デビルズ・コンフリクト   作:東美桜

22 / 40
第21話 決意

「粉雪へ。急ぎの用があるから、今すぐ中庭までおいで……っと」

 メールを打ち終わり、悠奈はスマホをポケットにしまう。代わりに取り出すのは二本のジャックナイフ。あの人と同じ二刀流だ。 とはいえ……今の相棒と一緒に仕事するのは、今回が最後かな。そう思うと寂しいような、寂しくないような。けど、よく考えたら最初から、悠奈の夢のための踏み台でしかなかった。このナイフも、粉雪も。

 大きく伸びをする。爽やかな夏風がツインテールを揺らし、銀色のナイフに月光が映る。こんな夜は、死ぬにはちょうどいいんじゃないかな。粉雪も幸せだよね。

 そうだ。月に雲がかからないうちに殺っちゃおう。粉雪、早く来ないかな……。

 

 

「……こんばんは、千葉さん」

 ためらいがちに粉雪が声をかける。植木にもたれかかっていた千葉は私たちの姿を確認すると、ゆっくりと歩きだした。

「わぁ、皆さんお揃いで。粉雪に誠……って、どうしてちはにゃんもいるのぉ? 来ないでって言ったのにぃ」

「……残念ですが、そうはいきません」

 そう返すと、千葉はムッと頬を膨らませた。両手にナイフを持ったまま、彼女は腕を組む。

「ねぇ、なんでなの? 誠は思想犯だって、鳰に聞いた。けどちはにゃんは? ちはにゃんには、粉雪守る理由がないじゃん」

「……」

 ……答えが、出てこない。胸の内に何度問うてもそうだった。体温が下がるのを感じながら、私は刀に手をかける。沈黙しようとする喉を叱咤し、無理矢理に口を開く。

「……関係、ないでしょう」

「御託はいい。さっさと始めるぞ」

 言うが早いか、御影は銃口を千葉に突きつけた。呼応するように千葉もナイフを構える。彼女は放たれた銃弾を回避し、粉雪に肉薄する。刹那、抜刀し、私は千葉のナイフを相殺した。刀とクロスされたナイフが競り合う。私は千葉を突き飛ばし、問うた。

「それを言うなら、千葉さん。貴女はどうして黒組に来たのです? ……貴方の夢とは、何なのですか?」

「おい、鍵守」

「いえ……必要なことです」

 御影を制止し、私は千葉を睨む。対し、彼女は怪しく微笑んだ。しかし、その瞳はどこまでも純粋に輝いている。彼女は熱に浮かされたように言葉を吐く。

「憧れの暗殺者がいるんだ。悠奈はその人になりたい。そのためなら、何だって踏み台にするよ」

「……奴は模倣犯。鍵守の目的は、多分、関係ない」

 御影の囁きに、私は頷く。……つまり、彼女も、シロ。

 千葉はさらに笑みを深めた。桃色のツインテールをなびかせ、彼女は再び突撃する。

「だからさぁ……三人まとめて、悠奈の踏み台になってよ!!」

「っ!」

 御影の銃弾を華麗に躱し、千葉は粉雪の背後へと回り込む。彼女の死角から突きつけられるナイフを刀で無理矢理相殺し、一本を弾き上げた。その隙に御影が銃弾を捻じ込む。乾いた音を立てて、二発。それらは千葉の掌に直撃し、血が滲む。

「いっ……たいなぁ、もう!」

 これで千葉の片手は使えなくなった。弾かれたナイフが派手な金属音を立てて落下し、粉雪に拾われる。千葉はそれを一瞥し、御影に向かって駆け出す。浴びせられる弾丸の嵐を受けながら、彼女は御影の首筋を狙ってナイフを振り下ろす。緩衝材入りの銃で受けられながら、腰から予備のナイフを抜き放ち、御影に肉薄する。

「ねぇ思想犯、文句があるなら言ってみやがれ! 夢を見て何が悪いの? 夢を追って何が悪いの? 夢のために他人を犠牲にして、何が悪いのッ! 悠奈はあの人になりたいだけ。誰にだって憧れはあるでしょ? どうして悠奈はダメなのさ。言ってみなよ!」

「……それでも、やっちゃいけないことはあるんだよ!」

 不意に強い声が浴びせられ、千葉は弾かれたように振り返る。

 ――粉雪がナイフを構え、千葉を睨んでいた。

「夢を追うことは、それ自体は罪じゃないよ。でも、そのために人を傷つけるのは、いけないこと。千葉さん、あなたのやってることは間違ってるよ。お願い、止めて!」

 握りしめたナイフは震えている。粉雪は人の死を厭う。だからこそ、彼女は真っ直ぐに声を上げる。

 

 ――あぁ、やっとわかった。

 ずっと見つからなかったピースが、綺麗に嵌ったような気がする。

 

 呼吸を止め、足音を殺し、呆気に取られている千葉に近づく。刀をそっと鞘に戻すと――鞘ごと抜き放って、大きく振りかぶり、後頭部を殴りつけた。

「っ!?」

 千葉の緑色の瞳が、揺れた。彼女は2、3歩よろめき、不意に倒れ伏す。私をじっと見上げながら、千葉は掠れた声で問う。

「……なん、で……」

「……どうして守ったのか、ということなら」

 私は千葉の傍に跪き、告げる。

 

「――私が、そうしたいと思ったからです」

 

 刹那、銃声が轟いた。千葉の首に銃弾が埋まり、紅色の奔流が噴き出す。私はバックステップで血飛沫を回避すると、粉雪の傍に立った。目を伏せて震える彼女の手を、そっと握る。目を見開き、ゆっくりと顔を上げる粉雪と目を合わせ、私は口を開いた。

「……大丈夫。これ以上の犠牲は、私が出しません」

「え……っ?」

「私が貴女を守ってみせます。かつて麻姫様にそうしたように、今度こそ、守り抜きます」

 ――それが、私の決意。

 たとえ、それが不可能だったとしても。

 

 

 ――その様子を、アタシは物陰から見つめていた。

 

 鳰の言葉が脳裏に木霊する。

『恵サンには教えときますけどー、暦未サンは、死にましたよ』

 目の前の光景が網膜に焼き付いて離れない。

『とある黒組参加者が、彼女の命を奪ったんス』

 地面に杭で縫い付けられたかのように、動けない。

『誰が殺ったのかって? それは自分の目で確かめることっス』

 ――あいつの言葉は、真実だったのか。

 

 鮮血が噴き出る死体と、それを冷淡に眺める御影。

 暦未のことも、あんなふうに、殺したのか?

 掌に爪が食い込み、血が流れる。

 そうか……そうか。御影が、暦未を。

 

 ――許せない。

 

 唇を噛み、その場をあとにする。

 土曜日には暦未の葬儀が行われるらしい。その時に、花を手向けよう。

 そして、誓おう――絶対に、仇を討つと。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。