「粉雪へ。急ぎの用があるから、今すぐ中庭までおいで……っと」
メールを打ち終わり、悠奈はスマホをポケットにしまう。代わりに取り出すのは二本のジャックナイフ。あの人と同じ二刀流だ。 とはいえ……今の相棒と一緒に仕事するのは、今回が最後かな。そう思うと寂しいような、寂しくないような。けど、よく考えたら最初から、悠奈の夢のための踏み台でしかなかった。このナイフも、粉雪も。
大きく伸びをする。爽やかな夏風がツインテールを揺らし、銀色のナイフに月光が映る。こんな夜は、死ぬにはちょうどいいんじゃないかな。粉雪も幸せだよね。
そうだ。月に雲がかからないうちに殺っちゃおう。粉雪、早く来ないかな……。
◇
「……こんばんは、千葉さん」
ためらいがちに粉雪が声をかける。植木にもたれかかっていた千葉は私たちの姿を確認すると、ゆっくりと歩きだした。
「わぁ、皆さんお揃いで。粉雪に誠……って、どうしてちはにゃんもいるのぉ? 来ないでって言ったのにぃ」
「……残念ですが、そうはいきません」
そう返すと、千葉はムッと頬を膨らませた。両手にナイフを持ったまま、彼女は腕を組む。
「ねぇ、なんでなの? 誠は思想犯だって、鳰に聞いた。けどちはにゃんは? ちはにゃんには、粉雪守る理由がないじゃん」
「……」
……答えが、出てこない。胸の内に何度問うてもそうだった。体温が下がるのを感じながら、私は刀に手をかける。沈黙しようとする喉を叱咤し、無理矢理に口を開く。
「……関係、ないでしょう」
「御託はいい。さっさと始めるぞ」
言うが早いか、御影は銃口を千葉に突きつけた。呼応するように千葉もナイフを構える。彼女は放たれた銃弾を回避し、粉雪に肉薄する。刹那、抜刀し、私は千葉のナイフを相殺した。刀とクロスされたナイフが競り合う。私は千葉を突き飛ばし、問うた。
「それを言うなら、千葉さん。貴女はどうして黒組に来たのです? ……貴方の夢とは、何なのですか?」
「おい、鍵守」
「いえ……必要なことです」
御影を制止し、私は千葉を睨む。対し、彼女は怪しく微笑んだ。しかし、その瞳はどこまでも純粋に輝いている。彼女は熱に浮かされたように言葉を吐く。
「憧れの暗殺者がいるんだ。悠奈はその人になりたい。そのためなら、何だって踏み台にするよ」
「……奴は模倣犯。鍵守の目的は、多分、関係ない」
御影の囁きに、私は頷く。……つまり、彼女も、シロ。
千葉はさらに笑みを深めた。桃色のツインテールをなびかせ、彼女は再び突撃する。
「だからさぁ……三人まとめて、悠奈の踏み台になってよ!!」
「っ!」
御影の銃弾を華麗に躱し、千葉は粉雪の背後へと回り込む。彼女の死角から突きつけられるナイフを刀で無理矢理相殺し、一本を弾き上げた。その隙に御影が銃弾を捻じ込む。乾いた音を立てて、二発。それらは千葉の掌に直撃し、血が滲む。
「いっ……たいなぁ、もう!」
これで千葉の片手は使えなくなった。弾かれたナイフが派手な金属音を立てて落下し、粉雪に拾われる。千葉はそれを一瞥し、御影に向かって駆け出す。浴びせられる弾丸の嵐を受けながら、彼女は御影の首筋を狙ってナイフを振り下ろす。緩衝材入りの銃で受けられながら、腰から予備のナイフを抜き放ち、御影に肉薄する。
「ねぇ思想犯、文句があるなら言ってみやがれ! 夢を見て何が悪いの? 夢を追って何が悪いの? 夢のために他人を犠牲にして、何が悪いのッ! 悠奈はあの人になりたいだけ。誰にだって憧れはあるでしょ? どうして悠奈はダメなのさ。言ってみなよ!」
「……それでも、やっちゃいけないことはあるんだよ!」
不意に強い声が浴びせられ、千葉は弾かれたように振り返る。
――粉雪がナイフを構え、千葉を睨んでいた。
「夢を追うことは、それ自体は罪じゃないよ。でも、そのために人を傷つけるのは、いけないこと。千葉さん、あなたのやってることは間違ってるよ。お願い、止めて!」
握りしめたナイフは震えている。粉雪は人の死を厭う。だからこそ、彼女は真っ直ぐに声を上げる。
――あぁ、やっとわかった。
ずっと見つからなかったピースが、綺麗に嵌ったような気がする。
呼吸を止め、足音を殺し、呆気に取られている千葉に近づく。刀をそっと鞘に戻すと――鞘ごと抜き放って、大きく振りかぶり、後頭部を殴りつけた。
「っ!?」
千葉の緑色の瞳が、揺れた。彼女は2、3歩よろめき、不意に倒れ伏す。私をじっと見上げながら、千葉は掠れた声で問う。
「……なん、で……」
「……どうして守ったのか、ということなら」
私は千葉の傍に跪き、告げる。
「――私が、そうしたいと思ったからです」
刹那、銃声が轟いた。千葉の首に銃弾が埋まり、紅色の奔流が噴き出す。私はバックステップで血飛沫を回避すると、粉雪の傍に立った。目を伏せて震える彼女の手を、そっと握る。目を見開き、ゆっくりと顔を上げる粉雪と目を合わせ、私は口を開いた。
「……大丈夫。これ以上の犠牲は、私が出しません」
「え……っ?」
「私が貴女を守ってみせます。かつて麻姫様にそうしたように、今度こそ、守り抜きます」
――それが、私の決意。
たとえ、それが不可能だったとしても。
◇
――その様子を、アタシは物陰から見つめていた。
鳰の言葉が脳裏に木霊する。
『恵サンには教えときますけどー、暦未サンは、死にましたよ』
目の前の光景が網膜に焼き付いて離れない。
『とある黒組参加者が、彼女の命を奪ったんス』
地面に杭で縫い付けられたかのように、動けない。
『誰が殺ったのかって? それは自分の目で確かめることっス』
――あいつの言葉は、真実だったのか。
鮮血が噴き出る死体と、それを冷淡に眺める御影。
暦未のことも、あんなふうに、殺したのか?
掌に爪が食い込み、血が流れる。
そうか……そうか。御影が、暦未を。
――許せない。
唇を噛み、その場をあとにする。
土曜日には暦未の葬儀が行われるらしい。その時に、花を手向けよう。
そして、誓おう――絶対に、仇を討つと。