瀬川の机に揺れる、白いアングレカムの花。
京極の机に揺れる、白いマーガレットの花。
「お、千花サン気に入ったっスか? 鳰ちゃん渾身のセレクトっスよー。アングレカムの花言葉は『いつまでもあなたと一緒』、マーガレットは『真実の愛』っスー」
「……これが、二人に捧げる花、と」
「その通りっス」
走りの笑顔は相変わらず胡散臭い。けれど、赤い瞳の端に、どこか悲し気な色が見えたような気がした。
「みんなー、溝呂木先生、具合悪くて、1時間目自習だってー」
「おっと、流石の溝呂木先生も折れたっスかね? 今年は早いなー。あっと、そうそう、由紀乃サンと琉牙サンは死亡したっス。因みに溝呂木先生はこのこと知らないんで、悪しからずっスー」
私、走り、武藤、幸村、仁科、五十嵐、御影、そして粉雪。今いる全員が揃う中で行われる業務連絡。しかし、知らされるべきことは、それだけではないだろう。全員が気付いていた。重苦しい沈黙が落ちる中、それを破ったのは粉雪だった。
「……毒、だったんだよね」
「由紀乃サンはそっスねー。琉牙サンは短剣による自殺っス」
「でも……わたし、瀬川さんが死ぬ直前に話したんだけど……自殺しそうな感じじゃなかったよ?」
「ウチもおかしいと思ってるんスよ。琉牙サンの短剣自殺っスけど、用意した小道具の短剣はオモチャだったはずっスのに……誰の陰謀なのか、本物の短剣とすり替わっていたんス」
「……すみません」
かつて聞いた話を思い出しながら、おずおずと手を上げる。全員の視線が集まる中、私は心当たりの人間に目を合わせた。確証はない、けれど、他に犯人が思いつかないのだ。
「その……間違っていたら、申し訳ありません。けれど、少なくとも瀬川さんを殺したのは、貴女ではないのですか?」
その人は表情を変えない。仁科が唾を飲み込む音が聞こえた。武藤は無邪気に首を傾げる。走りがニヤニヤとその人を一瞥する。粉雪が息を呑み、幸村が歯を食いしばる中、私は彼女の名前を呼んだ。
「――御影さん」
「……やっぱりテメェかぁっ!」
幸村が吼えた。空気がびりびりと震える。当の御影は涼しい顔を崩さない……何も感じていない、機械のように。掴みかかりそうな勢いで駆け出そうとする幸村の手を五十嵐がぐっと引っ張る。必死に手を引き抜こうともがく幸村を一瞥し、御影は涼し気に口を開いた。
「……何か、問題?」
――それは、肯定と取っていいだろう。
粉雪が再び息を呑む。目を見開いたまま、彼女は静かに問うた。
「……どうして? どうして、殺したの」
「何を今更……天羽、お前も、同意したはず。瀬川は、あいつはダメだった。それだけ」
「まぁ確かに由紀乃サンは救いようのない思考回路の持ち主っしたけど……だからって、琉牙サンまで殺すことはなかったっしょ?」
走りは同情的な表情を見せたかと思うと、すぐにいつものニヤニヤ顔に戻った。御影から視線を外し、別の少女を一瞥する。
初めは幸村を見ているのかと思ったが、違った。
その背後にいる――五十嵐だ。
「ふふ、よくわかったね。そうだよ、琉牙ちゃんの短剣を本物にすり替えたのは僕だ」
「お前まで……! 2号室はろくな奴がいねぇなぁ!」
狂犬のように吠え立てる幸村を涼しく流し、五十嵐は微笑みながら語る。
「だって可哀想じゃん。二人の現状にかこつけて、誠ちゃんが由紀乃ちゃんを毒殺するのはわかってた。っていうか聞いたしね。そしたら一人残された琉牙ちゃんが可哀想でしょ? 最悪、誠ちゃんへの復讐に走る可能性もあるし。それはそれで困るからさぁ、短剣をすり替えたってわけ」
「そんなの……おかしいよ」
「?」
不思議そうに首を傾げる五十嵐の瞳を真っ直ぐに見据え、粉雪は言葉を紡ぐ。
「何の罪もない人を……いや、人を殺してる時点で罪はあるかもしれないけれど、そんな理由で殺すなんておかしいよ。残酷すぎるよ……御影さんも、五十嵐さんも……」
「その通りだ……アタシみたいに生活困ってるならともかく、そんな下らない理由で人を手にかけるなんておかしいだろっ! 許せない……御影! 特にお前は、こよ――」
「……なに、いってるの?」
不意に武藤が放った言葉に、教室は再び静まり返った。彼女はかくんと首を傾げる。その茶色の瞳には、どこか光がない。
「殺す理由なんて、それぞれだよ? 粉雪ちゃんは、わかんないかもしれないけど。それに口出しするのは……暗殺者として、どうかと思う」
◇
そんなあかりサンの言葉を聞きながら、ウチはニヤニヤと笑顔を浮かべていた。
――ウチは全部、知ってるもんね。それぞれの理由。人を殺す理由。
千花サンは主の仇討ちのため……いや、今は粉雪さんのためってのもあるっスけど。
咲サンは金遣いの荒い彼氏の、遊ぶ金を稼ぐため。
誠サンは自身の正義に叶わぬものを殺し、理想の世界を築くため。
恵サンは生活の、あかりサンは自分のため。そしてウチは、理事長のため――。
「……確かに武藤さん、あなたの言う通りでしょう」
千花サンの声で、ウチはようやく我に返った。思わず真顔に戻り、他の方々と同じように彼女を見つめる。全員の視線を一身に浴びながら、彼女は口を開いた。
「下手に他人の深い事情に踏み込めば、殺されても文句は言えない……けれど、やはり納得できないことはあります。私は細かい事情は知りません。話を聞く限りでの判断ですが……二人は他人の身勝手により殺されたように思えてなりません」
「何が身勝手だ、私は正義のために――」
「誠ちゃん」
暴れる恵サンの片手を掴んだまま、樹サンはもう片方の手で誠サンを制止する。そして千花サンに向き直り、仮面のような笑顔を浮かべた。
「千花ちゃんは知ってるよね? 大切な人に置いて行かれて、一人で生きる気持ち」
その言葉に、千花サンは息を呑んだ。その頬を冷たい汗が流れる。そんな千花サンに観察するような視線を投げながら、樹サンはいたぶるような笑みを浮かべる。
「ね? あるでしょ、心当たり? だったら一緒に死んで、天国で一緒になった方が幸せだと思うんだよね。もっとも琉牙ちゃんはともかく、由紀乃ちゃんが天国に行けるかは怪しいけどねぇ」
ニヤニヤとした笑い方は、どこかウチ自身に似ている。目的は真逆だけれど、どこか親近感がある。対し、千花サンは唇を引き結び、毅然と口を開いた。
「――それでも、です。二人とも生き残れば、それでハッピーエンドだったのではありませんか?」
――そうきたっスか。ウチは思わず目を見開く。樹サンも一瞬彼女を凝視して……不意にふっと笑った。その視線が俯いている粉雪ちゃんを撫で回す。
「……完全に、ほだされちゃってるねぇ」
「どわっ」
彼女は突然、恵サンの手を離した。よろけそうになってギリギリで踏みとどまる恵サンを一瞥もせず、樹サンは腕を組む。視線を千花サンに移し、どこか見下すように言い放った。
「今はそれでいいと思うよ。真実を知った暁には……君だって、粉雪ちゃんを殺そうとするだろうけど」