金星祭が終わったら、粉雪を殺そう。そうすれば、ずっと琉牙と一緒にいられる。そう思うと、一歩一歩が軽くて仕方ない。
半分スキップしながら廊下を歩き、4号室の扉を開け――ウチは目を見開く。絡め取られたように琉牙と目が合う。その手の中には……血が付いたバール。
……遅、かった。
全身が震える。視界が滲む。酷い寒気を感じ、自身の身体を抱きしめた。
「……由紀乃」
琉牙の声が震えている。彼女は立ち上がり、信じられないというように口を開く。
「……これは、どういうことだ」
「いや……」
耳を塞ぎたい。けれど、身体が動かない。金縛りにあったようだ。見開いた瞳から、粘性のある涙が零れる。寒気は止まらない。今は夏のはずなのに、あまりにも、あまりにも。
「答えろ、由紀乃……! オレの兄貴を、殺ったのは……由紀乃、お前なのか!?」
……あぁ、もう、終わりだ。
理解した瞬間、脚から力が抜けた。その場に崩れ落ちる。あんなに感じていた寒気すらも不自然なまでに止まり、最後に涙が一粒、二粒、落ちて床に水滴を作った。
◇
「……そうだよ」
凍ったような、由紀乃のそれではないような声が響く。どこか棒読みな言葉を吐き、彼女はオレから目を逸らした。
「その通りだよ。ウチがやったんだよ」
「やっぱりか……何で、なんでッ!」
「仕方ないじゃん。見られちゃったんだもん。ウチは人殺さないと生きていけない。しょうがないでしょ?」
そこまで言った途端、彼女はパッと微笑んだ。だが、青白い肌に浮かぶその笑みは、どこか歪で……言いようもない寒気が走る。
今目の前にいるこいつは、本当に、俺が知る『瀬川由紀乃』なのか?
「ねえ琉牙、一緒に死のうよ」
「……はぁ?」
「そうすれば琉牙はウチを殺したことになるし、ウチは琉牙と永遠に一緒にいられるでしょ? ウィンウィンじゃん」
「そ……そんなこと、できるわけねえだろ! 大体オレは……」
「そっか」
不意に由紀乃の顔が泣きそうに歪んだ。しまった……そう思ったときにはもう遅くて。
「琉牙ぁ……なんでウチのこと嫌いになっちゃったの?」
「は……?」
「嫌いになっちゃったんだよね? だから、そんなこと言うんだよね? ウチは、ウチは琉牙と一緒にいたいだけなのにぃ」
語尾が泣きそうに歪み、由紀乃は俺の腰に手を回した。その身体は……ひどく、冷たい。
「琉牙ぁ……助けて、お願い、お願いだから、助けてよぉ」
「由紀乃……」
……この少女は、完全に、壊れてしまった。
オレのせいで。
なら……オレは、どうすれば償うことができるんだ?
……いや、そんなことを考えるのは、後だ。
オレはそっと由紀乃の頬に両手を当てる。どこか異様な光を讃えた瞳がオレを見返す。
「由紀乃、すまない。オレは……お前の望みを、叶えることは出来ない」
その言葉に、由紀乃の表情が引きつった。見開いた瞳から粘性の涙が流れる。そんな彼女と視線を合わせながら、オレは口を開く。
「どうすればいいのか、オレにもわからないんだ……どうか、時間をくれ。文化祭が終わるまでには、どうにか結論を出すから……」
「……」
由紀乃はゆっくりと俯いた。蒼白な肌を大粒の涙が伝う。口の中で何かをぶつぶつと呟き、不意にふっと笑う。
「わかったよ。待ってるからね、琉牙」
その笑みは、すっかり普段通りで……オレはようやく、ほっと胸を撫で下ろしたのだった。
◇
「……丁度いい」
「ふふ、そうだね」
誠ちゃんと一緒のベッドに座って、二人で誠ちゃんのタブレット端末を眺める。誠ちゃんが他の黒組生徒の動向を監視してるのに便乗して、僕も暇つぶしに他の子たちの様子を眺める、割といつもの光景。因みに何で見ることができるのかって言うと、誠ちゃんがミョウジョウ学園のセキュリティをハッキングしたからなんだよね。ミョウジョウ学園も甘いなぁ……まぁ、泳がされてるって可能性も否定できないけど。
さておき、ずっと僕のことをガン無視していた誠ちゃんだけど、ようやく僕の方を振り向いた。
「五十嵐、邪魔」
「いいじゃん。僕にだって僕の目的があるんだから。それに僕は誠ちゃんの目的の邪魔立てはしてないでしょ? だったらお互い様だよ。誠ちゃんも僕の邪魔はしないことっ」
「うるさい」
やっぱり誠ちゃんはつれないなぁ。そこが魅力ともいうけど。こういう子はいじりたくなるんだよねぇ。僕だけかな?
でも、タブレット端末に映し出されている光景は、結構興味深い。
壊れた心で琉牙ちゃんに縋る由紀乃ちゃんと、咄嗟に適切な対応ができない琉牙ちゃん。すっかり安心しきってるけど、一回壊れた心は、そう簡単には元に戻んないよ。
「……で、誠ちゃんは何するつもりなの?」
「今の状況を、利用する。瀬川を、殺す」
「そうなの? 下手したら、琉牙ちゃんも死んじゃうかもしれないよ?」
「構わない。私は手段は選ばない」
うーん、選ばなさすぎだよね。早死にしても知らないよー、っと。
「で、具体的なプランはあるの?」
「劇の終盤。ジュリエットが、薬を飲むシーン。それを利用して、毒殺」
「へぇ……悪くないじゃん。毒は用意してあるの?」
「念のため、効きが早くて、少量でも致死性高いのを、持ってきてる」
「そっか」
ふふ……本当に容赦ないなぁ、誠ちゃんは。
さて、と……僕も動き出そうかな。僕の目的のためにも、今の状況は利用できそう。