魔法少女リリカルなのはS.F.~お前にラブハート~ 作:どめすと
ビルが立ち並ぶ中心街。その喧騒とは無縁の異空間に。
ジュエルシードを挟むように、白と黒、二人の魔導士が顔を合わせる。
「フェイトちゃん」
白い魔導士は言う。
「言葉は、いらないんだよね」
それは確認の言葉で、黒い魔導士は小さく、確かに頷いた。
白い魔導士は「でも言うよ」と胸に手を当てた。
「私は、高町なのは」
それが名前。
高町なのはが、ここにいるという主張。
黒い魔導士は、その大きな瞳に見つめられて目を逸らす。
しかし応える。
「私は、フェイト・テスタロッサ……」
それが名前。
黒い魔導士。
フェイト・テスタロッサが、応えてしまった言葉。
ジュエルシードの鼓動が迫るように強くなって、二人は言葉を仕舞う。
代わりに突き出したのは杖。
高町なのはは相棒、赤い宝石レイジングハートを。
フェイト・テスタロッサは相棒、金色の宝石バルディシュを。
――――――いくよ。
言葉にするまでもなく。
高町なのはが飛行魔法≪フライヤーフィン≫を発動して上昇する。
『Divine Shooter.Setup.』
距離を開きつつ3つの魔力弾を展開、フェイトに向けて発射する。
それを視て、フェイト・テスタロッサもまた飛行する。桃色の魔力弾を振り切り、置き去りにするように上昇と旋回を行う。
『Scythe form.Setup.』
回避行動を終えたフェイト・テスタロッサはバルディシュの魔力刃を展開する。死神の鎌の狙いは、進行方向の上空。今なお上昇を続けるなのは。
この瞬間、高町なのはもフェイト・テスタロッサも、お互いに相手の狙い――相手の行動目的を理解する。
二人の戦闘スタイルは魔導士として対極に位置する。
中距離から遠距離というミドルレンジでの撃ち合いを得意とする高町なのはに対して、近距離で刃を交えるインファイトを好むフェイト・テスタロッサ。加えて、互いに必殺の牙を備えており、どちらかが一度でも喰らいついたのならばその瞬間に勝敗は決する。
故に、互いに目指すべき勝負の形は一致していた。
お互いに目指すは、相手を自身の得意とする土俵に引きずり込むこと。引きずり込み、慣れぬ土俵で右往左往する相手に対し、自身の得意とするタイミングで必殺の牙を剥く。
――――則ち、先に“勝負の流れ”を制した方が勝利を掴む。
お互いの戦闘センス。魔法の才覚、勝負に対する天賦の才が導き出した結論は一致していた。お互いの思い描く決着の形は違えど、そこに至る道程は一致していた。
故に、高町なのはは接近を許さない。
それは自身の得意とする距離ではないから。
「来て!」
それは、自らが放った魔力弾への指令。
「……誘導弾!」
フェイト・テスタロッサが置き去りにした射撃魔法≪ディバインシューター≫の特性。思念による簡易制御。誘導弾としての役割をもってフェイトの後ろに迫る。
――――でも、遅い。
この追跡速度なら振り切れる、と。フェイト・テスタロッサは無視して直進。
飛行高度は、すでに地球の球面を見出せる高さへと来ていた。
遮蔽物はないからこそ、フェイトは最短距離を詰める。
『Accel Shooter.』
だから高町なのは、自身の周りに追加の魔力弾を展開する。
≪ディバイシューター≫以上の高精度思念制御が可能な射撃魔法≪アクセルシューター≫。こぶし大ほどの光弾、数は5つ。そのうちの3つを射出する。
フェイト・テスタロッサは、≪アクセルシューター≫の3つが直線状に射出されたのを視て、大きく迂回しながら上昇を継続。遠回りを選択しつつ、なのはとの距離を詰めていく。
フェイトは考察した。
展開された5つの光弾が同時射出されない理由。弾幕による進路妨害ならば、乱射可能な射撃魔法を放つはず。それが成されない理由、つまり展開された5つの光弾は、先の≪ディバインシューター≫と同様に特殊な魔法特性を備えていると察知する。ゆえに、小さく避けようものなら、直前で軌道を変えてくる可能性が捨てきれない。捕捉される危険性が高い、と。
フェイト・テスタロッサの分析は的を射ていた。冷静な判断。
そして高町なのはにとってもまた、フェイトの行動は想定通り。直射したアクセルシューターを転進させる。フェイトの後を追跡するように。
「シュート」
次いで、待機していた誘導弾2発に高い思念制御を課して発射。1発を先行させ、その後ろにピタリとついていくもう1発。不測の事態に備えた保険入りの
上昇を継続するフェイトの正面に2発、下方から3発の計5発。なのはが高精度に操作可能な最大数の魔力弾をもって、フェイトの進路と退路をふさぐ。
だが、防いだ退路はあくまで限定的な範囲。
「バルディッシュ」
『Blitz Action.』
フェイト・テスタロッサは超高速移動魔法≪ブリッツアクション≫を展開。一瞬だけの高速移動で、なのはの魔力弾とその思念制御から脱する。
高町なのはの瞳には消えたように映った高速移動。事実、なのははフェイトの姿を見失い、付け加えるならば≪ディバインシューター≫の誘導先を見失った形になる。
だが、想定通りだった。なのはには退避地点の予測はついていた。そうなるよう高高度への空中戦へと誘い込んだのだから。
「レイジングハート!」
『All right.』
詰めた距離をわざわざ捨てるわけがない、つまり後退はない。かといってなのはの視界に残る平面的な回避及び空戦の愚策である下方への退避はありえない、つまり見回して見下ろせる範囲にはいない。
よって導き出される回答は、なのはが飛行する高度よりも更に上空。
『Divine Buster. Setup.』
高町なのはは胸の内側の力を収束する。
上をとる。
空戦における基本的な戦術。それをフェイトが行ったということはすなわち、なのはとフェイトの距離が開いたということであり。開いた距離は、なのはの得意とする距離だった。
「――――見つけた」
上空で停止するフェイトの姿を。
高町なのはの杖は――レイジングハートの照準はすでに上空を向いている。故に、あとはその照準を微調整するだけで。
「シュートっ!」
上空にいるフェイトを照準の中心に捉えて、桃色の砲撃を照射した。
――――――――――――――
「なにっ!?」
フェイト・テスタロッサは驚愕した。
移動後の硬直を狙われたこと。誘導弾を振り切ったという安堵と思考の羽休め、その隙を狙われたこと。予めわかっていたことのように、間髪入れずに放たれた攻撃に。
驚くべきはその威力と範囲。
高町なのはが放ったのは最大威力、最大範囲の砲撃魔法≪ディバインバスター≫。
その範囲を例えるならば。先の射撃魔法≪ディバインシューター≫を路傍の石とするなら、迫り来る砲撃魔法≪ディバインバスター≫は柱――神殿を支える主柱。
目の前を覆いつくすほどの光の柱が、フェイト・テスタロッサに迫っていた。
フェイトは真っ先に身を守りたい衝動に駆られる。
選択肢として浮かんだのは防御魔法≪プロテクション≫だが、心もとない。目の前の暴力に対して布の守りに等しい。それも擦り切れてつぎはぎだらけのボロ布。
退避行動。思い浮かべて否定する。現在の距離を維持するということは、一方的に射撃魔法を放たれるということ。なのはの距離にとどまるということは、一方的に嬲られるということなのだから。
ならば、逃避。
逃げる。
勝負を捨てて敗走する。
脳裏に、その選択肢が浮かんだ瞬間。
フェイトの心は、決まった。
「母さん……っ!」
呟いた言葉は、フェイト・テスタロッサにとっての魔法の言葉。
逃走。
それはすなわちジュエルシードを逃すこと。フェイトの望みを逃すということ。フェイトが求める幸せを逃すということ。本当の意味での敗走ということ……。
だからフェイトは選択した。
逃走ではなく、前進。前に進むことを、選んで。
フェイト・テスタロッサは、落下していく――――。
――――――――――――――――
高町なのはは驚愕した。
上空に向けて。上にいるフェイトに向けて、今なお照射しつづけている砲撃魔法には、最大の魔力を注ぎ込んでいた。
目にしたなら戦う意欲を削ぐ威力。掠めたなら疑いようもなく戦う力を減退させる威力。直撃すれば間違いなく墜とせる威力――。
自信があった。
これで流れを掴み切る自信。
これで勝負が決まるという確信。
空戦に誘い出し、空での戦いの基本を押さえ、フェイトの行動を制限して誘導し、移動後の隙を的確についた。まともに判断できる時間はなかった。タイミングは完ぺきだった、その確信。
たとえ回避されようとも。砲撃の威力を見せつけ、得意な距離に相手をくぎ付けにして、一方的な展開で勝利するだろうという、その確信。
「なのに、なんでっ……!」
高町なのはの砲撃に沿うように。
桃色の光をすべるように。
その余波を受けながらも。
黒い衣服を削ぎ落しながらもフェイト・テスタロッサが降下してきていることに、高町なのはは息が詰まった。心臓がなくなったように、冷え切っていた。
「 !」
『Photon lancer.Full auto fire.』
フェイト・テスタロッサの絶叫。そこに紛れた電子音が、無数の黄色い矢になって降り注ぐのを目にして、高町なのはは我に返る――我に返り切れなかった。
そして、高町なのはは三つの見落としをする。
「レ、レイジングハート!」
『Protection.』
高町なのはは砲撃魔法≪ディバインバスター≫を切り上げ、フェイトから乱射される射撃魔法を防御魔法≪プロテクション≫で受けてしまう。
それが第一の見落とし。
『Arc Saber.』
次いで聞こえた電子音が、降り注ぐ射撃魔法≪フォトンランサー≫とは別方向から降ってきて。なのはは、そちらに対しても同様に≪プロテクション≫を展開、防御してから、違和感に気づく。
「えっ!?」
高町なのはが展開した≪プロテクション≫に食いつくように、なのはをそこへくぎ付けにするかのように。刃の形状をした射撃魔法≪アークセイバー≫が拮抗する。
第一の見落としは、魔法特性の見落とし。
連射された≪フォトンランサー≫も単発の≪アークセイバー≫も、受けるべきではなく回避すべき魔法であった。なのはが冷静であったなら、連射と持続、それぞれの魔法が持つ特性を見抜き、後の行動を考えて的確に対処することができたはずだった。少なくともシミュレーション訓練ではそういった対処法を学び、実践していた。
しかし、それだけでは終わらない。
『Arc Saber.』
黄色い雨が止むと、次に来たのは平面方向からの≪アークセイバー≫。
高町なのはは学習から、それを受けるべきではないと判断し、身を逸らしての回避を選択する。
それが第二の見落とし。
「――――うあァ!?」
≪アークセイバー≫の陰に隠れるように打ち出された≪フォトンランサー≫が、なのはの肩に直撃する。神経をザクリとえぐるような痛みに、なのはは悶絶する。
第二の見落としは、視覚的な見落とし。
これもまた平常心であれば間違いなく感づくことができたシンプルな攻撃、きちんと相手が見えていれば間違いなく見落としはなかった。
そして、第三の見落とし。
それは最も重く、最も大きな見落とし――――。
「やあああぁぁッ!」
高町なのはの正面方向から。
バルディシュを振りかぶり接近してくるフェイトに対して。フェイト・テスタロッサの瞳――――そのむき出しの瞳の炎を目にして、なのはは。
「うッ……あぁぁ――――」
高町なのはは揺れる視界を、その焦点を合わせて。
フェイト・テスタロッサのハートを直視してしまって――――。
『Flash Impact. Stand by.』
高町なのはの思考を反映するように、レイジングハートが攻撃魔法≪フラッシュインパクト≫を起動する。それはレイジングハートを直に叩きつけることによって発動する近接魔法。
接近してくるフェイト・テスタロッサに対して、高町なのははレイジングハートを振りかぶり――。
「あぁああぁぁぁっ!!」
接近戦を受けて立ったこと。
それが見落としの結果。
第三の見落としは、すべての見落としの大元。
高町なのはは見落としてしまった。
フェイト・テスタロッサの本気のまなざしに応えてしまったために。相手の心を見つめすぎてしまったがゆえに。自分と相手を重ねすぎてしまったからこそ。
高町なのはは、自分を見失っていた。
それが第三にして、最大の見落とし。
それが、高町なのはの敗因――――。