魔法少女リリカルなのはS.F.~お前にラブハート~   作:どめすと

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『誰を見ているの?』

 

 

 

「お前は誰だ」

 

 

 

 熱気バサラは夢の中にいた。

 神経は解けゆくようにあやふやで、感覚は水中に漂うようにおぼつかないが、それでも自覚できる明晰夢。現実ではない夢の中。暗い視界の奥で、光の塊が小さな人影となって手をこまねいていた。

 

『こんにちは』

 

 子供の声。

 聴覚が拾った音はおぼろげであったが手足の自由は利くようだったから。バサラは手を挙げて応えてみると、小さな人影は首を傾げたようだった。

 

『あれ? ……おはよう? おやすみなさいって言えばいいのかな? まだ起きてないもんね』

「好きにしろよ。どうせ夢ン中だ」

 

 そっか、と。

 人影は笑ったようだった。光が人の形に寄り集まっただけの塊でしかなかったが、その表情は豊かに感じられた。

 

「いつものヤツとは違うな」

 

 世界中のどこにいても語りかけてくるあの無機質な声とは違う無邪気な感覚。拠り所のない、あの孤独を思わせる大きな感覚とは真逆の小さな存在感。だというのに、どこか似通っている初対面の子供。

 差し当たってやることもなかったバサラは足を進めるが、人影は気にした様子もなくケンケンパに似たリズムで暗がりに遊んでいた。

 

 

『ねぇ、欲しいものがあるんでしょ?』

 

 

 しかし、唐突に。

 人影はバサラを指差した。

 

『ちがうちがう! 後ろ!』

「……見ろってのか?」

 

 振り向いた先には、妖狐というべき巨大なキツネが雁字搦めになっていた。赤く発行する無数の鎖によって、その自由を奪われていた。バサラには、それが画面を隔てたもののように見えたから別段驚きはしなかった。

 

「あれがどうしたんだよ」

『もっとよく見てよ、目を凝らして』

 

 いわれるがままに注視すると、画面の光景が次第に空間的な広がりを持っていくように感じられた。木々に囲まれた薄暗い森。どうしてか感じられる冷たく澄んだ空気に、それが早朝の森だとバサラは気づけた。そしてキツネの横―――新緑の合間に少女の姿が見えた。金色の髪をした、見覚えのある少女。

 

「アイツは……」

『かわいいでしょ?』

「ああ、たまに見かける寂しいヤツだ」

 

 街中で何度か見かけた黄色い子供。いつも物欲しそうな顔をしていながら遠目に眺めているだけの女の子。欲しいものを欲しいと言えない純朴なひねくれ者。そういう印象の少女だった。

 少女は金属の棒を携えており、棒の先端が発光すると同時に胸の奥を揺さぶる強烈な波動が感じられて。バサラはようやく感づくことができた。

 

「――――あの狐!」

 

 巨大なキツネから感じる波動。それが形も定まらない化生や、強引すぎた大木と同質のモノ。追いかけまわしていたオーディエンスそのものであることにようやく感づくことができて。

 少女が放った黄色の電光が、かつての桃色の光線と同質の波長を発していることに感づくことができて、バサラは画面の向こう森へと飛び出す。生の感覚が全身を包んだ。

 

「やめろッ、そいつは俺の――――」

『あっちには聞こえないよ。自分で言ったでしょ、ここは夢の中』

 

 網膜を刺激する感覚から雷光が生じる空間に出たことは間違いがなかった。周囲360度が木々に囲まれ、木や土の匂いという生の感覚から疑いようがなかった。

 だのに、バサラの声など全く届いていないというように少女は光を照射し続けていた。バサラは制止の声を上げ続けたが、影はうんざりしたように溜息をついた。

 

『だから、聞こえないんだってば。あっちはホントのデキゴト、こっちは夢の中なんだから。あの子には聞こえないの』

「……そんなわけがねぇ」

 

 光の点滅が生じる度に、巨大なキツネの姿が剥げ落ちていく。バサラは、目の前でそんなことが再び繰り返されるのが我慢ならなかった。

 

「俺の歌が、届かないわけがねぇ!」

 

 そんなことがあるはずがない。あってはならないという湧き上がる感情から、バサラは黄色い少女へと向かった。

 

「〈お前の胸にもラブハート! 真っ直ぐ受け止めて〉」

『変なヒト……。無理なんだってば』

 

 人影の言うように。バサラの声はやはり届いていないらしく、少女は無心で強烈な光を照射し続けた。それが止む頃――太陽が顔を出し森に光が差し始めた頃には、大きな狐の姿はどこにも見当たらなかった。代わりにあったのは小粒な青い光が一つ。黄色い少女はそれを手にすると目的は達したというふうにマントを翻した。

 

 それでもバサラは続けた。

 

「〈その手を離さないで〉」

『ほら、もう朝だよ~』

 

 人影のそれがきっかけになったように。バサラが神経のざわつきを実感した途端、山々の景観が霧や砂のように形を失い始めた。ドクドクと自身の鼓動を感じ始めた。

 

 夢から目覚める。

 

 その予兆が段々と空へ地面へと規模を増していく中で、去り行く少女がようやく振り向いた。足を止めた少女とバサラは目が合った。その蓋をしたような瞳と、間違いなく目が合ったのだけれど、何か逡巡するような素振りを見せた少女はすぐに飛び立ってしまった。

 

「おい、まだ俺の歌は――……」

『うん、まだ終わってないね』

 

 途端、足場までもが崩れ落ちていき、少女の姿は景観と共に暗がりの向こうへ消えてしまった。

 結局、明晰夢の中に残ったのは光が寄り集まってできた人影だけになって、その人影すらも、単なる塊へと形を変えていく。どこかへ行ってしまいそうだったから。

 

「お前は、俺の歌を聴いていかねぇのかよ」

『うん、今日はもうおしまいだから。―――……でもね』

 

 光の塊は、確かに振り向いた。

 

『もうすぐ、逢えるからね』

 

 浮上していくような感覚の中で聞こえた人影の声。それが無邪気で、わけもなく楽しそうだったものだから、バサラは訊かずにはいられなかった。

 

「何に、会えるってんだよ」

 

 次第に薄れていく視界の中で。

 光の塊は微笑んだ。

 すでに形を成していおらず、光すらも散り散りとなっているはずなのに、その少女は確かに微笑んだ。

 

『海で、待っててね』

 

 浮上する感覚の最中。

 少女の声が、確かに聞こえたのだ。

 

 

 

 

 

「よう、意外と早起きなんだな」

 

 BAR≪シティ・セブン≫一階には、早朝にもかかわらずカップを傾ける恭也の姿があった。目が覚めるような香りはカウンターの向こうから、レイが丁度マグカップにコーヒーを注ごうとしていた。

 

「おっ、今日も晴れるみたいですよ」

 

 カウンター奥のテレビからの天気予報を受けて、恭也がもう一度カップに口をつけたものだから。バサラもカウンター席に腰かけた。

 

「レイ。いつからモーニングサービス始めたんだよ」

「特別メニューさ。一杯ワンステージ、お手頃価格だろ?」

「いやいや、ぼったくりですよ」

 

 隣では朗らかに声を上げた恭也がさも当然のようにくつろいでいて。バサラの脳裏になぜ恭也がいるのかという疑問がちらついたが、瞼の重さにどうでもよくなった。

 

「レイ、俺にも一杯くれよ」

「ほらよ、砂糖とミルクはセルフだぞ」

 

 まるで予測済みとでもいうようにバサラの目の前にコーヒーが入ったカップが置かれ、直後、レイはエプロンを脱いでカウンターから出てきた。

 

「悪いが、俺はこれから出てくる。バサラ、後は頼むぞ」

「珍しいな、面倒事か?」

「まぁな、町内会の当番さ。交通安全の見回りに行かなくちゃならん。恭也君、せっかく来てくれたのにすまないね」

「いえ、自分もすぐにお暇しますので」

 

 行ってくる、と。レイが正面口から出ていくのを見送ってから、バサラはコーヒーに口をつける。舌先からビリビリとした怖気が神経を伝う。

 

「苦ぇ……」

「砂糖、入れ忘れてるぞ」

 

 トン、と。砂糖の入ったビンが視界に入り、差し出されたままにバサラはそれを手に取った。

 

「……悪ぃな」

「体調、悪そうだな。拾い食いでもしたのか?」

「寝覚めが悪かっただけだ」  

「そうか。なら要件は手短に済ますよ。――……ほら」

 

 すると恭也は、喫茶≪翠屋≫の銘が打たれた箱を取り出した。

 

「旬のライチを使ったケーキだ。何も言わずに受け取ってくれ」

「……そっちのはなんだよ」

 

 次いで、クリップで止められたA4用紙の束がどさどさとカウンター上に重なっていった。

 

「講義ノートのコピーさ。直に中間考査だから必須科目だけでもと思ってな。……不要なら捨ててくれて構わない」

「あのなぁ……」

 

 いらねぇよ、と。バサラは紙束を突き返そうと手に取るが、恭也はすでに立ち上がっていた。

 

「俺もこれから講義があるからさ、もう行くよ」

 

 恭也は空になったカップを流し台に置いて正面口に向かったが「そうだ」と足を止めた。

 

「色々、ありがとうな。……たまには大学来いよ。マスターさん、きっと喜ぶぞ」

 

 けれど振り向くこともなく、それだけを言い残して行ってしまった。

 バサラは、砂糖を入れたコーヒーにもう一度口をつける。舌に障る苦味が薄れて、すっと目が覚めていく感覚が広がっていく。一息ついて、目の前に置かれたケーキの箱がどういう意図を含んだものなのかふと考えてみて……。

 

「なんだったんだ、アイツ」

 

 結局意味が分からなかったからとりあえず冷蔵庫にしまうことにして、アコースティックギターを抱えてバサラも店を後にした。

 

 今日はどこで歌おうか、と。

 なんとなしに青空を仰いで。

 

 けれど、そんな目的も定めない浮ついた姿勢が良くなかったのだろう。

 フラフラとたどり着いたビル街。通りの広さをそのまま休憩スペースにしたような広場のベンチに腰かけたバサラは強烈な眠気に襲われ、目を覚ましてみればそこにはバ車椅子の少女――――八神はやてが、その素朴な瞳で覗き込んでいた。

 

「こないなとこで寝てると、背中(いた)なるよ」

 

 関西風。だけど物腰柔らかなイントネーションが耳を撫でた。

 

 

 

 

「ふーん。そんで寝不足なん?」

「まぁな、夢なんざ見るもんじゃねぇよ。……あーあぁ、ひでぇなこりゃ。全部狂ってやがる」

 

 ギターを弾いてみれば一つひとつの音の高低、長短、その全てがまるっきりバラバラになっていた。ガタガタに狂い切っていたのだ。おおよそ、ギターの弦を締める糸巻(ペグ)を子供にでもいじられたのだろうと、遠くに眺めることのできる園児の集団から察するが、些末なことだった。バサラはすぐに調律(チューニング)を始める。

 

「隣り、座っていい?」

 

 ああ、とバサラが頷くと。はやての車椅子がベンチに接するように方向転換した。車椅子からベンチへ移ろうというのだろう、はやては車椅子の肘掛けに腕を突っ立てたから、バサラはギターを脇にやって手を差し出した。

 

「手伝うぜ」

「ううん。ひとりでできる」

 

 バサラはそれを強がりだと思ったが、その考えをすぐに改めることになった。

 車輪を固定したはやては、手と腕、体の位置を順々に入れ替えていき、車椅子から身体を滑らせるようにベンチへと乗せ替えたのだから。

 

「ほら、すごいやろ。ちょっと疲れるけど」

「ああ、器用なもんだな」

「いつもやってるからなぁ。バサラだって、チューニングっていうの? 手慣れてるなぁ」

「いつもやってるからな」

 

 ペグを捻って調整した後で、ギターをじゃらんと弾く。その音色が聴きなれた音程になるまで繰り返す作業。バサラにとってはそれだけのことだったのだが、はやてはギターをいじる手つきを黙々と、好奇心いっぱいに見つめているようだったから。

 

「興味あんなら、やってみるか?」

 

 それほど難しいことではなかったからバサラはギターを差し出すが、はやてはドタドタと大きく身を退いた。

 

「や、やらんよぉ~。私リコーダーも経験ないし、ギターなんてムリムリ! シロートがテレビ直すぐらいムリやて……。」

「叩けば直りそうだな、余裕あるじゃねぇか」

「あ~、じゃあ今のなし! ともかく、バサラの大切なモノ壊したくないんよ――……あっ、でね、夢って大事なことなんよ。頭とか心の中を整理してくれる人間に欠かせないメカニズムで、バサラがそういう夢を見たってことはなにか意味があるんよ。きっと」

「なんだ、学者みたいなことをいうのな」

「えへへ、かかりつけの先生の受け売りなんよ。自分がどういうことをしたいのか、どういうものを望んでいるのか。そういうものの手掛かりになるからって」

「へぇ」

 

 バサラでさえ、多少という程度ではあったが興味を惹かれる内容だった。

 自分を知ることに興味を抱いたわけではない。今朝に夢見た声の正体、これから出会うモノ。それを知る手掛かりになると感じたものだから。

 

「じゃあ分析してくれよ、先生」

 

 その呼称が気に入ったのか。はやては口元に笑みを滲ませながら、まるで白衣でも着込んだかのように「うーん」と眉間に皺を寄せて腕を組んだ。

 

「シチュエーションから考えてみるに。バサラは朝が好き!」

「どうだろうな」

「そうでもないんか……。じゃあバサラは海に行きたいん? 海に行くように言われたんやから、きっとそういうことなんよ!」

「ああ。最近はよく行くぜ」

「おぉ! やった、合ってた! じゃあ、どうして海に行くん? キレイな景色見たいんか?」

「……さぁな」

「そこが大事なとこなんよ。ん~……なら、最近山には行ったん? この季節の登山は気持ちいいんよ」

「覚えてねぇや」

「……じゃあペット飼いたいとか? おっきなキツネとか」

「いや、気分じゃねぇな」

「ん~。マジメに答えてくれなわからんよ~」

「本心なんだがな。――――うっし、終わった」

 

 ジャン、と。いつもの音が戻ってきたから、気の赴くままに浮かんだメロディーを弾いてみた。思い通りの音色が思った通りに紡がれていく。悪くはなかった。

 

「とりあえず、夢の中でもバサラが『歌いたい』っていうのはわかるんやけど……あれ? 夢に見る必要あるん?」

 

 しかし、はやてはまだ渋い顔をしていた。

 

「どうだっていいじゃねぇか」

 

 ギターさえ元通りになれば、そんな些細なことはどうでもいいのに。

 

「それに夢は見るもんじゃねぇ、自分(テメェ)の手で掴むモンだ」

「うわぁ、かっこいいこというなぁ」

「いくぜ、『突撃ラブハート』!」

 

 耳に(ふれ)るアコースティックギターの音色が神経を伝う。全身をめぐる熱が感覚をシャープにしていく。頭が冴え、体が軽くなり、歌声がメロディーに変わっていく。悪くはなかった。

 隣にいたはやては聴き入るよう目を閉じ、その小柄な体はメロディーに揺れていた。同じように、買い物帰りの主婦や、スーツを抱えたサラリーマンまでもが足を止めていたものだから。バサラは気が乗るままに次曲のメロディーへ移ろうとした。

 そのタイミングだった。

 

「あっ、あの子また来てる……」

 

 はやてが、不意にそんなことを呟いた。視線を追えば、通りの角に見覚えのある黄色く光る長髪の少女と、見覚えのない背の高いグラマラスな女性が言い合いをしているようだった。

 

「ほら、あの外人の女の子。私も何度か見たことある、たまにバサラのこと観に来てる子や。やっぱり奇麗なやなぁ。つやつやの金髪なんか光ってるし、スレンダーで人形さんみたい。……バサラの歌、気になるんかなぁ」

「たぶんな」

 

 はやては口元に手を当てて、しばし外人の少女を眺めていたが「うっし」と声を上げると、体を車椅子へと移して車輪のロックを解除していた。

 

「ちょっと行ってきます!」

 

 文字通り飛び出すように。まばらな人垣をかき分けて車椅子を懸命に漕いでいったはやては少女のもとへ突撃していった。はやては少女としばらく言葉を交わしたようだけれど。少女は背を向けて逃げてしまったようだった。

 しょぼしょぼと車輪を転がして戻ってきたはやては、気恥ずかしそうに頭を掻いた。

 

「あかん。逃げられてもーた」

「好きにさせろよ。聴きたくなったら、そのうち自分から来るようになるさ」

「意味深やなぁ」

「なんでもいいさ、次の曲いくぜ」

 

 まだまだ歌い足りなかったから。バサラはまばらな観客に微笑む。まだまだ聴かせたりないという衝動のままにギターを掻きだすが、はやては空を仰いでまだ考え事をしていた。バサラのメロディーに耳を傾けていなかった。

 

「……ひょっとして、あの外人の子と知り合いなん?」

 

 はやては空を仰いだまま素っ気なく言ったから、バサラじゃ「いや」と事実だけを告げて、前奏を続けた。

 

「ふーん」

 

 するとはやての無味乾燥な声が返ってきた。どうやらそれ以上を語る気はないようだったから、バサラは大きく息を吸った。

 その日のストリートライブも、悪くなかった。

 

 

 

 

 学生の姿がちらほら見えるようになり、はやてを最寄りのバス停まで送ったバサラはいつもの場所を目指した。バスや電車を使う気にはならず、目的地を目指して自分の足で歩いていく。大人が忙しなく行き交うビル街を抜けて子供が駆け回る住宅街へ。住宅街を抜けて車と断続的にすれ違う程度の国道沿いのひび割れた道路を延々と歩く。

 

 空が赤く染まり切った頃になって辿り着いたのは海を一望できる岩場。

 ここ最近訪れる静かな海。人の往来のない閑散とした海辺に来ることがバサラの日課になっていた。いかねばならないという使命感と、ここに来たいという欲求から生じた日課だった。

 

 ここ最近待ち焦がれる日没間際の一瞬。地平線に夕日が沈み始めた絶好のタイミング。待ち望んだ一瞬は間もなくという時刻。安全柵を超えて少しでも地平線に近い場所へと腰かけて、バサラはギターを構える。

 

――――海で、待っててね。

 

 夢の言葉を信じたわけではない。

 バサラ自身、感じるモノがあったから足を運んだだけ。聴かせてやりたい“何か”があると、胸の奥で感じたからそこに腰かけただけ。胸の奥に語りかけてくるような感覚がそこにある気がして、この場所ならば“何か”に届く気がしたから。

 

 

「いくぜ」

 

 誰に向けた言葉か。それはバサラ自身にもわからない。しかし言わねばならないと感じていた。感じるモノがあったからバサラはこの時、この場所でギターを弾くのだから。

 

 悪くはない。

 そんな煮え切らない気持ちで弾くのではなく。胸の奥の奥、底の底から湧き出てくる衝動を乗せて、バサラは地平線を見つめる。目に見えない“何か”を見つめて、バサラはギターを掻き鳴らした。

 

 

 

「〈お前に逢いたい〉」

 

 

 

 まだ見ぬ“誰か”を想って。

 その日もバサラは歌った。

 

 

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