……遅い。
天羽粉雪が帰ってこない。教室に残っているにしても、遅すぎる。ホームルーム終了から既に30分以上が経過しているのに、彼女は来ない。
腕を組み、待っているとーー不意に、二つの足音が耳を打った。刀の柄に手をかけ、警戒して待つ。天羽粉雪と……御影か。二人はいくつか言葉を交わしたのち、別れた。
御影は天羽粉雪に肩入れしているようだ。面倒……。なら、彼女が出張る前に、殺さなければ。
カチャ、キィッ……。
音を立て、ドアが開く。刹那、ドアの脇で待機していた私は、天羽粉雪の首筋めがけて斬りかかった。
「わ!?」
それを彼女はギリギリで回避する。しかしそれで終わるわけがない。もう一度、私は刀を振るった。天羽粉雪は咄嗟に身を捻って回避し、頬に傷がつくーーその寸前で、刃が止まった。
ーー何故?
「やめて、千花さん……!」
「うるさいっ! 喚くなっ!」
狭い部屋の中を天羽粉雪は逃げ惑う。それを私は追い、刀を振るう。しかしなかなか捕まらない……厄介なターゲットだ。
ーーふと後ろに気配を感じ、そちらに刃を向ける。そこには癖の強い黒髪……拳銃を構えた御影の姿。
「ーー邪魔です」
「こっちの台詞。そいつ、殺すの、間違い」
理解不能な、理解する必要もない言葉が耳を掠める。片足を引き、刃の切っ先を向け直す。
「あなたの目的は知りません。が、私の復讐を妨げるなら、死んでもらいーーっ!?」
ーー気づいたときには、天羽粉雪の姿がすぐ後ろにあった。咄嗟に斬りかかるが、彼女の手が刀に伸びる。白羽取りか。大きくかわし、脇腹を狙うが、かわされる。同時に掌を撃ち抜かれた。焼けるような痛みが走る。
「ぐっ……!」
利き手がやられては、仕方がない。左手に刀を持ち直しーー多分、それが隙だった。
「っ!」
素早く背後に回った天羽粉雪が、私の手首と首筋を押さえていた。そのまま引き倒され、衝撃が全身を貫く。これは……護身術。それも、私が麻姫様に伝授したもの……!
「何故……貴女が、これを」
「麻姫ちゃんに、教えてもらったんだ」
ーー何だと?
思わず、耳を疑った。同時に記憶が流れ出す。数ヵ月ぶりに学校に来た天羽粉雪に、麻姫様が護身術を教える姿。
……自分のしたことが、裏目に出るなんて。
思わず歯噛みした時、天羽粉雪の声が耳を撫でた。
「……麻姫ちゃんは、わたしに、生きてほしくて」
「……嘘だ」
「違う。嘘つきのダルさが、ない」
何故か即答する御影。その言葉の意味はわからないが、確かにその声には嘘くさい響きがない。
……でも。
「……嘘だ」
そんなこと、信じられるわけが……。
「嘘だ……嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だっ!! だって私の主は、麻姫様は、お前のせいで死んだんだ!! お前を、庇って……お前のせいで!! 私は許さない、絶対に許しはしない……!!」
血を吐くような絶叫が響いた。地に伏せたまま、背中の上の天羽粉雪を睨み付ける。その言葉に一瞬、彼女は息を呑んだ。しかし一転して、静かな声で語り出す。
「……そう、だね。麻姫ちゃんは、わたしのせいで死んだ。わたしを庇って。……それは、謝っても許されることじゃないよね」
……私の頬に、透明な涙が落ちた。私は目を見開く。
人殺しが、主を殺したあいつが、こんな綺麗な涙を流せるのか?
「でも、あの時、麻姫ちゃんが死んだ時、あの人は言ったんだ。『生きて』って。『私の分まで』って……」
……嘘だ。
そう言いたいのに、声が出ない……。
粉雪は私の目を真っ直ぐに見返した。涙で潤んだ、しかし鋭利な視線が私を捉える。
「麻姫ちゃんだけじゃない。お父さんもお母さんも、お姉ちゃんも弟も妹も。皆、わたしを守ってくれて。皆の思いが、わたしを生かす。……千花さん。私は、生き延びてみせる。絶対に殺されずに卒業してみせるよ」
……冗談じゃない。生きて卒業されてたまるか。
だけど……息が詰まる。声が出ない。無意味な呼吸を繰り返す。何も考えられない。
……私が殺すべきは、誰なのか?
……麻姫様を殺したのは、本当に粉雪なのか……?