デビルズ・コンフリクト   作:東美桜

34 / 40
第33話 蜂熊の悪魔

 ルルルッ、ルルルッ、ルルルッ

 

 不意に携帯電話の着信音が鳴り響き、私はスマートフォンを取り出す。画面に映された発信者名は――五十嵐。麻姫様の仇候補の一人だ。彼女が何故、私に連絡を? 何故、このタイミングで?

 一瞬、凄まじい悪寒が走る。嫌な予感がする。酷く名状しがたい、予感。それを振り払うように、私はスマートフォンを耳に当てる。

「――もしもし」

『ふふ、千花ちゃん……あかりちゃんは倒したみたいだね』

「ええ……そんなことはどうでもいいです。要件を話しなさい」

『いいよ。ふふ……でも、僕としては面と向かって話したいなぁ』

 その声色はいつもと変わらない、どこか不気味なものだ。彼女は変わらない口調のままで、白魚のような指を伸ばすように告げる。

『――真実を知りたいでしょ?』

「っ!」

 真実。それはもしや、麻姫様の仇にまつわる話ではないのか。

『あはっ、やっぱり反応した。そうだよ、君の前の主が死んだことのお話。僕は真実を知っている。君は知らない。だから、教えてあげるの。千花ちゃん、粉雪ちゃんを連れて体育館においで。すべては、そこで』

 ――ブツッ

 通話は一方的に切れた。スマートフォンを仕舞いつつ、私は考える。

 麻姫様を殺したのは、誰なのか。候補は既に走りと五十嵐しかいない。やはり彼女が、麻姫様を――?

 

 

「いらっしゃい。二人とも」

「――っ!」

 隣で粉雪が目を見開き、両手を胸の前で握り合わせる。

 ――体育館は、文字通り血塗れだった。あちこちに血飛沫が飛び散り、床には血塗れの斧が一本突き刺さっている。何より目を引くのは、ステージの傍に脈絡なく転がされている三つの人影。癖の強い黒髪にグレーのパーカーの少女、赤髪のウルフカットにチョコレート色のリボンとミニスカートの少女、赤茶色のミドルロングにベージュのブレザーの少女。

「仁科さん、幸村さん……御影さんっ」

「死んでいますね。殺し合い、でしょうか……それにしてはおかしい。御影さんも幸村さんも武器は刃物ではなかった……にもかかわらず、仁科さんの致命傷は切り傷……いや、それにしても、どこかおかしい」

 私は三人の遺体を注意深く眺める。仁科の腹には大きな傷があった。しかし、それは切り傷にしてはおかしい……まるで、狼か何かに食い千切られたような傷。ざっと死因を判断すると――私は、ステージに座る人影を見やる。

「――貴女がやったんですか? 五十嵐さん」

「違うよ。三人で勝手に殺し合いを始めたんだ。誠ちゃんはきっと、殺しすぎたんだね。正直、残念だよ……僕以外の人間に粉雪ちゃんが殺されるのを防いでくれる、使える人間だったのに。まぁ、今となってはもう関係ないんだけどね。残っているのは僕とターゲット、守護者、そして裁定者だけ。邪魔者はいない」

「――それにしては、仁科さんの傷はおかしいでしょう。まるで獣に食い千切られたような……人間がやることとは思えません。少なくとも、貴女は見ていたのでしょう? 心当たりくらいはあるんじゃないですか?」

「ふふ……そうきちゃったかぁ」

 彼女は軽やかにステージから飛び降りる。御影の亡骸を踏みつけ、彼女はゆっくりと歩きだした。両腕を大きく広げ、狂言回しのように語り出す。

 

「僕は暗殺組織『蜂熊』のメンバー。『蜂熊』は『一族』を滅ぼすことを至上目的としている組織でね。かつて黒組で親友を失った政治家が暗殺者を集めて設立したんだ。世界中に支部があってね。僕の高校、彼岸桜学園もその傘下にある」

 粉雪が震えながら一歩下がる。すっと手を伸ばし、私は逆に一歩前に出た。彼女が何を言いたいのか見えてこない……いや、うっすらとは見えてくるけれど。

「つまり貴女は組織の至上目的のために、麻姫様を殺した……そういうことですか?」

「ふふ、当たりだよ」

「っ!」

 反射的に刀に手をかける。五十嵐はそれを劇でも眺めるように見つめ、懐から銀の仮面を取り出す。

 それはあの日、映画館で見た連中と同じもの――脳裏に焼き付いて離れない記憶が、鍵守一族の掟が、彼女を殺せと絶叫している。

「ふざけるな……殺してやる……」

「ふふ、できるものならしてみなよ。今の僕は――あの時とは違うもんね!!」

 五十嵐は琥珀の瞳をカッと見開いた。生理的に不快になるような笑顔を浮かべる。彼女は半袖部分から延びる腕をおもむろに掲げ――その腕が怪物に飲み込まれるように、漆黒に染まった。

 思わず目を疑う。隣で粉雪が息を呑む。これは――葛葉の能力とも違う、一体、何……?

「僕はあの時とは違う! あの時は単なるコンバットナイフの使い手だったけど、あの失敗から僕は生まれ変わった! 僕はあの失敗のせいで、他の作戦参加者と一緒に降格を食らった……学園の生徒たちにも白い目で見られた……けど! 先輩暗殺者の勧めで僕は悪魔と契約した! そしてその牙を片手と同化させ、全てを喰らう『蜂熊の悪魔』に変貌したんだ!! この力さえあれば、僕は二度と失敗しない。今度こそ粉雪ちゃんを殺してみせる……そして、『一族』がもたらす悲劇に終止符を打つ!! 『蜂熊』の至上目的を果たすのはこの僕だ! あははははははっ!!」

「貴様……!」

 刀を抜き、私は五十嵐に向けて跳んだ。その首元めがけて刀を振り下ろす。しかし黒い腕で受け止められ、ギィンッと金属質な音と共に弾かれた。

「くっ……」

「だから言ったでしょ? 僕は人間じゃないんだ! 普通の手段で勝とうとする時点で君の負け! さっさと諦めて粉雪ちゃんを殺させればいいじゃん!」

「ふざけるな……私は決して屈しない! 一族の掟を果たすためには、麻姫様の仇を討つためには、そして粉雪を守るためなら、私はなんだってしてみせる!」

「あはっ……やれるもんならやってみなよ!」

 不快な笑顔を浮かべたまま五十嵐は黒い腕を振るう。目測を誤り伸びた黒い腕をギリギリで回避し、金髪の一部が消し飛んだ。腕は体育館の壁に埋まり、喰われた壁に穴が開く。暴風と豪雨が体育館を更に激しく掻き回した――ただでさえ、欲望と怨嗟で濁っている空気を。

「五十嵐樹……確かに強いな。だけど、私は絶対に屈しない。許しはしない!」

「君の許しなんて要らないよ。僕は組織のために、僕のために!」

「……千花さん……!」

 刀と黒腕が激しく打ち合うたびに、金属質の派手な音が鳴った。綱渡りのような集中と共に、私は振り抜かれる黒腕を躱し、いなし、相殺した。不意に五十嵐が片手でコンバットナイフを抜く――それに気を取られた瞬間だった。

 五十嵐はコンバットナイフを高く放り投げ、黒腕を振り上げた。その手が口を開けた獣のように変形し、私の肩口に振り下ろされ――。

 

 突然、身体が軽くなった。

 灼熱のような痛みが走り、凄まじい量の血が噴き出す。痛みと衝撃の嵐が脳裏で吹き荒れる中、私は私の腕だったモノを弄ぶ五十嵐を見つめ、倒れ伏した。




蜂熊……八角鷹、蜂角鷹とも。タカ目タカ科ハチクマ属に分類される猛禽類。
    蜂の幼虫や蛹を好んで食べ、蜂の天敵として知られている。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。