魔法少女リリカルなのはS.F.~お前にラブハート~   作:どめすと

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『私を見ているの!』

 

「やれやれ……」

 

 人間の体は疲れるものだとアルフは首を回す。

 フェイトと同じ目線でモノを見ることができるのはいいが、動物形態(オオカミ)のように横ではなく、縦に伸びた人間の体はやけに肩が凝る。歩いているだけなのに頭や両腕の重さが肩にのしかかり、臓物は腹の底に溜まって圧迫される感があった。

 だからこそ前を歩くフェイトの身体がやけに小さく見えた。単に目線が高くなったという理由からではなく、実感を伴うからこそ前を歩くフェイトの体が余計にこぢんまりしたもののように思えたから。

 

「フェイト、今日はもう充分だよ」

 

 アルフは、足を止めないフェイトの肩に手を置いた。

 

 ビル街の時計は十四時を指していた。

 現地拠点を発ってすでに十時間。不便な人間の体のまま歩き回ってみて、大人の骨格をもつアルフでさえ気怠いと嫌気がさしてくるのだ。小食で細身、しかも子供のフェイトにとっては疲れなどという程度で済むわけがない。

 

「ジュエルシードだって久しぶりに封印できたんだからさ。今日はもう充分だよ、どこかで旨いモン食って帰ろうよ」

 

 フェイトは弱みを表に出さないからこそ、近くのモノが止めてあげなければならない。アルフはそれが自身の役目と感じていたから、空腹を刺激する匂いのもとを探すが。

 そうかな、と。フェイトは自信なさげに俯いた。しかし、次第に歩幅は小さくなりその口元に小さな笑みが浮かぶようになると。

 

「母さん、喜んでくれるかな……」

 

 ぴたり、と。

 フェイトは足を止めて控えめに顔を上げた。自分の考えが合っているだろうかとでもいうように。顔色を窺うようにアルフを仰いだ。いつになく不安気で、でもどこか期待したようなフェイトにアルフは頷いてあげた。

 

「……そうだね」

 

 そうでもしなければフェイトは休もうとしないからアルフは頷いてみせた。

 

 フェイトの母親。

 プレシア・テスタロッサは喜ばない。

 

 それは人間が食事をしなければ動けないのと同じぐらい確かなこと、実感を得たからこそ想像できる未来の出来事。プレシアが躾と称して打つ鞭と、教育として受け止めるフェイトの悲鳴。日常的に繰り返されるそれらをただただ聞くことしかできなかったアルフには容易に予測できた。

 

 だというのに、当の本人たるフェイトは様子が違った。

 

「ふふ。そうだよね、きっと」

 

 フェイトは、本心から笑っていた。

 一週間前、ジュエルシード収集の中間報告における折檻の後。数時間を経てからフェイトはプレシアに呼び戻されてティータイムを共にしたらしい。フェイトがその話を嬉しそうに何度も何度も繰り返すものだから、同席を許されなかったアルフには返って不気味に感じられた。

 

「だって、母さんったら私に期待してくれてるんだよ。私しか頼れないって目を見ながら言ってくれたの。もうあんなふうには怒らないって約束してくれて―――」

「そうだね、うん」

 

 凄惨な鞭の後の甘すぎる飴など含意があるとしか思えない。

 フェイトの無邪気な様が、詭激なオカルティズムを信奉する宗教に魅入られたような不気味さを孕んでいるように思えて。そうでなければ昨日までの常識がまるっきり逆転した世界に迷い込んでしまったような怖気が走るものだから、アルフは話を断ち切って足を速めた。

 

 落胆。

 主人たるフェイトの感情がアルフの胸をよぎる。アルフはすぐにでも駆け寄り、頭を下げて話に耳を傾けてあげたくなったが。

 何の前触れもなく。ぷつり、と陰鬱とした感覚が途切れた。アルフが振り向いた先でフェイトは立ち止まっていた。街中のベンチに腰掛けるミュージシャンを眺めていた。

 

「……あいつは」

 

 その丸メガネをかけた男にアルフは見覚えがあった。フェイトの感情の波長にノイズを生じさせた奇怪な男。フェイトが街中で見かける度に足を止めて眺めてしまうアルフにとっての危険人物。この世界における異物であった。

 地球が存在する次元――第97管理外世界に滞在するなかで、アルフはこの日本という国の常識を掴みかけていた。太陽が昇っている間は大人は働きに出かけ、子供は学校で勉強をする。陽が落ちるころになってやっと彼らは遊びに出るものだ、と。

 

「なんだいありゃ、こんな時間から遊んでんのかい?」

 

 だからこそ、フェイトが気に掛けるあの男がいかに異常かを教えてやらねばという衝動が。あの男からフェイトを遠ざけなければならないという使命感が沸いてきた。

 太陽が沈む気配はまだまだ遠いというのにまばらな観客を前にギターなんぞを弾いている男――――そいう人間を表現する言葉もパッと頭に浮かんだ。

 

「ありゃ絶対プータローだよ。フェイト、関わらないで行こうよ」

「ぶーたろ?」

「フェイトみたいな働き者とは真逆のオトナさ。働きもしないロクデナシ、好きなことしかしないジコチュー、社会にツバ吐くアウトローってこと!」

「ヒトのこと悪いふうに言っちゃダメだよ。それに、私たちだって似たようなものだから……」

 

 ズン、と。リンクした心に重くのしかかったのは吐き出したいけど吐き出せない気持ち悪さ。フェイトが抱いた感情がどういうものか、アルフはすぐにわかった。

 アルフがフェイトの食事を用意した際のこと。フェイトの分のミートボールを黙って食べてしまった時に感じた気持ち。ふと我に返ってひとつ摘まんだだけで自制したけれど、フェイトに謝ることもせずに秘密にしてしまった小さな罪、だけど重い気持ち。

 罪悪感―――フェイトが抱いたのは程度こそ違えどそういう類の感情だった。

 

 その出どころはなんとなく察しがついていた。

 

「フェイトは、悪いことなんてしていないよ」

 

 フェイトは白い魔導士に魔法の刃を突き立てたことを悔やんでいる。言葉にされないフェイトの本心を、アルフには想像することしかできなかったが間違いないと思えた。

 

 高町なのはとの衝突。

 

 プレシアに提出する前に、バルディッシュの戦闘記録を一緒に振り返った時。フェイトの表情がそんなふうに曇ったのを覚えていたから。アルフには、フェイトがそういう子だと心の底から理解できていたから、重い気持ちを晴らしてあげたかった。

 

「悪いのはフェイトじゃない。ジュエルシードを渡さないあの白いヤツと……フェイトの、あのヒト―――――」

「アルフ」

 

 けれど、フェイトに湧き上がってきたのは憤怒。より重く、息苦しくて過激な感情が、アルフの胸を占めたけれど、フェイトの感情はすぐに鳴りを潜めた。

 

「それ以上は、アルフでも許せなくなっちゃうから」

「……悪かったよ。そんな顔して言わないでおくれよ、フェイト」

 

 影が差したフェイトの面持ちから自責の念が強く感じられた。アルフは、沈んだ気持ちをなんとかしてあげたかったけれど、どうにかできるとは到底思えなかった。こういうときに掛けるべき言葉がわからなかったから、アルフは道の真ん中で俯くフェイトの前に立ち尽くすしかなかったのだけれど。

 

「そないところでぼんやりしてるとチャリンコにゴチンてやられちゃいますよ」

 

 ふんわりとした少女の声に、フェイトは顔を上げた

 カラカラと車輪を漕ぐ少女はにこやかだったが、隠し切れないぎこちなさが目元や口元、表情の端々に見えた。けれども人見知りなフェイトがたじろぐと、車椅子の少女ははっとしたように口元に手を当てた。自然な仕草だった。

 

「あっ、いきなりすみせん。はじめまして。私、八神はやてっていいます」

 

 はやてと名乗った少女は、独特なイントネーションと妙な魔力の波動をもっていた。けれど貧弱そうな見た目だったから、アルフはちょっとばかしの警戒心をもって「ナンか用かい?」とフェイトに変わって前に立った。顔を覗き込んでやった。

 

「す、すみません」

 

 はやてはいたたまれないように視線を伏せたから。やはり弱い人間だ、と。そのビクビクした態度にフェイトが重なったように見えたが、気のせいということにして。アルフはそれ以上の興味を持たないことにした。

 言うだけ言わせるぐらいはいいか、と。アルフが身を引くと、はやては何事かを口ずさんでから再び顔を上げた。意を決したというように。

 

「この辺で何度か見かけたことあったものですから声かけちゃいました! ストリートライブ、いつも遠くから眺めてたみたいでしたから」

 

 はやてはフェイトに詰め寄るような勢いをみせて、しかもフェイトの心をぶるりと震わせた。図星を突かれた、そんな鼓動だった。

 

「そ、そんなことない……!」

「なに突っ張ってんだいフェイト。ホントの事じゃないか」

 

 ムキになって否定するフェイトがジトッとした視線を投げかけてきたけれど、アルフはいい機会だと思えて、フェイトとはやての間から完全に身を退いた。

 

「気になるんなら一緒にどうです? バサラの歌。特等席空いてますよ」

「……バサラ?」

「変なヒトやけど歌はすごいんよ。乱暴で騒々しいようにみえるけど、メロディーは繊細で歌声が染みこんでくるんよ。心の底から引っ張り上げられるみたいにパワフルなんよ! 肌にビシビシきてお腹の奥にズシンってくるんよ! 感動するんよ!」」

「感動……」

 

 言葉を噛みしめるように繰り返したフェイトは、あの奇怪な男に興味を抱いている。それは純粋な好奇心。子供がうずうずとした気持ちでおもちゃを手に取ろうとする感情に似たもので、でも母親の機嫌を伺うように手をひっこめてしまう感情に似たものだったから。

 

「せやから、こんな遠くじゃなくて一緒にどうです?」

「たまにはいいんじゃないの、フェイト。気晴らしって大事だよ」

 

 アルフはギター男のことを気に入らなかったが、好きなことをさせてやりたくてフェイトの対面に立つと、はやては水を得たように前のめりにフェイトに迫った。

 

「そうですよ! ゼッタイすっきりしますって!」

 

 けれど。

 それが決め手になったように。

 

 フェイトは身を翻した。

 

「……だから行きたくないの」

「フェイト、たまには好きなことしていいんだよ。気になってたんだろ」

 

 最後にきっかけをあげてみたけれど。

 フェイトは、もう振り向くことはなかった。

 

「母さんに連絡しなきゃだから」

 

 

 

 

 現地拠点。

 街を一望できる高層マンションの一室に戻ったアルフは通信用デバイスを起動する。定時連絡のための高度に保護された次元間通信が可能な特別製だそうで、一週間ごとに進捗状況を報告するようにとプレシアから新たに授かったものであった。

 

 中空に浮かぶ電子モニターにプレシアが映る、笑顔というわけではないが柔らかい顔つきで、いつになく上機嫌に見えたがジロジロ眺めているわけにもいかず、アルフはプレシアの視界に入らないよう部屋の隅へ移動する。アルフが視界に入るとプレシアはフェイトを叱るからだ。

 

「おかえりなさい、フェイト」

「ただいま、母さん」

 

 プレシアの声がそよ風のように耳に触れて、アルフは肌が泡立った。何か裏があるのではないかと勘繰ってしまうほどに穏やかだったけれど、フェイトは上気した頬を隠そうともせずに嬉々としてジュエルシードの報告を始めた。プレシアは静かに――不気味なほど穏やかに耳を傾けていた。

 フェイトが息切れするほどの勢いで報告を終えると、ようやくプレシアが口を開いた。

 

「すごいわ、フェイト」

 

 その言葉を待っていたとばかりにフェイトの瞳が潤んだ。

 

「これで9個目のジュエルシード。……フェイトを頼って良かった。やっぱりアナタはすごい子なのよ」

 

 アルフは耳を疑った。8個のジュエルシードを持ち帰っても癇癪を起こしたヒステリックマザーが、たった1個のジュエルシードを確保しただけでフェイトを褒めていたのだから。

 

――――フェイト、騙されないでおくれ!

 

 プレシアの態度軟化には必ず裏がある。

 大魔導士とまで謳われたプレシア・テスタロッサの深謀遠慮を計り切れないアルフには、フェイトが快楽に身を任せないことを祈るほかなかった。救いがあるとすれば、プレシアの態度が異常なまでに急変した点。飴と鞭というにはあまりにアンバランス、あまりにも不気味なプレシアの急変は誰の目にも異様に映るはず。フェイトでさえ例外ではないはずだった。

 

「そ、そんなことないよ……」

 

 けれども、肉親に与えられた飴は驚くほどに効果的だった。少なくともフェイトの精神は高揚感に満たされているのだから。

 

「そんなことがあるのよ、フェイト。自信を持ちなさい、私のフェイト。アナタなら、自分の力ですべてのジュエルシードを集めることができるのよ」

 

 しかし、直後。

 プレシアに反するように。アルフが望んだとおりに。フェイトの心になぜか恐怖心がよぎった。プレシアの優しさの裏を見抜いたのか、と。アルフは安堵しかけたがそうではないようだった。フェイトが抱いたのは、歩み寄ってくれた手が離れていくのを恐れるといった孤独感に思えたから。

 

「で、でも! 見つからないの、ジュエルシードの波動が感じられないの。収集ペースも落ちてきてるし……。やっぱり、私には母さんが――――」

「高町なのは」

 

 プレシアははっきりと聞き取れるように、言いつけるようにその名を告げて。フェイトの肩が震えた。

 

「あの白い魔導士が、残りのジュエルシードを確保しているから見つからないのよ。アナタは優れた力を持っている。どうすればいいか、わかるわね」

「でも……」

「怯えることなんてないのよ、フェイト。母さんは正しいことのためにやっているの。フェイトが躊躇う必要なんてないの。正しいことのために力を使うことを躊躇う必要なんてないの。……それとも、母さんが嘘をついてると思う?」

「思わないよ!」

 

 ウソだ、と。アルフは飛び出しかけた言葉を飲み込む。

 

 プレシアの虚言。

 フェイトに創造された魔法生命体たるアルフにとて自覚はあった。ジュエルシード回収を目的として、管理外世界での魔法行使を命じたのはプレシア・テスタロッサだった。現地住民への被害すら構わないというその命令が、第一管理世界ミッドチルダの法に背き、人道に反する行いであるという自覚がアルフにはあった。

 

「わかるよ。母さんが嘘をつくわけないもん」

 

 フェイトの偽言。

 年相応に肩を丸めるフェイトは、プレシアの嘘を見抜いている。見抜いているというよりはプレシアの言葉を飲み込めないでいるというようにアルフは感じた。母親を信じたいという憐れみの情、悪いことをやったという自責の念。二つの感情が泥と水のように入り混じり、モヤモヤと広がっていくような感覚をアルフは共有していた。

 ……しかしながら。

 

「ええ、そうよ。私はフェイトに嘘をつかない。私はアナタの……本当の母親なのだから。お母さんは、嘘はつかないわ」

 

 プレシアの虚言が、フェイトの胸に真水のように染みこんでいく。感情で繋がったアルフにもその至上の喜びは十二分に理解できる。一番好きなヒトから向けられた愛情なのだから。罪は甘言に薄められ、疑念は思考の底に沈んでいく……。

 

 フェイトの瞳に涙がにじむのを見計らったように、プレシアは「そうそう」と言葉を紡いだ。

 

「次元空間に異質な反応を感知したわ。厄介な勢力の介入が予想される。なにか危険があったらすぐに私に知らせるのよ。そうすれば、私が――――……」

 

 プレシアは、遠くを眺めるように目を細めて、唇を結んだかと思うと意を決したように、けれども穏やかに微笑んだ。

 

 

「お母さんがフェイトを守ってあげるから」

 

 

 その言葉を最後に切断された通信。

 室内に響く嗚咽、胸に沸いた大きな感情の高ぶりと揺らめき。アルフはフェイトの震える肩に手を置こうとして、やめた。

 

「うん。……うん! わかったよ、母さん……!」

 

 フェイトは耳に残った言葉を味わうように肩を震わせていたから。アルフは邪魔をしないようにベランダへ逃れて、出どころもわからない怖気に身が震えた。

 

「アイツは……プレシアは、フェイトの事なんか見ちゃいない」

 

 プレシアの目は、フェイトに向けられていなかったから。

 

「フェイトの向こうに、誰かを見ている」

 

 視線は懐かしむように、振り返るように細められていたのだから。

 

「何をやろうってんだ……?」

 

 アルフは猜疑心を抑えることができなかった。

 フェイトの心を感動させた言葉が何を意味しているのか。それがどんな形でフェイトに牙を剥くのか。アルフには手掛かりさえつかめないでいたのだから。

 

「いや」

 

 そんなことよりも。

 何をおいても知らねばならないことはたったひとつ。

 

 

 

「――――あの人は、誰を見ているんだ」

 

 

 プレシア・テスタロッサの瞳に何が映っているのか。

 フェイトと心で繋がったアルフには、それこそが何よりも重要な真実であり、その答えこそが何よりも悍ましく、この世のどんな非道よりも下劣なもののように思えてならなかった……。

 

 

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