魔法少女リリカルなのはS.F.~お前にラブハート~ 作:どめすと
「なのはちゃん」
誰かの声に、なのはは目を開けた。
机にはノートが広げられ、手にはシャープペンシルが握られていた。来ている服は白、それが学校の制服だと思い出したのは、今いる場所が教室だと気づいた後だった。
なのはが顔を上げれば、そこには心配そうに覗き込むすずかがいた。
「あ、どうしたの、すずかちゃん」
「もうお昼だよ。お弁当、食べよ」
時計を見れば、午前の授業が終わってから五分ほど過ぎていた。
なのはは言われるままに、鞄の中をまさぐる。鞄の中がいやにごちゃごちゃしていたけど、包みの結び目らしき触感をみつけて弁当箱を掴み上げることができた。
「寝不足なの?」
「えっ。そんなことないよ」
「だって、目の下にクマがあるよ」
すずかに言われ目元に指を這わせるが、触ってみてわかることではなかった。しかし、思い出す。遠い昔のことのように思い出せた。
「そういえば。昨日夜更かししてた」
昨晩は、火の鳥のようなジュエルシード暴走体の封印後。夕食後からずっとシミュレーション訓練をしていたのだった、と。そう口にすることはできず、にゃはは、と笑ったつもりだったけど。それが声になったかはわからなかった。
するとノートの上に、ダンッと大きな弁当箱が置かれた。
「……クマは何日も前からあるわよ」
口元をへの字に曲げたアリサのものだった。
なのはは「そうだっけ?」とぼやける視界に最近の出来事を思い浮かべる。そういえば、一昨日も魔法の特訓をしていたんだ。
その前も。
その前も。
その前の日も――――。
学校もジュエルシード探しもおろそかにできなかったから。宿題を片付けて、ジュエルシードを探しに出かけた後に、シミュレーション訓練を。体が勝手に眠るまで延々と。
だけど、魔法の事は秘密にしなくちゃいけなくて。
「うん。そうだったかも」
なのはは机の上に弁当を置けど。
くしゃりとした置き心地から思い出す。
そういえばノートが開きっぱなしだった、と。なのははノートを机の上に突っ込んで、改めて置いた弁当箱の蓋を開けようとした時。手に熱い感覚がのしかかってきた。
弁当箱を閉じたのは、アリサの手と燃えるような瞳だった。
「何やってたの?」
「ちょっと。……夢中に、なっちゃって」
「何に?」
なのはは、その目に映る自分の姿を見たくなくて「ごめん」とアリサの手をどけた。なのはは、嘘をつけなかった。ごまかせるような嘘が思いつかなかった。
「大丈夫だから。もうちょっとでなんとか――――」
「もういいのよ」
アリサが、ガタリと。
波を立たないように、そよ風すら起こさないように。
静かに席を立った。
「アリサちゃん?」
なのはが見上げた先。
アリサは歯を食いしばって、すぐにそれを抑えて。
「なのは。アンタの言葉を借りるなら、ね」
不機嫌な表情で、泣きそうで、でも真っ直ぐに見つめてきた。
だから、なのはも。
胸が潰れそうになったけど、真っ直ぐに見つめ返す。
目を逸らしてはいけないから。
「ハートが伝わらないのよ。アンタの言葉からは」
アリサが教室を出ていったのを見届けて。
なのはは、潤んだ視界をなんとか立て直す。
「ホントに。あとちょっとで……」
なのはは、呟く。
本当のことを。
昨晩の訓練。シミュレーション訓練の黄色い影に、もう少しで追いつけたこと。もう少しで、フェイトの影を捕まえられること、追いつけそうなこと。もう少しで、追い続けた彼女に届きそうなことを。
もう少しで――――。
――――――何を果たせるの?
考え事が、足場を失いそうになって。足を踏み外しそうになって。なのは、隣にすずかが座っていたことを思い出して笑顔を作る。上手くできているかわからなかった。
すずかは、何かを言いた気で。でも何も訊かないでいてくれて。
「なのはちゃん。お昼、食べよ」
ぎこちない笑顔に、なのはもぎこちなく頷くしかなくて。
その日のお昼は、味がしなかった。
「心配、させちゃった」
暗くなった自室で、ひんやりした布団に包まれて。
なのはの頭に浮かんだのは、アリサとすずかの姿。怒っているようで悲しんでいたアリサ。いつも通りのようで悲しんでいたすずか。
暗い天井に浮かぶ親友の姿。
ごわごわと浮かんで、さらさらと消えていく二人の姿。
「……どうしたんだろ」
私、と。
胸の内側の感覚だけがはっきりしていて。
思うことのことごとくが、モヤモヤしていて。
言葉のことごとくが、まっ平らで。
身体の動きのことごとくが、のろくて……。
「いけない」
重い瞼を堪える。
余計なことを考えるよりも前にやらなきゃいけないことがあったから。
落ち込んでいる暇なんてなかったから。
「練習しなくちゃ」
魔法の練習を。
シミュレーション訓練なら外出せずともその場でできるから。家族に心配をかけなくて済むから、と。ユーノを探すけどなのはの部屋にはいなくて。
時計を見れば時刻は夜の7時。
お風呂に入って、ご飯を食べて、歯磨きはまだだけど眠くて。
「ユーノくんは。リビングかな」
部屋に上がる前、リビングのソファで丸まっていたユーノの姿が思い出されて。その首にはレイジングハートがあった気がした。
なのはは身体の力が抜けて、もう一度天井を見上げる。
「どうしたんだろ」
薄い視界には、またアリサとすずかが見えて。
その姿は幼く見えたから幻かとも考えたけど、見覚えのある姿に思い出す。
「一年生の頃の……」
なのはのお友達になる前の二人の姿。
私立聖祥大付属小学校に入学してすぐの、小さいアリサとすずかの姿があった。
「どうしたの?」
アリサとすずかは、中庭で言い争いをしているようだった。
言い争いというよりは、いじめの現場のように見えて。
すずかが自分の髪留めを大事そうに抱えていて、アリサがそれに手を伸ばしている。
「思い出した」
それは友達になるきっかけになった出来事。
なのはが今みたいに遠くから二人の姿を見つけて。
アリサがすずかの髪留めを取り上げようとしていて。
すずかが涙目で髪留めを守ろうとしていた。
「そこに、私……」
なのはは、二人の間に入ろうとして。
入ったのだけど。
それで――――。
「――……どうしたんだっけ」
結局。
遠い記憶はかすみのように消えてしまって。
直後に発生したジュエルシードの反応に気を取られて。
その傍に寄り添うフェイトの波動を感知して。
なのはは、立ち上がった。
胸の奥の彼女の痛みを抱えて。
もう一度、相まみえるために。