デビルズ・コンフリクト   作:東美桜

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第35話 病院にて

 ――白い光が視界を満たす。ぼんやりとした景色に徐々に焦点が合い、私はそれが天井だと認識した。薬臭い空気が鼻腔を満たす。半身を起こし、見回すと……見覚えのある姿が視界に入った。

「走りさん……? ここは?」

「ミョウジョウ学園大学付属病院っス。とりあえず、千花サンは無事みたいっスね」

「無事……でしょうか?」

 片腕を失っておいて無事とは、笑わせてくれる。対し、走りは朗らかに笑った。

「あっはは、まァどっちでもいいっしょ。とりあえず傷の処置と輸血がされて、一命は取り留めたって感じっス」

 その言葉に、私は左肩に触れた。入院服越しに滑らかな感触。当然のように、そこには何もない。粉雪を守るためとはいえ、これが、力の代償。

「千花サンのご希望があれば義手も用意するっスよ。普通に動かせるようになるには、血の滲むようなリハビリが必要っスけどね。思い出すなー純恋子お嬢様。あの肉体改造はエグいっすよ、うひゃひゃ」

 純恋子……英純恋子のことだろうか。英財閥の跡取り娘。それ以上の情報はないけれど……何かと敵が多い英財閥の跡取りとして生き残っていることからして、何かあるんだろうな、とは思う。守護者たる鍵守一族を抱えている楓宮一族のように。最も英財閥と楓宮一族は別に敵対はしていない。恐らく、私が彼女らに関わることはないだろう。

「……義手ですか。対価は?」

「それは鍵守本家に請求するっス。鍵守も義手の一つや二つ、買えないほど貧しくはないっしょ? 何せ天川天使学園なんつーお嬢様学園に子供通わせられるくらいなんスから」

「それは、そうですが……分かりました。実家に相談して、許可が出れば提供を受けましょう」

「了解っス……あぁ、そうそう」

 ぴしっと敬礼し……走りは不意にその表情を歪めた。笑みの形をした口元からサメのような歯が覗く。不気味な笑顔を浮かべながら、彼女は言い放った。

「――復讐遂行、おめでとうっス」

 

 

「千花さんっ!!」

 入れ替わりのように粉雪の声が聞こえた。転びそうになりながらも病室に入ってきて、私のベッドの傍に膝を突く。

「はぁ、はぁ……よかった、目が覚めたんだね」

「……すみません、心配をかけてしまいましたね。私は大丈夫です」

「本当に? 腕は……」

「義手を作れるそうです。本来の腕のように使えるようになるには相当の努力が必要だそうですが……耐えてみせましょう。力を使うのに、代償を支払うのは当然のことです」

「そう、なんだ……」

 粉雪は深く息を吐くと、傍に置いてあった丸椅子に座り直した。彼女はしばらく視線をふらふらさせていたが、不意に顔を上げる。すぅっと息を吸い込み、口を開いた。

「……でも、ずっと気になってたんだけど……あの力はなんだったの?」

「あぁ、あれですか?」

 聞かれるとは思っていた。天井の片隅の監視カメラに目をやり、立ち上がる。手を伸ばし、カメラの電源を落とすと、窓を開けた。あれほど激しかった嵐が嘘のように、病室から見える空は晴れ渡っている。

「……鍵守一族は、楓宮一族を守るための一族。私たちはあらゆる悪意と危険から主を守る義務がある……二つの一族の黎明期、楓宮一族の物が、葛葉という呪術を得意とする家系の者に殺されたことがあったのです。それ以降、鍵守一族は人知を超える力への対抗策を講じずにはいられなかった……そして出された結論が、血を以て怪異を祓う一族の血を分けてもらい、亜流となることです」

 振り返り、粉雪と目を合わせる。窓から爽やかな風が吹いてくるのを感じながら、言葉を紡ぐ。

「――そして私は、その力を粉雪さんのために使おうと思います」

「え……?」

「守るべき主は今はなく、仇への復讐もしおおせた……鍵守に戻っても、守るべき人はそこにはいない。ならば私の出す答えは一つです。私は貴女を守りたいと思った……それが私自身の意志。ならば、それに従うまでです」

 私は粉雪にそっと歩み寄り、その手を取った。粉雪の見開かれた瞳が揺れる。爽やかな風が病室を満たす中、私は青いスミレの花が開くように微笑む。

「――ずっとそばで、貴女を守ると誓いましょう」

「……ありがとう、千花さん」

 つられたように粉雪も、桃色のツツジの花が咲くように笑う。青い瞳から透明な涙が溢れ、太陽の光を反射して輝いた。

 

 

「……もしもし、お母様」

『なあに? 千花』

 病院の屋上には爽やかな風が吹いている。スマートフォンを耳に当て、私は母と電話していた。雲一つないこの空のように透明な言葉を、私は唇に乗せる。

「……鍵守一族の掟は、果たしおおせました」

『そう……よかったわ』

「それと、左腕を失いました」

 その言葉に、電話の向こうの声は一瞬、沈黙した。私は凪いだ海のような心地で母の言葉を待つ。しばらくして、微かに震える声が届いた。

『……相手は、葛葉?』

「いいえ……悪魔と契約して力を得ただけの、ただの人間です。私は彼女の腕に宿った悪魔に左腕を食い千切られ……それがトリガーとなって力が発動し、仇を、殺しました」

『……そう』

 母の言葉は簡潔なものだったが、溢れるほどの安堵が滲んでいた。緊張が解けるような吐息が聞こえる。長い溜め息の末、母は改めて口を開いた。

『ところで、千花……貴女は、これからどうするの?』

「それについても、お話ししようと思っていました」

 見上げると、遥か上空を飛行機が通り過ぎていくのが見えた。それを眺めながら、私は一度唇を引き結び……声を出す。

「私は、これからは天羽粉雪さんのために生きていこうと思っています」

『天羽粉雪……? それは最初、貴女が殺す殺すと繰り返していた少女でしょ? どういう風の吹き回しなの? 彼女のためにって……それは、彼女を守る、という意味でいいのよね?』

「ええ」

 飛行機は真っ直ぐに青空を切り裂いていく。爽やかな笑みが口元を彩るのを自覚しながら、私は言葉を紡ぐ。

「彼女を殺そうとしていたのは、単なる私の八つ当たりです。黒組に来て、私は本当の彼女を知りました。彼女は優しくて、真っ直ぐで、純粋で……仕えるに値する人間です。私は彼女を守りたいと思った……たとえ、何を敵に回そうとも」

『……そう……』

「だからどうか、お許しください。楓宮一族以外の人間を、守ることを」

『勿論』

「えっ?」

 意外なほどあっさりと許された願いに、思わず聞き返す。電話の向こう、母はくすりと笑みを零し、悪戯っぽく言葉を紡いだ。

『後で当主様にも話してみるけど、私としては問題ないと思うわ。だって「楓宮一族以外の人間を守ってはいけない」なんてルールはないもの。勿論文句は出ると思うけれど……でも、その位なら私がねじ伏せてあげる。だって千花……』

 変わらず悪戯っぽい声色で、母は告げる。

『鍵守一族の根幹にあるのは「大切な人を守りたい」という想い。それは共通だもの……きっとわかってもらえるわ。だから千花は安心して、千花の道を歩んでいいの』

「……はい!」

 柔らかい手でそっと背中を押してくれるような言葉に、私は頷く。よかった。私の意志が、認められたんだ。粉雪を一生守っていこうという、私の意志が。天を仰ぎ、零れそうな涙を堪える。不意に電話口から、思い出したような声が耳を打った。

『そういえば千花。鍵守の血のことで、伝え忘れてたことがあったんだけど……』

「……何ですか?」

『武器に付着した鍵守の血はそう簡単には消えないわ。つまり、その武器を使い続けている限り、何度怪異に遭遇しても大丈夫。それと鍵守の血は、人知を超えた力ならどんな力にも効果を発揮するからね。それを忘れないで』

「……はい」

 母の言葉の真意はよくわからないけれど、その声はひどく優しい響きで。私は決して忘れないよう、その言葉を胸に刻み込む。

 白い機体の飛行機は空を切り裂き、真っ直ぐに飛んでいった。

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