デビルズ・コンフリクト   作:東美桜

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第9話 迷い

「……っ!!」

「あ、起きた?」

 ーー気付いたら自分の部屋の天井を眺めていた。かけられた声に顔を動かすと、サイドテールの少女の姿。

「……暦未? ……アタシは、どうなった?」

「誠ちゃんと千花ちゃんと戦って、倒れてたから、あたしが助けたの。動いても問題ないと思うよ、お腹の傷は浅かったし、手当てはしたから」

 その言葉に、恐る恐る半身を起こす。刹那、激しい痛みが全身を貫いた……けれど、起き上がれないほどではない。撃ち抜かれた肩口や腕には包帯が巻かれている。ブラウスの腹部を捲ってみると、腹にも同じように包帯が巻かれているのが見えた。

 ……どうやら、助けられてしまったようだ。

「……ありがとな」

「ううん。ルームメイトとして当然のことをしたまでだよ」

 暦未は屈託なく笑う。思わずアタシの頬も綻んだ。そういえば、誰かに助けられたのはいつぶりだろう。そう考えるが……覚えはない。どうやら、人に助けられるのはひどく嬉しいことであるみたいだ。

 しかし、不意にアタシは笑みを陰らせた。

「……でも、思い知ったよ。今までみたいなやり方じゃダメだって。……ちょっとは慎重になんなきゃなんねえみたいだな」

「ううん……あたしの方こそ、教えてもらったよ。見た感じ、誠ちゃんはともかく千花ちゃんは迷いがあった……この隙を突くのもまた、一つの手だよね。大胆にいくのも悪くない、ってね」

「……皮肉か?」

「ちっ違うよ!!」

 暦未は大袈裟に手を振ってみせた。……嘘ついてる感じはしないな。

 不意に暦未は時計をちらりと確認した。

「まぁ、裏オリエンテーションまではまだ時間はあるよ。時間になったら起こしてあげるから、今はゆっくり休みな?」

「……そうするよ。ありがとな、暦未」

 そう言って再び横になり、アタシはそっと目を閉じた。

 

 

 6号室には明るい話し声が響いていた。

「もしもし? ……うん、私。……そうだよ。今、ミョウジョウ学園」

 目の前で咲が電話してる。相手は知らない……けど、なんか腹立つ。だって楽しそうなんだもん。まだ会って一日も経ってないけど、そんくらいはわかる。声が弾んでるし、さっきまで伏し目がちだった目もキラキラしてるし、敬語じゃないし。その程度の観察眼がなくて、暗殺者なんてやってられないよ。

「……まだ仕掛けないのかって? ……そうだね、少し様子を見てみるつもり。……大丈夫だよ。ちゃんと成功させる。……うん。……うん、わかってる。……じゃあね、バイバイ」

 そう言って咲は電話を切った。その瞳が悠奈を捉える。

「……ど、どうしたんですか? 千葉さん……」

「今の電話、誰?」

「えっ」

 問うた瞬間、咲は固まった。その視線がふらふらと床を撫でる。仕方ないのでパックのいちごミルクをすすりながら待つ。なんでここの購買、タピオカないんだろ。金ありそうなのに。

 しばらくして、咲は顔を真っ赤に染め、消え入りそうな声で呟いた。

「……彼氏、です……」

「えええっ!?」

 思わずテーブルを叩いて立ち上がった。まさか彼ピ持ちだったなんて。

「名前は!?」

東野(ひがしの)祐矢(ゆうや)、です」

 ……名前、悠奈と似てる。なんか余計腹立つ。

「えー、じゃあどこで知り合ったの!?」

「普通に、中学が同じで……」

「あーはいはい成程……で、彼氏のどこ好きなん?」

「~っ!!」

 限界に達したのか、咲はバンッとテーブルを叩いた。そのまま顔を真っ赤にして、しかも若干涙目で叫ぶ。

「も、もう!! 本当に恥ずかしいのでやめてくださいっ!!」

「はいはーい」

 何この子。超可愛いんですけど……。

 

 

「うぅ……蓮ちゃん、眠いよ……」

「気持ちはわかるが風呂で寝るな。それに今日は零時に集まりがあるだろ? 頑張れ」

 あかりが大浴場の浴槽の中で船を漕ぎ始めた。危うく溺れたりしないように注視しつつ、私も風呂の温度を体感する。

 風呂は好きだ。何より一日の疲れがとれるから。全身がほぐれていくような快感がある。長い足を伸ばし、私は風呂を満喫する。ここまでリラックスできたら、あかりのように眠くなるのもわかる。

 しかし……と私はあかりの身体に目を向けた。

 赤、緑、青……さまざまな色の痣が全身を覆っている。大きいもの、小さいもの、古いもの、新しいもの。中には煙草を押しつけられたような痕まである。

 年齢不相応な幼さといい、高校に行っていないという昼間の発言といい、かなり悲惨な生活を送ってきたのだろう。私なんかとは比べ物にならないくらい。おそらく黒組に来たのにも、深い事情があるのだろう。

 眠そうなあかりの頭をそっと撫でる。とろんとした瞳がこちらを見つめ、ゆっくりと微笑みが浮かぶ。その笑顔は無邪気だ。低い身長と合わせれば、まるで穢れを知らない幼子のようだ。

 ーー私が守ってやらないと、壊れてしまいそうな。

 

 

 暗い廊下を、私は一人歩いていた。

 どうして私は、粉雪を助けた?

 その疑問だけがぐるぐると渦巻いて、頭から離れない。

「……はぁ……」

 深く息を吐き、廊下にしゃがみ込む。頭を抱え、目をぎゅっと閉じた。

 ……迷っていることくらい、自分でもわかる。

 というか、これが迷わずにいられるか。

 幸村の腹に突き刺した刀は、鈍かった。あんなの、致命傷でもなんでもない。今夜の裏オリエンテーションの時、幸村は何事もなくそこにいるだろう。殺すことも、守ることも、今の私にはできない。

「なーにやってんスか、千花サン」

 不意に投げ掛けられた声に顔を上げると、金髪ボブカットにアホ毛の少女の姿。

「……走り、さん?」

「こんな暗いとこで何やってんスか? ……もしかして、なんか迷ってるとかぁ?」

「……貴女に話すことではありません」

 嫌な笑顔から視線を逸らし、俯く。そんな私を走りはじっと覗き込んだ。

「どーせ粉雪ちゃんを守っちゃったーどうしよーとか、そんなもんでしょー?」

「!?」

 ぴたりと言い当てられ、心臓が激しく跳ね上がる。

「……どうして、それを」

「だって、ウチは『裁定者』っスからぁ」

「裁定者……?」

「まぁ、その辺も今夜の裏オリエンテーションで説明するっス。他にも細かいルールとかぁ……一応聞いといた方いいっスよ。迷ってるんでしょー?」

 ……反論できなかった。

 でも粉雪を殺すにせよ、守るにせよ、ルールは知っていて損はない。

「……わかりました。裏オリエンテーションには出ます。でも」

 立ち上がり、スカートの埃を払う。

「……その後どうするかは……私が決めます」

「決められるといいっスけどね。ま、楽しみにしてるっスよー」

 からかうような走りの言葉。……自分の声に鋭さが足りないなんて、自分でも解っていた。

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