『そう。貴女は「一族」の仲間にはならない……そう言うのね?』
「はい……わたしに人を支配する力なんてありません……何より私には、人を支配する側になんて回りたくないんです」
『あら、そう』
数十分後、私は再び1908教室にいた。巨大ディスプレイに映し出された理事長に向け、わたしは声を上げる。対し、理事長は読めない笑みのままで、ナイフを振り下ろすように言い放つ。
『それで貴女のために犠牲になった人々が納得すると思うのかしら?』
「……わたしを庇って死んでしまったみんなが、わたしが女王蜂になることを望んでいただなんて、どうしても思えないんです」
「ああ言えばこう言う子っスねー。晴ちゃんでももうちょっと聞き分け良かったっスよ」
『いいのよ鳰さん』
理事長は再び走りさんを押しとどめ、微笑みかける。
『粉雪さん、貴女に見ておいてほしいものがあるの。鳰さん、粉雪さんを「あの場所」に案内してあげて』
「了解っス――」
走りさんは深々と礼をすると、歩き出した。わたしはその後を追いながら、考える「あの場所」って? 走りさんは、理事長はわたしをどこに連れて行こうとしているの?
◇
女王蜂の力……プライマー。
『一族』の女性にだけ稀に発現する特殊なカリスマ。
粉雪はその能力者で、私はその力により粉雪を守らされていた。
――真オリエンテーションで語られたことは、要するにそういうことだ。
電気をつけることすら忘れたまま、私は部屋の片隅に座り込んでいた。さっきからずっと、ぐるぐると同じことばかり考えている。脳裏に駆け巡るのは粉雪との日々。彼女の髪の色、彼女の瞳、彼女の声、彼女の体温……。私は本当に、自分の意志で彼女を守っていたのか? 私たちはただの利害関係だったのか? 思えば、黒組で再会した時から心が動いていた。いくら考えても堂々巡りで、私は深く溜め息を吐いた。
「いや……そんなわけが、ないでしょう」
無理やり言葉を口にするけれど、説得力はあまりにも欠けていた。この世界は呪術や悪魔が存在する世界だ。カリスマ能力の一つや二つ、あっても不思議ではない。百合もあの状況で嘘を吐く必要はなかった。恐らく彼女が能力を持っていることは真実なのだろう。問題はそれを、使ったのか、否か。いや、百合は「意図せず能力が発動する場合もある」と言っていた。粉雪にそんな素振りはなかったし、無意識に発動していたのか、あるいは本当に使っていないのか。それだけは考えても仕方ない……粉雪本人すら知り得ないことなのだから。なら、私はどうするべき? 粉雪に真実を確かめようとしても仕方がない。なら、私が私自身の意志で彼女を守ったのだと示すべき? しかし、どうやって?
――ゴトンッ
ベッドに置いておいた刀が、鞘ごと床に落ちた。導かれるようにそれに手を伸ばし、刀を抜く。血塗れの刃が月光を反射し、冴え冴えと煌いた。開け放しの窓から秋の風が吹き込む。鍵守の血を纏った刀。人知を超えた力に対抗する術。不意に脳裏に母の言葉がよぎる。人知を超えた力なら、どんな力にも鍵守の血は反応する。
私は刀を鞘に納め、腰に刺した。窓を閉め、歩き出す。
やっとわかった。これが私の意志を、忠誠を、愛を証明する術。我ながら不器用だけれど、最善の方法とは程遠いだろうけれど、他に方法が思いつかないのだ。
――さぁ、粉雪を探そう。
◇
「着きましたよー、どーぞォ粉雪ちゃん」
長い時間をかけて下がっていったエレベーターが、止まる。走りさんにその先を示され、顔を上げ――言葉を、失った。
無数の六角柱がビル群のように乱立し、天井からも先が尖った六角柱が氷柱のように降りている。香が焚き染められているように煙たい空気の中、私は歩き出した。
「……ここは……?」
「ここは『一族』のために犠牲になった人々が眠っている、地下霊廟っス。とはいえ、ここにあるのは名前だけ。『一族』のために死んでいった人たちを絶対に忘れないように、刻み付けておくための場所っス」
名前。もしかしたら、わたしの家族の名前もどこかにあるかもしれない。そう思った瞬間、居ても立ってもいられなかった。突き動かされるように歩き出し、一つ一つの六角形を確かめていく。
「元々ここは弔いの地だったんスよ。後からミョウジョウ学園が上につくられたんス。使者たちの魂を、子供たちの明るい笑い声で慰めるためにね。『我らは決して泣きはしない。見届けよう、永久に。我らが世界を勝ちゆく様を』――ってね」
走りさんの足音が不意に止まる。振り返ると、彼女は微笑んでいた。いつものどこか不気味なそれではない……共感するような、笑顔。
「……ウチはね、天涯孤独の身だったんス。そこを理事長に救われて、教育を受けて……あのね、粉雪ちゃん。ウチみたいに、『一族』のおかげで救われる人間がいるってことも、忘れないで欲しいっス」
「……」
思わず俯く。そう言われたって……簡単には、納得できないよ。わたしは『一族』の真実を知ってしまった。人を魅了し、心を支配する力のことを。私の気持ちを汲んだのか、走りさんは微笑んで続けた。
「少し、一人で考えてみて欲しいっス。少ししたら、迎えに来るんで」
そう言って走りさんは踵を返した。私は振り向き、大切な人達の名前を探そうとして。
「あっ……」
――吸い寄せられるように、ひとつの六角形に目が留まった。
AMOH
Haruhiro,Marika,Chiaki,Shotaro,Kokone
FUMIYA Maki
「……皆……ここにいたんだね……」
六角形に触れ、やっとのことでそれだけを零す。懐かしさ、悲しみ、喜び……様々な感情が混ざり合って溢れ出す。唇を噛み、零れ落ちそうな涙をじっと堪えた。
――と、後ろに人の気配がした。振り返ると、肩につかないくらいの金髪が揺れる。黒くて細いカチューシャ、サファイアのような青い瞳、白い肌、私と同じ高校の制服……紛れもない、千花さんだ。
「……千花、さん? どうしてここに」
「粉雪さん……もう一度聞かせてください。貴女は私を操っていない、女王蜂の力を使っていないんですね?」
そうだよ――そう答えようとして、はたと止まる。今までにないくらい真剣な顔をした彼女の、片手に握られた「それ」を見て、私は思わず言葉を失った。
――赤い、赤い、封筒。
「……千花さん、それはッ」
「私は、私があなたを信じていることを証明する。それが私にできる、唯一の証明だから。出席番号3番、鍵守千花――参ります!」
彼女は予告票を投げつけ、刀を抜く――混じり気のない銀光が、冴え冴えと瞳を焼いた。