デビルズ・コンフリクト   作:東美桜

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第25話 罪と正義

「皆おはよう! 今日はいよいよ金星祭だ。張り切っていこう!」

 ――金星祭当日。朝のホームルームが終わり、溝呂木先生が教室を出る。振り返ると、後ろの席の瀬川さんの様子が気になった。いつも通りに振る舞ってはいるけれど、空元気というか。

「……瀬川さん、どうかした?」

「あぁ、粉雪」

 彼女はわたしの声に、どこか弱々しい笑みを浮かべる。

「大したことないよ。ちょっと寝不足なだけで」

「本当に?」

 ……実は、昨夜から気になってはいた。わたしたちの3号室と、瀬川さんたちの4号室は隣。昨夜、怒号みたいなのが聞こえたんだけど……喧嘩でもしたのかなぁ。

「天羽」

 不意に後ろから声がかけられ、振り返ると、オレンジ色のポニーテールと前開けにした学ランが風に揺れた。真剣な目をした京極さんが、口を開く。

「……どうしたの?」

「頼む……何も、口を出さないでくれないか? これは、オレと由紀乃の問題だ。オレが解決しなきゃいけない問題だ。人を巻き込みたくねえ……天羽、お願いだ。この件には、何も言わないでくれ」

「え……っ」

「粉雪さん」

 不意に千花さんが片手を伸ばし、わたしを制止した。

「こういう事情には、深く踏み込まない方がいいと思います。それに知ったところで、きっと……私たちには何もできません」

「そっか……」

 俯き、京極さんに向き直る。

「わかったよ……ごめんね、京極さん」

「いや、いいんだ」

 そう言って片手を振る京極さん。一瞬わたしたちから逸れた視線は……深い苦悩の色を宿しているように見えた。

 

 

「……はぁ……」

 窓際に、赤いドレスを纏った少女が佇んでいた。長い黒髪が風に揺れる。紅の瞳は雲一つない青空を映し、薄い唇から時折悲しそうな溜め息が漏れる。絵画みたいな光景だ。

 ――そして、その光景に僕が泥を塗る。

「由紀乃ちゃん」

「……樹?」

 ゆっくりと振り向く姿は、どこか幽鬼のようだ。その瞳に光はない。壊れた人間特有のあどけない笑顔。豪勢なドレスを身に纏い、長い緑髪をアップにした僕は、そっとドレスの裾を持ち上げた。優雅に礼をし、壊れた少女に笑いかける。

「早速だけど、驚かないでね」

「……なに?」

「僕は何もかも知ってるよ。君の犯した罪のこと」

「……ッ!」

 一瞬で見開かれた由紀乃ちゃんの瞳に、みるみる涙が溜まる。僕はそんな彼女に近づき、そっと頬に触れた。ひっと由紀乃ちゃんが息を呑む。彼女に目を合わせ、僕は優雅に微笑んだ。

「――君の気持ち、粉雪ちゃんならわかってくれると思うよ」

「……粉、雪?」

「そう。粉雪ちゃん」

 優雅な笑みを崩さず、僕は歌うように言葉を紡ぐ。

 

「粉雪ちゃんも罪人だよ。その罪はキミよりも重い……あの『一族』は、生きているだけで罪なんだよ。なのにその自覚がない……むしろその罪が、善行だと思ってる。馬鹿だよねぇ……千花ちゃんも誠ちゃんも騙されちゃってさ。『女王』の手の中で踊り続ける、哀れな操り人形……僕が、僕たちが、その糸を切らなきゃいけない」

「……何が、言いたいの?」

 首を傾げる由紀乃ちゃん。あーあ……僕としたことが、脱線しすぎちゃった。一つ咳払いをして、話を戻す。

「とにかく、粉雪ちゃんは君と同じ罪人。君と同じように、大切な人を何人も手にかけた、許されない罪人。だから罪人同士、わかり合えると思うよ? 一人で抱え込むより、誰かに話した方が気が楽でしょ?」

「……そうだね」

 あどけない笑みが浮かぶ。その瞳に、かすかな光が浮かぶ。

 ふふ、作戦成功。あとは泳がせて、様子を見るだけ……。

 

 

「そういう風には見えなかったが」

 由紀乃ちゃんが行ってしまうと、後ろから声がかけられた。振り返ると、癖の強い黒髪にいつものグレーのパーカー姿の少女。

「誠ちゃん……聞いてたんだ?」

「通りかかったら聞こえた。で……なんだ? 天羽が鍵守を操ってて、しかもその自覚がない……か?」

「そう」

 頷き、僕は笑みを深める。

「誠ちゃんも真実を知ったら、きっと粉雪ちゃんを許せなくなるよ。あの子は、あの子の『一族』は、存在そのものが罪。居ちゃいけないんだよ」

「そうは感じなかった」

「え?」

 あは……この子、やっぱり操られてるみたいだね。《女王蜂の力》は人の感覚まで操るのかな……。どうなんだろ。

 そんなことに思いを巡らす僕を、誠ちゃんはハッと鼻で笑った。

「操られていようが、関係ない。私が信じるのは私だけ。そして、天羽はダルくないって判断したのは、私。ダルくない奴は、殺さない」

「ふぅん……」

 ……完全に、操られてるね。

「それなら、そうしたらいいよ。後で後悔しても知らないよ?」

「その時はその時だ。……さぁ、もう行くぞ」

 

 

 ……何で私が、ナレーションなんて。そう思いつつ、マイクを手に取る。

 五十嵐は『誠ちゃんに丁度いいと思うよ』なんて言ってたが……そもそも、創立祭なんてやるだけ無駄だ。何の意味もない。

 ……だけど、まぁ、やれと言われたのなら、やろう。大きく溜め息を吐き、口を開く。

 

「――花の都のヴェローナに、劣らぬふたつの名家あり。古く新しき怨恨は、重ね重なり血で染まる」

 そういえば、このふたつの家――モンタギューとキャピュレットだったか。何故争っているのか、それは誰も知らないはず。私なら、両家とも全員、殺してしまうところだが。

 いや、そんなことは、今はどうでもいい。

「とどまることなき渦の中、幸薄き恋人があり。不幸と不運が導く死、不和も憎悪も埋葬する」

 幸薄き恋人……正に、京極と瀬川のようだ。だけど、この二人を死に導くのは、不幸と不運ではない……罪と、正義だ。

 口元が愉快そうに歪むのを、誤魔化すことすらせず、私は最後の一言を言い捨てる。

 

 罪人が、どんな末路を迎えるのか――。

「死に魅入られた恋の行く末――」

 

 ――皆様、とくとご覧あれ。

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