「さて、浅野が転校したことだし……新しい委員長を決めなきゃだな」
「あ、あかり、やります!」
ぼんやりと考え事をしていると、不意にそんな声が耳を打った。……武藤さんが、委員長?
「できるの?」
「い、樹ちゃん酷いよー!」
「えー、だってそうじゃね? アンタみたいな半分ロリが委員長とか笑うんですけど」
「ちょ、由紀乃ちゃんまでぇ……」
若干泣きそうに語尾が濁ったが、彼女は不意に顔を上げる。
「……蓮ちゃんが今まで頑張ってきたんだもん。今度はあかりの番。あかり、頑張る!」
「意気込みだけじゃ務まんないと思うっスよー」
「に、鳰ちゃんまで……」
「はっはっは、意気込みは大事だぞ武藤。じゃあ、武藤に頼むぞ。いいか?」
「はーい」
まぁ、委員長なんてそうそうやりたがる役職ではないし。異議はない。
……それにしても、まただ。脳裏に浮かんだ考えに身を委ねる。
昨日もまた、粉雪を守ってしまった。考えるより先に、身体が動いて。挙句の果てに罠にまでかかった……抜けられたし、毒も解毒剤で治ったからいいが。いや、よくない。
元はといえば粉雪のせいだ――そう、心のままに憎めればどれだけよかっただろう。脳より先に、身体が求めているかのように……彼女を守ってしまう。
って……大切なことを忘れていた。
浅野は恐らく、麻姫様のの仇ではない。あの組織にはトラッパーはいなかった。恐らく彼女はトラップがメインで、ナイフは副武装。祖父が云々という目的にも嘘はなさそうだったし……彼女はシロだと考えてよいだろう。
と――反射的に、鋭く腕が伸びる。顔を上げると、前の席の走りが何かを私の頭に叩きつけようとしていたところだった。何かを腕で受け止め、走りを睨む。
「何の真似ですか?」
「いやいや、警戒しないで下さいよオオオ。ただ台本渡そうってだけっス」
……台本?
「え、もしかして話聞いてなかったんスか? 金星祭の劇の台本っス。我らがミョウジョウ学園の学園祭っスよ!」
……成程、学園祭ですか。台本を受け取り、後ろの席に回す。そして表紙をまじまじと見つめる……『ロミオとジュリエット』。
「ていうか溝呂木センセ、これ去年もやったじゃないっスか―。これしかネタないんスか? 一発屋っスか?」
「いやいや、文化祭の劇といえば王道中の王道、ロミジュリだろ! 台本も去年よりパワーアップしてるからな」
……飽きないんですかね、この人。
「じゃあ配役を決めるぞー。書いてる間に考えといてくれ」
「さて、皆、決まったか?」
ホワイトボードに書かれた配役一覧。ロミオ、ジュリエット、ロミオの友人マキューシオ、ジュリエットの乳母、ジュリエットの従兄のティボルト、修道僧ロレンス、そして大公エスカラス。さらにナレーション、大道具、小道具、衣装、舞台監督。
「はいはーい! ウチ、ジュリエットやりまーす!!」
斜め後ろの席からそんな声が上がり、振り返ると満面の笑みで手を上げる瀬川。まぁ顔は悪くないし、別にいいとは思うのですが……。
「だったらロミオは琉牙しかいないよね~♪」
人を巻き込むのはよくないと思います。しかし、それを受けて京極は胸を張った。
「そうか、ならやるしかないな!」
いいんですか……。意外と苦労しそうな人ですね。
「あっ……私、乳母役やっていいですか?」
「天羽が乳母役だな。いいぞ」
粉雪の発言を受け、ホワイトボードに記入する溝呂木先生。乳母役か……意外だ。落ち着いているようで、意外と陽気な台詞が多い役だが。そもそも彼女が舞台に立つとは思っていなかった。
「そっかぁ、よろしくね、乳母ちゃん!」
「うん、よろしくね、由紀乃ちゃん」
粉雪の後ろの席の瀬川が、粉雪の二つ結びをいじりながら嬉しそうに声をかける。……何故だろう、イラっとくる。
「あ、すみません僕、大公役で」
「大公は五十嵐、と……」
「あ、ウチは去年同様、ロレンス役やるっス!」
「ああ、走りはロレンスだな。残るはティボルトとマキューシオ、裏方組だな」
「はーい!」
元気よく手を上げたのは――私の斜め前、千葉。
「悠奈がマキューシオやりまぁす!」
「おぉ、千葉がマキューシオだな。いいぞ」
頷き、千葉の名前をホワイトボードに記入る溝呂木先生。彼女は不意に私に視線を向け、ニコッと笑ったと思うと――。
「でもって、千花がティボルトやるそうでぇす!」
「はぁ? 私はそんなこと一言も――」
「鍵守がティボルトだな。わかった」
「ちょっ!?」
反論するまでもなかった。……千葉悠奈、後でしばく。
◇
「千葉さん……本当にあれでよかったんですか?」
「ん?」
6号室。咲の問いに、悠奈はいちごミルクを飲みながら振り返る。
「……どうして、鍵守さんをティボルト役に推したんですか?」
あー……順当な質問だね。いちごミルクのストローから口を話し、答える。
「いや、ね? 悠奈、ロミジュリの登場人物ん中で推しがマキューシオなのよ。だからマキューシオが死なないロミジュリを作りたくてさ」
明るくて、爽やかで、最高にかっこいいマキューシオ。まぁ……「あの人」には負けるけど、それでもロミジュリの登場人物の中では一番だ。
好きな人になりたいって思うのは当然のこと。悠奈は「あの人」になりたい。だから、黒組にやってきた。
「っていうかさぁ……」
「……!?」
ゆっくりと咲に歩み寄ると、彼女は怯えたように身構えた。……そんなに警戒しなくてもいいのに。可愛いから壁まで追いつめてみる。咲の背中が壁についた瞬間――電光石火で壁ドンしてみた。
「……っ!?」
「咲がジュリエットやってくれたんなら、悠奈ロミオやったのに」
「えっ!?」
顔を赤くしたり青くしたりしつつ、わたわたと口を開く咲。あー、可愛い。
「わ……私、お芝居とか苦手ですし、衣装作りの方が得意だし……」
「えー? 咲可愛いし、いけると思うんだけどなぁ」
「……っていうか近いです! 離れてくださいっ!!」
――そんな叫びと共に突き飛ばされた。反射的に腕でガードしたけど、その隙に逃げられてしまう。
……けど、その頬が若干赤く染まっていたことを、悠奈は見逃さなかったよ。