縁を突破!」
「CIWS、迎撃開始!」
外の光景は、凄まじいものだろう。
こちらに向かってくるミサイルに対して、何条もの銃弾の雨が浴びせられているはずだ。
「もう1つ撃墜!残り2!」
頼む。
「撃墜!残り1!」
頼む!
「敵ミサイル、至近!」
駄目か!
「総員、衝撃に備え!」
直後、強烈な揺れがCDCを襲った。
「っ!?」
そこにいた全員が声にならない叫びをあげる。
「被害報告!急げ!」
何処だ、何処に被弾した。
場所によっては、最悪の事態すら招きかねない。
「艦首飛行甲板に被弾!火災発生!」
「電気系統に損傷!予備に切り替えます!」
「ダメージコントロール!消火班を向かわせて!」
「艦首スキージャンプ、及びVLSに深刻なダメージ!」
予想以上に事態は深刻だ。
「着艦に支障は?」
一番気がかりなことを確認する。
「応急修理で何とか可能とのこと!」
良かった。
少なくとも、上にいる彼らは帰ってこれる。
だが、艦首をやられたとなると発艦は不可能だ。
ロシア海軍は唯一の空母を失ったも同然の状態になってしまった。
ならば猶更、これ以上被害を拡大させるわけにはいかない。
「航行に支障は?」
「大丈夫そうです!」
「よろしい。艦隊全艦へ!予定通り最大戦速で現海域を離脱、撤退する!」
まずは、一刻も早く、敵の攻撃圏内から離脱しなければ。
「別方向からミサイル!方位357!距離20nm!」
その一言で、一気に血の気が引くのを感じた。
別方向だと!?
「迎撃を!」
しかも、さっきより近い。
水上レーダーにも、対空レーダーにも反応は無く、艦載機からの報告も無し。
つまり、今攻撃してきた敵は・・・。
《ダメージコントロールよりCDC!電気系統の損傷により艦首兵装の使用不能!》
こんな時に!
艦首側の武装が使えないという事は、4基のCIWSが使えないという事だ。
艦の防空能力は大幅に低下した訳だ。
「取舵!進路125に転舵!艦中央・後方のCIWSを使用して・・・」
「おい!『SKOPA9』!何をしている!」
『SKOPA9』?
ケンが、何を?
「このままじゃ全員やられちまう!」
無茶は承知の上。
《こちらレーフチェンコ!被弾した!》
だが、やるしかない。
ミサイルは使えないだろうが、機銃ならば。
《よせ!ミサイルに追突するぞ!》
そんなことは百も承知。
だが、今生きている味方だけでも救いたい。
《チャバネンコ被弾!》
敵ミサイルの進路に自機の進路を合わせ、機銃のトリガーを引く。
機銃の残弾を表す数字が高速で減っていく。
頼む!
「当たれ!」
弾切れと同時に遠くに火花が見えた。
すぐさま機体を傾け、回避する。
機首に隠れた母艦の方から眩い光が放たれた。
「やったか!?」
《 『SKOPA11』より『SKOPA9』!敵ミサイルの撃墜を確認!》
「了解、『SKOPA11』。」
やったか・・・。
何とかなるもんだ。
《ハルラーモフ被弾!通信途絶!》
《セヴェロモルスク被弾、いや轟沈!弾薬庫に誘爆したものと思われます!》
《ヴェリーキイ、被弾した!》
無線から流れる悲鳴じみた報告。
他の艦は防ぎきれなかったか。
ふと、海面が目に入る。
立ち昇る6条の煙。
5つは今被弾した5隻の味方艦のもの。
もう1つは母艦のもの。
艦首から煙を上げながら、ジグザグに運動する俺たちの母艦。
あの運動は、確か・・・。
次の瞬間、巨大な水柱が巨艦を持ち上げた。
床が左に傾いている。
その角度は、急転舵の時よりも大きい。
できる事はやった。
艦隊の位置を欺瞞し、来襲する敵機に対応し続け、攻撃も成功させた。
最後の攻撃も潜水艦のものと見抜き、回避に専念した。
運が悪かったのか?
いや、元よりカミカゼじみた作戦だったのだ。
むしろ、撤退開始まで無傷だったことの方が奇跡だったかもしれない。
「あなたも早く、退艦しなさい。」
後ろに立つ副長に声をかける。
「でしたら、貴方も来てください、艦長。もう持ちませんよ。」
「この艦の艦長である以上、部下の脱出を促し、最後の1人が退艦するまで見届ける義務が私にはある。」
乗員全員の脱出を見届ける事。
それだけは、艦長になった時から心に決めていた。
別に、自ら進んで死ぬつもりはない。
が、1人でも多くの乗員を救えるのなら、自身を危険に晒しても構わない。
幸いにも、艦内放送と艦内の状況を示すモニターはまだ生きている。
浸水した区画と通路を見て、移動可能なルートを慎重に見極め、艦内に伝える。
自分でも不思議な程、冷静だ。
命の危機が、確実に迫っているだろうに。
「・・・お気持ちは分かります。が、貴方には確実に生き残ってもらわねばなりません。ご無礼をお許しください。」
副長が呟く。
「あなた、一体なにを・・・。」
「まさか、こんな使い方になるとはな。」
昔、娘に護身用に持たせていたスタンガン。
使う相手は、暴漢ではなく艦長になってしまった。
「さて、と。」
彼女を誰かに預けねば。
出来るのなら、自分の足で彼女を脱出させるべきだろう。
だが、俺の足には、この艦がドックの中で火災を起こした時に負った傷がある。
正直、彼女を背負って脱出できる自信が無い。
こんなことになると知っていたら、あの時に除隊して、足腰に自信のある後任者に任せていたが・・・。
目に飛び込んできた1人の下士官。
見覚えのある顔だ。
確か、食堂で・・・思い出した。
「おい、トゥムギーナ上等兵曹!」
「はい!」
「彼女を頼めるか?」
そう言いながら、艦長を託す。
「あの、中佐は・・・。」
「俺はいい。さぁ、早く脱出したまえ。」
そう言われ、走り出した彼女の背中を見送る。
「さて・・・。」
そろそろ、この艦も限界だろう。
出来る限り急いで、脱出せねばな。
[3日後:アメリカ合衆国ノースアイランド海軍航空基地]
《3日前に発生したノーフォーク港への襲撃により、海軍は空母4隻が行動不能となり大西洋における稼働空母が0となっていまいました。死者・行方不明者は500人を超え、今なお行方不明者の捜索が続いています。また、ほぼ同時刻に発生した民間旅客機同時ハイジャック事件に関しては、犯人グループは親ロシア派アメリカ人であったことが判明していましたが、彼らの携帯の記録や銃器の機内への持ち込み方などから、背後に大規模な組織が存在すると見て、警察は調査を進めています。これに関連して、犯人たちの身元や思想に影響された主戦派・反戦派の両デモ隊による小規模な衝突が各地で頻発しており・・・》
《リー上等空兵。緊急のブリーフィングを行う。30分後にいつもの場所に集合せよ。》
「30分後にブリーフィングルーム、了解しました。」
何事だろうか。
母艦への移動か、次の作戦が決まったか。
・・・まさか、副長の気まぐれで呼ばれたわけではなかろうし。
まぁ何にせよ、集合命令だ。
深呼吸で心を整えて・・・。
「・・・よし!」
鑑に写る自分を鼓舞する。
「頑張れよ、アルファード・リー!」