「そんな……千花さん……っ!」
目の前の光景が理解できない。頭が理解を拒んでいる。どうして千花さんが、わたしを? ずっと一緒に戦ってきたはずなのに……どうして? 同じ疑問ばかりが脳裏をぐるぐると冒し、まともな思考ができない。
千花さんはわたしの首を狙って刀を振り抜いた。冴え冴えとした銀光が目を焼く。ギリギリで回避すると、二つ結びにした髪の毛先が散った。私は手近な燭台を掴み、投げつける。それをバックステップで回避する千花さんに、私は叫ぶように語り掛ける。
「お願い、千花さん、やめて……千花さんと戦いたくなんかないよ!」
「ええ、その通りです――私と戦う必要なんてない」
――声が、聞こえた。
はっとして振り向き――その光景に、思わず目を見開く。僅かにカールした金髪が揺れた。美しい青の瞳がわたしを見据える。彼女はもう一人の千花さんに視線を移し、刀を抜き放った。血塗れの刃が目を焼く。不意に何かが引っ掛かり、最初に現れた千花さんを、その刀を見ると……血痕の欠片もない、混じり気のない銀色の刃。この人は、千花さんじゃない……?
千花さんの姿をした誰かに向け、千花さんは刀を突きつける。
「――葛葉の者が、何故ここにいるのです?」
◇
「葛葉……?」
「とぼけないでください。その力は葛葉の呪術でしかない」
「……千花さん、どういうことなの?」
まるでわけがわからないとでも言うように粉雪は問う。対し、私は葛葉の人間から視線を外さないまま応える。
「この国の暗殺者の頂点に立つ二つの家。東のアズマ、西の葛葉と呼ばれる西側の勢力です。特殊な香と催眠術で幻覚を見せる、呪術師の一族……それが葛葉。しかし、なぜこんなところに? 予告票があるということは……貴女は、走り鳰さんですか?」
「……」
「答えなさい。葛葉の人間」
「――粉雪さん。彼女は偽物です、離れてください!」
……ここまで来てまだ演技を続けるとは。中々に面倒だ。彼女は私に向けて駆け出した。その刃を受ける私と葛葉の人間を見比べ、粉雪は叫ぶ。
「……わたしには分かるよ。本物の千花さんが、どっちなのか」
「……っ」
その言葉に、葛葉の人間の刃が鈍った。私は彼女を突き飛ばし、攻勢に出る。腕に斬撃を放ち、腹を薙ぎ、脚を斬った。流石は葛葉の人間、耐性があるのだろうか。斬られた箇所から赤い光が小さな爆発を起こすように放たれては収束する。どうやら五十嵐の時のように、一撃で綺麗に力を消し去るとはいかないらしい……しかし、その姿は確実にぶれ始めている。映像にノイズがかかるように時折その姿がぶれ、違う人間の姿に戻っては、私の姿が重なる。しかし皮を剥くようにぶれたその姿は、金髪のボブカット、赤い瞳、ミョウジョウ学園の制服――……間違いない、走り鳰だ。
「やはり貴女でしたか……走りさん」
「違う……貴女こそ走り鳰でしょうッ! 粉雪さんから離れなさいッ!」
「見苦しいですよ。もうあなたの姿は分かっています」
「ケッ……!」
走りは派手に表情を歪めた。もう自身の正体を隠すことすらせず、刀を構えて絶叫する。
「アンタはそれでいいんスか!? 騙されて、支配されて、それでも許せるんスか!? アンタの主だって粉雪ちゃんの力のせいで死んだかもしれないんスよ。なのに、なのに、許すって言うんスかぁ!?」
「粉雪は自分の意志で力を使ったわけではなかったッ! 私はそう確信しています……それに許すも何もないでしょうッ!
「……っ!?」
走りが目を見開く。粉雪が息を呑む気配。そう、それが私が出した結論。粉雪の
「私は揺れない、私は迷わない。私は粉雪のために生きると決めました。それはもう曲がらない……曲がれない!」
走りの腹に刀を突き刺し、抜く。苦しそうな呻き声と共に彼女はうつ伏せに倒れた。完全に幻術が解けた中、彼女は私たちを見上げる。
「完全にイカれてるっスね……いいっスか?
意識が朦朧としているのか、その言葉は今にも途切れそうだ。そんな彼女の傍に跪き、宣言する。
「――ええ。どんな敵が来ようとも、私がすべて倒してみせましょう」
「どーやら本気みたいっスね……黒組、始まった時は……あんなに迷ってた、アンタが……」
そこまで言ったところで、走りは瞳を閉じた。完全に気を失ったらしい……走りから目を逸らし、粉雪に向き直る。血塗れの刀を片手に持ったまま、私は彼女に一歩近づいた。
「先ほど言ったとおりです。貴女の
「……わたしは、そうしてほしいけど……千花さんは、それでもいいの? 走りさんが言ったとおり、これから千花さんはいろんな人と戦わなきゃいけなくなるけど……」
「構いません。
「……千花、さん……」
粉雪は不意に表情を隠すように俯き、片手を伸ばした。だけど、どんな表情をしているかは見なくてもわかる。
「……ありがとう、千花さん……お願い」
「ええ。……少し痛いでしょうが、我慢してくださいね」
白い腕を見つめる。私だって、できることなら彼女を傷つけたくはないけれど……他に方法がないのだ。傷を残さないようにするには、できるだけ鋭く切らなければならない。
徐に刃を掲げ、振り下ろす。鮮血が飛び散ると同時に、粉雪の傷口から蜂蜜色の光が溢れ、霧散していった。私は刀を納めると、ポケットから包帯を取り出し、手早く傷口に巻く。粉雪はしばらく歯を食いしばっていたが、不意に表情を緩め、私を見上げた。
「……これで、全て終わったの?」
「ええ。貴女の
彼女の腕から、そっと手を放す。花が綻ぶように微笑む粉雪を、私はそっと抱き締めた。彼女の耳に口を寄せ、囁く。
「――私が貴女を、愛していることも」
「……ありがとう……わたしも、大好きだよ……」
私の背に粉雪の手が回る。二人は抱き合ったまま、動かない。
蜂蜜色の光は小さな粒となり、天高く舞い上がっていった。