魔法少女リリカルなのはS.F.~お前にラブハート~   作:どめすと

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『なんで悲しい瞳なの? 前編……』

 

 海と街を一望できる高台から。

 なのはは縮こまった体を目いっぱいに伸ばす。

 

「いい気持ち~」

 

 台風が過ぎ去って夏さながらの日差しは眩しいけど、目の前に広がる光景にはぴったりだと思えたから。振り返った先のお屋敷にもぴったりだと思えたから、香る潮風が心地よかった。

 

「おっきいお屋敷だね」

 

 リュックサックから顔を覗かせたユーノが感嘆の息を漏らして。なのはは頷きたくなったが、見慣れた友達の家を特別なもののように言うのは変だと思えて「すごいでしょ」と小さく応えることにした。

 

 

 振り返った先。背の高い門の向こうには、イギリスとかフランスを連想してしまうお洒落な館――なのはの友達、月村すずかのお家があった。

 今日のなのはは、兄である恭也に連れられてすずかのお家に遊びに来ていた。

 

 

――――潮風が香る海沿いの西洋館。

 

 夏の日差しに彫りおこされたお屋敷を一言で言い表すならこうだろうな、と。読書を好まないなのはでも、心をくすぐられてパッと思いついてしまうような光景が広がっていて。見慣れたとはいえ、やっぱりすごいお家だなと、なのははしみじみと思った。

 

「待たせたな」

 

 間もなくして、屋敷前の駐車場に車を停めた恭也が「行くか」と戻ってきたので、なのはは月村邸のインターフォンに背伸びをした。

 

 

 

「恭也、いらっしゃい」

 

 屋敷の扉をくぐった先。吹き抜けるようなロビーで迎えてくれたのは、すずかの姉である月村忍だった。

 

「なのはちゃんも、いらっしゃい」

「お邪魔します。……あの、電話でお話ししていたこの子ですけど」

 

 なのはは、抱えていたケージを忍に掲げた。

 ガシャガシャと音を立てて揺れる檻の中には猫が入っている。それは昨晩、嵐の夜に恭也がBAR≪シティ・セブン≫からの帰りに捕獲した猫であった。

 

「やっぱり、すずかの猫だね」

「商店街のほうで見かけてな、見覚えがあったから捕まえてきたんだ」

「ありがとう、すずかも安心するわ」

 

 忍がそれを受け取ると同時に、恭也はあたりを見回した。

 

「バサラは、来てないか」

「いつものことでしょう」

 

 本当なら、恭也と忍ともう一人――たぶんアメリカ帰りの大雑把なヒト―――で大学の授業日程のお話しをするつもりだったらしいのだけど、そのもう一人が遅刻しているようだった。

 なのはと恭也は、忍に案内されるままにガラス張りのテラスへと足を踏み入れると。

 

「アイン! 見かけなかったから心配したんだよ」

 

 すずかがゲージの猫に飛びついてきた。

 

「ほら、恭也が見つけてくれたのよ」

「ありがとうございます! 恭也さん!」

「よかったね、すずか」

 

 一緒にお呼ばれしていたアリサが、猫を抱え出したすずかに寄り添うと。

 忍はメイドの一人にカラのゲージを渡して「じゃあ、行きましょう」と、恭也の腕に体を預けながら行ってしまった。

 

「へぇ、積極的」

「お似合いだよね。お姉ちゃん、あんなに嬉しそう」

 

 お互いの距離が限りなく近くて、お互いに穏やかに笑っていて。

 カップルのような二人を見送ったアリサとすずかが熱を高めているのを、なのははちょっとだけ冷静に見ることができた。

 

 恭也と忍。

 二人は中学生からの知り合い、高校生からの同級生で、いまでは同じ大学に通っている。たしかに二人ともお互いの事を想っている。温かい感情を絡め合っている。

 

「お兄ちゃんは、どうだろうね」

 

 だけど、何かが足りない。足りないというより枝分かれしている。恭也の枝先がほんのちょっとだけ分かれていて、絡み合っているのだけれど交わり切っていない感じがしたから。

 

「そ、そうなの?」

 

 すずかが声を震わせて、なのははもう一度考えてみるけど。

 結局、なのはエスパーというわけではなくて。

 

「ないしょ」

 

 深いところまでは本人にしかわからないから。

 

 

 

 日差しがいっぱいに入るガラス張りのテラスのもと。

 

「ユーノ、嬉しそうねー」

「そ、そうかな?」

 

 対面で紅茶に口をつけるアリサに釣られて、なのはもまた床を駆けまわる二匹を見やった。フェレットのユーノと、逃げるユーノを追う猫のアインに。……悲鳴を上げるユーノに。

 

「あれは困ってるんだよ、アリサちゃん……」

「アインは喜んでるけど、やっぱりダメだよね」

 

 すずかが猫のアインを捕まえたのを見計らって、なのはもユーノを抱きかかえる。

 

『はぁ、助かったよ』

 

 頭の中に、ユーノの安堵の声が聞こえた。

 その胸に響く声は≪思念通話≫と呼ばれる魔法。頭の中で念じた言葉を声にして、遠く離れたヒトに伝えることのできる魔法。なのはの好きな魔法のひとつだった。

 

『お尻、かじられちゃったね』

 

 思った言葉が声になるのは、使ってみると気持ちのいいものだったから。

 

「どうしたの、アイン? 頭なんて振っちゃって」

 

 横を見れば、すずかが「かゆいの?」と腕の中で暴れる猫を撫で掻いていた。

 大人しくなる気配のない猫にアリサはギターを掻くような仕草を見せて。

 

「ロックね、これはRock ‘n’ Roll!」

 

 冗談めいたふうなアリサだが、的を射ていると思えて「たしかに」と頷く。

 何者にも縛られないというアインの気概に、≪うたうま☆スペシャル≫で見たことのある、攻撃的なメイクに奇抜な髪形をしたパンクロッカーの影が重なる。頭を前後に振りながら、激しく身をよじる動作、それはまるで。

 

「ヘドバンみたい」

「へどばん? ――っあ!」

 

 すずかの腕から脱したアインは、テラスを出てどこかへ行ってしまった。

 

「アイン!」

「敷地の外に出たわけじゃないから大丈夫よ。猫にだって、ちゃんとお家がわかるんだから」

 

 お菓子食べよ、と。アリサは自前なのだろう、可愛いキャラクターで装飾された金箱をテーブルの上に置いた。箱を開けると、中には色とりどりの、色々な形をしたお菓子が並んでいた。

 

「かわいいー。食べちゃっていいの?」

「OKよ! お父さんが買ってきてくれたの、友達と食べるようにって」

 

 じゃあと、なのはは一つ。髪を纏めるシュシュのような模様をしたクッキーを手に取る。一部がチョコレートの黒い下地でコーティングされ、その上にシュガーが雪のように降りかかっている。

 なのははいただきますとクッキーにかぶりつこうとしたけど。

 

「……すずかちゃんは食べないの?」

 

 すずかが落ち着かない様子だったから、なのはは食べるのをためらった。猫の心配をしているのかもしれないと思ったけど様子が違ったから。

 すずかは口をもごもごと、視線をちらちらと、肩をもじもじと。何かを言いたげになのはを見ていたから。

 

「なにかついてる?」

 

 なのはが自分の顔を触ってみると、すずかは「ち、違うよ」とお菓子箱に手を突っ込んだ。

 ひょっとして、と。なのはは自分が手に取ったお菓子を見つめて気が付いた。すずかはこのクッキーが欲しかったのかもしれないと。でもすでに触ってしまったものを差し出すのもばっちぃと思って。

 

「ひょっとして、すずかも見たの? サッカーの日のアレ……」

 

 ぱくりとかじりついた矢先、アリサが神妙な顔つきで腕を組んだ。

 口の中に入ってきたものを取り出せなかったため、なのはは「なにが?」と甘みを噛みしめる。サクッとした歯ごたえの後にしっとりした触感、ふんわりとした甘みが広がる。とってもおいしくて幸せな気分が広がっていく。

 

 

「おっきな木よ! バカでっかい、山みたいな木! 植物のアレ!」

 

 

 でも、そんな気持ちのいいひと時は、すぐに終わってしまった。かじったクッキーが落ちそうになるのを、下に添えていた手でなんとか受け止める。

 

「な、なにそれ?」

 

 なのはは思い当たることを飲み込むけど。

 

「≪翠屋JFC≫の試合、応援に行ったでしょ! あの日の午後、夕方に見たのよ! でっかい木を!」

 

 やっぱり、と。甘みが苦みに変わった。

 

 

 サッカーの応援に行った日の苦い記憶。

 ジュエルシードの発動によって傷ついた街並みは元通りにはならなかった。傷ついたまま、いろんなヒトの記憶に残ってしまったから、ニュースでは大地震として報じられて、週刊誌とかはオカルト現象が噂されるようになったことはなのはも知っていることだった。

 

 

 でも、魔法の事は秘密にしなければならなかったから「なにそれー」と紅茶で口元を隠す。絶対に口元が引きつっているから、絶対に見せられなかった。

 

「地震かと思ったら、サブマリンストリートの方に! 東京タワーみたいにでっかい木が生えてたの! ニュースじゃ地割れって言われてたけど!」

 

 でも、なのはは疑問に思ってしまった。

 

「そんなにおっきかったっけ……?」

 

 なのはは記憶の中の東京タワーと先日の大樹を思い比べてみるが、そこまで大きくはない。せいぜい十階建てのビルぐらいだった、と。応えてしまってはっとする。

 

「やっぱ見たのね!」

 

 テーブルに身を乗り出してきたアリサに、なのははしまったぁ、と頭を抱えたくなったけど気を張って我慢する。まだ決定的じゃない。まだ隠し通せると思ったから。

 

「いやぁ、見たというか……」

「私も見たよ。結構近くで」

「やっぱり幻じゃなかったんだ!」

「そ、そうなの、すずかちゃん!? 怖くなかっ――――あっ!」

 

 ちらりと二人の横眼と目が合って、なのは刺し貫かれたような気分になって。もういいや、と。小さな使命感を手放すことに決めた。

 

「やっぱり怖い思いをしたの……?」

 

 もしも怪我でもしていたら。そんな考えが胸を占めたから。

 すずかは手に持っていたカップを音もなく置くと、首を横に振った。

 

「すごく怖かった。でも、すぐに怖くなくなったの」

 

 そこに怯えたり狼狽えたりというような様子は見えなくて。なのははとりあえず胸をなでおろした。頑張ったことは無駄じゃなかったのかもしれないと。

 ただ、何かが変だった。

 

「……どうしたの、すずかちゃん」

 

 さっきと同じように、すずかが何かを言いた気にしていたから。

 見つめ返してみても、なんだか居心地が悪そうにするだけで。なのははどうしたらいいか、アリサに助けを求めようとしたが。

 

「う~ん……」

 

 アリサもまた目をつむりながらうめき声をあげていて。どうしたのと訊くよりも前に、アリサはすずかを見つめた。

 

「まさか。ヒーローが現れたとか?」

 

 ドキリと、なのはは血の気が引いていくのを自覚した。

 

――――見られた……?

 

 見られちゃったのか、と。魔法の服に身を包んで、レイジングハートという杖を持っていた姿を見られたのか、バレちゃったのか、と。

 心配になったけど、それは杞憂だった。

 

「変な帽子を被ったヒーローよ。違うの?」

「変な帽子のではないけど。……なんなの、それ?」

「いるのよ、世の中には。戦隊モノの帽子をかぶった大人が! ……なにやってるの、なのは?」

「ん?」

 

 帽子は被っていなかったはず、と。

 なのはは安心するための確認をしてしまって「なんでもないよ」と手を膝の上に戻す。ほっとした息を隠しながら。

 

「……なのは、最近なんかあった?」

「えっ?」

 

 だけど今度は杞憂にはならなかった。

 アリサのじっとりした瞳には、なのはが映っていたから。

 

「疲れた顔してる」

「そ、そんなことないよ」

 

 ジュエルシード探しを本格的に始めたこと。魔法の特訓を始めたこと。お勉強を疎かにしないこと。家族に心配をかけないこと。

 思い当たることがありすぎた。

 なのははクマのひとつができていてもおかしくないくらいには疲れていたから迷った。どう答えるべきか。

 

「話したくなければいいんだけどね」

「でも、たまにそういう表情(かお)の時あるから」

 

 心配で、というように。

 眉間にしわを寄せるアリサと、眉をハの字にするすずか。あらわになった顔つきに違いはあれど、二人とも真剣な瞳で。

 

「そう、かな」

 

 なのはは迷った。

 真剣なハートにはきちんと応えたい。でも、魔法の事は誰にも言えない。言えば、大変な目に遭うから。目の前の友達が、危険な目に遭ってしまうから。

 

 

 板挟み。

 

 

 どう折れるのも我慢ならないこと。こういう時、上手に口が回る子が羨ましく思う。なのはにできることは、結局のところ真っ直ぐに伝えることだけだから。

 今はきちんと説明できないけど、全部終わったら話せるかもしれない、と。

 結局、心配させてしまうのだろうけど、こう言うほかに思いつかなくて、口を開こうとすると、幸か不幸か。

 

 瞬間、胸にざわめきが走った。 

 

『なのは! 近いよ!』

 

 ユーノの声が胸に響く。

 近いなんてもんじゃない。感覚的には一キロ圏内、月村邸の敷地内。

 ジュエルシードの、暴走への胎動があった。

 

『どうしよう、ユーノくん』

 

 目の前には親しい友達が二人、じっとなのはを見つめていて。とても抜け出せるタイミングではなかったから。

 

『大丈夫! 僕に合わせて!』

「あ! ユーノくん!」

 

 腕の中にいたユーノが飛び出していって。

 そうか。なのははピンときた。

 ユーノを追えば、自然とこの場から離れられる、と。

 

「ユーノくんを連れてくるよ!」

「アタシも行くわ!」

 

 一緒にテーブルを立ったアリサに、なのはは「ダメ!」と反射的に言ってしまった。

 

「な、なによ……!」

 

 どうしよう。

 アリサは明らかに不機嫌、きっかけがあれば怒り出すような顔をしている。

 

――――どうしよう。

 

 正直には言えない。

 けど真っ直ぐに応えたい。

 けど、真っ直ぐ伝えても心配させちゃう……。

 一度抑え込んだものが次々噴き出してくる。グツグツとグラグラと頭の中がもやもやとして。それ以上どうしたらいいか思いつかなくて……。

 

 

 だから。

 

 

 

 

 

――――――――――――――――

 

 

 

 

 

「ごめんね!」

 

 だから、なのはは、やけくそになった。

 

 

 やけくそ。

 つまりは思考のパンク。

 軽いパニック状態、もうどうにでもなれという精神状態。

 

「大事な用があるの!」

「な、なにが……!」

 

 逃がさないという心持のアリサがたじろぐ程の大きな声で、なのはは叫んだ。

 なのはは口が回る性格ではない、だから思いついたのは一言だけで。

 

 

「お花を摘みにいくの!」

 

 

 意味など考えもせず、思いつきに身を委ねて、なのはは走った。

 目いっぱいに、腕を振って土を蹴り上げて逃げ去ってしまった。

 

 

 テラスに残されたのは、呆然としたなのはの友人が二人だけ。

 読書好きで国語が得意なすずかと、オールラウンドに成績優秀なアリサだったから、彼女たちは戸惑った。顔を見合わせて、お互いにわけがわからなかった。

 

「……お花を」

「摘みに行く……?」

 

 その”隠語”が示唆するところを知っていたから。

 それがどういう意味を含んだ一文かを、二人とも知っていたから。

 

 高町なのは。

 

 聡明な友達がそんなことをするわけがないとわかっていたから、わけがわからなかった。

 

 

 

 残念なことに。

 なのはは、国語が得意ではなかった。

 

 

 

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