千葉さんの葬儀には、思ったよりもたくさんの人が集まっていた。
高校の同級生だろうか。千葉さんと同じ、白のYシャツに紫のネクタイとミニスカートの制服の少女たち。彼女たちは一様に白い花を携え、涙を流している。後で走りさんが言っていたことには、彼女が通っていた小手毬学園高等部は女子高で、千葉さんは同級生の中でも人気者だったらしい。しかし、憧れのために暗殺に手を染めた千葉さんのことを、目の前の少女たちは恐らく、知らないだろう。
『悠奈サンは小手毬学園では普通のJKを演じきってたらしいっスよ。単純な馬鹿女が多い小手毬学園においては人を騙すのは簡単っス。幸い彼女はファッションや芸能にも造詣が深くて、他の連中の話題についていくのは容易だったらしいっス。単純な少女たちに取り入り、怪しまれないように自然な演技で人気を得ることもねー』
走りさんの言葉が耳の奥に蘇る。私は周りを見て、その言葉が正しいはずだと頷いた。
『元々ミーハーだった悠奈サンっスけど、初めて明確な憧れを持ったのは花園重鈴が初めてっス……ある意味、そこが分かれ道だったんしょうね。好奇心で手を出した闇サイトで花園重鈴の情報を見て、一目惚れして以降、彼女の運命は狂ってしまったんス。かわいそーに……普通の少女として生きるという選択肢もあったのに、それをドブに捨てた。ある意味、悠奈サンも自業自得だったのかもしれないっスね』
白と紫色で彩られた少女たちの中に、ただ一人、ベージュのブレザー姿が混じっていた。小手毬学園の少女たちに奇異の視線を向けられながら、私は棺の前に立つ。
「千葉さん……短い間でしたが、ありがとうございます」
彼女の身に何が起きたのか、走りさんは語らなかった。けれど……千葉さんはもう、この世にいない。それだけは確か……彼女との時間は、長いようで短かった。けれど、それに比べても……たくさんの花に埋もれて眠っている彼女との最後の時間は、あまりにも、あまりにも短すぎる。思わず零れそうになる涙を、ぐっと堪えた。いつも明るく笑っていた千葉さんに、涙は似合わないから。
『へー……咲ってゆーんだ。悠奈は千葉悠奈。よろしくねぇ』
『一緒に食堂行こー! 今日のデザート、イチゴパフェだって。咲好きでしょ?』
『待って、そのキーホルダー自分で作ったの? すごっ! 悠奈にもちょーだい!』
長いようで短かった時間。その中の思い出が、フラッシュを焚くように鮮やかに、次々と蘇っては脳裏を焼く。唇を噛み、涙を堪え……最後にいつかの言葉が、耳元で再生された。
『……悠奈にしときゃいいのになぁ』
――脳裏に響き渡ったその言葉に、一気に視界が滲む。喉元まで出かかった嗚咽を押し殺し、私は口を開いた。
「……大好きです。どうか、安らかに」
やっとのことでそれだけを伝えて、私はそっと棺の前を離れた。
◇
「仁科」
霊柩車を見送った直後、声がかけられた。振り返ると、燃えるような赤のウルフカットの少女が柱にもたれている。その視線には隙がない……本物を見たことはないけれど、まるで狼のような目だ。
「……幸村さん? どうして、ここに」
「仁科、お前、千葉の死の真実、知りたくないのか?」
「……えっ」
その言葉に思わずたじろいだ。全身が細かく震えだす。千葉さんの死の、真実? 表向きには事故死だとされているけれど……まさか、違うの?
私の瞳が揺れるのを敏感に感じ取ったのか、幸村さんはおもむろに頷く。
「千葉は事故死じゃない。とある黒組生徒に、殺された」
「……えっ?」
殺された……?
頭をハンマーで殴り飛ばされたかのような衝撃があった。思わず抱えていた鞄を取り落とす。突然の言葉に理解が追い付かない。呼吸が徐々に速くなる。脳裏が疑問符で埋め尽くされていく。千葉さんが、殺された? 誰に、どうして?
私の混乱を知ってか知らずか、幸村さんはナイフを振り下ろすように続ける。
「千葉を殺したのは、黒組生徒。思想犯の御影誠だ」
「……っ!」
思わず息を呑んだ。脳裏によぎるのは鍵守さんの問いと、涼しい顔でそれを肯定する御影さん。瀬川さんを殺した彼女が……千葉さんまで、手にかけていたなんて。
体温が急激に下がる。それを感じると同時に、脳を埋め尽くす混乱も満ち潮が引いていくように収まっていく。
「千葉と瀬川だけじゃない。あいつは暦未も殺した……アタシを助けてくれた、唯一の人を殺した。自分勝手な『正義』に適わないなんていう理由で。アタシは、あいつのことが許せない。許さない」
掌に爪が刺さり、血が流れる。深呼吸し、私は口を開いた。自分でもはっとするほどの冷たい声が流れ出す。
「私も、同じ気持ちです」
「そう言うと思った。……仁科、御影を殺そう。千葉の、暦未の、瀬川の、そしてあいつに殺された何人もの屍の、仇を討とう。あいつは強い。けど……できるかできないかじゃない。やるんだ。それが死んだあいつへの、最高のはなむけだから」
それは白木さんのことであり、千葉さんのことでもあるのだろう。
力強く頷き、そっと瞳を閉じる。
……千葉さん。あなたの仇は、私たちが討ちます。
だから、どうか、見ていてください。
◇
「……黒組も残り少なくなってきたわねぇ」
「そっスねー」
理事長室の巨大なモニターには、残った暗殺者たちの顔写真が映し出されている。
五十嵐樹、仁科咲、御影誠、武藤あかり、幸村恵。
「この中で一番迷惑なのは五十嵐さんね。あの子が報酬を勝ち取れば私たちにとっては大損害だけれど……黒組にいる以上、仕方ないわね」
「っていうか理事長、なんであんなの招いたんスか?」
「招いてないわ。黒組の噂を聞いたのか何なのか知らないけど、勝手に来たのよ。彼女たちは下手に刺激すると後が面倒だから、受けさせてもらったけど」
そういう理事長は心なしか、表情に何処か余裕がない。苛立ったようにこめかみを叩く理事長に、ウチは頷く。あいつらは確かに厄介すぎる……あいつらの目的はウチとしては絶対に阻止したい。無意識に拳を握り締めていると、理事長は振り向いた。いつも通りの美しい微笑みに、ウチは思わず息を呑んだ。
「大丈夫よ。粉雪の力はそう簡単に殺されるようなものではないわ。それに鳰さん……粉雪を生きて卒業させる気はないのよね? なら、心を強く保ちなさい」
「……そうっスね」
彼女の言葉に、ウチは顔を上げる。そうだ、粉雪ちゃんを殺すのはウチだ……いつも通りの笑みを浮かべ、力強く頷いて見せた。
「それでこそ鳰さん。……ところで、最近目立った動きはある?」
「そうっスね、粉雪ちゃんの暗殺関係ないところで因縁渦巻いてるっス。主に誠サンが本来の目的そっちのけで関係ない人殺しまくってるからなんスけど……樹サンは動く様子ないっスね。誠サンと千花サンは相変わらず粉雪ちゃんを守ってるっス。強いて言うなら、あかりサンが動くかもしれないっスかねぇ」
「武藤さんね。彼女はなかなか変わった目的で黒組に来た子……念のため報酬の希望を確認しておいて」
「了解っス」
びしっと敬礼し、ウチは理事長室をあとにする。
最後にちらりと見えた巨大モニターに映し出されたのは、天気予報。
――前回の黒組の時よりも、大きな台風が迫っていた。