「残念だっ……本当に残念だが……」
ヒマワリの花の鉢が、前の席に置かれている。
「千葉悠奈くんが……金星祭直前のこの時期に転校してしまった……!」
溝呂木先生は本当に残念そう。この人は何も知らないはず……可哀想だな……。
『……悠奈にしときゃいいのになぁ』
ついこの間、かけられた言葉が耳にこびりついている。
裕矢に出会う前に、千葉さんに出会っていたら、もう少し変わったのかな? 少なくとも、黒組にやって来ることはなかったはず。それはそれで、幸せな未来だったのかな。
ふとヒマワリから視線を逸らすと、幸村さんが誰かを睨んでいた。その視線の先には……退屈そうにシャーペンを回している、御影さん。
何か、あったのかな……。
◇
白いリコリスの花が揺れる。その花言葉は「誓い」だそうだ。
アタシはその花をそっと棺に置き、花に埋もれて目を閉じている暦未を見つめる。
「……短い間だったが、本当に、ありがとな」
暦未は応えない。わかっていながら、アタシは言葉を紡ぐ。
「お前に助けられたこと、絶対に忘れない。アタシのことを助けてくれた、初めての人だから。だから……最初で最後の約束だ。お前の仇は、アタシが討つ。お前を殺した御影誠は……絶対に、アタシが殺す。だから……」
「――天国から、アタシのこと、見ていてくれ」
暦未は応えない。けれど、花に埋もれた姿は、どこか笑っているような気がした。
◇
「わー! かんわいい!!」
由紀乃ちゃんが赤いドレスのスカートを翻してターンする。彼女がくるくると踊るのと同時に、長い黒髪が華やかに翻った。咲ちゃんが主体となって、わたしたちも協力して作り上げた衣装が、遂に完成したのだ。嬉しそうな由紀乃ちゃんを眺め、京極さんが微笑みをこぼす。
「楽しそうだな、由紀乃」
「まぁね! 琉牙も似合ってるよ!」
「ははっ、そりゃあよかった」
満更でもなさそうな京極さんは白のブラウスにスカーフ、青を基調としたストライプ柄のベスト姿。普段から男装してる京極さんだし、男っぽい顔立ちも相まってよく似合ってるなぁ。
「頑張った甲斐があったね、仁科さん」
「はい! ……あ、天羽さんも、似合ってます」
「そうかな? ありがとう」
私は丈の長いメイド服姿。……ずっと気になってたんだけど、なんで乳母なのにメイド服なんだろう?
「仁科さんも似合ってるよ」
「そ、そう、ですか? え、えへへ……」
顔を赤らめて俯く仁科さん。マキューシオ役の千葉さんがいなくなってしまったから、仁科さんが代わりをやることになったんだよね。わたしは青を基調とした衣装に身を包む千花さんを見やる。衣装のせいか、いつもより凛々しく見えるなぁ。千花さんは御影さんと何か話し込んでいたけど、わたしの視線に気づいたのか、こちらに歩み寄ってきた。
「悪くないじゃないですか。粉雪さん」
「ありがとう……千花さんだって」
「ふふ……ありがとうございます」
素直に顔をほころばせる千花さん。珍しいなぁ。
◇
最後のリハーサルを終え、着替えも済ませ、ウチと琉牙は廊下を歩いていた。
「明日はいよいよ本番だねえ」
「そうだな。頑張ろうな、由紀乃」
――と、琉牙の学ランのポケットからバイブが聞こえた。彼女がそれを取り出すと、画面に表示されているのは「兄貴」の文字。前に言ってた、再起不能になったお兄ちゃんか……琉牙は何気なくそれを耳に当てる。
「オッス、兄貴? なんだよ、急に電話して。……はぁ? 再起しなくていいってどういうことだよ」
その言葉に、全身が凍る。まさか……。
「いや、そんなことねえよ。暗殺の才能は兄貴の方が上だ。……しつけーなぁ、わぁったよ。もうオレが上でいいよ。……で、なんだ?」
めんどくさそうに応対する琉牙の瞳が、不意に見開かれた。
「……あぁ? 復讐?」
「――っ!?」
……やっぱり。
涙が零れそうになるのを必死で堪える。わかってた。いつかこうなるだなんて。私は罪を犯した。それは、決して許されない罪だ。
――そして、この罪を闇に葬る方法は、一つしかない。
「……ごめん、琉牙。ウチ、行くね」
「由紀乃?」
呼び止める声も聞かずに、私は駆けだした。
◇
なんだ、あいつ。
よくわからねえが、とりあえず兄貴との電話を再開する。
「で、なんで急に復讐なんだよ、兄貴」
『だって……俺の気持ちを考えてみろよ、琉牙。下半身不随だぜ。もう二度と暗殺ができねえ……まぁ、最初はやりたくてやってたわけじゃねえけどよぉ』
まぁ、確かにな。オレも兄貴の後を継ぐためにやってるわけであって、暗殺は別に好きじゃない。つーか暗殺好きな奴なんていんのか?
『もう、動けないのは諦めた。けど……やられたこと、こればっかりは諦めらんねえ……』
ギリッ、と歯を食いしばる音が電話口から響く。
『だから……琉牙、頼む。俺の仇を討ってくれ!』
懇願するような強い言葉には、微かな涙すら混じっていた。オレはふっと息を吐き、応じる。
「……わかったよ。たった一人の兄貴の頼みだ」
『受けてくれるのか……ありがとう、琉牙』
「いいってことよ」
笑顔で応えると、兄貴はさらに続けた。
『いいか? よく聞け……俺の仇はバールを持った、長い黒髪の女子……ひどく残忍な殺し方をする奴だから、気を付けろよ』