サー・エドワード・グラストンの肖像〜大英帝国魔術奇譚〜 作:山本倫敦
翌日、僕は急に不安感に襲われた。いろいろな意味で、「覚めて」いたのだ。もちろん目も「覚めた」し昨日飲んだ酒が抜けて酔いが「覚めた」というのもある。そのせいで、高揚していた気分もめっきり「冷めて」しまった。よくよく考えたら、彼は励ましの一環で(酔っていたならなおさら)嘘を言ったんじゃないか。十分に、ありえる。ダニエルは陽気なやつで、お調子者で、うっかりで、昔からよく嘘を言うことがあった。そんな彼だからこそ、僕を元気づけるために、わざと……。
余計な事を考えることはよそうと思った。一週間と少し待てば、それが嘘か本当かは分かるのだから。そんな風に思いたかったけれども、心は全然落ち着かなかった。なんたって、命がかかっていると言っても過言じゃないもの。寝てもその事を思い、目を覚ましてもその事を思い、朝食を食べても、散歩に出ても、その事を思っていた。それこそもう、恋人を思うように(誤解しないでくれ僕は仕事中毒者ではない)。そんな日々が五日続いて、ダニエルと僕が会った六日後に、ダニエルからの手紙が届いた。
手紙の文面は、こんな風だった。
あの後じいさんに手紙を書いて、お前が職を欲しがっていることも書いておいた。じいさんの屋敷はまだ人員不足なようで、喉から手が出るほどお前のような人を欲しているらしい。ぜひ来てほしいと書いてたよ。住所はここに書いておくから、紹介状を送っておいてほしいそうだ。そうしたら、うちのじいさんからなんかしら連絡がくるだろう。このお礼はしなくていい……と言いたいところだが、どっかのパブで黒ビールをおごってくれ。
僕はこの手紙を読み終わった瞬間、文字通り飛び上がった。やったあ!とものすごい声で叫んでいた。そのおかげで、後ろから見ていた(いつからいたんだ)伯母に苦笑いされる羽目になった。黒ビールの件はさておき、その他はまさに、僕の希望通りだ。僕は紹介状とその屋敷での職を望んでいる旨を書いた手紙を同封し、手紙に書いてあった住所を宛先に書き、その足で、その手紙を出しに行った。
これの返事を待つのにまた三日ほどかかり、ダニエルからの手紙をもらった四日後に屋敷からの返事が届いた。きれいな字で書いてあって、サインは、「ランズワース・ハウス執事・ジョージ・ハーバート・ステイプルトン」とあった。この人がおそらく、ダニエルのおじいさんなのだろう。読んでみると、どうやら面接をするらしい。その屋敷の主人がわざわざ出てきてくれるそうだ。なかなかすごいことだ。ありがたい。日にちは一週間後の三月六日だった。僕はいろいろと、準備を始めた。
お屋敷からの返事をもらった一週間後、僕は伯母、ダニエルと一緒にセント・パンクラス駅のプラットホームに立っていた。思えば、何週間か前にロンドンに来た時もこの駅を使ったんだった。人生とは不思議なものだ。
「忘れ物はない?」
伯母は言った。
「大丈夫だよ。出てくる前にあれほど確認したんだ。」
「そう。頑張ってらっしゃい。」
伯母は僕の頬にキスをしてくれた。それからダニエルは僕の肩をポンと叩き、
「頑張って来いよ。応援してるからな。」
とにこにこ笑いながら言った。
「ありがとう。二人とも、手紙は送るから。」
他になんか気の利いたことを言おうと思ったが、こういう時に限って言葉が全然出てこない。それは僕だけでなく、伯母、ダニエルも同じようだった。
「そろそろ、乗るよ。」
「おう。またな。」
「達者でね。」
僕は汽車に乗った。窓を見ると、手を振っている二人が見えたから、僕も二人に向かって手を振った。二分くらいたったころだろうか。汽車が汽笛とともに走り出した。ホームの景色がだんだんと横へスライドしていく。伯母とダニエルはまだ手を振っていた。無論僕も振っていた。僕も二人も、互いが見えなくなってしまうまで、手を振っていた。
とうとう二人の姿が見えなくなると僕はなんだか、悲しくなった。