「――来たか。御影」
「ふん」
御影はいつも通りの不遜な顔で、体育館に現れた。アタシは油断なくトンファーを構える。隣で仁科が斧を構え、口を開いた。
「……一つ、聞かせてください」
「何」
「あなたはどうして、人を殺すんですか? 何のために……私たちの大切な人を、殺したんですか」
その語尾が、耐えきれないとでもいうように震えた。無理もないだろう……大切な人を殺されて間もないのだ。彼女を横目で眺めつつ、御影の答えを待つ。対し、彼女は不遜な顔を崩さず、涼しく応じた。
「あいつらは、ダメだった。人間として、腐ってる。だから、殺した。それだけ」
仁科が目を見開く。理解できないものに直面したかのように。そりゃそうだ。アタシだって理解できない。けれど、一つだけ理解できるのは。
「――お前は身勝手なクズだ。だから、殺されるんだッ!!」
「上等」
御影が無駄のない動きで拳銃をホルスターから抜き、構える。しかし、それは前回とは違った。改造式の拳銃が――二つ。二丁拳銃使いでもあったのか。
――負けられない。こいつは絶対に、殺さなければならない。油断なく構えながら、呟く。
「――行くぞ、仁科」
「はい」
◇
「――こんばんは、武藤さん」
凄まじい嵐の中、分校舎の教室に武藤は座っていた。粉雪が声をかけると、彼女はぴょこんと立ち上がる。
「あ、粉雪ちゃんに千花ちゃん。元気?」
「今から倒す予定の人間に『元気?』とは、皮肉ですか? そんなことより、貴女に話があります」
一歩彼女に近づき、私は刀を抜いた。その切っ先を彼女の首に向け、問う。対し、彼女は脳天気に首を傾げた。
「……なあに?」
「楓宮麻姫という名に、心当たりは?」
低く問うと、武藤は反対側に首を傾げる。心当たりはない、とでもいうかのように。
「……誰、それ?」
「わからない、ということですか。では、質問を変えます。貴女は、以前にも粉雪さんを狙ったことがありますか?」
「な、ないけど……千花ちゃん顔怖いよ。どうしたの?」
少し怯えたように問う武藤。……この人も、シロか。
――犯人候補は、二人に絞られた。
◇
「よくわかんないけど……ごめんね、粉雪ちゃん。あかりはどうしても、粉雪ちゃんを殺さなきゃいけないの。そうしなきゃ、生きていけないの」
「っ」
――そうしなきゃ生きていけない。その言葉にわたしは目を見開いた。体温が急激に下がっていくのを感じる。わたしを殺さなければ、武藤さんは生きられない。つまり、わたしが生き延びることで、武藤さんは……。
「しっかりしてください、粉雪さん」
「っ!」
肩を叩かれ、思わず震える。千花さんは真剣な目をして、強く言い放つ。
「あなたが人の死を厭うことは知っています。けれど、そんな言葉に踊らされないでください。あとで御影さんなり走りさんなりに聞けばわかること……何より貴女に諦められれば、私が困ります」
「……困る、の?」
「切実に」
彼女はわたしの手をそっと取り、真っ直ぐに言葉を紡ぐ。
「だから、さぁ。戦い抜きましょう。二人で」
「……、そうだね」
半ば無理やりに笑顔を浮かべる。脚はまだ震えているけれど、それでも、わたしは生き延びなきゃいけない。千花さんは再び武藤さんに視線を向け直し、刀を一回転させる。
「しかし、今回は御影さんの手は借りられない……浅野さんの時同様、私と粉雪さんとでしのがなければいけない、ということですか」
御影さんには一応連絡は入れたんだけど、彼女は彼女で呼び出されているそうだから、そっちを優先するって。なんだか嫌な予感がするけれど……御影さんを信じよう。
千花さんは改めて刀を構え、武藤さんを睨む。彼女は無邪気な笑顔を浮かべ、出刃包丁を向けてきた。
「千花ちゃん、そろそろいいかなぁ?」
「ええ――では、始めましょうか」
◇
仁科の斧を軽やかに回避し、御影は彼女に銃弾を放った。腕から、脚から、全身から血を流しながら、それでも彼女は執拗に御影に肉薄する。再び振り下ろされた斧を御影は軽く身体を捻って避け、その腹を蹴り飛ばした。
「うっ……!」
「ふん……弱い」
吹き飛ばされた仁科は二、三歩よろめき、踏みとどまった。アタシはスイッチして御影に肉薄し、その腕を折ろうとトンファーを振り下ろす。御影はそれを改造された拳銃で受け止め、もう片方の拳銃をアタシの腹部に当てた。身体を捻って回避した瞬間、銃弾が虚空を撃ち抜く。アタシは首を狙って一撃を放つがそれも回避され、しかしそれを見せ技に蹴りを入れる。御影は一瞬よろけるが、すぐに立ち直り、引鉄を引いた。首元に穴が開き、血が噴き出す。アタシは片手でそれを押さえ、深く息を吐いた。仁科が再び駆け出し、御影の背を切りつけようとする。しかしそれも回避され、腹部を撃たれる。数歩下がる仁科に銃口を向けながら、御影は不遜に言い放った。
「私は正義、私が正義、私こそが正義。邪魔する奴なんて、私の世界に、いらない」
「私の世界だぁ? 何が、私の世界だっ!!」
アタシはそんな彼女に肉薄し、トンファーを振り抜いた。それは見事頭部に命中し、御影が数歩よろめく。彼女の腹部にトンファーを当てながら、アタシは叫んだ。
「この世界はお前のものじゃない! お前だけのものじゃないッ!! 全部お前の自分勝手じゃねえか。自分が許せないってだけで、殺して、消して、それでどうなる? 何もねえじゃねえかッ!!」
脳天に踵を振り下ろす。ギリギリで回避され、片手を撃ち抜かれる。右のトンファーが音を立てて落ちた。血が噴き出し、激しい痛みが思考を冒す。それでもアタシは吼える、叫ぶ。
「分かってんだろ、思想犯! この世界で一番許されないのは、御影誠、テメェだってことぐらいよぉ!!」
「うるさいっ……吼えるな!!」
御影は激しく口元を歪め、両の拳銃をアタシに向けた。激しい銃撃音と共に、弾倉を空にする勢いで銃弾が吐き出される。そのすべてはアタシの胸元に集約し――。
――気づいた時には、アタシは天井を見上げていた。
痛みすら、最早感じない。そこにあるのは、冷たい床の感触と、徐々に血がなくなっていく感覚。そして、反響するようにぼんやりと聞こえる声。体育館の天井を眺めながら、アタシは無理矢理腕に力を籠める。しかし、その腕を撃ち抜かれる。
激しい金属音が響いた。徐々に暗くなっていく視界に、立ち尽くす仁科が映る。その足元には、落下した斧。見開いた瞳でアタシを凝視し震えている彼女に、届けと――アタシは声を上げる。
「仁科……殺れッ」
「でも、幸村さん……」
「アタシは、もうダメだ……げほっ。だから、仁科……はぁ……御影を、殺れ。頼む、アタシの……アタシたちの……悲願、を……っ」
そこまで言ったところで、アタシの声を遮るように銃撃音が響き渡った。ダメ押しの銃弾が胸に埋まる。身体の中で、何かが破裂するような感覚。同時に、風船が割れるように、アタシの、意識も……。
◇
――その様を、僕は遠くから眺めていた。
遠くからだけど、恵ちゃんが死んだのは確か。ここからは誠ちゃんと咲ちゃんの一騎打ちかな……ふふ、二人とも満身創痍。どっちが勝つか、楽しみに眺めさせてもらおう。
灰色のブレザーのボタンに手をかけ、脱ぎ捨てる。ブレザーの下から現れたのは、右側が半袖、左側が長袖になった白いブラウス。
さて……僕もそろそろ、本気を出させてもらおうかな。
粉雪ちゃんを殺すのはこの僕だ。あの子の首は、誰にも渡しはしない……。