「……っ!!」
「あ、起きた?」
ーー気付いたら自分の部屋の天井を眺めていた。かけられた声に顔を動かすと、サイドテールの少女の姿。
「……暦未? ……アタシは、どうなった?」
「誠ちゃんと千花ちゃんと戦って、倒れてたから、あたしが助けたの。動いても問題ないと思うよ、お腹の傷は浅かったし、手当てはしたから」
その言葉に、恐る恐る半身を起こす。刹那、激しい痛みが全身を貫いた……けれど、起き上がれないほどではない。撃ち抜かれた肩口や腕には包帯が巻かれている。ブラウスの腹部を捲ってみると、腹にも同じように包帯が巻かれているのが見えた。
……どうやら、助けられてしまったようだ。
「……ありがとな」
「ううん。ルームメイトとして当然のことをしたまでだよ」
暦未は屈託なく笑う。思わずアタシの頬も綻んだ。そういえば、誰かに助けられたのはいつぶりだろう。そう考えるが……覚えはない。どうやら、人に助けられるのはひどく嬉しいことであるみたいだ。
しかし、不意にアタシは笑みを陰らせた。
「……でも、思い知ったよ。今までみたいなやり方じゃダメだって。……ちょっとは慎重になんなきゃなんねえみたいだな」
「ううん……あたしの方こそ、教えてもらったよ。見た感じ、誠ちゃんはともかく千花ちゃんは迷いがあった……この隙を突くのもまた、一つの手だよね。大胆にいくのも悪くない、ってね」
「……皮肉か?」
「ちっ違うよ!!」
暦未は大袈裟に手を振ってみせた。……嘘ついてる感じはしないな。
不意に暦未は時計をちらりと確認した。
「まぁ、裏オリエンテーションまではまだ時間はあるよ。時間になったら起こしてあげるから、今はゆっくり休みな?」
「……そうするよ。ありがとな、暦未」
そう言って再び横になり、アタシはそっと目を閉じた。
◇
6号室には明るい話し声が響いていた。
「もしもし? ……うん、私。……そうだよ。今、ミョウジョウ学園」
目の前で咲が電話してる。相手は知らない……けど、なんか腹立つ。だって楽しそうなんだもん。まだ会って一日も経ってないけど、そんくらいはわかる。声が弾んでるし、さっきまで伏し目がちだった目もキラキラしてるし、敬語じゃないし。その程度の観察眼がなくて、暗殺者なんてやってられないよ。
「……まだ仕掛けないのかって? ……そうだね、少し様子を見てみるつもり。……大丈夫だよ。ちゃんと成功させる。……うん。……うん、わかってる。……じゃあね、バイバイ」
そう言って咲は電話を切った。その瞳が悠奈を捉える。
「……ど、どうしたんですか? 千葉さん……」
「今の電話、誰?」
「えっ」
問うた瞬間、咲は固まった。その視線がふらふらと床を撫でる。仕方ないのでパックのいちごミルクをすすりながら待つ。なんでここの購買、タピオカないんだろ。金ありそうなのに。
しばらくして、咲は顔を真っ赤に染め、消え入りそうな声で呟いた。
「……彼氏、です……」
「えええっ!?」
思わずテーブルを叩いて立ち上がった。まさか彼ピ持ちだったなんて。
「名前は!?」
「
……名前、悠奈と似てる。なんか余計腹立つ。
「えー、じゃあどこで知り合ったの!?」
「普通に、中学が同じで……」
「あーはいはい成程……で、彼氏のどこ好きなん?」
「~っ!!」
限界に達したのか、咲はバンッとテーブルを叩いた。そのまま顔を真っ赤にして、しかも若干涙目で叫ぶ。
「も、もう!! 本当に恥ずかしいのでやめてくださいっ!!」
「はいはーい」
何この子。超可愛いんですけど……。
◇
「うぅ……蓮ちゃん、眠いよ……」
「気持ちはわかるが風呂で寝るな。それに今日は零時に集まりがあるだろ? 頑張れ」
あかりが大浴場の浴槽の中で船を漕ぎ始めた。危うく溺れたりしないように注視しつつ、私も風呂の温度を体感する。
風呂は好きだ。何より一日の疲れがとれるから。全身がほぐれていくような快感がある。長い足を伸ばし、私は風呂を満喫する。ここまでリラックスできたら、あかりのように眠くなるのもわかる。
しかし……と私はあかりの身体に目を向けた。
赤、緑、青……さまざまな色の痣が全身を覆っている。大きいもの、小さいもの、古いもの、新しいもの。中には煙草を押しつけられたような痕まである。
年齢不相応な幼さといい、高校に行っていないという昼間の発言といい、かなり悲惨な生活を送ってきたのだろう。私なんかとは比べ物にならないくらい。おそらく黒組に来たのにも、深い事情があるのだろう。
眠そうなあかりの頭をそっと撫でる。とろんとした瞳がこちらを見つめ、ゆっくりと微笑みが浮かぶ。その笑顔は無邪気だ。低い身長と合わせれば、まるで穢れを知らない幼子のようだ。
ーー私が守ってやらないと、壊れてしまいそうな。
◇
暗い廊下を、私は一人歩いていた。
どうして私は、粉雪を助けた?
その疑問だけがぐるぐると渦巻いて、頭から離れない。
「……はぁ……」
深く息を吐き、廊下にしゃがみ込む。頭を抱え、目をぎゅっと閉じた。
……迷っていることくらい、自分でもわかる。
というか、これが迷わずにいられるか。
幸村の腹に突き刺した刀は、鈍かった。あんなの、致命傷でもなんでもない。今夜の裏オリエンテーションの時、幸村は何事もなくそこにいるだろう。殺すことも、守ることも、今の私にはできない。
「なーにやってんスか、千花サン」
不意に投げ掛けられた声に顔を上げると、金髪ボブカットにアホ毛の少女の姿。
「……走り、さん?」
「こんな暗いとこで何やってんスか? ……もしかして、なんか迷ってるとかぁ?」
「……貴女に話すことではありません」
嫌な笑顔から視線を逸らし、俯く。そんな私を走りはじっと覗き込んだ。
「どーせ粉雪ちゃんを守っちゃったーどうしよーとか、そんなもんでしょー?」
「!?」
ぴたりと言い当てられ、心臓が激しく跳ね上がる。
「……どうして、それを」
「だって、ウチは『裁定者』っスからぁ」
「裁定者……?」
「まぁ、その辺も今夜の裏オリエンテーションで説明するっス。他にも細かいルールとかぁ……一応聞いといた方いいっスよ。迷ってるんでしょー?」
……反論できなかった。
でも粉雪を殺すにせよ、守るにせよ、ルールは知っていて損はない。
「……わかりました。裏オリエンテーションには出ます。でも」
立ち上がり、スカートの埃を払う。
「……その後どうするかは……私が決めます」
「決められるといいっスけどね。ま、楽しみにしてるっスよー」
からかうような走りの言葉。……自分の声に鋭さが足りないなんて、自分でも解っていた。