魔法少女リリカルなのはS.F.~お前にラブハート~ 作:どめすと
「なかなかだったぜ、お前の歌」
夕日が沈んだ公園で、男のヒトはそう言った。
男のヒトのメロディーに合わせて声を重ねて、溢れる涙のままに歌い切ったあと。真っ直ぐに見つめられながら、見つめ合いながら言われて。
不思議だった。
なんでこんなにも心強いのか。
重かった気持ちが軽くなって、体が軽くなって。胸の奥が熱くなって、ひとりの寒さがなくなっていた。自分の気持ちのすぐそばに、男のヒトの熱気があって。気持ちが支えられているようだったから不思議だった。
「忘れんなよ」
いつのまにか涙は止まっていて。
去り行く男のヒトの声がはっきりと聞こえた。
「歌は、ハートだぜ」
その日の夜に。
悪い子だとわかっていながら。
夜更かしをして家族の帰りを待って。
「わたしの……――」
リビングで遅い夕食を摂っていたお母さんとお姉ちゃん――家族の前で。
「おれの歌をきけーッ!」
歌ったことを覚えている。
わがままを言うみたいに。男のヒトのマネをして、真剣に。さみしかった気持ちを込めて、涙を我慢しないで思いっきり歌って。
それから家族みんなを近くに感じられるようになった。きちんと見つめてもらえるようになった。向かい合えるようになったことを覚えている。
それが四年前の記憶。
それが、私――。
高町なのはの、魔法の体験。
――――――――――――――――
「今日もね。帰り、ちょっと遅くなるから」
恭也が朝食のバナナの皮を剥くと。隣に腰かける美由希がサンドイッチを咥えていて、美由希のさらに向こう側からなのはの浮かれた声が聞こえた。
「今日は楽しいことでもあるの?」
「行儀が悪いぞ、美由希」
美由希が口に含んだモノを飲み込みもせずに言うものだから、つい口を出してしまうと。美由希は「はぁい」とだけうなって、もごもごと閉ざした口で咀嚼を始めた。
すると美由希の向こうで、なのはの透き通った瞳と目が合った。
「お兄ちゃんも、唇にバジル残ってるよ」
「ん、ホントか」
「お行儀が悪ぅございますよ、キョーちゃん」
「ドレッシングが残るのはしょうがないだろ」
皮膚に絡まるようにへばりつくのがオイルのぬめりなのだから。
美由希のいやらしい視線を横目に恭也が口元を拭っていると、小さく漏れた笑い声が耳に入った。正面でコーヒーカップを手に取った士郎のものだった。
「今日はアリサちゃんたちと遊びに行くのかな?」
「うん、そんな感じ。だからユーノくんのことお願いね」
そうかそうか、と。微笑んだ士郎は、食後のコーヒーをすすった。しかし直後、その表情が苦々しく曇ると、なのはが角砂糖の入ったビンを差し出した。
「お父さん、砂糖入れ忘れたでしょ」
「ははっ、うっかりしてたよ。ありがとう、なのは」
士郎が角砂糖をカップに落とすと、なのははテーブルに広がっていた空になった食器をテキパキと重ねはじめた。
「片づけはやっておくからいいのよ」
桃子が席を立つけれど、なのはは首を横に振った。
「手伝うよ、お母さん。最近おさぼりしてたからね」
そんななのはの様子に、恭也は頬が緩むのを自覚する。
細やかな気配りができて、母の桃子の手伝いを進んでやろうとするのが、恭也の妹のなのはだったから。昨日までの虚ろな空気はまるで感じられない。一夜を経てまるで別人に変わった――――いや、戻ったというべきか。ゴールデンウイーク以前の、あるいはもっと以前の素直で前向きななのはに戻ったようで。
「なのは」
恭也が声をかけてみると「なに?」と、食器を運んでいたなのはが足を止めた。大きな瞳には、意地や苦悩といった曇りはない。暖かい色があった。いつかのように、憑き物が落ちたようなすっきりした顔つきに恭也は心当たりがあった。
「お前、もしかして、バサ――――」
けれど、それをはっきりと言葉にするのもなんだか野暮ったく感じてやめた。首をかしげるなのはに、恭也は熟れて黒いシミができつつあるバナナを差し出す。
「いや、バナナも食っていくか? 楽しいことにもエネルギーがいるんだぞ」
「いらないよ~。もう歯磨きしなきゃだし」
なのはは流し台へ食器を置くと、その足でリビングを出ていった。
「……どうやら、悩み事もおしまいみたいね」
蛇口をひねった桃子がぼそりと呟いて、美由希が音もなく頷いて、士郎もまた「そうだな」とカップを傾けた。
そして、恭也も。
「また、お礼に行かなきゃな」
目の当たりにしたわけではないし、本人に確認したわけではない。けれど、なのはの瞳に垣間見えた熱気に覚えがあったから。
「母さん、ケーキの予約を頼むよ。旬のフルーツとかでさ、今一番旨いやつ」
恭也は、むき出しになったバナナをそのままにしておくわけにもいかずそれを口にすると、さらりとした甘みが口の中に広がった。
――――――――――――――――
目の前の信号機の表示が赤く変わってしまって。
停止していた車が動き出したばかりなのに、なのははうずうずとした高揚感に急かされて足踏みを止められないでいた。
「はやくはやく……!」
だけどいらいらした気持ちは全くない。
その日は、待ちに待った大切な約束があったから。
昨晩の騒動の後。暴れ馬のようなアリサをすずかと一緒に抑え込んだなのはが、整理のつかない心のままに取り付けた約束。ギターを抱えた男のヒトとの、お話の時間。
――――明日、≪シティ・セブン≫で待ってるぜ。
耳にしたことのあるお店の名前。海鳴市メインストリート≪サブマリンストリート≫の端にあるお酒を飲むお店で、一度も言ったことのない大人のお店。そこで待つ、と。
なのはが待ちわびた瞬間、探し求めた魔法のヒトとの約束があったから。いつになく長ったらしく感じた学校の授業も我慢して乗り越えてきたのだから。
やっと変わった信号の一つや二つ程度、どうということはなかった。
サブマリンストリートの人波はことさら賑わっているように感じられた。目に映る光景はいつもとそう変わらないのになぜかそう感じて、なのはは軽い足取りでその合間を縫って進んでいくと。
「ここだ」
通行人がまばらなサブマリンストリートの端、BAR≪シティ・セブン≫の前で足を止めて、深呼吸をひとつ。浮ついた気持ちを鎮める。
インターフォンは見当たらない。
だから≪CLOSE≫のプレートがかかった扉を三度ノックする。
心臓の音が再度早まっていく。顔が熱を帯びていくのがわかる。前髪は乱れていないか、肌に触れる毛先が煩わしく思えて、我慢できずに手で直そうとしたのだけれど。
ドアノブがガチャリと回って。
なのはは、鼓動の高鳴りをそのままに、出てきた人影を見上げた。
「新聞ならお断りだよ」
けど、目に入ったのは丸メガネではなくて。
ドアのすき間から、浅黒い肌の男性が顔を出してきた。
見覚えのあるヒトだった。喫茶≪翠屋≫で何度か見かけたことがあったけど、お話したことのないヒト。BAR≪シティ・セブン≫の店主さんで、名前はレイ・ラブロックさんだったかな、と。なのはが思い返していると、その男性――レイと視線が合った。
「おや、どうしたんだい?」
その怪訝な顔つきが柔らかくほぐれると、レイは扉から体を出し、中腰になって目線を合わせてくれた。
「道に迷ったのかい?」
「いえ、あの……」
なのはが、男のヒトと待ち合わせなんですと言いかけて。“男のヒト”などと伝えてもそれが誰を指しているかなんてわかるわけがないと思い留まって気づく。
――――男のヒトの名前、なんていうんだっけ。
昨晩も、四年前にも聞きそびれたことに気づく。大事なことなのに冷静じゃなかったからできなくて……。名前を知らないとなると、男のヒトの特徴を伝えなければならないのだけど。
お兄ちゃんと同い年ぐらい。
タンクトップを着ている。
ちっちゃい丸メガネを身に着けている。
髪の毛がボワーって逆立っている――などと。
思いつくどれもこれも小バカにしたような感が否めなくて。本人に聞かれるのはよろしくないのでは、他になにかないかと頭を悩ませて思いついたのが。
「ギターのヒトと、お約束していまして」
男のヒトのイメージ通りの楽器。耳にした誰もが不快にならないだろう特徴。
通じたかな、と。なのはは目だけでレイを見上げてみると。
「ギター……――あぁ。ヤツなら今日は出たっきりでね。いないんだよ」
「そう、ですか」
待ち合わせ場所はBAR≪シティ・セブン≫で、ということになっていたのだけれど……。約束忘れちゃったのかな、と。気落ちしかけて、そういえば時間までは約束していなかったことを思い出す。慌てちゃうとダメだなぁ、と。なのははやっぱりため息が漏れた。
「じゃあ……。どちらにいらっしゃる、とか。わかりますか?」
「この時間なら、たぶん海岸沿いの広場だろうけど」
「なら、そちらに行ってみます」
でも確かじゃないぞ、と。レイが頭を掻いたところで、ジリジリリンと昔ながらの着信音が声を上げて。レイは小さく謝罪の言葉を残してカウンター裏へと引っ込んでしまった。
「はい、BAR≪シティ・セブン≫――ああ、提督殿。ご無沙汰しております。……ははっ、冗談などと――――」
ええ、はい、などと。相槌を打ちながら時折笑い声が混じっていて。レイのその姿は、自宅で時たま見かける桃子のママ友との電話姿と重なって。
「……長くなりそう」
なのはは電話の邪魔にならない程度にお礼を言って。
レイが片手を上げて応えてくれたから、BAR≪シティ・セブン≫を後にした。
海へ出る道をなのはは歩く。
空は赤く色づき、遠くに見える夕日はもうじき海の地平線へと重なろうとしていた。
生まれ育った街の、夕暮れ時のいつもの光景。何度も見てきた日常の風景のはずなのに、無性に懐かしい気持ちがこみあげてくる。どうしてだろうと考えてみて、その理由に見当がついた。
あの公園が、すぐそばにあったから。
胸の奥の感覚に、あの男のヒトの熱気を感じるから。
四年前と全く変わらない、男のヒトの感覚が。
早まる足に任せて、公園へと踏み込んでみるけど。
「いない……?」
公園には子供の姿しか見当たらなかった。
思い出のブランコは子供たちが占領していて。ブランコを漕いだ高さを競っているのだろう、立ち乗りをして大きな弧を描いて遊んでいる男の子たちの姿があった。
その光景になんだかほっとした。
昔のように、自分のように落ち込んでいる子がいなかったから。男のヒトが歌いかけるだろう人影は全く見当たらなかったから。
でも、胸の内側の感覚は遠くにいっていない、近くにいると感じられて。その感覚がある方向を眺めてみると、それは公園よりも海に近い場所。
なのはは、海沿いの街道へと向かってみると。
「――――いた」
海沿いの街道にはちらほらと人影があったけど。安全柵を乗り越えた向こうに、見つけた。むき出しの岩場に腰かけてギターを弾く男のヒトの姿があった。
その背中は、海に歌いかけているようで。
なのはは声をかけていいものか、邪魔をしていいものか迷った、楽しそうだったから。表情も声色も伺えないけど、演奏に合わせて揺れ動く体が、楽しそうだったから迷った。
「でも、約束だから。いいよね……」
なのはは深呼吸をしてから男のヒトへ足を進める。楽しいような、嬉しいような、苦しいような気持ちが鼓動に紛れて渦巻く。だんだんと激しく強くなってくるのがわかる。
でも、ここまで来てお話ができないのはもっと嫌だったから。なのはは震える手にギュッと力を込めて、乾いた唇を開く。
「こんにちは」
だけど男のヒトは演奏をやめなかった。
聞こえなかったのかな、と。なのはは心配になったけど。しばらくして、メロディーに区切りがついたのだろう、男のヒトは演奏を止めて振り向いてくれた。
「よう」
柔らかい眼差しで。
真っ直ぐに見つめ返してくれて。
短くそう言った。
演奏を再開した男のヒトの隣に腰かけて、どれぐらい経っただろうか。
なんだか落ち着かなくて。考えがまとまらなかったのだけど。
「あの……。ありがとうございました」
ようやく見つけた言葉、口に出せた声はそんな一言で。
「なにがだよ」
男のヒトは感覚任せの演奏を止めることなく言った。素っ気ない一言だった。
不機嫌なのかな、と。なのはは心配になったけど、言わなければならないことがいっぱいあったから、その横顔を見つめる。
「昔のこと、です。……ずっと探していたんです。私のこと、覚えていますか?」
海の向こうを眺めていた男のヒトは振り向いてくれたけど。見つめ返してくれたと思ったら、そのまま影が伸びる方向――公園の方――へと視線を投げた。
「向こうの公園で歌ったな。昔、一緒によ」
「……はい」
「あれだけ真っ直ぐに歌えるヤツはなかなかいねぇぜ」
――――覚えていてくれた。
その事実だけで目頭にこみあげてくるモノを感じて。でも、こんなことで泣いてしまうのはもったいなかったから我慢する。
「あなたのおかげで……。私、さみしくなくなったんです。家族と一緒にいられるようになったんです。ずっとお礼を言いたかったんです」
「だからなんのことだよ」
男のヒトはぶっきらぼうに、でも口元に微笑みを見せてくれて。
「俺は、歌いたいときに歌っただけだぜ」
なんでもないというふうに演奏を続けていた。
呼吸をするようにギターを弾いていた。
「だって、昨日の事だって。アナタがいてくれたから、私たち――――」
仲直りできたんです、と続けようとしたのだけれど。
「あの金髪も、忍の妹もよ」
「アリサちゃんと、すずかちゃん……?」
「お前のこと本気で心配してたぜ、いい友達じゃねぇか」
自分がせずとも、仲直りはできていたとでもいうように。男のヒトは見つめてくれた。
「聞かせてくれよ、どんなヤツらなんだ」
そのまなざしは雲のように柔らかくて。
声は凪のように澄んでいたから。
なのはは気が付けば、思いつくままに二人の事を話していた。
すぐに手が出てしまうけど思いやりの強いアリサの事。物腰柔らかでも考え方にしっかりした芯を持ったすずかの事。ゴールデンウイークの旅行のこと。すずかのお屋敷でお菓子を食べたこと。サッカーの試合を観に行ったこと。二人との出会い―――。
男のヒトは静かに隣にいてくれた。ギターを奏でることをやめずに時折頷いてくれるだけなのに。なのはがその表情を伺おうと目を向けると、男のヒトと目が合う。男のヒトはじっと見つめてくれているだけなのに、包み込んでくれるようだったから。不思議だった。
その気持ち――そのハートが、体の距離以上に近くに感じられること。嬉しいことも、嫌なことも一緒になってくれているようだったから、思ってしまった。
「……どうすれば、気持ちって伝わるんですか」
隣にいるだけで、ギターを奏でているだけなのに感じられる男のヒトの気持ち。心配してくれて受け止めてくれているけど、逆に引き寄せられているような感覚。包み込んでくれる優しい気持ちが、どうしてこんなにも伝わるのかを知りたくなった。
「どうやれば、フェイトちゃんに気持ちを伝えられるんですか」
あの蓋をしたような瞳に、どうすれば……。男のヒトのように、語らずとも気持ちを伝えられるのか知りたかった。
「お互いの気持ちを正直に話し合いたいだけなのに。顔を合わせるたびにケンカになっちゃうの。あの子は、そういう関係を望んでいて……」
相手の望む方法で近づいてみても蹴落とされるばかりだったから、答えが欲しかった。
「どうすれば、アナタみたいに真っ直ぐに伝えられるんですか」
「そのまま伝えてやればいいじゃねぇか」
「だから、ケンカになっちゃって――――」
「引き寄せてやれよ」
ピタリと、演奏が止んで。
男のヒトの言葉だけが耳に残った。
「見つめるだけじゃ足りねぇ。そいつの瞳もハートも、お前が引き寄せてやるのさ」
「瞳を、引き寄せる……?」
見つめ合う。
あの蓋をしたような瞳と。
あの瞳の奥に隠れたハートと。
そんなことができるのか、わからなかった。できなかったのだから。全力でぶつかっていっても届かなかったのだから。
「忘れちまったのか」
けれど、
男のヒトは言った。
「歌は、ハートだぜ」
冗談――などとは感じられなかった。
覚えているから。
子供をあやすような大人の声で、大人に興奮を語るような子供の瞳で、男のヒトは言ったのだから。真剣だったからこそ、なのはは頷けなかった。なぜなら……。
「でも、私……歌うの上手じゃないし」
だけど。
ジャァン、と。
男のヒトはギターを掻いた。
なのはは叱られた気がした。
「歌に上手いも下手もねぇよ――――ほら」
来たぜ、と。
男のヒトが海を眺めたから。
なのはも、夕焼けを見つめるその視線を追って。
息を呑んだ。
赤く焼けた空が、地平線に吸い込まれていく光景。
輝くような陽の光が、夜闇の蒼に引き込まれていく一瞬。燃えるような赤色が、ぬくもりに溢れた
まるで閃光のように。
地平線が純白の輝きを放った。
その刹那の光景。
「――――すごい」
体中の感覚が引き抜かれていくように。考える力も、言葉にする力も、なにもかもを引き込むように沈んでいった光景を終えて。
「あれが地球だ。声もねぇのに、あれだけのことができるんだぜ」
男のヒトは立ち上がっていた。
満足気に。
「だからよ。思いっきりぶつけてやれよ。お前の歌を。お前の桃色のハートを、お前のままでよ」
「私のまま……」
自分のやり方で、自分が考えたままに、感じたままにぶつける。自分が一番だと思う方法を、選ぶ。
噛みしめた言葉は、飲み込むのがとても難しく思えて。
男のヒトは「じゃあな」と安全策を乗り越えてどこかへ行こうとしていたから。
「――……名前」
知りたかった。四年前から。
男のヒトのことを。その名前を。
相手の名前を知るために、やるべきことはわかっていた。
自分の名前を、自分のやり方で伝えるために、なのはは胸に手を当てる。
「私、高町なのはっていいます! あなたの名前―――――」
すると、男のヒトは立ち止まって。
肩越しに振り向いて。
「熱気バサラ」
男のヒトは――――バサラはただそれだけを告げた。
魔法の騒動の合間にあった感覚が、そこにいて。
聞き覚えがあったその名前が、胸に染みこんでくるようだったから。よそよそしく呼ぶのは、失礼な気がしたから。
「バサラ……」
呼びかけるつもりだったのに呟くような形になってしまった声だけど。バサラは「なんだよ」と答えてくれたから、約束した。
「……また、会いに来ていいですか?」
「いつでもこいよ。俺の歌を聴かせてやるぜ」
その表情は、子供みたいだったから。
なのはも、同じように笑うことができた。
なのはは遠ざかっていく背中を見つめながら、胸元にしまっていた現実の魔法を取り出す。
「レイジングハートって、音楽は得意?」
手の中のレイジングハートは、戸惑うように点滅したかと思うと。
『
「にゃはは……私も得意じゃないんだ。―――でもね」
でも、思い出したから。
自分のやり方。現実の魔法の力とは別にやろうとしたことを。ジュエルシードに取りつかれた猫のアインに伝えようとした方法を、もう一度。今度はフェイトの――あの蓋をしたような瞳に試してみようと思ったから。
「私も、できる限りをやるよ」
だからハートを形にしてみよう、私の歌を創ろう、と。魔法の力で叩き合うんじゃなくて、心の底から見つめ合うために。なのはは、遠のくバサラの背中を追った。
「突然、失礼するよ」
バサラを立ち塞ぐような、小さな人影がみえるまでは。
「なんだよ」
そう首を傾げたバサラの横になのはは並び立って気付く。胸の奥をざわめきたてる感覚、強い魔法の力が人影に秘められていることを。
「魔力反応が二つ。貴方たちですね」
身にまとった季節外れのロングコートが、なのはの魔法の服――≪
「≪時空管理局 執務官≫クロノ・ハラオウンです。救援信号を受けて参上した。貴方が、ユーノ・スクライアか」
クロノと名乗った人影が声変わりもしていない子供の声で、よく知っているヒトの名をかたったから、なのは握った手を緩める。
けれど、バサラは変わらずに。
「いや、ちげーけど」
特別なことなど何もないというふうに。
素っ気なく、はっきりと答えた。