「ねーねー、ちはにゃーん」
放課後。後ろからかけられた声に、面倒だけれど振り返る。視界に派手なピンク色のツインテールが映った。千葉だ。
「何ですかその呼び方は」
「いいじゃん。ちはにゃんで」
「ジ●ニャンみたいで嫌なので止めてもらえません?」
「えー、ジ●ニャン嫌いなの?」
「猫は苦手です」
地縛霊は嫌いじゃないですがね。
下らないから再び回れ右して帰ろうとしたら――瞬間的に千葉が回り込んできた。一陣の風が千葉のツインテールと、私の金髪を揺らす。
「……さっさと要件を話してください」
「うん。ちょっと話があってぇ」
千葉は廊下の手すりに寄りかかると、ニヤニヤと怪しい笑みを浮かべた。
「……鳰が言ってたんだけどさ、ちはにゃん、粉雪のこと守ってるんだってね」
「……ええ」
「悠奈、そのうち粉雪殺るんだけどさぁ……その時は、ちはにゃんは手を出さないでほしいわけ」
「……何故です?」
声が硬くなるのを感じる。声のトーンを一段階落とし、私は千葉を睨む。しかし千葉は私の視線をものともせず、ひらりと片手を振った。
「だってそうじゃん? 悠奈には悠奈の目的がある。夢がある。それを邪魔されるわけにはいかないもーん。悠奈には夢がある。誰にも邪魔なんてさせない」
緑色の瞳は妙に澄んでいた。彼女は純粋に夢を追っている。
「……でも、それを言うなら、御影さんにも同じことを頼むべきでは? 彼女は貴女の命を狙っていますよ?」
「だって誠、言うこと聞かなさそうじゃん」
カチンとくる。私は言うこと聞きそうだとでも?
口を開こうとすると、千葉は先回って唇を開いた。
「……じゃあ聞くけどさ。やりたいことやって、何が悪いわけ?」
少しだけ不機嫌そうな声が、木霊する。
――お前はただの趣味のために、何人もの人間を手にかけた。
白木と相対した時の、御影の声が脳裏に反響する。千葉も同類なのだろうか……自分のやりたいことのために、人を殺す。成程、御影が毛嫌いするわけだ。
「何やってんのー?」
「おんやー、これに見えるは千花サンに悠奈サンじゃないっスかー」
――と、背後からさらに二つの声。振り返ると、長い黒髪に猫目の少女と、金髪アホ毛の小柄な少女。……また面倒なのがやってきた。
「あれー、鳰に由紀乃じゃん。何やってんの?」
「ちょっとしたお喋りっスよ。それよか悠奈サンと千花サンはどう思いますー?」
「何を?」
何気なく首を傾げる千葉に、走りは意地の悪い笑みを浮かべて。
「由紀乃サンが聞いてきたんスよー。好きな人ができたらどうするか? って」
「どうでもいいですね。私には関係ない話です」
「冷たっ!?」
三人分の視線が突き刺さる。私はそれをものともせず、腕を組んだ。
「だってそうでしょう? 私が恋愛にうつつを抜かすような人間に見えますか?」
「見える」
「フラグ建ってるっスよ」
「粉雪守ってる時点でアレじゃん」
「粉雪さんは違います」
「いや、全然説得力無いっス」
あんまりな言い分に、私は大きくため息を吐く。言いたい奴には言わせておけばいい。麻姫様の守護者だった頃もお似合いだの結婚すればいいだの言われていたが、全て切り捨ててきた私だ。大抵のことでは揺らがない。しかし放っておいては面倒なので、話を逸らす。
「では千葉さんはどうなのですか?」
「ん、悠奈? 悠奈は全力でアプローチするよ。っていうか、そういう由紀乃はどうなのだ」
「え……えーっと……ウチはねぇ……」
瀬川は笑みを引き攣らせ、目を泳がせた。その頬を冷や汗が伝う。……怪しい。そういえば瀬川は御影の殺害リストに載っていた……などと考えていると、新しい声がかかる。
「お、由紀乃じゃねーか」
「うっ……琉牙」
オレンジ色のポニーテールを揺らし、京極が片手を振る。明らかにぎこちない笑みで手を小さく振り返す瀬川。京極はそのぎこちなさに気づいているのかいないのか、爽やかな笑顔で手を伸ばす。
「食堂行こうぜ。今日の日替わり定食、サンマだってよ」
「そうなんだ……それじゃ、行こっか」
瀬川は京極の手を取り、歩き出す。……その瞳に深い影を見たのは、私だけではなかったかもしれない。
◇
「……うん。もう少し、様子を見てみるつもり。……そ、それはそうなんだけど……何度も言わなくてもわかってるよ。私はちゃんと、裕矢のことを想って……」
6号室に響く話し声が、不意に陰る。悠奈はその様を、頭の後ろで手を組みながら眺めていた。電話口から荒っぽい声が聞こえる。
「……わかってる。お金はちゃんと手に入れるから……ごめん、もう少しだけ待ってちょうだい。……うん。うん、絶対成功させるから。じゃあね」
「……咲さぁ、もしかして、彼氏に金無心されてるの?」
悠奈の問いに、咲はビクッと反応した。その顔色がみるみる青くなり……赤茶色の瞳に、僅かに涙が浮かんだ。可愛い。やがて彼女は目を伏せ、震えながら頷いた。思わず半目になり、悠奈は言い放つ。
「そっかー……やだなぁ」
「え?」
「だってそうじゃん? 大事な彼女を苦しめるような真似するなんて、恋人の資格ないよ」
「……」
悠奈はわざとらしく目を逸らし、伸びをする。仰け反ったまま、独り言のようにぽつりと呟いた。
「……悠奈にしときゃいいのになぁ」
「え? ……今、なんて……」
「何だろうねぇ?」
ニヤニヤと笑いながら体を起こし、咲を観察する。彼女は目を伏せたまま、林檎のように頬を染めて固まっていた。うん、可愛い。
◇
深夜の体育館。悠奈はその隅っこに座っていた。目の前には金髪ボブカットにアホ毛の少女――鳰。彼女は人懐っこい笑みを浮かべ、片手を上げた。
「こんばんわっス」
「どもー。今回は悠奈が行くよぉ」
「はい、楽しみにしてるっスよ悠奈サン。そんじゃ悠奈サンの希望する報酬を伺っとくっス」
「それはねぇ……鳰は
「勿論っス。何年か前まで、暗殺者界隈じゃ有名だったっスよね。逮捕されたっスけど」
「そう。その人」
一つ指パッチンをすると、悠奈は両頬に手を当てる。
「悠奈はあの人になりたいの。だからね、お願いは……あの人が使ってた凶器が欲しい。それを相棒にして、あの人と同じところに上り詰めたい」
「へー……さっすが模倣犯っスね」
鳰が片眉を跳ね上げる。自分の頬が熱くなるのがわかる。そんな悠奈に、鳰は首を傾げた。
「でも、ウチらの力を使えば悠奈サンを花園重鈴そのものにすることも可能っスよ? それはいらないんすか?」
「うん。夢は自分の力で掴んでこそ、意味があると思うんだぁ」
そう、悠奈は悠奈の力で夢を掴む。そのためなら、何だって犠牲にしてみせる……。