魔法少女リリカルなのはS.F.~お前にラブハート~ 作:どめすと
この広い空の下には。
幾千、幾万もの人たちがいて。
見渡せる光の数だけ。
いろんな人が、願いや想いを抱いて暮らしている。
それは、始めて夜の空を飛んだ時。
初めて空の上から、夜の街の輝きを目にして思ったこと。
だけど、今。
なのはは思う。
飛行魔法≪フライヤーフィン≫で夜空を飛行しながら、同じ光を見下ろして思う。
「眩しい……」
瞳が焼けるように痛い。
キンキンと頭に響く。
目障りだった。気が散るから邪魔だと思った。
「大丈夫、なのは?」
耳元から入ってきた声に、なのはは「大丈夫」と返す。
前を見つめると、余計な光は見えなくて。
心が沈んでいくのがわかった。気分が落ち込んでいるわけじゃなくて、集中していくのがわかる。意識が重い芯をもって、冷たく、鋭くなっていくような感覚。心の底に沈んでいくような感覚。
行き先で脈打つ波動に、意識が研がれていくのがわかった。
「ジュエルシード……」
向かう先には。
そこには間違いなく、静かな黄色が現れるから。
フェイトという女の子がいるから。
なのはは、真っ直ぐに見つめる。
彼女たちの言葉を思い出して、真っ直ぐに応えるために。
自分に約束する。
「今度は、勝つ」
言葉だけじゃ伝わらないのなら、勝つ。
弱いままじゃ伝わりもしないのなら、勝つ。
勝てなければ伝えられないのなら、勝つ。
力で、勝つ。
魔法の力で。
現実の力で。
魔法の力を研ぎ澄まして過ごした時の中で。
積み重なるように溜めこんできたもので。
なのはの胸は満ちていた。
満たさなければ、届かないと信じてきたから。
――――――――――――――――
罪の意識を、ユーノは自覚する。
横を見ればなのはの顔があって、その顔には幼さが残っていない。無邪気ななのはの心を奪ってしまった、そのきっかけをもたらしてしまった、と。
自身に課せられた責任の重さを、高町なのはという無関係者――類まれなる魔法の才覚を秘めた普通の子供に負わせてしまったこと。それも自身の独断で、事態を軽く見すぎたことから……。もっと早い段階で時空管理局への連絡を取って入れば、こうはならなかったかもしれない、と。
「今度は、勝つ」
小さく、自分に言い聞かせるように呟いたなのはに。
声をかけてあげたかったけど。それは邪魔にしかならないとわかっていたからユーノはかぶりを振る。もう、後には退けないところまで来てしまっていたから。
「見えた」
なのはが、今度は聞こえるように前を見据えて。
目的地のビル街。そのうちの一本のビルに降り立ったなのは、その肩からユーノも跳び降りる。
ビルの屋上から見下ろすと。ビルに囲まれた交差点、人通りと交通量のある大通りの中心に、発動寸前のジュエルシードがあった。誰の目にも留まらずに、青白い鼓動を刻んでいた。
「結界を張るよ」
ユーノは即座に≪時封結界≫を展開する。
なのはの邪魔になるモノを遠ざけるべく、なのはが恐れた結界を展開する。人々の姿が消えていき、すべての色調が味気ないモノクロへと変化していく。
その間。
ユーノはなのはの表情を伺ってしまって、後悔した。
その表情がまるで変わらないことに。結界による景観の変化を嫌っていたなのはが、魔法を前にして全く心を動かさなくなっていたことを目の当たりにしてしまったから。再認識してしまったから。
「――――来た」
なのはの唇が動いて。
ユーノは、なのはの色のない瞳の向かう先へと意識を向ける。ジュエルシードを挟んで対面のビルに、黒い影が、赤いオオカミを伴って降り立つのが見えた。
――――フェイト。
なのはを狂わせる敵。
責任転嫁だとわかってはいても、ユーノはそう思い込むしかなかった。なのはを戦うよう仕向けたのは――促してしまったのはユーノだから、心を決めるしかなかった。なのはの望みを叶えるために、自分のやるべきことを覚悟した。
フェイトはなのはの対応を伺うようにじっと息を潜めているようで、なのはもまたフェイトの一挙手一投足を見逃すまいと注視していた。
膠着状態。
それはユーノにとって好都合だった。
「フェイト。ジュエルシードを狙う魔導士よ!」
ユーノは叫ぶ。向のビルから応答はないが、声は届いているはずだとユーノは続ける。もう、決めたことだったから。
「発動寸前のジュエルシードを賭けて、一騎打ちを申し込みたい!」
ユーノのやるべきこと。
それは提案だった。
「君の使い魔と僕は手を出さずに、君となのはの一騎打ちで!」
なのはの本気を、ぶつけさせてあげたかったから。
なのはの望みをかなえてあげたかったからこその提案。
だけど、フェイトの使い魔――赤いオオカミのアルフが叫ぶ。
「断る! それをやるメリットがアタシたちにはない!」
そうだろう、と。ユーノは予想通りの返答に納得する。
フェイトの速力ならば、一撃離脱の奪取戦法でジュエルシードを確保して逃げ切ることができるのだから。温泉街でのように、戦わずして目的を果たすことが可能なのだから、その返答は当然だった。
だからこそ、提案する必要があった。自らの不利になって、敵の利になる提示をする必要があったから、ユーノは心を決めていた。
「メリットなら、ある」
だからユーノは、決断して行動する。
レイジングハートに声をかけて、青い石を吐き出してもらう。それはなのはと出会う以前からユーノが持っていたもの。高町なのはのモノではなく、ユーノの所有物。
「封印状態のジュエルシードを、ひとつ賭ける」
なのはに勝てば差し出す、と。
なのはの心と、ユーノの使命感を天秤にかけた末の決断。ユーノの決断、ユーノの気持ち、なのはへの罪滅ぼしとせめてもの恩返し。
フェイトとアルフは何事かを話し合っていた。
しかし、答えなどわかりきっていることだった。敵の目的を考えればわかりきっていたこと。天才的なフェイトの実力を考慮すれば、相談するまでもないこと。
「いいだろう、受けよう!」
アルフが自信を込めて応答し、フェイトが降下するのを見て。
ユーノはアルフに移動を促す。お互いが手を出さないよう見張り合う目的で。別のビルへとユーノが飛行のための魔法を展開しようとした時。
「ユーノくん」
背中越しに、なのはのいつも通りの声が聞こえた。
「ありがとう」
ユーノは振り向けなかった。
そこに、なのはのいつもの笑顔があるように思えなかったから。
「絶対、無駄にしないから。ユーノくんのハート」
「そんなに……」
気負わないでくれ、重く受け止めないでくれ、と。ユーノは言えなくて、震える唇を噛みしめる。しかし、そんな煩いの気持ちさえ、なのはは感じ取ってしまうだろうから、深呼吸をする。
だから、一言。なのはに伝えるのは――――。
「うん、応援してる」
本心。
だけど、少しだけ嘘。
これ以上なのはの集中を乱したくないと言い訳を心に浮かべて。なのはの返答が来る前に、ユーノはひと際高いビルへと移る。そこにはすでに赤いオオカミのアルフが待ち受けていた。
「いいのかい?」
アルフは見下すように視線だけを向けてきたから。
ユーノも「なにがだい?」と目だけを向けると、アルフは鼻を鳴らした。
「あんなガキじゃ、フェイトには届かないよ」
「そんなことはないよ」
アルフは眉間に皺を寄せて唸った。
その姿は獰猛な肉食獣そのものだが、ユーノはひるまない。自分が怖気づく素振りを見せれば、それがそのままなのはの実力を貶めるような気がしたから。
「なのはは、強いよ」
魔導士として、なのはは強い。
十を聞いて百を知る魔法の天才。
これまでの訓練を共にしてきたユーノには断言できる。魔導士としてのなのはは、ユーノの世界においても上位クラスの能力を持っている。戦闘能力についても同様に。
実力はすでにフェイトに匹敵するかそれ以上だと、ユーノはその点については断言できた。その牙は、間違いなくフェイトに届き得ると確信していた――――けれど。
「勝てる、とは言わないんだね」
けれど。
アルフが吐き捨てた言葉に対して。
「……そうだね」
ユーノは、本心を隠すことができなかった。