サー・エドワード・グラストンの肖像〜大英帝国魔術奇譚〜 作:山本倫敦
1.Darkest time
突然の話だった。と言うしか心の整理をつけることができない。しかし、前もって心の準備はしておくべきであったのだろう。勤めて勤めて一年しか経っていないのに僕は職場をクビとなってしまった。それも、主人の浪費癖が原因で起こった財政難による人員削減というつまらない理由で。屋敷にいた時には口が裂けても言えなかったが、そのころでも今でも、その主人をクソ野郎と思い続けている。浪費して金がなくなるのは自業自得なのにしわ寄せを受けるのは僕たち下僕のような使用人というのはあまりにも解せない。おかげでこっちは落ち着くまでロンドンにいる伯母の家に下宿して迷惑をかけなければならなくなった。ただ、素晴らしい紹介状を書いたということらしいので、今僕の怒りは頂点にはまだ達してはいない。
僕の乗った列車はほぼ定刻でセント・パンクラス駅に滑り込んだ。外に出ると、聞きしに勝る煙たさが僕を襲った。伯母はこんな環境で住んでいるのかと思うと、ちょっと不憫に思えてきた。
メアリルボーン通りをそのままずっと行って、少ししたら曲がって、ベーカー街に入ってちょっと進んだ。すると、去年仕事が決まったことを報告しに訪れた伯母の家があった。伯母の家を訪ねるのはあの時以来だ。そう考えると、恥ずかしすぎてノックもできない。しかし、叔母に会わないことにはこれからの生活は始まらない。僕は深呼吸をして、叔母の家のドアを叩いた。
ノックして数秒後に見慣れた懐かしい人が出てきた。伯母だ。
「あらまあ。」
相当驚いたような様子だった。
「久しぶりねえ。ちょっとびっくりしちゃったわ。」
「手紙もよこさずに急に来てごめん、ジェーン伯母さん。」
「とりあえずまあ、入って入って。」
伯母は中へ案内してくれた。家の中は去年来た時とはあまり変わらないかんじだった。僕はコートを脱ぎ、部屋の隅っこにあった椅子に掛けて、その椅子に座った。窓を見ると馬車や人が行きかうベーカー街が目に入る。ここが世界有数の大都市たるロンドンだからか、心なしかみんな忙しそうに見える。こんなだとくつろごうと思っても、なかなかくつろげない。
伯母が紅茶とビスケットを持ってきてくれた。
「なんで手紙もなしにここへきたの?」
開口一番、伯母は聞いてきた。僕は正直に話した。
「……ヘマを、したわけじゃないんだ。」
伯母はうなずいてくれた。
「でも、勤め先をクビにされちゃって……ほら、父さんも母さんも僕もういないから……。」
僕は泣きそうになった。そうだ。父さんは交通事故で、母は病気で死んでいる。だからこそ僕は伯母以外に頼る人がいなかったんだ。それにしても、この一年はほんとついていない。頭を抱え込んで、僕は言った。
「自分がどうなるのか、僕にはわからない。まるで、そうだな、なんか、インクよりも黒い何かが僕を包んで、連れ去ってしまいそうなんだ。」
言っている言葉は自分でも意味が分からなかった。そんな僕を見かねた伯母が、僕の頭をなでながらこう言った。
「二十年ちょっとしか生きてないのに、そんな人生諦めたようなこと言わないの。大丈夫よ、アンソニー。悪いことがあっても、すぐにいいことが巡ってくるから。」
この時の伯母の言葉は単なる励ましにしか聞こえず、にわかに信じがたかった。