――放課後、図書室。
「粉雪さん、この問題なんですけど……」
「あぁ、これ? このthatは強調構文だから、主語が後ろに来て……」
私と粉雪は、図書室の片隅でテスト勉強をしていた。最近気づいたことだが、粉雪は頭がいい。本人曰く「入院中はずっと勉強してた」とのことだが、怪我の功名ってやつでしょうか。
「……なるほど、わかりました。ありがとうございます」
「どういたしまして」
嬉しそうな粉雪を眺めていると、不意にテーブルに影が落ちた。振り向くと、眼鏡をかけた長身の少女――浅野の姿。
「――っ」
思わず立ち上がり、刀に手をかける。しかし浅野はふっと笑って、私の隣の椅子を引いた。
「大丈夫だ。今は何もしない。……一緒に勉強してもいいか?」
「……いいよ」
粉雪は唇を引き結び、鋭い眼光で浅野を見据えた。しかし浅野はそんな視線をものともせず、数学の参考書を開く。……“今は”何もしない、か。つまり、隙を見てやるということだろうか。警戒しなければ。
――と、浅野は不意に参考書から顔を上げた。眼鏡のブリッジを押し上げ、口を開く。
「……しまった、参考書忘れた。天羽、向こうの本棚に文学史の参考書があったはずだから、ちょっと取ってきてくれないか?」
「え、あっ」
「私が行きます。粉雪さんは待っていてください」
私は立ち上がり、目当ての本棚に向かう。……もしかしたら、罠かもしれない。浅野の様子を窺うが、動く様子はない。……なんのつもりだ?
疑いつつ、目当ての本棚に辿り着くと、目的の参考書を探す。幸い、それはすぐに見つかった。しかし、私ははたと手を止める。この参考書だけ妙に出っ張っている。罠臭い。……いや、解りやすすぎるというか、単純すぎるというか。もう一つ本命があると考えてしかるべきだろう。
同じ参考書はいくつかある。念のため手袋をはめ、出っ張っている参考書とは別の物に手を伸ばす。
しかし――それが多分、誤りだった。
◇
――ドンッ
唐突に爆発音が聞こえ、わたしは思わず立ち上がる。
まさか……千花さんが……!?
向こうに走っていこうとするけど、わたしの前に浅野さんが立ち塞がった。その手には、細い針のようなナイフが握られている。
「……計画通りだな」
「えっ?」
まさか、千花さんがいくのも、予想してた?
そしてこれは、わたしと千花さんを分断するため?
そして――一人になった私を、倒すつもり?
じゃあ……千花さんは……!
「爆弾は見せ技だ。それを回避すると踏んで、爆弾の爆発と同時に毒を仕込んだ縄で拘束する手はずだ。今頃動けないだろう……その間に、お前を殺す」
「ねえ……どうして? そんなことやめて」
「無理だ」
眼鏡の奥で、冷徹な瞳が光る。わたしは思わず息を呑んだ。
「大切の人の命を救うんだ……お前を生贄に。悪魔に魂を売るようなもんだなんて、解ってる。けど、それでも、私はあの人を救いたいんだ」
その瞳は、徐々に強い光を帯びた。ナイフを握った腕が動く。
「……!」
「だから……死んでくれ!」
その足が動くと同時に、私は机の上の参考書を投げつけた。煙幕代わりに空中に広げ、目くらましにする。その隙に身を翻し、わたしは回り道をしつつ、千花さんのもとに向かう。
◇
胴に巻き付いた縄を、袖に仕込んだ小刀で破る。立ち上がるが、ふらりと身が傾いた。……毒にやられているのか。いや、まだ動けるはずだ。無理やり立ち上がり、元来た道を戻りつつ、刀を鞘に納める。
――いた。
散乱する参考書の中、どこかに逃げた粉雪を追って走り出す浅野の姿。
――やるなら、今だ。
私は刀を鞘ごと抜き、浅野の頭部を後ろから思い切り殴った。
――ゴゥンッ!!
浅野の頭と金属製の鞘がぶつかり合い、重い音が響く。
「……っ!?」
浅野は一瞬振り返りかけて……その身体がぐらり、と傾く。ばさりと地面に倒れ伏し、彼女は朦朧としているであろう意識の中で口を開いた。
「……お前も……すぐに、倒れるぞ……毒、は……即効性だ……」
それだけ言って、浅野の首ががくりと落ちた。……意識を失ったか。念のため呼吸を確認すると、浅野は安らかな呼吸を立てていた。……よかった。
「千花さん……!」
後ろから投げかけられた声。振り向くと、粉雪が息を切らしながら私の方に向かってくる。
……しかし、それを認識するのが限界だった。
ぐらり、と身体が傾き、思わず膝をつく。頭がぼやける……毒が、回っている……?
「千花さん……? 大丈夫!?」
「……大丈夫では、ないですね……全身、毒が回っていますよ……」
「……やっぱりか……」
粉雪は私より背が低いくせに、私の肩に手を回す。そのまま立ち上がり、私を引きずりながら歩きだした。
「大丈夫だよ……わたし、解毒剤持ってるから。部屋に戻ったら、飲ませてあげる」
「あぁ……ありがとう、ございます……」
……それだけ言って、私は意識を手放した。
◇
淡い紫色の、小さな花が揺れる。
解毒剤により無事に回復した千花さんは、机に頬杖を突きながら、それを無言で眺めていた。
浅野さんは生き残ったそうだ。その事実に、心の底からの安堵を覚える。わたしのせいで、人が死なずに済んだのだから。
「可愛い花だね」
「そうだね。蓮ちゃんにも、よく似合ってる」
前の席から声がして、顔を上げると、武藤さんが花を眺めていた。その片手にはスマートフォンが握られている。
「あのね、あかりね。蓮ちゃんと、LIME交換したんだよ」
「そうなんだ……二人は仲良くなったの?」
「うん!」
嬉しそうに微笑む武藤さん。その笑顔は無邪気だ。
――彼女はどうして、ここにいるんだろう。