ルルルッ、ルルルッ、ルルルッ
不意に携帯電話の着信音が鳴り響き、私はスマートフォンを取り出す。画面に映された発信者名は――五十嵐。麻姫様の仇候補の一人だ。彼女が何故、私に連絡を? 何故、このタイミングで?
一瞬、凄まじい悪寒が走る。嫌な予感がする。酷く名状しがたい、予感。それを振り払うように、私はスマートフォンを耳に当てる。
「――もしもし」
『ふふ、千花ちゃん……あかりちゃんは倒したみたいだね』
「ええ……そんなことはどうでもいいです。要件を話しなさい」
『いいよ。ふふ……でも、僕としては面と向かって話したいなぁ』
その声色はいつもと変わらない、どこか不気味なものだ。彼女は変わらない口調のままで、白魚のような指を伸ばすように告げる。
『――真実を知りたいでしょ?』
「っ!」
真実。それはもしや、麻姫様の仇にまつわる話ではないのか。
『あはっ、やっぱり反応した。そうだよ、君の前の主が死んだことのお話。僕は真実を知っている。君は知らない。だから、教えてあげるの。千花ちゃん、粉雪ちゃんを連れて体育館においで。すべては、そこで』
――ブツッ
通話は一方的に切れた。スマートフォンを仕舞いつつ、私は考える。
麻姫様を殺したのは、誰なのか。候補は既に走りと五十嵐しかいない。やはり彼女が、麻姫様を――?
◇
「いらっしゃい。二人とも」
「――っ!」
隣で粉雪が目を見開き、両手を胸の前で握り合わせる。
――体育館は、文字通り血塗れだった。あちこちに血飛沫が飛び散り、床には血塗れの斧が一本突き刺さっている。何より目を引くのは、ステージの傍に脈絡なく転がされている三つの人影。癖の強い黒髪にグレーのパーカーの少女、赤髪のウルフカットにチョコレート色のリボンとミニスカートの少女、赤茶色のミドルロングにベージュのブレザーの少女。
「仁科さん、幸村さん……御影さんっ」
「死んでいますね。殺し合い、でしょうか……それにしてはおかしい。御影さんも幸村さんも武器は刃物ではなかった……にもかかわらず、仁科さんの致命傷は切り傷……いや、それにしても、どこかおかしい」
私は三人の遺体を注意深く眺める。仁科の腹には大きな傷があった。しかし、それは切り傷にしてはおかしい……まるで、狼か何かに食い千切られたような傷。ざっと死因を判断すると――私は、ステージに座る人影を見やる。
「――貴女がやったんですか? 五十嵐さん」
「違うよ。三人で勝手に殺し合いを始めたんだ。誠ちゃんはきっと、殺しすぎたんだね。正直、残念だよ……僕以外の人間に粉雪ちゃんが殺されるのを防いでくれる、使える人間だったのに。まぁ、今となってはもう関係ないんだけどね。残っているのは僕とターゲット、守護者、そして裁定者だけ。邪魔者はいない」
「――それにしては、仁科さんの傷はおかしいでしょう。まるで獣に食い千切られたような……人間がやることとは思えません。少なくとも、貴女は見ていたのでしょう? 心当たりくらいはあるんじゃないですか?」
「ふふ……そうきちゃったかぁ」
彼女は軽やかにステージから飛び降りる。御影の亡骸を踏みつけ、彼女はゆっくりと歩きだした。両腕を大きく広げ、狂言回しのように語り出す。
「僕は暗殺組織『蜂熊』のメンバー。『蜂熊』は『一族』を滅ぼすことを至上目的としている組織でね。かつて黒組で親友を失った政治家が暗殺者を集めて設立したんだ。世界中に支部があってね。僕の高校、彼岸桜学園もその傘下にある」
粉雪が震えながら一歩下がる。すっと手を伸ばし、私は逆に一歩前に出た。彼女が何を言いたいのか見えてこない……いや、うっすらとは見えてくるけれど。
「つまり貴女は組織の至上目的のために、麻姫様を殺した……そういうことですか?」
「ふふ、当たりだよ」
「っ!」
反射的に刀に手をかける。五十嵐はそれを劇でも眺めるように見つめ、懐から銀の仮面を取り出す。
それはあの日、映画館で見た連中と同じもの――脳裏に焼き付いて離れない記憶が、鍵守一族の掟が、彼女を殺せと絶叫している。
「ふざけるな……殺してやる……」
「ふふ、できるものならしてみなよ。今の僕は――あの時とは違うもんね!!」
五十嵐は琥珀の瞳をカッと見開いた。生理的に不快になるような笑顔を浮かべる。彼女は半袖部分から延びる腕をおもむろに掲げ――その腕が怪物に飲み込まれるように、漆黒に染まった。
思わず目を疑う。隣で粉雪が息を呑む。これは――葛葉の能力とも違う、一体、何……?
「僕はあの時とは違う! あの時は単なるコンバットナイフの使い手だったけど、あの失敗から僕は生まれ変わった! 僕はあの失敗のせいで、他の作戦参加者と一緒に降格を食らった……学園の生徒たちにも白い目で見られた……けど! 先輩暗殺者の勧めで僕は悪魔と契約した! そしてその牙を片手と同化させ、全てを喰らう『蜂熊の悪魔』に変貌したんだ!! この力さえあれば、僕は二度と失敗しない。今度こそ粉雪ちゃんを殺してみせる……そして、『一族』がもたらす悲劇に終止符を打つ!! 『蜂熊』の至上目的を果たすのはこの僕だ! あははははははっ!!」
「貴様……!」
刀を抜き、私は五十嵐に向けて跳んだ。その首元めがけて刀を振り下ろす。しかし黒い腕で受け止められ、ギィンッと金属質な音と共に弾かれた。
「くっ……」
「だから言ったでしょ? 僕は人間じゃないんだ! 普通の手段で勝とうとする時点で君の負け! さっさと諦めて粉雪ちゃんを殺させればいいじゃん!」
「ふざけるな……私は決して屈しない! 一族の掟を果たすためには、麻姫様の仇を討つためには、そして粉雪を守るためなら、私はなんだってしてみせる!」
「あはっ……やれるもんならやってみなよ!」
不快な笑顔を浮かべたまま五十嵐は黒い腕を振るう。目測を誤り伸びた黒い腕をギリギリで回避し、金髪の一部が消し飛んだ。腕は体育館の壁に埋まり、喰われた壁に穴が開く。暴風と豪雨が体育館を更に激しく掻き回した――ただでさえ、欲望と怨嗟で濁っている空気を。
「五十嵐樹……確かに強いな。だけど、私は絶対に屈しない。許しはしない!」
「君の許しなんて要らないよ。僕は組織のために、僕のために!」
「……千花さん……!」
刀と黒腕が激しく打ち合うたびに、金属質の派手な音が鳴った。綱渡りのような集中と共に、私は振り抜かれる黒腕を躱し、いなし、相殺した。不意に五十嵐が片手でコンバットナイフを抜く――それに気を取られた瞬間だった。
五十嵐はコンバットナイフを高く放り投げ、黒腕を振り上げた。その手が口を開けた獣のように変形し、私の肩口に振り下ろされ――。
突然、身体が軽くなった。
灼熱のような痛みが走り、凄まじい量の血が噴き出す。痛みと衝撃の嵐が脳裏で吹き荒れる中、私は私の腕だったモノを弄ぶ五十嵐を見つめ、倒れ伏した。
蜂熊……八角鷹、蜂角鷹とも。タカ目タカ科ハチクマ属に分類される猛禽類。
蜂の幼虫や蛹を好んで食べ、蜂の天敵として知られている。