魔法少女リリカルなのはS.F.~お前にラブハート~ 作:どめすと
黄色い光が流星のように迫り来る。
二つ。
四つ。
八つ。
狙いをもって迫り来るそれに。
上空から降り注ぐそれに突っ込む。飛行魔法≪フライアーフィン≫で飛び上がり、演算による軌道予測を立て、目で見て、身をよじって、なるべく真っ直ぐに詰める。
距離を詰めていく中で、黒い影が追加の流星を放ってきた。
その数は四つ――いや。
束のように密集した攻撃のさらに後ろ、隠れた五つ目があった。
ここで迂回する軌道をとれば追いつけなくなる。受けに回ればロスが生じる。黒い影に届かなくなってしまうから、取るべき選択肢は一つ。
『Divine Shooter. Setup.』
同様の射撃魔法で迎え撃つ。
体の周りに桃色の光弾を展開する。五には五。
身体の周りから射出された射撃魔法≪ディバインシューター≫が、黄色い流星のそれぞれに向かう。思った通りの軌道を描きながら。
相殺。
光の粒になって消えていく互いの魔法。
その先、上空では黒い影が死神の鎌を振りかぶっていた。
冷静に見つめてみれば。
攻撃範囲は影を中心とした扇状であることが予測できた。
だから、それを受け止めるのではなくて。
飛行の軌道をズラし、扇状の範囲から逃れて、追い越す。
上昇。高度をあげて上をとる。
高い方が相手の動きを見渡せる。こちらが取れる選択肢が増えるから。だから、レイジングハートの切っ先を下方の影に向ける。
『Divine Buster.』
胸の奥の力が砲撃となり、黄色い防御魔法に着弾を確認。
しかし飛び散る光に紛れて黒い影が燕のように空を駆けていく。
逃げていくのが見えた。
追う。
風の中を真っ直ぐに、足に生えた羽を目いっぱいはためかせて、胸の奥から湧き出る力を速度に変えて。手を伸ばしても。
追いつけなくて。
『Mission Completed.』
――――――――――――――――
「はぁ~」
レイジングハートが終了の合図を告げると同時に、なのはが飛び起きて。ユーノは用意しておいたタオルを渡す。前足では届かないから魔法の力で浮かせて。
「お疲れさま、なのは」
なのはが行っていたのは、意識のみを用いた仮想空間におけるシミュレーション訓練。レイジングハートが黄色の少女――フェイトの戦闘記録を基に創り出した影を、ユーノが動作の補助をして、なのはが相手にする新しいトレーニングメニューだった。
「ありがとう、ユーノくん」
なのはは額の汗をぬぐいながら息を整えていた。
笑顔、だけど。
ユーノは、自身の眉間に皺が寄るのが分かった。
「大丈夫、なのは? 疲れた顔してるよ」
目を凝らしてみると、なのはの大きな目の下にはうっすらとクマが見える。顔色も健康的な赤みが薄れてきているように思えた。
なのはは「そんなことないよ」とはっきり答えた。
いつものように笑って。
汗ばんだシャツを脱ごうとしていたので、ユーノは窓の外へ視線を逃がす。
すでに一週間。
魔法を使う訓練から、魔法で戦う訓練に切り替えて。夕方の実技トレーニングに加えて、新たに早朝と就寝前のシミュレーション訓練を追加して、一週間が経った。
なのはの魔法使いとしての――魔導士として戦う力は驚異的な成長を見せていた。
単純な魔法の威力と練度。用いる魔法を、状況に応じて的確に選択できる判断力と決断力。戦いの場において、いかに有利に立ち回れるかを考えて行動に移せる適応力。
たった一週間。
それだけで、なのははユーノ自身の戦闘能力をはるかに上回り、先日の敵――黒い魔導士に肉薄できるまでに成長した。その上、ジュエルシードを1つ封印し、学校のことを疎かにせず、習い事もきっちりこなし、誰にも心配をかけないように振る舞っている。
だからこそ、心配だった。
オーバーワーク。
まだ年齢にして一桁でしかないなのはにとって明らかに過密なスケジュール。平和な世界の子供にとっては明らかに過剰な成長率。
なぜそんなことができるのか。
なぜこれほどまでの急成長が可能なのか。
ユーノは、それらに対する回答を持っていた。
なのはの傍で、高町なのはという女の子を感じてきたからこそ気づけた資質。高町なのはの無二の集中力の源泉を理解していた。
――高町なのは最大の資質。
それは≪あらゆる物事を、真っ直ぐに、真剣に受け止める能力≫。
受け止める。
文字に起こせば短く、意味を考えれば広すぎる言葉。だけど、なのはの傍にいたユーノから見れば、この曖昧な言葉が一番しっくりくる。
なぜなら、なのはが感じているのは感情。
ニンゲンの曖昧な感情だから。
なのはは、自分の感じたことだけでなく、他人が感じたことまで真っ直ぐに受け止めて、共感してしまう。深いところまで、自分の事のように感じてしまう女の子。
ユーノがジュエルシードの封印を頼んだ時も、なのはは受け入れてくれた。
ユーノの使命感を、まるで自分のもののように受け止めて実行してくれた。魔法を怖がっていたにもかかわらず、心の底から本気で力を貸してくれた。
だから、大樹のジュエルシードで傷ついた街並みに、なのはは深く傷ついた。大人以上の責任を負ってジュエルシード移送の任につくユーノ、その使命感を宿しながらも普通の女子であったがために。
だから強い罪悪感を抱きながらも、傷ついても立ち向かってくれた。高町なのは自身の意志で立ち上がって、大樹の意思さえ真っ直ぐに見つめて。
「友達のことだって、そうだ……」
心配の言葉をかけられて理由を問われた時。
誤魔化せばいいのに、なのはは受け止めた。
魔法に巻き込む危険性を理解していて、なのははそれを絶対に避けなければならないと決心していたのに、嘘で受け流さなかった。受け流せなかった。友達の心配が、ホンモノだと感じたからだろう。
そして、今度は黒い魔導士に。
敵の可能性が極めて高い彼女に。なのはは何かを感じて、受け止めてしまったから真剣になっている。四六時中、頭のどこかで想い続けて。類稀なる魔法の才覚を、類を見ない集中力をもって研ぎ澄ましている。
「フェイト」
それは、ジュエルシードを狙う敵。
ユーノが頭の片隅に追いやっていた可能性が、現実味を帯びてしまった姿。
ジュエルシードがなのはの住む世界に散らばってしまったきっかけになった事故。
ユーノがジュエルシードを移送していた際中、移送船が次元空間航行中に墜落した不自然な事故が、単なる事故でない可能性。ジュエルシードを狙う何者かによって引き起こされた、人為的な事故という可能性が、フェイトという名と形を持った探索者が現れたことで現実味を帯びてきたのだ。
その可能性は、すでになのはに伝えた。
だというのに、なのははなにかをしようとしている。してあげようとしている。
フェイトという敵に。
感じたままに、自分のできる限りのなにかを。
「だけど、それでは……」
――――――潰れてしまう。
迫り来るすべての出来事から目を逸らさずに。真っ直ぐに受け止めようとするなら、間違いなく。他者の感情をすべて受け止めようとするなら、間違いなく。
人間は自分ひとりでも精一杯なのに。
人間はそれほど大きな器を持っていないから。
高町なのはという女の子は、人間の―――それも子供でしかないのだから。
パンクする。
疑いようもなく……。
「着替えたよ、ユーノくん」
確信が杞憂に変わってしまいそうな、朗らかな声だった。
ユーノは窓ガラスに映る自分の顔がこわばっていることに気が付いて。努めて笑顔をつくって振り向く。
「なのは、今日の訓練はすごかったね。今までで一番の出来だったよ」
違う、そうじゃない。なのはにかけてあげるべきは、魔法に関する事じゃない、と。ユーノの内心に後悔が押し寄せるが。
「自分でもそう思うよ。もうちょっとで追いつけたもん」
なのはは想像以上に喜んでいるようだったから。
「次に会ったら、絶対追いついてみせるんだから」
鼻息荒くガッツポーズまでして、笑顔だったから。
ユーノも、その努力を認めるしかなかった。
「なのはが本気で練習してるんだから、きっとできるよ」
うん、と。心の底からの笑顔をみせて頷いてくれたなのはに、ユーノは苦い思いがこみ上げてくるが、我慢して鼻をくすぐる香りに気を向ける。
「もう、みんな用意できてるんじゃないかな。ほら、朝ごはんの匂いがするよ」
「あっ、もう7時だもんね」
なのはは汗に濡れて脱ぎ捨てた服をいそいそと集めだした。
今日からゴールデンウィークとよばれる大型連休が始まるそうで。高町一家は、なのはの友達を伴っての家族旅行に出かけることになっている。
家族旅行。
友達との時間。
天涯孤独ではあったが、部族という大きな家族の一員であったユーノにだってわかる大切な時間。悪い気分を紛らわせることができて、忘れることのできる楽しい時間。
「なのは」
なに、と。ドアノブに手を掛けたなのはが振り向いてくれて。
ユーノは、できる限りの笑顔を作った。
「今日から二日間。目いっぱい楽しもうね」
なのはが、疲れすら押し殺してしまうきっかけをつくってしまったのなら、せめて。ユーノは、なのはに忘れる時間をあげたかった。巡り合わせてしまった魔法の力を、忘れられる楽しい時間をあげたかった。
「うん。そうだね、ユーノくん」
なのはは、笑っていた。
ユーノが心配する事なんてなにもないというふうに。
いつも通りに。
だからユーノは、決心した。
助けを求めることを。
なのはのやりたいことが成された時に、なのはが後腐れなく魔法から身を引くことができるタイミングで。なのはが安心して普通の女の子に戻れるように。ユーノが負うすべての責任を全うするために。
ジュエルシードを間違いなく集めてくれる超組織――≪時空管理局≫への連絡を。