「う、うぁあ、あっ」
「千花さん……!」
粉雪の金切り声。だけどそれに応えられるほどの余裕はない。焼けるような痛みが脳裏を冒す。自分の叫び声がどこか遠く聞こえる。零れ落ちそうな意識を必死で搔き集め、私は傍に落ちた刀に右手を伸ばす。
「あはっ、もう諦めたらいいのに。君は僕に勝てない。だから早く諦めて、粉雪ちゃんを殺させなよ。僕は『一族』を滅ぼす。黒組の悲劇に終止符を打つ。粉雪ちゃんで犠牲は最後にする。そのためなら、僕はなんだってしてみせるよ」
五十嵐の声が遠く聞こえる。つかつかと歩み寄ってくるような音がする。私は半ば無理やり刀を掴み、床に突き立てた。ふらつきながらも無理やり立ち上がり、五十嵐を睨みつける。
「千花さん……大丈夫なの?」
「大丈夫、とは程遠いですね……ですが、関係ありません。私は私の使命を果たす。それだけです」
半ば虚勢で言い放つ。失った腕は相変わらず焼けるような痛みを発しているけれど、だからといって使命を放棄するわけにはいかない。放棄するつもりもない。そんな私に五十嵐はつまらなさそうに息を吐き、言い放った。
「しつこいよ千花ちゃん。いい加減、諦めてよ」
「いや……私は諦めない。屈しない! はぁ……っ」
荒く息を吐き、五十嵐に一歩近づく。左の肩からは延々と血が流れ続けている。凄まじい勢いで血がなくなっていくが、構わない――いや、むしろ好都合だ。唇を笑みの形に歪め、刀を床に刺し直す。正に背水の陣――即ち、鍵守の本領発揮だ。
◇
『千花、今日で貴女も十三歳ね』
『はい……でも、お母様。急に呼び出して、どうしたのですか?』
二年前のことを思い出す。正座して向き合う私の目を見据え、母は口を開いた。
『もう、貴女も鍵守の真の力を知ってもいい頃ね』
『……真の、力?』
『そう』
母は片腕を伸ばすと、袖を捲る。腰のケースから徐にナイフを取り出し、何気ない動作で――腕を、貫いた。引き抜かれたナイフから血が滴り、畳を汚す。私は思わず目を見開いた。
『――!?』
『私たちの血には特殊な力が宿っているの。鍵守一族はあらゆる危険、悪意から楓宮一族を守る義務がある。そしてこの世界には怪異が存在し、それが楓宮一族に危害を加えないとは限らない……そのために、我が鍵守一族の先祖は異能の血筋を入れたの。私たちはあくまで亜流で、本筋には及ばないけれど……』
『……っ』
母の腕からは血が流れ続けている。それに目を奪われながら、私は夢中で母の言葉に耳を傾ける。
『私たちが宿す力……それは、血を使って怪異を祓う能力。私たちの血を受けた刃を使えば、あらゆる怪異は霧となって消える……けれど、私たちはあくまで亜流。本流ではない私たちが力を使うには、四肢の一つを犠牲にしなければならない……だから鍵守一族でも、この力は滅多に使われない。そもそも怪異への遭遇確立自体が低いしね。……千花』
不意に名前を呼ばれ、私はびくりと肩を震わせた。母は隙のない瞳で私を睨む。すぅっと息を吸い、母は僅かに震える声を響かせた。
『もし、その力を使わなければならない時……主のために自身を犠牲にする覚悟を、まだ子供の貴女に求めるのは酷かもしれない。けれど、それが鍵守一族なの』
『……大丈夫、です』
私の声も震えていた。握りしめた拳が震える。それでも、幼い私は必死に言葉を紡ぐ。
『私は、麻姫様を守ると決めました。この命に代えてでも……そのためなら、手足の一つや二つ、切り捨ててみせましょう』
◇
数年後に主を失うことを、当時の私は知らない。
そして、本当に片腕を失うことになるとも、知らなかった。
勿論、守るべき人が新たに現れることも。
腕が血で汚れる。刀が血を纏い、赤く染まってゆく。痛みに思考が冒される中、笑いが零れるのを抑えきれない。私たち鍵守一族が秘匿してきた、文字通り、起死回生の一手。
「……何がしたいの?」
「貴様に喋ってやる義理はないっ!」
叫び、私は駆け出した。身体の重心が崩れているせいで動きにくいが、関係ない。片手で血塗れの刀をひしと掴み、黒腕に向けて振りかぶる。五十嵐は何も知らずに黒腕で防御態勢をとる――私は思わず笑みを零した。やはり、この力が秘匿されていてよかった。
血の滴る刀が黒腕を打ち、刃が肉に食い込む。紅い奔流が噴き出すと共に、腕の黒色が爆散する。悪魔の叫びだろうか、人のものとは思えない絶叫が嵐に負けじと体育館に響き渡った。耳を貫くような絶叫の中で、私は笑う、耐えきれないように笑う。五十嵐は訳がわからないというように、人のものに戻った腕を見つめ――不意にその膝から力が抜けた。力なく崩れ落ち、彼女は呆然と呟く。
「……そんな……僕は、力を手に入れたのに……また失敗するの……?」
「失敗? ――それを言うなら、貴女の失敗は」
もう一度、刃を振りかぶる。今度は腕ではなく、首に向けて。
「――鍵守一族を敵に回しておきながら、悪魔の力に溺れたことだッ」
血塗れの刃が、少女の首を刎ね飛ばした。
◇
五十嵐の首が吹き飛び、ゴロゴロと転がる。胴体は一気に弛緩し、どさりと崩れ落ちた。動かなくなった死体から視線を外し、私は粉雪に近づく。
「――無事ですか? 粉雪さん」
「……千花さん……っ!」
粉雪は弾丸のように駆け寄ってきたかと思うと、半ば体当たりのような勢いで抱きついてきた。
「千花さん……千花、さんっ……!」
「……すみません、心配かけて」
「本当だよっ! 千花さん、死んじゃうかと思っちゃったじゃん……もう、本当に心配したんだよ、わたしは……わたしは……!」
涙声で叫ぶ粉雪の頭を、残った手でそっと撫でる。先ほどとは違う笑顔が口元を彩っているのを自覚する。粉雪の体温は温かくて、確かに命がそこにあると雄弁に語っていて……あぁ、この人を守れてよかったと、心の底から思ったのだった。
◇
「あーらら。樹サンも死んじゃいましたかぁ。これで五人転校っすね。しかも五人中四人が即死。回収大変だなー」
「そうねぇ……それにしてもやっぱり素敵ね。お嬢ちゃんたち」
「素敵……っスかぁ?」
体育館の中心で抱き合う少女たちを見つめながら。理事長はそう言うけれど、ウチにはさっぱりわからない。
「お言葉っスけど、ウチにはそういうのわかんないっス……おっと、千花サンが」
片腕を失った千花サンが粉雪ちゃんの手の中で倒れ伏す。粉雪が慌ててスマホを取り出し救急車を呼ぼうとするけど、残念、千花サンが片手を失った時点で手配済みっス。とっくに体育館前で待機してるんだろうなー。千花サンには助かってもらわないと困るんスよね。真オリエンテーション的な意味で……いや、葛葉的な意味だと助かってもらっちゃ困るんスけど。
「とりあえず、五人回収に行ってくるっスー」
「いってらっしゃーい」
理事長が手を振ってウチを見送る気配。扉を閉める直前、理事長の楽しそうな呟きが聞こえた。
「……本当に面白いわァ。お嬢ちゃんたち」