「皆おはよう! 今日はいよいよ金星祭だ。張り切っていこう!」
――金星祭当日。朝のホームルームが終わり、溝呂木先生が教室を出る。振り返ると、後ろの席の瀬川さんの様子が気になった。いつも通りに振る舞ってはいるけれど、空元気というか。
「……瀬川さん、どうかした?」
「あぁ、粉雪」
彼女はわたしの声に、どこか弱々しい笑みを浮かべる。
「大したことないよ。ちょっと寝不足なだけで」
「本当に?」
……実は、昨夜から気になってはいた。わたしたちの3号室と、瀬川さんたちの4号室は隣。昨夜、怒号みたいなのが聞こえたんだけど……喧嘩でもしたのかなぁ。
「天羽」
不意に後ろから声がかけられ、振り返ると、オレンジ色のポニーテールと前開けにした学ランが風に揺れた。真剣な目をした京極さんが、口を開く。
「……どうしたの?」
「頼む……何も、口を出さないでくれないか? これは、オレと由紀乃の問題だ。オレが解決しなきゃいけない問題だ。人を巻き込みたくねえ……天羽、お願いだ。この件には、何も言わないでくれ」
「え……っ」
「粉雪さん」
不意に千花さんが片手を伸ばし、わたしを制止した。
「こういう事情には、深く踏み込まない方がいいと思います。それに知ったところで、きっと……私たちには何もできません」
「そっか……」
俯き、京極さんに向き直る。
「わかったよ……ごめんね、京極さん」
「いや、いいんだ」
そう言って片手を振る京極さん。一瞬わたしたちから逸れた視線は……深い苦悩の色を宿しているように見えた。
◇
「……はぁ……」
窓際に、赤いドレスを纏った少女が佇んでいた。長い黒髪が風に揺れる。紅の瞳は雲一つない青空を映し、薄い唇から時折悲しそうな溜め息が漏れる。絵画みたいな光景だ。
――そして、その光景に僕が泥を塗る。
「由紀乃ちゃん」
「……樹?」
ゆっくりと振り向く姿は、どこか幽鬼のようだ。その瞳に光はない。壊れた人間特有のあどけない笑顔。豪勢なドレスを身に纏い、長い緑髪をアップにした僕は、そっとドレスの裾を持ち上げた。優雅に礼をし、壊れた少女に笑いかける。
「早速だけど、驚かないでね」
「……なに?」
「僕は何もかも知ってるよ。君の犯した罪のこと」
「……ッ!」
一瞬で見開かれた由紀乃ちゃんの瞳に、みるみる涙が溜まる。僕はそんな彼女に近づき、そっと頬に触れた。ひっと由紀乃ちゃんが息を呑む。彼女に目を合わせ、僕は優雅に微笑んだ。
「――君の気持ち、粉雪ちゃんならわかってくれると思うよ」
「……粉、雪?」
「そう。粉雪ちゃん」
優雅な笑みを崩さず、僕は歌うように言葉を紡ぐ。
「粉雪ちゃんも罪人だよ。その罪はキミよりも重い……あの『一族』は、生きているだけで罪なんだよ。なのにその自覚がない……むしろその罪が、善行だと思ってる。馬鹿だよねぇ……千花ちゃんも誠ちゃんも騙されちゃってさ。『女王』の手の中で踊り続ける、哀れな操り人形……僕が、僕たちが、その糸を切らなきゃいけない」
「……何が、言いたいの?」
首を傾げる由紀乃ちゃん。あーあ……僕としたことが、脱線しすぎちゃった。一つ咳払いをして、話を戻す。
「とにかく、粉雪ちゃんは君と同じ罪人。君と同じように、大切な人を何人も手にかけた、許されない罪人。だから罪人同士、わかり合えると思うよ? 一人で抱え込むより、誰かに話した方が気が楽でしょ?」
「……そうだね」
あどけない笑みが浮かぶ。その瞳に、かすかな光が浮かぶ。
ふふ、作戦成功。あとは泳がせて、様子を見るだけ……。
◇
「そういう風には見えなかったが」
由紀乃ちゃんが行ってしまうと、後ろから声がかけられた。振り返ると、癖の強い黒髪にいつものグレーのパーカー姿の少女。
「誠ちゃん……聞いてたんだ?」
「通りかかったら聞こえた。で……なんだ? 天羽が鍵守を操ってて、しかもその自覚がない……か?」
「そう」
頷き、僕は笑みを深める。
「誠ちゃんも真実を知ったら、きっと粉雪ちゃんを許せなくなるよ。あの子は、あの子の『一族』は、存在そのものが罪。居ちゃいけないんだよ」
「そうは感じなかった」
「え?」
あは……この子、やっぱり操られてるみたいだね。《女王蜂の力》は人の感覚まで操るのかな……。どうなんだろ。
そんなことに思いを巡らす僕を、誠ちゃんはハッと鼻で笑った。
「操られていようが、関係ない。私が信じるのは私だけ。そして、天羽はダルくないって判断したのは、私。ダルくない奴は、殺さない」
「ふぅん……」
……完全に、操られてるね。
「それなら、そうしたらいいよ。後で後悔しても知らないよ?」
「その時はその時だ。……さぁ、もう行くぞ」
◇
……何で私が、ナレーションなんて。そう思いつつ、マイクを手に取る。
五十嵐は『誠ちゃんに丁度いいと思うよ』なんて言ってたが……そもそも、創立祭なんてやるだけ無駄だ。何の意味もない。
……だけど、まぁ、やれと言われたのなら、やろう。大きく溜め息を吐き、口を開く。
「――花の都のヴェローナに、劣らぬふたつの名家あり。古く新しき怨恨は、重ね重なり血で染まる」
そういえば、このふたつの家――モンタギューとキャピュレットだったか。何故争っているのか、それは誰も知らないはず。私なら、両家とも全員、殺してしまうところだが。
いや、そんなことは、今はどうでもいい。
「とどまることなき渦の中、幸薄き恋人があり。不幸と不運が導く死、不和も憎悪も埋葬する」
幸薄き恋人……正に、京極と瀬川のようだ。だけど、この二人を死に導くのは、不幸と不運ではない……罪と、正義だ。
口元が愉快そうに歪むのを、誤魔化すことすらせず、私は最後の一言を言い捨てる。
罪人が、どんな末路を迎えるのか――。
「死に魅入られた恋の行く末――」
――皆様、とくとご覧あれ。