サー・エドワード・グラストンの肖像〜大英帝国魔術奇譚〜   作:山本倫敦

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Welcome to "The House" ②

着替えを済ませて窓を眺めていると、ドアをノックする音が聞こえた。僕はどうぞと言って、その人を招き入れた。ステイプルトンさんだ。

 

「おはよう。ハドソン君。こっちだ。ついてきてくれるかい?」

 

手をこまねいてそう言った。そのまま歩いていったので、僕はついていく。案内されてついたのは、使用人の食堂であった。人々はみんなワイワイガヤガヤしゃべっている。でも、ステイプルトンさんが食堂に入り、一つ咳払いをすると、みんながしゃべるのをやめ、食堂は静まり返る。

 

「ご協力、ありがとう。」

 

ステイプルトンさんが言う。

 

「今日から旦那様の従者として仕えることとなった、アンソニー・ハドソン君だ。」

 

僕も

 

「アンソニー・ハドソンです。よろしくお願いします。」

 

と言って、お辞儀をした。ステイプルトンさんは僕の方へ向き直った。

 

「わからないことがあったなら、ここにいる屋敷の使用人に、もちろん私にも、気軽に聞きたまえよ。ここにいる使用人たちは、同じ屋敷、同じ主に仕える仲間なのだからね。だから、」

 

今度は使用人たちの方を向いた。

 

「ハドソンさんが困っていたら、助けてあげるように。なんせ、来てから日が浅いからね。」

 

使用人は皆はいと返事をした。しかし、返事の仕方はさまざまだった。普通に元気に返事をする人もいたし(こっちが大多数なんだけれども)、ふてぶてしく返事をしているような人もいた。どうやら、僕は使用人全員から歓迎されているわけではないらしい。まあ予想はしていたけれど。

 

「では、諸君。私からの話は以上だ。食事中に時間を取らせて悪かった。もう食事に戻ってもらっても構わないぞ。」

 

ステイプルトンさんのその一言で、皆は堰を切ったようにお喋りと食事を再開した。

 

「ゴドフリー!」

 

ステイプルトンさんが呼んだのは、空席の向かいに座る使用人だった。

 

「なんでしょうステイプルトンさん。」

 

「向かいの空席を君の隣に移動させてくれないか?」

 

「わかりました。」

 

ゴドフリーといったその使用人は、向かいにあった椅子を彼の隣に持ってきてくれた。

 

「あそこが君の席だ。座りたまえ。」

 

「はい。」

 

僕はその椅子の方へ歩いて行った。歩いていく間に、何人かが内緒話をするのが聞こえた。僕を悪く言う言葉はあまり聞こえなかったが、一つだけ、

 

「青二才だ。」

 

という言葉が聞き取れた。無理もない。だって、どう考えても二十代前半で従者は若すぎる。想定は、していたことだ。

 椅子に座ると、料理が机の上に置かれた。置いてくれたのは、おそらく厨房に勤めているだろう女性だった。ぶっちゃけて言うと、太ったおばさんだった。

 

「ありがとう、あなたは……。」

 

僕がそう聞くと、彼女はにこやかに笑ってこう答えた。

 

「マリア・エリンって言うよ。ミセス・エリンと呼んどくれ。ようこそ、ランズワース・ハウスへ。」

 

そう言ってそそくさと厨房へ戻って行った。

 

「料理が冷めちまいますよ。」

 

今度は隣から声が聞こえた。振り替えると、さっきのゴドフリーが話しかけていた。

 

「え?」

 

「いや、料理が冷めちまうって、ほら。ミセス・エリンは自分の料理をコケにされんのがこの世の何よりも嫌いなんですよ。朝食が豆粒一個だけになりたくなきゃ、早く食うことですね。」

 

驚いた。

 

「豆粒一個って……前そんなことがあったのか?」

 

「ええ。あそこの、斜め前にいる、リーヴズってやつが前に料理を食わずにメイドたちと喋ってたんです。その時のミセス・エリンの剣幕ときたら……まるで火山が目の前で噴火しているようなくらいに思えましたよ。そんで、次の日の朝食は豆粒一個。メイドたちはちゃんと食べていたので処罰を免れたんですが……ホントですよ、これ。」

 

「そうか、じゃあ気をつけなくちゃいけないな。君は、ゴドフリー、だよね?」

 

「はい。ゴドフリー・ウェッブです。この屋敷で下僕をさせてもらってます。よろしく。」

 

それから、ゴドフリーは周りを見回して小さな声で僕に話しかけた。

 

「さっき、リーヴズってやつのこと、話したでしょ。あいつには注意しといてください。あんまりあなたのことを快く思っていないようだ。あいつから何度も嫌がらせを受けるかもしれない。忠告しときます。まあ、なんかあったら、僕に行ってください。相談には乗りますよ。」

 

僕は、「ああ。」とだけ言った。ゴドフリーは自分の食器を返しにいった。

 

 ふと、見回してみると、やっぱり賑やかだ。前のお屋敷では、食事は皆静かにやっていた。僕はそれには一切の不満をもらさなかったけれど、やっぱり寂しかった。

 

 そう思うと、今まで憎くて憎くてたまらなかった前の主人は、楽しい職場に変わる機会を与えてくれたという意味では、破産寸前に陥ってくれて良かったのかも知れない。

 

 そんなふうに物思いにふけっていると、自分の手が全然スプーンを動かしていないことに気づいた。流石に朝食豆粒一個は懲り懲りである。

 

 急いで食べ終えて、食器を厨房にもどした。気づいてみると、さっきまで賑やかだった食堂が、ウソみたいに静まっていることに気づいた。不思議に思って、食堂に戻ってみると、みんなやけにかしこまっている。見回してみると、どうして皆がそんななのかが、わかった。

 サー・エドワードがその目で僕を捉え、微笑した。


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