「じゃあ、明日の理科は生物実験室で実験だ。忘れんなよ」
「はーい」
チャイムが鳴り、溝呂木先生が教室を出ていく。と同時に、鳰ちゃんがあたしの肩を叩いた。
「暦未サン。ターゲットに予告票を出したっスよね? その件で今夜、お話があるっス。零時に生物実験室までお越しくださいっスー」
「オッケー!」
きっと報酬の話だろう。待ち合わせの時間と場所を頭に入れて、あたしは帰り支度をはじめる。ちらりと視線を動かすと、粉雪ちゃんに話しかける由紀乃ちゃんと、彼女を黙殺して粉雪ちゃんの手を引く誠ちゃん、そして油断なくわたしを観察している千花ちゃんの姿。そういえば昼休みも由紀乃ちゃん、粉雪ちゃんに話しかけてたっけ。
ーーと、唐突に樹ちゃんの姿が視界に入った。いつの間にか、触れ合えそうなほど近くにいる。
「わ、わわっ!?」
「ふーん……暦未ちゃん、予告出しちゃったんだぁ」
「……そ、そうだけど、なにさ」
背筋が凍る。自分の声が震えてるのがわかる……なんなの、この人。気配もなくここまで近づくなんて……。
樹ちゃんはふっと笑って、言い放つ。
「……僕、忠告したよね? やめときなって。それを聞かないってことは、どうなってもいいってことだよねぇ?」
「……何が言いたいの?」
「ふふ、僕が言いたいのはひとつだけ。天羽粉雪を殺すことはできない。それでもやるってんなら……命の保証は、しないよ? それでもいいの?」
樹ちゃんは笑う、魔女のように笑う。あたしはムッと唇を引き結び、言い捨てた。
「……悪いけど、今がチャンスだから。チャンスをみすみす逃すなんてバカな真似、あたしはしないよ」
あたし、失敗しないので……なんて言えたら、カッコいいんだけどね。
◇
大食堂で、あたしはチャーハンを口に運んでいた。向かいの席の恵ちゃんが不意にラーメンをすする手を止め、周囲を気にしつつ低い声で問う。
「……そういえば、暦未はなんで黒組に来たんだよ? 見た感じ、普通のリケジョっぽいのに」
「ん、あたし?」
チャーハンをもぐもぐしつつ、あたしは応える。
「組織に無茶な依頼が舞い込んできて。それを片付けなきゃいけないの」
「……依頼って?」
「好事家からの依頼でね。500人分の心臓肝臓血液眼球を、2週間以内に手に入れろってさ」
「ぶっ!?」
さらっと言ったつもりだったけど、恵ちゃんは思いっきりラーメンを吹いた。むせながら絶叫する。
「げほっ、げほっ!? お、お前、そんなこと言ったら飯が不味くなんだろ!!」
「そう?」
「お前普通の感覚抜け落ちてんぞ……」
げっそりした顔でそう言い、恵ちゃんは水を一気飲みする。そのまま問いを重ねた。
「……なんでまたそんな珍妙な組織に身を置いてんだ?」
「勧誘されたから。あたし解剖好きだし」
「……」
さらっと言い放つと、恵ちゃんは口を閉じた。目を逸らし、彼女はふと呟いた。
「……いいなぁ、そんな風に好きって断言できることがある奴は。アタシはそんな余裕、ねぇよ」
その表情がどこか寂しそうで、あたしは言葉を探しながら口を開く。
「……大丈夫だよ。恵ちゃんにも、いつか見つかるよ。あたしみたいにね。なんとなく、そんな気がするんだ」
◇
ーーそして、零時。
「こんばんはっス」
「どもー。じゃあ早速本題に入ろっか? 成功報酬の話でしょ?」
「おっと、お見通しでしたかー。じゃあ早速聞いてもいいっスか?」
ニヤニヤと問う鳰ちゃんに、あたしは微笑みながら答える。
「500人分の心臓肝臓血液眼球を、2週間以内に手に入れること、だよ」
「……まーた珍妙な希望っスね。何があったんスかぁ?」
鳰ちゃんはニヤニヤと笑みを湛えながら、続ける。
「ーーイネア・オーガンの白木暦未サン」
ーーイネア・オーガン。
闇ルートの臓器売人集団。臓器や血液、骨髄などの採取を目的として暗殺を行う集団。採取した臓器等は医療機関や研究期間に譲渡したり、好事家に高値で売り払ったりする。バックに大手企業や政治家がいるという噂もあるが、詳細は謎に包まれている。
「ちょっとお得意様からの依頼でね。無茶だけど、断るわけにもいかなくてさ。組織あげて頑張ってるけど、ちょうど黒組が開講されたから、丁度いいなーって思った組織のトップがあたしを派遣したってわけ」
「ふーん……にしてもイネア・オーガンっスかぁ」
不意に私から視線を逸らし、鳰ちゃんはぶつぶつと呟く。
「集団下校よりは上等っスけど、ダチュラには及ばないっスね。まぁ、今回の黒組にはもっと厄介な組織に属してる奴もいるっス。あの組織はダメっスよ。顔にたかる羽虫みたいな連中っス。誰がメンバーなのかは秘密っスけどね」
……何が言いたいのこの子。ムッとして、あたしは言い放つ。
「……言っとくけど、組織のでかさと実力は関係ないから」
「まぁ、そういうことにしとくっス」
相変わらずニヤニヤと笑みを崩さない鳰ちゃん。……この子、やっぱり胡散臭い。