「蓮ちゃん、帰ろっ」
「ああ」
あかりに腕を組まれ、大人しく一緒に帰ることにする。ふと窓の外に目を向けると、赤い、紅い夕焼け。この学園から見る夕焼けは、いつも美しい。
あかりが楽しそうにスキップして、腕を組まれている私は転びそうになるが、置いていかれないように足を速める。と、誰かの腹が派手に鳴った。あかりがふと立ち止まり、腹を押さえる。
「……ちょっとお腹空いたなぁ」
「あかり、先にご飯にしないか?」
「そうだね。えへへぇ」
寮から食堂に行き先を切り替える。二人、ゆっくりと歩いてゆく。少し照れたような笑顔が夕日に照らされ、非常に愛らしい。そんな彼女が、一体どうして黒組にやってきたのだろうか。
「……なぁ、あかり。お前はどうして黒組にやってきたんだ?」
「えっ?」
不意にあかりは足を止めた。私をじっと見上げる。その瞳が一瞬、大きく見開き……それに浮かぶ色は、怯え、だろうか。……こんな表情を見るのは、初めてだ。脳裏に彼女の全身の痣がよぎる。不用意に聞くべきではなかった――しかし、今更後悔しても、もう遅い。
「……」
あかりは俯き、ゆっくりと首を横に振った。
「……それはね、教えられないの。ばれてしまっては、いけないの……」
「……そうか。すまない」
「いいの。気にしなくていいの。……じゃあ、蓮ちゃんは?」
「ん、私か?」
再び歩き出しつつ、私は語る。別に隠すような理由ではない。
「……祖父が、病気なんだ。もう治らないって言われた……けれど、黒組で勝ち進んだらどんな願いも叶うって言われて。一縷の望みに賭けて、ここに来たんだ」
「へぇ……?」
「祖父は素晴らしい人だ。幼い頃に事故で他界した両親に代わり、私を引き取り、育ててくれた……感謝してもしきれない。暗殺者ではあるが、正義の暗殺者、というのかな……悪人しか殺さないという信条を、いつも貫いていて。祖父に恥じない人でありたいと、いつも思っている」
「そうなんだ……」
あかりは何故か不思議そうな顔をした。首を傾げ、呟く。
「……そういうの、よくわかんない」
「えっ?」
「あかり、家族の愛情とか、感じたことないもん。誰かを大切に思う気持ち、わかんない」
「そうか……」
やはり、彼女には深い事情があるのだろう。あまり聞かない方がいいか。
だが……これだけは、伝えなければ。
足を止め、不思議そうに見つめ返してくるあかりをじっと見つめる。息を吸い込み、丁寧に声を唇に乗せた。
「……たとえお前の家族がお前を大切にしなかったとしても、私はお前のことが大切だ」
「え?」
「それを、忘れないでくれ」
それだけ伝えると、少しだけ足を速める。……頬の熱さを、気取られぬように。
◇
「こんばんはーっス! 粉雪ちゃん千花サン誠サン、あの話知ってます?」
「こっち来るな屑」
「いいじゃないっスか―」
食堂。相変わらずの御影からの扱いにもめげず、走りが話しかけてくる。その手には大量のメロンパン。因みに私はカルボナーラ、粉雪はサンドイッチセット、御影は麻婆豆腐だ。
「鳰ちゃん、あの話って何?」
「ミョウジョウ学園七不思議の話っス!」
その言葉に、私は少し目を見開く。胡散臭いとばかり思っていた走りだが、こんな話もできるのか。
「七不思議、ですか……興味あります」
「え!?」
粉雪からぎょっとした視線を向けられる。御影がドン引いている気配がある。何気なく呟いただけなのに、この反応は流石に酷くないでしょうか。片手を伸ばし、走りを促す。
「はいはい、そんじゃー話しますね。例えば音楽室の話。ベートーヴェンの像があるんすけど」
ほう。あれが動くとか目が光るとかだろうか。
「アレが深夜突然……いきなり……!」
雰囲気を出しつつ語る走りを、私はじっと見つめる。どんな言葉が飛び出すのか――
「髪を振り乱して指揮を始める」
「……はい?」
――と思ったら肩透かしを食らった。走りはノリノリで続ける。
「勿論理科室のネタもあるっすよ。理科室の人体模型が、深夜に……」
人体模型ときましたか。今度こそまともな七不思議なんでしょうね?
「笑い転げて飛び出した内臓を慌てて拾い集める」
「……」
……呆れて言葉も出ない。こんな奴にまともな話を期待した私が馬鹿だった。頭を抱える私の横で、粉雪が反応に困っている気配がする。御影はというと、完全に興味を失くして麻婆豆腐を口に運んでいた。こういう時だけ気楽ですねこの人は。
「ああ、図書室の話もあるっスよ!」
「頼むからもう何も話さないでください頼むから……」
「いやいや、黙れって言われて黙る鳰ちゃんじゃないっスよオオオ。えっとですね、図書室のどこかに隠し扉があって、そこには決して開いてはいけない『禁断の書』があってー」
……今回の話は少しは期待できそうですね。顔を上げ、走りの言葉に耳を傾ける。
「その貸し出しカードに名前を書くと……」
「書くと?」
「幸せになれるって言われてるっス」
成程……そうきましたか。
「ふむ、なかなか面白いですね。ありがとうございます」
「いえいえー。あ、ところで中間テスト近いっスけど、勉強進んでます?」
「ぼちぼちです」
「わたしもそんな感じかな」
「というか走りさん、貴女授業中いつも寝ているでしょう? 貴女こそ大丈夫なんですか?」
「まぁまぁまぁ、その辺はあんま聞かないのがお約束っスよー」
話振ったのは貴女でしょうに。
……そういえば、もう一人睡眠学習の常習犯がいた。常習犯は聞いているのかいないのか、呑気に麻婆豆腐を口に運ぶ。
◇
「どーもこんばんは蓮サン。予告票出したっスよね?」
「ああ」
深夜の図書館。月光に照らされながら、私と走りは向かい合っていた。
「というわけで、成功報酬について聞いときたいっス」
「……それなら、決めている」
すうっと息を吸い込み、告げる。
「――祖父の病の治癒。それが私の望みだ」
「っへー。いい望みっスねー。まあ知ってたっスけど。こんなおじいちゃん思いの孫、そうそういないっしょー」
その言葉に、私はピクリと反応した。
「……どういう意味だ?」
「いやいや、特に他意はないっス。ただ羨ましいなーって思って。ウチ天涯孤独なんで、そういうのないんスよ。……まぁ、大切な人はいなくもないっスけどね」
「……そうか。それは、大変だな」
口ではそう返しつつ、私は奇妙な怖気を覚えていた。
こいつ……得体が知れない。