魔法少女リリカルなのはS.F.~お前にラブハート~   作:どめすと

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『それはとっても難しいことなの』

 

「どうしたんだ、恭也君。こんな時間に」

 

 扉を開けた矢先。恭也が目にしたのは、営業時間にもかかわらずドラムセットの点検と清掃を行うレイの姿だった。

 

 時刻は19時。

 夜のお店ならばこれからが本番という時刻であり、こんな時間と驚かれるような時刻でもないのだが、今日は少々状況が違っていた。恭也もそれをわかっていたから、風と雨が吹きすさぶ扉をすぐに締めて「すみません」と小さく頭を下げた。

 

『台風情報をお伝えします。日本列島沿いに北上する台風2号ですが、上陸の見込みはなく――――』

 

 震える窓ガラスの悲鳴に紛れて、カウンター奥のブラウン管テレビからニュースが聞こえた。

 

「悪いけど、今日は臨時休業なんだ。楽器は使えないよ」

「いえ、そういうわけではなくて」

 

 恭也はびしょ濡れの傘を傘立てにそっと差し込んで。

 

「大学帰りでして。バサラはいますか?」

「いや、二階にはいないね」

 

 そうですか、と。恭也には想定内のことだったので。手をハンカチで拭いてから、鞄の中からビニールの包みを取り出し、レイに差し出した。

 

「これ、大学の講義の申請書類です。先日お渡しした冊子を参考に、受講スケジュールを組み立てて申請するそうです。詳しくはプリントの方を見ていただければ」

「悪いね、助かるよ」

「悪いのはバサラのヤツですよ。たぶん、今日のも無駄足になりそうですからね」

 

 レイが困ったように頬を掻いたのを見て、恭也は確信した。

 

 バサラは不登校だ、と。

 恭也は大学構内でバサラを見かけたことがなかった。ただの一度も。今日確定したのはバサラは不登校児だということ。そも、大学生に不登校というのは適切ではないのだろうが。しかし不思議とため息はでてこなかった。

 

「もしも申請の件でわからないことがあれば、明日、忍の――月村の家に行くことになってますので」

「行かせるよ、予定が合わなくてもね」

「無理やりはよくないですよ」

 

 レイの言いつけなら、バサラはその通りにするだろうから。

 

 恭也は長居するのも申し訳ないと思い「伝言だけでもお願いします」と傘を手に取って扉を開ける。外に出ると、風と雨が一段と強くなった気がした。

 

「それにしても、どこいったんだ。アイツ……」

 

 恭也は鞄を両腕で抱きしめ、傘を脇に挟み込み。目も開けていられないほどに荒れる雨風の中、メインストリートを駆けていく。

 

『高波が押し寄せていますので、海岸近辺には近づかないように―――――』

 

 どこかで聞こえたラジオの音が耳に残った。

 

 

 

 

――――――――――――――――

 

 

 

 

 海鳴市の海岸部。

 遠くに街一番の豪邸を眺めることのできる海岸沿いの広場から、バサラは海を見つめていた。

 

 バサラは、打ち付ける雨風をものともせずに仁王立つ。

 

「俺のサウンドは、あんなもんじゃねぇ……」

 

 バサラの脳裏に、ふたつの苦い記憶がこみあげる。

 

 ひとつは崩れ落ちた足元。

 待ち望んだオーディエンスを、呆れさせてしまった。

 

 形も定まらない怪物は、間違いなくバサラの歌を聴いていたのに。あろうことか、たかが足元が崩れた程度で、歌うことをやめてしまった自分への怒り。

 

 

 もうひとつは桃色の光線。

 巨大なハートに、連れていかれてしまった。

 

 あの時。中学時代の同級生を前に開いたライブの後、サプライズオーディエンスにバサラは震えた。天を衝く大木を振り向かせたかった。そして、バサラのサウンドは大木に響いた、ハートは間違いなく届いていた。

 しかし大木は、バサラの歌には振り向かなかった。

 桃色の光線に連れていかれてしまったから。オーディエンスが、桃色の光に惹かれて消えてしまったから。バサラの歌ではなくて、あの真っ直ぐな桃色のハートに。

 

「俺の歌は、まだまだ! こんなもんじゃねぇ!」

 

 見上げた空は夜のように暗く、雲は風に撒かれ、嵐は海の向こうにいた。

 

「今日こそ振り向かせてやるぜ」

 

 腕に抱えたエレキギターがギャリンと、雷のように叫ぶ。

 吹きすさぶ風が海を掻き混ぜ、波をうねらせて荒れ狂う。

 

「海よ! 風よ!」

 

 バサラは衝動のままにかき鳴らす。

 

 

「俺の歌を聴けェ!」

 

 

 高波が吠える海鳴市。

 ここは海が鳴る街。

 

 

 

 

――――――――――――――――

 

 

 

 

 黒い雨合羽を羽織った少女、フェイト・テスタロッサはその感覚を漠然と攫む。

 

「あそこだ」

 

 風と雨で視界はふさがれていたが、胸の中の感覚で確信した。

 五キロほど先、海を見下ろせる丘に位置する西洋風の館。その周囲数キロ圏内に、求める物があると。

 

「今日はもう帰ろう。これからもっと風が強くなるみたいだよ」

 

 フェイトの逸る気持ちを抑えたのは女の声だった。

 心配。

 そういう心を感じたから。

 

「うん。そうだね、アルフ。目星もついたし、回収は明日にしよう」

 

 フェイトは腰の位置にあるアルフの頭をなでた。

 赤い毛並みをした、フェイトがまたがれるほどの巨大なオオカミが甘えるように体を擦り付けてくる。人の言葉を理解し、話すことのできるオオカミ。感覚と感情で繋がった使い魔。それがフェイトのパートナー、アルフであった。

 

 そのアルフが、不意に公園の方を見やった。フェイトがその視線を追うと、ドーム状の遊具の中で動く小さな影が目に入った。

 

「猫……?」

 

 首輪をつけた猫が、遊具の中で途方に暮れていた。

 フェイトはその震える体を抱き寄せて、雨合羽の内側へ入れてあげた。

 

「風邪、ひいちゃうね」

 

 震える体が他人事とは思えなくて。

 どこか暖かいところへ、と。フェイトが足を向けた時だった。

 

「〈その手をはなさないで!〉」

 

 雨風の中でもはっきりと聞こえた歌が、フェイトの足を引き留めた。

 海の方からだった。

 

 嵐の夜。

 危険な海辺。

 次第に強くなっていく風に、フェイトはその歌が心配になった。

 

「どこ行くんだい、フェイト」

 

 アルフに答えるよりも先に、異様な男が目に映った。

 海沿いの街道。塩気を含んだ風と雨が飛散する中で、激しく体を揺する男の姿。荒れる海の方を向いて、精一杯に声を張り上げる男の姿が。

 フェイトは、声をかけようか迷った。

 

「〈簡単なことさ!〉」

 

 全身でリズムをとりながら、一心不乱でギターをかき鳴らす男に、フェイトはどう声をかけるべきなのか迷った。頭に響くその歌が、胸をざわめきたてるから。

 

 聴いていたい。

 けど聴きたくない。

 

 相反する二つの感情が、胸の中で渦巻いていたから。耳に覚えのない歌だけど、いい歌だと思う。いい曲だと思う。だけどザワザワするのはなぜか、怖い感じがするのはなぜか。理由がわからなかった。

 

 街道へ乗り上げた波が、足元に引っかかると、フェイトは迷いを断たざるを得なかった。

 

「あの、危ないですよ」

「〈俺の歌を聴いて! パワーを出せよ――――〉

 

 しかし、メロディーは。

 歌は、やまない。

 

 

 そのサウンドに、頭がガンガンと痛むようだった。

 その歌に、吐き気がするようだった。

 

 

 やめさせないと。

 気がどうにかなりそうだったフェイトは感じたままに男の腕に手を伸ばした。

 

「やめ、て――――」

 

 その時。

 

 男の横顔から、その眼差しが垣間見えた。

 真っ直ぐに、前を見つめる目。

 一心に、海と風を見つめるその瞳に。

 

【挿絵表示】

 

 

 

 フェイトは、気が気でなくなった。

 

 

 

 その目が自分に向けられた時。

 その歌が自分に向けられた時。

 

 自分がどうなってしまうのか、わからなくて。

 フェイトは、震えた。

 

「フェイト!」

 

 後ろから、アルフの声が聞こえた。

 置き去りにした。

 

 フェイトは、怖くなって逃げていた。

 恐怖した。

 その歌がもたらす”なにか”に。

 その真っ直ぐな声がもたらす”なにか”に。

 

 

 フェイトは走った。

 雨合羽が風にさらわれても、なんのためにこの場にいたかも忘れて、一心不乱に走った。

 

 どこへ向かうのか、考えることもできずに。

 

 

 

 

 

―――――――――――――――

 

 

 

 

 

 雨合羽という盾がなくなったフェイトの腕の中。

 雨と風に打ち付けられ、縦に横に揺られる中で、その猫。

 飼い主にアインと名付けられた猫は思った。

 

 

 

 

――――ビッグになりてぇ。

 

 

 

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